【急募】見知らぬ世界で生きていく方法 作:アステカのキャスター
「君達の真似をして、さっきの子以外も助けてみたんだ。それで、俺もようやくわかったよ」
神は笑う。
硬直する私を他所に、おかしそうに笑う。
「傷付いた者、弱き者を助けると、こんなにも心が満たされるって!充足するよ、嬉しいね、これは病みつきになってしまう!」
無邪気な『悪意』を発露して、喜びに満ちてのける。
笑みの奥に北叟笑む『正義』への納得が、子供達への理解を得られた歓喜が嘲笑うように私へと向けられた。
「ごめんよ、君達の行いを『見返りのない奉仕』だなんて言って!確かにこれは無償なんかじゃなかった!ちゃんと『代価』はある!」
やめろ、聞きたくない。
その口を閉じろ、と告げる前に神は口にした。
「他者を助けてあげるという『優越』!」
「感謝されるという『快感』!」
「施しを授けるという『満足』!」
「それはこんなにも気持ちいい!」
その名は『欲』
正義を、正しさを穢す悪に蔓延る感情。それを正義は同列だと神は口にした。私はそれを違うと否定したかった。
されど返ってきた言葉は『自己満足』という神の帰結。自己満足で無ければなんなのか、都市のため、秩序のため、平和のため、全ての言葉を以てしても神には届かない。神には薄っぺらいと笑みを浮かべた。
「もし答えられないのなら……君達が『正義』と呼んでいるものは、やはりとても歪で、『悪』より醜悪なものだ」
その言葉が脳裏に過ぎる。
「君達の『正義」とは、一体なんなんだ?」
己が正義は、どう在るべきなのか。
★★★★★
作戦決行当日。
特定の場所に三箇所集まり、時間まで待機している。そこに居るのは僅か7人。最高戦力であるノーグとアリーゼ達四人、そして【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティとアーディの二人。
「なんでお前がこっちなんだ?」
「戦力的には分散した方がいいからな。少数精鋭って事でお前ら6人以外はフィンの指揮下に入ってる」
この編成は隠密、奇襲を目的とする他に遊撃手としての役割を担っている。
「私達は尻拭いですか……」
「効率がいいと言え。早ければ早いほど多く救える。それとも自尊心を優先して民を殺すのがお前の正義か?」
「ぐっ……」
このメンバーは速度重視、ノーグが殲滅担当であり特に人質が囚われてる場合、救出のために足を止めてはいけない。時間をかけ過ぎれば幹部級が逃げる可能性を考慮し、ノーグの動きを最適化させるために選ばれている。足を止めて回復を促せる二人、効率的な補助に回れるメンバー、いざとなったら自身の判断で動ける者が選抜されている。
「
「あとは勘。俺もフィンも勘でこの編成が正しいと判断した」
万が一の異常事態発生時、ノーグが
「【
「おやまあ、にしては可憐な女子ばかり揃えてますなぁ?」
「可憐……それって誰の事だ?」
「イラッ☆」
可憐とは程遠い図太さと腹黒さ兼ね備えた侍が青筋を浮かべる。これから正邪決戦となる中で、緊張感は適度に逸れている。日々、悪との前線張って戦っているだけはある。背中を預ける事に不満はない。
──たった一人を除いて。
「おいポンコツ、お前マジでどうした?」
「リオン?」
「っ、いえ……」
突入前だというのに顔が晴れないリューに問い掛ける。
ずっと様子がおかしい。何か思い詰めているというか、迷っているというか。アーディは何かを知っているようで心配そうな顔をしているが、ノーグはそんな事を気にしない。
「迷いが晴れねえなら帰れ。足手纏いになんぞ」
「っ……」
戦いに邪魔なら要らないとハッキリ口にする。
アーディから聞いた『正義は巡る』という答え。神から聞いた『欲』、果たして何が正しいのか。ずっと悩んでいて答えが出ない。その答えを知っていそうな男にリューは声を掛けた。
「ノーグ」
「あっ?」
「……『正義』ってなんだと思います?」
その言葉を聞いたノーグは呆れていた。
くだらない、と唾棄するように鼻で笑っていた。
「ドアホ、それを俺に聞くのはお前の怠慢だ」
「ッ…!」
「そもそも、俺に聞いてどうする。何を言うかと思えば、自分の答えが正しいかどうか一番強い俺の意見を聞いて安心したいだけだろ」
