【急募】見知らぬ世界で生きていく方法   作:アステカのキャスター

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 コミケ行きました。
 という事で初投稿です。


円卓

 

 

 都市北西のメインストリート、別名『冒険者通り』にその建物は建っている。万神殿を彷彿とさせる造りは荘厳で、都市中枢の象徴と言っていい。迷宮都市の管理機関、『ギルド本部』である。

 

 

「各【ファミリア】代表、揃ったな。ではこれより、定例の闇派閥対策会議を始める」

 

 

 そんな『ギルド本部』の奥、百人以上の同席を可能とする大型の会議室で、多くの冒険者達が円卓に腰を下ろしていた。

 

 【ロキ・ファミリア】からはフィン、リヴェリア、ガレス。

 

 【フレイヤ・ファミリア】からはオッタルとアレン。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】からはシャクティ。

 

 【アストレア・ファミリア】からはアリーゼと輝夜。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】からは椿。

 

 【ヘルメス・ファミリア】からは団長代理でアスフィ。

 

 各派閥の団長や副団長、あるいは幹部が集結しており、そうそうたる顔ぶれだった。歴戦の上級冒険者達を前に、肥えたエルフという表現が相応しいギルド長、ロイマン・マルディールは粛々と会議の宣言を為すと一同一人かけている事に気が付き、アリーゼは声を上げた。

 

 

「あれ、ノーグは?」

「彼なら遅れる。ヘファイストスに武器のメンテナンスを頼んだ後、各所で遠征の戦利品を卸してくるらしい」

「重役出勤じゃねえか。偉くなったもんだな」

 

 

 フィンが答えるとフン、と鼻を鳴らし噛み付くようにアレンが皮肉を溢した。ノーグは団長ではない上、三首領の立場でもないが、戦力的な意味で無視は出来ず本来なら参加必須なのだが、仕事量の多さ故に『特例』として遅刻が許されている。

 

 

「構わん。深層に手軽に行けるのはオッタルかノーグだけだ。採集力で言えばオッタル以上だ。供給が間に合ってるから被害が起きても惨状は最小限に留まっている」

「ポーション系の供給も鉱物の供給もその気になれば奴も毎日往復できる。とは言え酷使し過ぎではないか? 供給に対し、金は払ってるのか?」

 

 

 オッタルの疑問にロイマンは僅かながら動揺を見せる。

 

 

「……払っている。それに嘘はないと誓おう」

「今(・)は(・)ま(・)だ(・)払(・)い(・)切(・)れ(・)て(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)? 神が居る中で嘘ではないが本当でもない言葉を出すのは止めてくれ」

「し、仕方なかろう! オラリオの弱体化の隙を見せれば帝国(ラキア)や世界勢力の介入を招く!ただでさえ闇派閥(イヴィルス)の混乱で経済が回らん中、ギルド側で深層域の戦利品(ドロップアイテム)の購入の拒否は出来ん! ノーグには了承を得た上で誤魔化す事はしていない!」

 

 

 ダンジョンとは利益の宝庫だ。それをオラリオ内で独占しているからこそロイマンは商人達の前でも有利な手札で交渉を可能としている。怨みを買いやすいのはあるが、冒険者を強くする事、その為に必要な経済を回せているのはロイマンの手腕が大きい。

 

 ただでさえ『二大派閥』の失脚はオラリオにとって大きな打撃なのだ。だからこそ、隙を見せてはいけない。そういう意味ではノーグが採ってくる戦利品(ドロップアイテム)はこれ以上とない交渉のカードになる。

 

 

「だからといって金額を後回しにさせるのはどうなのでしょう? 闇派閥が増長している限り、返す宛があると?」

 

 

 輝夜の言う通り、この時代が続く限り返(・)せ(・)る(・)宛(・)が(・)な(・)い(・)。

 

 今は闇派閥(イヴィルス)の増長が原因で経済の一部麻痺、ゼウス達が居た水準を下回っている。交渉力の低下はオラリオの弱体という隙を見せ、闇派閥(イヴィルス)側に協力して現状のオラリオの勢力を塗り潰しに攻め入りにきたら負けなくても更なる大打撃に変わりはない。

