『拝啓、お母様へ。
あたしは今日も元気にやっています。
最近では、クロフネという後輩ちゃんができて、仲良くなれました。
トレセン学園に来てからの日々は、やっぱりこういう素晴らしい出会いがあって毎日が刺激的で楽しいです。
彼女はとても賢くて、真面目で、一生懸命で、可愛いウマ娘ちゃんです。
近頃では、その子といつか一緒の大舞台で勝負する事があたしの一つの目標になりました。
いつか、その日が来るのが今から楽しみでなりません』
アグネスデジタルは母親への近況メールを送信すると、冬コミの原稿作業に戻った。
今年は、あのクロフネちゃんをモデルとした一人のウマ娘の軌跡を描くのだ。当然、フルカラー特殊PP*1。モデルにするからには、最大限の礼をもって、描写においては不遜が決してないように、彼女のこれまでの戦歴を繊細緻密に調べ上げる。それが"二次創作を手がけるオタクの礼儀と務め"。
――――……いや、まぁ、直接モデル本人に許可を取りに行く勇気はないけども。むしろ許可取りに行くのは"この界隈"ではやってはならぬ御法度行為だけど……!!
デジたんはその点においてだけは申し訳なく思いながら、出来る限り敬意をもってペンを走らせていた。
「ふぅん、今年はクロフネについて描くんだ」
「ひょえっ!!!?」
いつの間にか、アグネスタキオンが背後から原稿を覗き込んでいた。
「い、いつからいらっしゃったんですか?!」
彼女はデジたんが振り返ったのを確認するやいなや、だぼついた袖で口元を覆い隠して「よよよ」と泣くようなジェスチャーを取る。
「あぁ、去年は私の事を描いてくれたというのに。今年は私がのけ者だなんて……」
そんな芝居がかった口調で言い放つと、タキオンは悪戯っぽく笑う。本気で嫉妬して嘆いてるのではなく、ただ単に"自分のライバルと謳われたクロフネ"がアグネスデジタルにとってそんな存在になっている事を、愉快に茶化したいだけらしい。
「いや、のけ者だなんて! そんな、決して、デジたん、タキオンさんがお望みとあらばいつだってお力に……!!」
とはいえ、去年は色々と事情*2があって『亜光速の粒子』と題名打ったフルカラー特殊PP仕様の同人誌を完成させた事は確かだ。
……応援の一環だったとはいえ、本人に見られてしまったのはデジたん最大の失態であった。ナマモノ題材において、こういったモノは検索避けとか、本人の目に入らない配慮を重々にすべきだったというのに……。
デジたんはそんな事が頭を埋め尽くして申し訳ないやら、恥ずかしいやらで穴があったら入りたい気分だった。
「あ、あの一件については私に出来る贖罪であればなんでも致しますとも! えぇ、肩叩きマッサージ、いつも通りにお部屋の掃除でも! 重たい買い物のお使いやお食事のご用意! 果てはお薬の実験台! そりゃあなんでも!!!!!」
だから、せめてもの償いに、何でも言うことを聞くと言ったものだが。
「いや、食事の用意や実験台とかはトレーナーくんがやってくれるから必要ないよ」
デジたんはがっくりと項垂れる。薬の実験台までやらされているトレーナーを労りたい気持ちもあったが、今は目の前にいるタキオンの事をへの詫びを入れたいという気持ちの方が勝った。
デジたんは恐る恐る顔を上げて、彼女の様子を窺う。
「うぅ、でも、それでは私に出来る償いは……」
何故かアグネスタキオンが小動物を目の前にしたような目で、ニヤリと笑う。
「じゃあ、今年も私の事を描いてもらおうかな」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
デジたんは目を丸くするばかりだが、タキオンは楽しげに笑っていた。
「いやはや、デジタルくんとこうやって実際に面と向かって描いてもらうのは初めてかもしれないね。なんたって描いているところはあまり見せてくれないんだもの」
――そりゃあ、モデルになったご本人様にあたしなんかの同人誌を見せるなんて出来っこありませんよ。美術の授業とかならいざ知らず。
デジたんは心の中で呟いた。
しかし、どうしてアグネスタキオンが『自分を描いてほしい』と願い出てきたのかよく分からなかった。美術的に上手い絵を描いてほしいなら、アグネスタキオン自身から公認でモデルになってもらえるとなれば自分よりも上手い人が諸手をあげて大挙してきそうな話だが。
「えっと、その、あたしなんかの絵でいいんですか……?」
デジタルがそう訊ねると、彼女はいつもより澄ました声で囁くようにいった。
「……私は、キミに描いてほしいんだ。それはだめな事かい?」
――…………なんですか。幻聴ですか? それとも白昼夢ですか? …………あ、いえ、これ反応見たさにからかわれてるヤツですね。デジたん理解しました。
タキオンのニヤニヤとした顔を見て、デジたんは瞬時に理解した。同室の付き合いだから、お互いの性格はある程度把握している。
その思惑をちゃんと理解した上で、デジたんは「ゴフッッ!!!」と咳き込んで勢い良く悶えて床に倒れ込んだ。
――無理ぃ!! からかわれてるだけと分かってても、こんなご褒……じゃなくて、身の丈に合わない扱いを受けるのはありえなさすぎて意識が飛ぶゥ!!!