思いっきり核心を突かれて何も言えない。
その通りではあった。現状、抑止力たるノーグはこの都市で誰よりも救っている。その行動を正しいと思うからこそ、答えを知っているのではないかと。同じであってほしい、似たものだってほしい。そうなら自分の正義は間違っていないと思えるから。
「まっ、大方変な神とかに正義云々問われて自分の正義が正しいか分からなくなったって所か」
「おおスッゲ、正解だ」
「ライラッ!!」
核心どころか悩む理由さえ当てられた。
まるで見てきたかのように、突かれたくない心情を見極められる。神のように見透かしてくるから何故か神エレンが脳裏を過ぎる。
「まっ、俺が考える正義は参考にならん。だが、そうだなヒントぐらいは出してやる。
──どんな答えであっても、それを
「!」
目を合わせて彼は問う。
違う視点だった。『正義』がそうあるべきという明確な答えではなく、何故『正義』を実践するのか。自分はエルフだから、アストレアの正義とエルフとしての価値観が少し合っていたから【アストレア・ファミリア】に入った。だから【アストレア・ファミリア】の一員として街を守っていた。
確かに、明確に戦う理由は問われた事はなかった。信念があったから戦う事はあった。だがその答えを以て何故実践するのかは問われた事が無かった。
「この
言われてみれば思い当たる節があり過ぎた。
確かにアリーゼは助ける事に常に全力だ。今自分が出来ることを全力で頑張るという姿勢から周りに影響を与えている。そんな人間から出るカリスマというのか、頼り甲斐があるというか、自分も続こうと心が引き上げられる。
アリーゼは完璧ではないからこそ、周りを使って助けていく。そんな彼女の心に救われた自分も居るから、彼女が団長である事に不満を持った事はない。
「まぁ……な」
「確かに、敵わないとは思ってしまう部分はありますなぁ」
「あら最強に褒められちゃったわ!やっぱり私こそオラリオの超可憐な完璧美少女──なんて罪な女、生まれてきてごめんなさい!!」
「「イラッ☆」」
二人して青筋を浮かべた。
こういう調子に乗るような言動が玉に瑕だが。
突入前に何やってんだとシャクティは眉間を揉む。アーディはノーグの言葉を静聴する。『正義』を司るアストレアと民の平穏を護る都市の憲兵の正義は似ている部分がある。
実際、ノーグの口から正義について聞いた事はなかった。そもそもアーディとノーグでは視点が違う。都市の憲兵と、『最強』ではあり方が違う。だがどちらも正義として動き、どちらも誰かを安心させられる力がある。寄り添う心と絶対的な強さという希望もどちらも正しい。
「お前は戦う理由に『正義』って言葉を使ってる。そうじゃねえ、どうしてそれをやりたいかだ。どうせお前の事だ、優越感を感じられるから正義は楽しいとか言われたんだろ?」
何故そこまで分かるのか。
リューにとっての問題は『正義』の在り方だ。絶対的とは言わないが、必ずしも統一性がある。ノーグもアーディも誰かを護るという形でその統一性に触れている。『正義』だと認められる。
だが『欲望』とは『正義』とはかけ離れた存在。自由にやりたい事をやって誰かを傷付ける『
それが『正義』足り得るか──ノーグの答えは
「その通りだろ──それは
「ッ、それでは『自己満足』だ!正義とはそういうモノではない!!」
「馬鹿か。
無償の正義を完全に否定した。
そして『欲』のない正義はあり得ないと告げられ、激昂に声を荒げそうになる。そんなわけがないって、ならば今まで信じてきた正義はなんだったのか。それを認めてしまったら、正義は尊いものだと思えなくなってしまうから。
「誰かを助けたいなら力を求めろ。平等を謳うなら強さを示せ。この世界をどうしたいか、これも『欲』だ。『正義』を通してお前はどんな世界であってほしいか。その『熱』を『我欲』だか『自己満足』と濁してるからお前は迷ってんだ馬鹿が」
その様子を見兼ねたノーグが溜め息を吐きながら指で額を弾いた。
「っ"ぅ──!?」
「実践するには理由がいるし、覚悟もいる。今のお前はどちらも足りてないだけだ」