 

 しかし経済が回らない為、ギルド側の支払いには限界がある。なのでギルド側で借用という形でノーグへの支払いを後回しにしている。普通ならその暴挙に誰もが納得が行かないと非難轟轟の眼がロイマンに向けられる中、扉が開く音に視線が集まる。

 

 

「お前ら、そこまでにしとけ」

 

 

 欠伸を溢し、眠気を噛み殺しながら入ってきた彼に向けられた。

 

 

「俺が了承してるし、今の所困ってもないしな。そいつが潰れたら俺の仕事が更に増えるし、戦いとは別の場所でロイマンも上手くやってんだ。非難はやめてやれ」

「ノーグ!」

「おう、久しぶり」

 

 

 

 ロイマンはエルフ故の傲慢さはあるが、大局を見据えている。冒険者とは違う視点で、オラリオの為に身を粉にして働いている。見据え過ぎるが故にモラルの欠如を起こし嫌われやすいのもあるが。

 

 

「闇派閥(イヴィルス)の増長の原因は俺らにもある。それでこの話は終わりだ。俺の事はいいからさっさと話を進めようぜ」

「……まあ、本人が言うならいいだろう」

 

 

 リヴェリアは不承不承と言ったところで飲み込んだ。そもそもこれは【ロキ・ファミリア】としての借りではない。ノーグ個人のギルドとの取引に過ぎない。単独遠征が殆どであるため【ロキ・ファミリア】内で遠征で得たものをフィン達は徴収はしていない。ギルドからの税金分やアイズ達の装備や教育に必要な金は渡されているが、個人的な取引で本人が納得しているなら遺憾だが飲み込むしかない。

 

 

「先ず、【殺帝(アラクニア)】の奇襲だ。これに関しては被害を最小に抑えられている」

「タイミングがタイミングだったせいか撤退したわ。あの魔力の波動を感じたら不確定要素を抱えたまま戦いたくなかったみたい」

 

 

 オラリオの炊き出しの時に奇襲が起きた。

 警戒している白昼堂々にヴァレッタが奇襲を仕掛け、炊き出しにきた住民にも被害が及んでいた。だが、それもほんの数分程度で中止するように撤退した。

 

 ──なんだこの魔力っ……あのクソ英雄か!?

 ──いや違ェ…奴は深層に居る。誰だこの魔力……!

 

 それを感じ取ったのはアリーゼ達だけではなく敵にも言えた。膨大な魔力を感知した時、何が原因なのか分からない中での戦いは避けて暴れるだけ暴れて姿を眩ませた。

 

 ──コ(・)レ(・)は聞いてねえぞおい! てめえ等、ぶっ放せ!!

 ──あばよ間抜けども! 次はちゃ〜〜んと殺してやるよ!!

 

 敵にとっても想定外の介入だったのだろう。

 余りにも『未知』な事象に撤退をしたのは日和ったからではない。フィンも同じ立場なら同じように撤退を決めていただろう。不確定要素を無視して作戦の継続をするのは考え無しのやる事だ。

 

 

「……それって膨大な魔力がオラリオに出現した事か?」

「なんで知ってるんですか……」

「深層でも感知できた。相当デカいから早く帰ったし」

「なんで感知できるんですか……」

「だって俺だし」

 

 

 アスフィは考える事を放棄した。

 オラリオを包み込むように放たれた濃密な魔力は地下にいても異変を感じるほどだ。寧ろ、その魔力を感知したダ(・)ン(・)ジ(・)ョ(・)ン(・)が(・)一(・)時(・)的(・)に(・)暴(・)走(・)を(・)引(・)き(・)起(・)こ(・)し(・)か(・)け(・)た(・)。帰り道が怪物が多くて面倒だった*1とノーグは愚痴っていた。

 

 

「……犯人の正体は分からない。だが、赤いローブを纏い、顔を隠した女の剣士だ」

「お前が居て逃したのか?」

「技量や能力値はお前と同等、あるいは上回っている」

「なっ……!?」

「……へえ」

 

 

 その言葉にフィンさえも瞠目し、ノーグは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「てことは少なくとも──」

「Lv.7以上、以下はあり得ん。推測の域を出ないが、ヘラの剣技に近かった。心当たりはあるか?」

「俺やお前に勝てるとするならアルフィアくらいだが、違うんだろ?」

「ああ、声色からしてかなり若い。恐らく成人に達していない」

「マジか。益々分からん」

 

 

 既に8年は経っている。ヘラの団員で成人を越えていないとなると若くても11歳に入団していた事になる。そんな人間は居なかったはずだ。幹部級でなかったとしても、成長促進系のスキルでも無ければオッタル以上の能力値は不可能だ。

 

 他の可能性であれば後進の育成に励んでいる二人の弟子の可能性もなくはないが、8年でLv.8はあり得ない。Lv.7の境界線の難しさはノーグが一番知っている。とても外の人間でそれを成せるとは思えない。

 

 

「だが今の話を推察するに、赤ローブの剣士…ややこしいから【叛逆者(リベリオン)】と称するが、そいつは闇派閥(イヴィルス)とは与していないみたいだな」

「別の目的があってオラリオに潜伏しているって事か?」

「目的は分からん。けど不自然だろ? ヴァレッタが撤退したって事はヴァレッタ自身も大規模魔力の放出は知らなかった。奴等が持つ『切り札』とは違うみたいな言い回しだしな」

 

 

 アリーゼもその言葉に頷く。

 知っていれば撤退なんてせず長く暴れ回っただろうが、あの大規模魔力のタイミングはヴァレッタが暴れ始めて数分の事だった。撤退したのは予想出来ない事象と推察できる。

 

 

「【叛逆者(リベリオン)】に関してはこの際後回しでいい。なんつうか……敵って感じがしない」

「それは勘か?」

「まあな」

 

 

 あの強大な魔力の放出の原因は魔法、街全体には結界や呪詛のような魔力の残滓は存在しなかった。単発で範囲が広く他人からしたら効果のない魔法。それを一つだけノーグは知っている。

 

 

「(恐らく、誰(・)か(・)を(・)探(・)し(・)て(・)い(・)た(・))」

 

 

 領域魔法、広範囲殲滅魔法の魔方陣は効果を及ぼさなくても使用可能。ノーグやリヴェリア、『学区』にいるメナと同じ探知機(レーダー)の役割として使用していたなら行使する理由は『人探し』と推測出来る。

 

 だが、バベルの上で探した以上はオラリオの情勢を知らないように見える。あの場所はフレイヤが座す最上階に最も近いのに、そこで魔法を行使する理由は【フレイヤ・ファミリア】を脅威と思っていないか、はたまたフレイヤが最上階にいる事を知(・)ら(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)。Lv.7以上のクラスが目的を持ってオラリオに侵入しているならそんな愚行は犯さない。

 

 都市外の人間か、下(・)に(・)居(・)る(・)奴(・)等(・)の一人か。まあ、どちらにせよ考えても無駄だ。

 

 

「楽観視は出来ないぞ。それだけの実力を持つ者が正体不明のままなのは」

「今の情報だけじゃ【叛逆者(リベリオン)】は闇派閥(イヴィルス)と違って方式が読めない。対処は俺かオッタルでする以上の方針が取れるか?」

 

 

 というより、オッタルの所見からしても暗殺しやすい力を持ってる上にステイタスがノーグ以上なら敵はいつでも首を取れる。そういった埒外の怪物が闇派閥(イヴィルス)に居たら勝ち目がない。そしてそんな存在が居るならヴァレッタは最大限利用するだろう。その時点で詰む可能性が高い。

 

 歩兵(ポーン)を素通りし、王(キング)を狙える切り札(ジョーカー)なんて反則もいい所だ。目的も不明、何をしていたかも不明、故に考えても意味はない。全てが推測の域を出ない。

 

 