手加減されたとはいえLv.7の肉体から放たれる威力に悶絶しながらも睨み付ける。思い詰め過ぎている。突入前にこんな心持ちではいけないのを分かった上で、切り換える為にとは言え痛いものは痛い。
「精々悩め、若人」
残酷にも最強は答えを出さない。
答えは自分で探せ、という事なのだろう。
「(覚悟が足りてない……)」
そうであってほしいという理想は今の自分では実現不可能という事なのだろう。納得は出来ないが、それは事実だ。階位の高い巨悪ほど天災と呼べるだけの力を有している。今のリューにはそれを捩じ伏せる力は持ち合わせていない。
理想に殉ずる事は出来ても、誰かが死ぬかもしれない現実を前に果たしてそれでも理想を貫き通せるのか。諦めきれない今の自分には答えられない事だった。
「切り替えとけ、んな答え早々に出るもんじゃねーし」
「悩んで足を止めるくらいなら考えるな。未熟者」
「っ、うるさい」
答えが出せずとも時間は待ってくれない。
深呼吸して頬を叩いた。気持ちを切り替えなければ足手纏いになる。目の前の男は迷った自分がついていける人間ではない。
正義の在り方は今は考えない。
ただ、悪を討つ。今必要な事はそれだけだ。
「にしてもノーグ、少し年寄り臭くない?」
「黙れ
「私だけなぜ名指し?!」
「それは御免被りてぇな……」
誰も老獪にはなりたくなさそうだった。
★★★★★
風が靡いている。
赤いローブが揺れ剣が僅かに震えている。開戦前の緊張感、暗い都市に紛れた静かな闘気、重苦しいくらいの怯えが街の至る所から。
英雄の橋と呼ばれた場所から戦の気配を感じ取る。
「始まる……」
剣士は知っている。
これは序章に過ぎない。
神の策略も、抗う正義も、全ては前座に過ぎない事を。
「やあ」
「!」
「探したよ。【
手を振って笑う邪神が剣士の前に現れる。
首だけを邪神に向け、いつでも剣に触れられる体勢を取る。だが、邪神を見て闘う気がないと判断し、鞘から手を離した。
何処か疲れた様子でため息をついた。
「(危ねぇー!マジで探すの苦労した……!
まさか魔法も魔導具も頼らずに気配や存在感を殆ど消す方法が存在していたとは思いもしなかった。使い捨ての獣人をあちこちに派遣して漸くと言ったところだ。おかげで作戦開始の数時間前というギリギリの時間で邂逅を果たす事になってしまった。
「何か用?邪神
「へぇ……俺の
「答える義理はないよ。あと、私は同じ問いを掛けるのが嫌いだ」
「なら簡潔に聴こう」
神エレンとしての軽薄な装いを外し、邪神エレボスとして目の前の剣士に真意を問う。
「君の目的は何だ?」
「答える義理は──」
「確かに無い。けどそれとこれとじゃ話が変わるんだよ。観測者のままならまだしも、正体不明じゃ此方の計画にも支障が出る可能性はゼロでは無い」
「だから答え次第では排除する…
剣士は、エレボスの後ろに視線を向ける。
「その程度で私を殺せると思っているの?」
一瞬の怒気が、殺気が頬を撫でる。
腕が落とされる。喉が潰される、首が落とされる。この間合いでは間違いなくどんな行動であってもそれが為される。並の冒険者なら殺気だけで意識を刈り取る濃密な死の気配。
たった一瞬、それだけで格の差を理解する。
エレボスもこれ程の存在であったのは予想外だったのだろう。額から冷や汗が流れている。
オッタルと同等、それ以上というのは聞いていたが、まさかここまで強いとは予想外だった。
「(団長より……上かも)」
かつての団長──最凶の女帝より強い。
敵に回せば計画そのものがこの剣士によって潰されかねない。だが、エレボスも引くつもりはない。誰よりも強いのに、邪神である自身を捕らえたりしない事から自身の計画とは別の所で剣士の目的が存在すると踏んでいた。
「別に私は貴方達の計画には関わらないよ。関わったとして、精々死者を減らす事。そっちの主力と敵対する気はない」
「いやいや、理由があれば介入するとも聞こえるよ。嘘でも真実を織り交ぜれば神でもわからないだろうけど、俺に通用はしないよ」
エレボスにとって【
いつだって神の計画を打ち砕くのは下界の可能性、『未知』という存在が根底から全てを打ち砕く存在になる。エレボスは下界の子供の可能性を信頼している。だからこそ、この第一次の計画を失敗するわけにはいかない。
だからこそ知っておきたかった。