「まあいい、あと報告すべき事項は?」

「……魔石工場の壁が破壊されてやがった。超硬金属(アダマンタイト)の壁を一撃でな」

 

 

 アレンが珍しく報告してきた。

 一撃という言葉から間違いなく爆弾ではなく人為的に壊されたと確信を持っている。魔石工場はオラリオの資源の一つとなっている。アリーゼやシャクティの報告によれば『撃鉄装置』が大量に盗まれている。

 

 オラリオの生産性にダメージを与える事と同時に何か目的を持っているように感じてはいるが、Lv.5以下でも壊れないように工場は超硬金属(アダマンタイト)の壁で覆われている。

 

 

「それは【叛逆者(リベリオン)】の仕業じゃないのか?」

「恐らく違う。【叛逆者(リベリオン)】にも可能だろうが、奴が使っていたのは直剣だ。アレは反りのある斬撃痕だった」

「反り……」

 

 

 反りのある斬撃痕、推測するに野太刀か湾曲刀(タルワール)辺りが怪しい。少なくとも超硬金属(アダマンタイト)の壁を一撃で破壊する事が出来るのは低く見積もってもLv.6以上。

 

 何故かノーグの脳裏には豪快に笑って壁を破壊するアマゾネスが想像出来た。

 

 

「(あり得そう……なのが否定出来ねぇな)」

 

 

 ノーグが眉間を揉む。

 正直な話、レシア辺りはあ(・)り(・)得(・)な(・)く(・)な(・)い(・)。アマゾネスとしての闘争本能が種族内で最も強い奴ならばあり得る話ではある。だが殺人に加担するほど堕ちてない。蛮族の側面を持ちながら、戦いの美学は高潔でもある。やるならば一対一を望む女傑だ。

 

 大量殺人を行う連中と共に行動するのは想像が付かない。

 

 

「(目的が一致するまでの同盟なら奴も加担しなくもない……ってのが否定出来ないしなぁ)」

 

 

 問題は大量殺人を行う連中と組む理由に吊り合う同盟目的は何なのか。はたまた別の人間の仕業なのか、別の人間であってほしいとノーグは頭痛を抑えるようにため息を吐いた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 冒険者達の作戦展開を『盗聴』している女が一人。

 資材の倉庫となっている分厚い壁に聴診器(マジックアイテム)をつけていた彼女──歴としたギルド職員は、内心ほくそ笑む。

 

 

『フィン、俺の仕事少しは減らせねえか?流石にしんどい』

『……いやすまないね。それに関しては此方が悪いにしても君を火事場に放り投げたらあっという間に鎮火するから組み込みやすくてね』

『オイコラ、過労死するわボケ』

 

 

 盗聴が成功している。

 作戦内容が筒抜けであることに歓喜していた。

 

 ヴァレッタの推測は正しかった。

 かの最強は恩(・)恵(・)を(・)持(・)た(・)な(・)い(・)人(・)間(・)の(・)行(・)動(・)ま(・)で(・)は(・)感(・)知(・)す(・)る(・)事(・)が(・)出(・)来(・)な(・)い(・)。だからこそ、作戦の盗聴は充分可能だと推測を立てていた。魔導具も敢えて使い切りの短時間しか使用出来ない分、魔力の量は少ない。故に感知が難しい。

 

 そもそも恩恵の神の力を感知したり識別できる事が異常なのだ。

 

 ヴァレッタの鬼札は完璧だった。

 

 ──ただし、それは最強に同じ手が二度通じればの話であった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 突如、背中を指先で摩られるような奇妙な不快感に眼を見開いた。警鐘が鳴る、この違和感を見逃してはならないと『直勘』が告げる。 

 

 

「(──居る)」

 

 

 眼を瞑り、身体を脱力。

 水面に石を落とすかのように意識を空間に広げる。前回の奇襲で恩恵を持たない人間だけは魔力の感知ができない弱点に気付いたノーグは新たな索敵方法を編み出していた。

 

 

「(フィンの声、貧乏ゆすり、動いて帯剣が身体に当たる音、筆記の音、それぞれの呼吸音)」

 

 

 目を瞑り、周囲の音に耳を澄ませた。

 誰も声を出さない。音が反響する。常人なら直ぐに聞こえないと感じる小さな音、Lv.7の五感はその音を捉え、異常を感知した。

 

 ──音(・)が(・)吸(・)い(・)込(・)ま(・)れ(・)て(・)反(・)響(・)し(・)な(・)い(・)壁を見て、即座に羊皮紙のメモを取り出し書き始めた。

 

 

「フィン、俺の仕事少しは減らせねえか?流石にしんどい」

『声を荒げずに聞け』

 

 

 冒険者の視線が全てノーグに向くと、書き記したメモを全員に見せた。

 

 

『右の部屋から盗聴されている』

 

 

 その言葉に動揺を押し殺し、次点でオッタルが気付く。

 彼も並外れた感覚と猪人(ボアス)の嗅覚からその違和感に気付き頷いた。Lv.7の二人から感知できた事にフィンは即座に会話と同時に筆談を始めた。

 

 

「……いやすまないね。それに関しては此方が悪いにしても君を火事場に放り投げたらあっという間に鎮火するから組み込みやすくてね」

『1人かい?』

「オイコラ、過労死するわボケ」

『恐らくな。魔力が微弱過ぎて気付かなかったが、誰か居る。隣の部屋は確か倉庫だろ?』

 

 

 ロイマンが白目を剥いて叫びそうになるのを噛み殺した。そもそもこの場所の定例会議の開催は秘密裏に各ファミリアに通達し、行っている。その為ギルド内ではごく一部しか知らない。それでも開催する事がバレていたという事、それに今まで感知が出来なかったことを踏まえて──

 

 

「(恩(・)恵(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)人(・)間(・)の犯行、やっぱギルドに裏切り者がいるな)」

 

 

 ──犯人はギルドの内通者と九割確定した。

 何故ならノーグには魔力から『恩恵(ファルナ)』の残滓を読み取れる。壁で隔てていても近ければ勘付く鋭さを持つ。それが今まで読み取れなかった。ヴァレッタは敢えて検証して騒ぎを起こさせていた。『恩恵(ファルナ)』を持つ者と持たない者の反応を見るために。

 

 

「(恐らく魔導具だが魔力が殆ど感知できない。というより余りにも少ないから今まで分からなかった)」

 

 

 魔導具(マジックアイテム)に使われる魔力が軽(・)量(・)化(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。

 魔導具(マジックアイテム)は基本的に魔力を込められている為、ノーグならば感知が可能である。だが、ノーグでさえ細心の注意を払わなければ微弱な魔力に気付く事が出来ない。【直勘】がなければ恐らく気付く事が出来なかっただろう。恐らく数回しか使えない使い捨て、保有する魔力量が極端に少ない魔導具(マジックアイテム)を利用している。

 

 それだけの魔導具(マジックアイテム)は今までなかった。

 それを作り出せる人間は【万能者(ペルセウス)】か【愚者(フェルズ)】、そして──

 

 

「(レシアだけじゃねえ、メナも一枚噛んでんのか?)」

 

 

 現在、『学区』で後進の育成をしている枢機の魔女を措いて他にいない。彼女は数年の研究で魔導具の製造の軽量化、簡易な物であるならば誰でも魔導具が作れる論文を書き出している。オラリオの詳細と『学区』の状況を文通で把握している。

 

 レシア同様、ヘラの生き残りでありLv.7の最高位のヒーラーである。それが闇派閥に手を貸している可能性に再度頭が痛む。

 

 

「(そんな事はないって思いたいがな……)」

 

 

 ヘラであった自分だからこそ、信じたい。仲間だったからこそ、そんなわけがないって信じたい。ただ、考えれば考えるほど影が渦巻くようで心は平常にはなれなかった。そうまでして敵に手を貸す理由があったのなら、今のオラリオに何かしらの落ち度があるから動いてくる。

 

 敵に回したくない連中が、敵になり得る事を覚悟しなければならない。場合によっては殺さなくてはならない。

 

 