この剣士の目的は一体何なのか。ため息を吐きながら剣士は口を開いた。
「
「!」
「あとは、分かるでしょ」
エレボスの尋常ならざる顔にメナは目を見開いた。
それが指し示す言葉、全能という神を生み出す根源が起こした歪みから来たというならば、【
誰も知らない。誰も分からない筈だ。この時代に突如現れた英雄候補、その過程さえ何も分からないのだから。
「言っておくけど世界の修正力による帰還はないよ」
「何?」
「この世界に渡る為の
何を対価に時間を渡ったか分からない。
だが、時間を跳躍するだけの対価は想像を絶する程大きい筈だ。そもそも今の説明だと
代償もなく有り得るはずがない。神の全能を以てしてもあり得ないと断じれる奇跡だ。那由多の可能性である奇跡を人為的に引き起こすにはどれだけの代償を支払ったのか。
剣士はその内容を答えなかった。
「私は貴方の計画の邪魔をしない。貴方は英雄に試練を与えるみたいだけど、私の目的はそれと異なる」
エレボスは目を細めた。
望む未来はただ強い人間だから変えられるという程、単純ではない。たかが一人に未来を全て狂わされる程、この時代は緩くない。だが、それを為せるだけの『未知』と『知識』がある以上、敵対すれば思い描くシナリオは崩壊する。
早急に計画を変更出来るだけの時間はない。敵に回った時点で詰み。だが、誰にも知られる事なく単独行動をしている時点でこの時代の人間と関わる気がないのだろう。
「その変えるべき未来は俺の目的を阻害するものではないと?」
「貴方が英雄を生み出す試練を与えるなら好きにして。あの人がいる以上、
「それも未来の結末?」
「違う。私がいる時点で世界は既に分岐している」
知っていたとしても未来は変わる。
人間が過去に戻った時点で世界は枝のように分岐した未来を作り出す。【
未来の知識を当てにするなんて愚か、そう思っていたが【
「──信頼だよ。この時代の英雄を舐めるな」
この剣士もまた運命に抗う者、世界線が違えど英雄候補である。それを見定めたエレボスはふっ、と笑い降参と言わんばかりに両手を上げた。
「……分かった。君の邪魔をしないと誓おう。ただし君が俺達の邪魔をしないという約束を反語にしない限りだが」
「いいよ。それで」
エレボスはこの存在は自身の手に負えないと判断した。人質となるだけの弱みも分からず、武力でさえ勝てない可能性の方が高い。下手に暴れられたら計画は失敗に終わる。故に極力干渉しない。【
話は終わり、【
「待て。もう一つ、聞いていいかい?」
「何?」
「──君の正義って、何?」
「……──────────」
エレボスの問いに【
「……ハッ」
矛盾してるな、と口に出す前に姿は掻き消えていた。
エレボスから見た【
現実を理解しているから夢を語らない。
失わない現実を見過ぎだから希望にならない。
自身で既に終わりを定めた人間にエレボスは何かをするつもりはなくなった。既に灰と化し始めた英雄に道は照らせない。
「精々足掻けよ英雄。灰に消えるその刻まで」
だが、それでも──奥底では失くさないように縋り付き泣いている子供にも見えた。
★★★★★
突入から15分前、アリーゼはノーグの瞳を見て自身の違和感に気付く。【
「ノーグ、ちょっと屈んでくれる?」
「なんで?」
「確かめたい事があって」
まあいいけど、と軽く屈むとアリーゼはノーグの髪を右手で上げて瞳を覗く。周囲は困惑し、リューに関してはまるで
「やっぱり」
「あっ?」
何処か納得したかのような表情で思い返す。
昨日出会った【
そしてもう一つ、共通点があった。
子供を撫でたときに僅かに見えた
「私、昨日【
「!」
「目的はハッキリ分からないけど、少しだけ分かった事がある。目元と瞳の色がノーグに似てる」
「なっ……!?」
その発言にノーグは目を細めた。
似ているというので連想されるのは
「俺と?」
「ノーグには兄妹とかいたりする?」
「居ない。一人っ子だったし、家族は死んでる」
失言にアリーゼは黙り込んだ。
そもそも似ている瞳ならまだしも、同じはあり得ない。この身体の持ち主であったラースは普通の家庭に産まれた後、ガジに拾われてその後にヴィルデアと出逢っている。
「そもそも俺の瞳の色は