『このまま気付かないふりして間違った情報を掴ませる』

『了解。何処の情報を変える?』

『決行日を誤報で伝える。3日後作戦開始だ。いけるかい?』

 

 

 かつての仲間だ。殺したくはない。

 だから敵としてオラリオに来ているなんてあり得ない。

 

 今はただ、そう信じるしかない。

 普通の会話に嘘を混ぜながら本来の決行日を筆談で全員に伝えた。全員は頷く、異論はない。3日後に全てを終わらせる覚悟を胸に最強は目を細めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ある少女が走っていた。

 炊き出しの時に繋いだ手を離してしまい、母親と逸れてしまった小さな少女が慌てて走って探していた。こんなご時世だ。人は街を極力歩かずに炊き出しや人気が多い所に密集しやすい。だからこそ手を離してしまえば迷うのも無理はなかった。

 

 

「おかあさん……どこぉ?」

 

 

 探せど探せど母親は見つからない。

 涙で視界がジワリと歪み、目を擦りながら行先分からずただ歩き続けた。そんな時、曲がり角から現れた『赤』が視界を覆い尽くした。

 

 

「あうっ…ひっ」

 

 

 顔が脚に当たり尻もちを着く。

 ぶつかってから上を向けば、赤いローブを着て、腰には剣を据えた見るからに怪しい存在に怯えた声が出た。ごめんなさいと言おうとした口が震えて声が出ない中、赤いローブの人間は膝を折って少女と目線を合わせた。

 

 

「……ごめん大丈夫?怪我はない?」

 

 

 その声はとても優しく、少し高めの女の人の声だった。赤いローブで顔は見えないが、下から見上げた少女には綺(・)麗(・)な(・)空(・)色(・)の(・)瞳(・)が見えた。少女は自身を気遣うような声色から敵ではないと理解する。

 

 

「だい、じょうぶ」

「此処は人が居ないけど、逸れちゃったの?」

「うん……ぐすっ」

 

 

 安堵したのも束の間、状況は何一つ変わっていない。迷子である事に変わりはなく、薄暗い裏路地にいるのはこの剣士を除けば少女を容易く殺せる大人ばかりだ。

 

 

「人通りまで案内する。そこからならお母さんを探せる?」

「……がんばる」

「いい子」

 

 

 赤いローブの剣士が軽く頭を撫でると少女は泣き止んで、歩き始める。それに着いていくようにゆっくりと歩幅を合わせて母親を探し始めた。先程の不安感はなく、ゆっくりと歩いてくれる剣士に少女は尋ねた。

 

 

「おねえちゃんはぼうけんしゃさん?」

「どうしてそう思ったの?」

「けん、もってるから」

 

 

 左右二振り、計四本の剣を携えている。

 何より少女でも分かるような強者故の雰囲気。歩く姿勢、たったそれだけで強そうに見える。気配は薄く感じるのに不思議と弱そうに見えない。名のある冒険者でないかと少女は思うが、剣士は携えた剣を横目に少し笑った。

 

 

「そうだね……冒険者だ(・)っ(・)た(・)」

「いまはちがうの?」

「うん、今はただの旅人」

 

 

 旅人にしてはこんな危険な時代にオラリオに来ている事に少しだけ疑問に思ったが、剣士は目を細めて慌てている一人の女性を指を差した。

 

 

「あの人かな」

「あっ、おかあさん!」

「リア…!」

 

 

 少女は走って母親の元へ向かい、飛びついてきた娘を母親は抱きしめた。子供がいない不安感に安堵したのか力が抜けたかのように膝をついて涙を溢していた。

 

 

「リア、良かったっ……!」

「ごめんなさい。まいごになって」

 

 

 少女も母親を抱きしめて謝罪する。

 このご時世、迷子が無傷で帰ってくる事が少ない。剣士は少女を一瞥すると軽く頭を撫でる。

 

 

「……もう逸れちゃダメだよ」

「うん!」

「ありがとうございます、娘を連れてきてくれて」

 

 

 母親に一礼すると、背を向ける。

 要は済んだと言わんばかりにこの場から離れていく。その背中を見送って少女は手を振った。

 

 

「バイバイおねえちゃん!」

「君も、達者でね」

 

 

 剣士は背を向けたまま軽く手を振り返す。

 人混みの中に溶け込むように姿が見えなくなっていく。目立ちそうな色をした赤いローブが街に消えていった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 それは巡回中の事だった。

 私の勘がビビっ、と来た時に振り返ると話題に出ていた赤いローブの剣士が子供を連れて歩いていた。赤いローブから服装は変わらず、腰に据えた剣は四本、僅かだけど空色の瞳が見えた。まるで警戒心がないと思ったけど直ぐに分かった。

 

 私以外が誰一人警戒からすり抜けている。

 これは最早、そう言った魔導具を使っているのではないかと思うくらいの気配の薄さ。赤いローブは目立つというのに周囲に溶け込んでいる。

 

 

「(あの目元……ノーグに少し似てる?)」

 

 

 瞳の色が空色だが、色味がやや濃い。

 見る人によっては藍色とも言えなくもない。そして目元の下まつ毛、形はノーグに似ている。少し尖ったような感じはするけど、兄妹と言われたら信じられそうな眼をしている。

 

 私は即座に追いかけた。

 勘が言っている、この機を逃せばもう会えない。私でさえ理解出来ない虫の知らせみたいな勘が偶然働いただけだ。

 

 曲がり角を右折し、姿が見えなくなった時に静かに覗く。

 

 

「(いない……!)」

 

 

 剣士は既に消えていた。

 あり得ない。此処から先は曲がり角がなく一本道となっている。いや違う。一本道で逃げ場がない場所から消える、それはつまり私は誘い込まれ──

 

 

「振り返らないで、死にたくなければね」

 

 

 ヒタリ、と音もなく何かが首に触れた。

 首を動かさず視線だけを横に向ける。冷たい刃が首に触れる僅か数ミリで止まっている。

 

 

「何か用でもあるの?赤毛の冒険者さん」

「……!」

 

 

 声色からして女とも男とも捉えられる凛とした声。尾行されていることに気が付いて音もなく屋根の上に飛び乗り、背後に回られた。

 

 

「(早計過ぎた……!【猛者】はノーグ以上かもしれないって言ってたのに!)」

 

 

 そもそも私が勝てないと理解している人間の尾行なんて無理があった。ノーグ以上という事は危機の感知も尋常じゃない。視線を向けられただけで気が付く事が可能なのかもしれないって理解していたのに。

 

 

「正義の味方が尾行なんて、私は悪い事してないよ?」

「その、ごめんなさい。フード被ってたからめっっっっちゃ怪しくて」

「私の髪目立つからフードを付けてるだけ」

 

 

 下手に取り繕うつもりはない。

 この人は闇派閥ではない。私もそう思うし、勘だけど敵意そのものは感じない。そもそも私なんか瞬殺出来るのにそれをしないのがおかしいし。

 

 

「そうなの?超見たいから見てもいい?」

「貴女デリカシーが無いって言われない?」

「貴女凄いわね!輝夜やライラによく言われるわ!」

「直しなよ正義の使者」

 

 

 溜め息が聞こえた。

 やや呆れた様子が目に浮かぶ。緊張感が張り詰めた空気が少し霧散した気がした。

 

 

「貴女はどこのファミリア所属なの?」

「……これ職質?知る必要のない事ってあると思わない?」

 

 

 首に添えられた剣に力が増す気がした。

 地雷踏んだかもしれない、一歩間違えば完璧美少女の私の首はポロリと地面に落ちる。

 

 けど、それでも殺(・)気(・)を(・)感(・)じ(・)な(・)い(・)。

 

 

「というか、私がそれを話す理由があると思う?」

「それはないわ。けど、私が知りたいと思ったの」

「!」

「敵味方も、目的も、何一つわからないけど……貴女は敵じゃないって思えるから」

 

 