ラースであった頃の髪の色も瞳の色も黒色だった。瞳の色が変わったのもヴィルデアの奇跡により藍色に変わっている。つまりラースの血縁によるものではなく、ヴィルデアと関係がある事になる。
「(女、俺と同じ…いや似た色の瞳……ヴィルデアの加護を持ってるって事か?)」
あり得ない。ヴィルデアの加護は確かに古代の人類に与えていた記憶はあるが、その子孫が居るという話は聞いた事がない。【
だが、アリーゼはそれでも似てると断じた。直勘が割と当たるアリーゼがだ。
「俺の血縁じゃねえって事は確かだ。大精霊の加護の線も薄いと思う」
「そう……ならさ、
その言葉を聞いた瞬間、ノーグに明確な動揺が走る。
何か知っているのかと、全員がノーグに視線を向ける。ノーグは我に帰るとため息を吐く。あり得ない事象に動揺を溢したが、常識的に考えてあり得ない事を再確認し、冷静さを取り戻していた。
「──【
「う、うん……偽名だと思うけど」
「なら尚更あり得ないな」
思い浮かぶ一人の少女。
病から解放され、遠い田舎で平穏の中を過ごす小さな子供が此処にいるはずがない。あの子は戦いに向いていないと、ノーグは知っているから。
「リズって誰なの?」
「……忘れ形見、戦いとは縁遠いただの子供だ」
ノーグはそれ以上話さなかった。
それを考えることは必要ないと判断したからか何も言わなかった。だがアリーゼには真逆に見えた。
聞くな、と一瞬だけそんな顔をしていた。
★★★★★
ヒュォォォォッ、と風が音を立てて通り過ぎる。暗黒期という事で薄暗く、活気の無い街から唐突に音が消える。人の悲鳴も、剣の音も、魔法を撃つ音すら聞こえない。
寂れたような空気が冒険者を逆に刺激する。
何かが始まるようなキナ臭さを感じ取り、街を見渡す。神はそれを予感し、これから始まる人間の闘いに心を躍らせる。
勝っても負けても時代が変わる。
英雄が生まれ育ち、終末に抗う為に挑戦する時代か、終末に抗わず自身の快楽のみに身を委ね、世界を破滅へと導く時代となるか。
灰の魔女は瞳を閉じてまだ見ぬ未来を幻視する。
「嵐の前の静けさだな」
黒い鎧を纏う男が呟いた。
決戦前の緊張感に、大局を担う戦の気配に懐かしむように笑う。
「時代を左右する決戦だ。『三大
「ほぅ、お前はそう思うのか」
この緊張感はかつて自分達が行った大戦、それに匹敵する。数はオラリオ側が上、質ならば此方の方が上。数より質の時代であるにも関わらず、楽観視は全く出来ない。
「此方が圧倒的優位、計画も順調。だというのに安心感は微塵も湧かない。貴様もそうだろう」
「確かにな」
何故なら敵側に──奴がいる。
それだけで戦局は左右される。準最強の
「お前が認めているだけはある」
現最強の魔導士を横目にザルドは笑う。
その顔が気に食わなかったのかほんの僅かな苛立ちに魔法を使おうとしたその時、枢機の魔女から連絡が入る。
決戦の刻が来る。
邪神の策略、最強達の試練、英雄を生み出す為に自分勝手で暴虐的な殺戮と闘争が幕を開ける。
「さあ──」
★★★★★
カチリ、と思考を切り替える。
余計な事は考えない。雑念は動きを鈍らせる。
考えれば考える程、戦う思考から偏る気がしたから。大切なモノを考えれば考える程、隙を生じさせる。大木の心を持っていても亀裂が入らないとは限らない。
──もしも、本当にかつての仲間が敵に回ったら果たして冷静で居られるのか。
「(奴等なら……手を抜いたら殺すって言うんだろうけどな)」
大切なモノを天秤にいつか選択しなくてはいけないとしても。きっと自分は戦える。それが敵となった彼等を殺すとしても。望んでいなくても、奴等は止まる人間ではない事を知っているから。
奴等は此方の事情など知った事ではないと土足で踏み荒らすだろう。だから、そんな奴等に勝つには全力を以て戦う他ない。
──誰だろうと、負けるつもりは毛頭ない。
「行くぞ──」
あとは戦場で。
不安も迷いも置き去りに、剣で語るのみ。
「「時間だ──始めようか」」
時代の行く末を決める決戦。
最強達が集う正邪決戦の火蓋は切られた。
よかったら感想・評価お願いします。
あと、匿名で書いていましたがノーグがスキルに頼らなくなったので解除します。これからもよろしくお願いします。