 何故か分からない。 

 敵じゃないと思うんじゃなくて、敵じゃないって思いたいって願望が含まれてる。本当に何故か分からない。これは勘だ、声色の奥底には何処か悲しさを含んでいるように思えるから。

 

 まるで、一人ぼっちのような孤独感。奇しくもノーグに似ていると思ったから。

 

 

「──そう、聞いてた通りの人だね貴女は」

 

 

 僅かにクスッと笑った声が聞こえた。

 剣は首から離してくれないけど、まあ顔を見せない為なんでしょうけど。けど、やっぱりこの人は──

 

 

「私は確かに貴女達の敵じゃない。けど、貴女達に協力は出来ない」

 

 

 敵ではないけど味方として動く事が出来ない。 

 それは善でも悪でもない第三の勢力としてこのオラリオにいる。

 

 

「貴女の名前は?」

「それは答えられない」

「えー、じゃあ貴女の事なんて呼べばいい?」

「……別に、名前で呼びたいならリ(・)ズ(・)って呼んで」

 

 

 リズ、きっと偽(・)名(・)だ。

 この人の目的が全然分からない。味方としても敵としても動かないならこの人の目的は何なのか。

 

 

「私の目的は言えないけど、この時代でやらなきゃいけない事がある。それは貴女達の脅威になり得る事じゃない」

「じゃあ貴女の目的って……」

「言ったところで意味はないよ。少なくとも今(・)は(・)ま(・)だ(・)」

 

 

 含みのある言葉に首を傾げた。

 今はまだ、その目的を果たせないとも聞こえる。

 

 

「あっ、忘れてた。貴女の名前、アリーゼだったっけ?」

「えっ?うん」

「貴女に伝言がある」

「私に?」

「うん。貴(・)女(・)の(・)親(・)友(・)から」

 

 

 私の親友……? 正体不明のリズという剣士は私の親友だと思う人達の誰かと知り合いって事?確かにまだ会議が終わって数時間、ホームには戻っていないから情報共有はしていない。もしかしたら私の親友、ファミリアの中の誰かがリズを知っている?

 

 グルグルと頭の中が混乱しているけど、リズはその伝言を口にした。

 

 

 

「──【疾風(リオン)】から目を離さないで」

 

 

 

 一瞬、困惑した。

 リズが何を言ってるのか理解出来なかった。リオンから目を離すな、という言葉の意味が分からない。

 

 

「英雄の隣に立つか、魔王になるかは貴女の選択で決まる」

 

 

 だって、おかしい。

 まるでリオンが危(・)険(・)な(・)目(・)に(・)遭(・)う(・)事(・)が(・)決(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)みたいな予言だもの。そりゃあ正義の最前線、鉄火場に足を突っ込む以上はそうなる事はあるだろう。

 

 けど、リズの言葉は重さが違う。ま(・)る(・)で(・)リ(・)オ(・)ン(・)が(・)死(・)ぬ(・)み(・)た(・)い(・)な(・)予(・)言(・)に問いを投げかけたかった。

 

 

「精々、後悔だけはしないようにね」

 

 

 どうしてそうなるのか、どうなってしまうのかの説明も無くただ守れって言われても、私には理解出来なかった。リオンに何が起こるか知っているなら話してほしかった。

 

 

「それってどういう──」

 

 

 気配が消えた。

 視線を横に向ければ、いつの間にか首に添えられた剣が無くなっていた事に気が付いた。

 

 

「!?」

 

 

 慌てて振り返るとリズが消えていた。

 さっきみたいに屋根の上に跳躍して居なくなったのか、私も屋根の上に飛び乗って辺りを見渡すが、やっぱりもう姿を捉えられない。

 

 

「……この街で、リオンに何が起きるっていうの?」

 

 

 その問いを街は答えない。

 明らかな異分子(イレギュラー)しか知り得ない先の未来を今の私に知る術は無い。ただ、告げられた言葉に不安が募る。

 

 ──運命の歯車は既に廻り始める。

 鍵を握る剣士と共に狂ったように動き出していた。

 

*1:
当社比、単独のLv.5以下は高確率で死ぬ出現率





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