身もだえるデジたんを眺めながら、タキオンは満足げに笑いながら怜悧な声でデジタルに言い寄ってきた。
「デジタルくん。私は、どうしてもキミからの贈り物がほしいんだ。……それに、『なんでも致します』と言ったのはキミじゃないか?」
耳元で囁かれる言葉が、デジたんの鼓膜どころか脳みそをぐらぐらと揺らす。頭が溶けそうで、思考が上手く回らない。
仰げば
だけど、何故か、今日に限って、アグネスタキオンの様子がいつもとは違う。
――ちょっとだけ、なんなのかはあたしなんかにはよくわかんないけど、からかい目的以外で、なんか、こう……。
アグネスデジタルは直感的に、「デジタルに自分を描いて欲しい」という言葉だけは嘘ではないのだろうと感じていた。そういう事に関してはつまらない嘘をつくような人物ではない。
それだけは、それだけは礼儀としてちゃんと果たさねばならない。安易に気絶オチで逃げおおせるなんて、アグネスタキオンに対する不遜だ。
「え、えぇ。よろしいですとも! 描けば、描けばいいんですね!」
デジタルは半ばヤケになった。
――オモチャにされるのも、きっと罪深いあたしへの罰なのでしょう。タキオンしゃんは勝手にモデルにされた憂さ晴らしをしたいに違いない。ならば、あたしはその罰を甘んじて受けましょうとも!
自分の行いへの罰。それを免罪符にして『甘美なご褒美を受け入れている』という事実は、頭の隅に追いやった。追いやらねば、脳がそのまま焼き切れてしまいそうだから。
とはいえ、覚悟を決めて邪念を取り払ってしまえば後は早い。
アグネスデジタルは、絵を描くのが得意だった。何せ同人界隈では百戦錬磨の猛者である。ウマ娘ちゃんを描く事だけに関しては、界隈内でもトップクラスのエリート戦士だ。
画材を思いのままに動かして、目の前のお麗しいお姿のウマ娘ちゃんをそのまま形にしていく。
「……ふぅん。描く時にもっと面白い反応を期待していたんだけど」
そんなデジたんの様子を見ながら、タキオンは不満げだった。やはり、茶化す事は目的の一つだったらしい。
「……あはは、慌てふためく姿を見るのがタキオンしゃんの望みならば、その通りにいたしましゅが……」
タキオンはデジタルの返事を聞いて、少しだけ不満げに目を細める。
「そりゃあ、多少なりとも妬いてしまって意地悪をしたくなるというものさ」
タキオンが拗ねた子供のような声色で言った。タキオンは案外こういう側面がある。
――タキオンしゃんが、妬いてしまう? 何を? あたしの脳髄を? ご心配せずともレース観戦とかで常に焼かれっぱなしですが……。
「えっと、ご不快にさせてしまったのであれば申し訳ありません。でも、あたしはタキオンさんをご不快にさせるつもりは毛頭……いえ、ご指摘いただければ、全身全霊を取得してでもそれを改善する所存です!!!!」
デジタルは恐縮してそう告げるが、タキオンは相変わらず目を細めていた。
「いやいや、改善してくれとまでは言わないよ。むしろ、熱意をもって他人を応援するキミの姿勢は正直いって賞賛に値する」
それに付け加える形で、タキオンが視線を逸らしながら小さな声で言い並べた。
「……ただ、去年あれだけ私を応援してくれたというのに。今では私の"ライバル"の方を黄色い声をあげて応援している姿を、これでもかと言わんばかりに見せつけられている。それを妬くな、という方が酷な話とは思わないかい?」
タキオンがぽつりぽつりと呟くのを聞いて、デジたんは真顔になった。
――……それって、最近あたしが後輩ちゃんを推してたからタキオンさんがヤキモチ妬いてる……ってコト!?
「ワぁ……ア……」
デジたんの喉から、最近流行りの
その事においてタキオンが『思うところ』をデジタルが理解してくれた様子を見た事で、機嫌を直したとばかりに「フゥン」と満足げに鼻を鳴らす。
「ま、そういうわけだ。クロフネの本を取りやめて私の本を描け……なんて傲慢な事は言わないさ。先も言った通り、熱意をもって他人を応援する姿勢は賞賛に値する。私もあの子のやった事は純然たる偉業だと思っているしね。それを讃える作品を創造する事へ、存分に腕を奮うといい。何なら対戦相手であるこの私が彼女の走りについて幾ばくか語ってやる事さえ出来る」
デジタルがクロフネを応援したい気持ちについては、タキオンは優しい笑顔を浮かべながら全面的に肯定してくれた。その上で、座っていた椅子から立ち上がり、タキオンとデジタルのお互いの顔が目と鼻の先にある状態にまで近づけて……硬直したアグネスデジタルの瞳を真っ直ぐ見つめながら、また怜悧な声色で言いつけた。
「……だが、それとこれとは別問題だ。そうだろう?」
アグネスタキオンは妖しく微笑んだ。そして、アグネスデジタルは、ついぞこのご褒美……もとい、"お叱り"に耐えきれず椅子から転げ落ちるように仰向けに倒れ込む。
タキオンは、意識を失ったデジタルが頭を打たないように受け止めながら、そっと床に寝かせた。
「……好意という感情が移ろいやすいとは重々理解しているから、その辺りはこれ以上責めないがね」
アグネスデジタルが気絶しているのを確認してから、タキオンは誰にいうでもなく独り言で呟いた。
デジタルが気絶から立ち直ってから、タキオンは気持ちが晴れたと言わんばかりに背もたれに体を預ける形で椅子に座っていた。
「まぁ、自分の絵を一枚さっと描いてほしいというのはまぎれもない本心さ。クロフネを描くのに忙しいというのなら、無理にとは言わないけれど」
負担ならば無理強いはしない。それだけはタキオンからの何の紛れもない気遣いだったが、デジタルにとってタキオンの姿を描く事は無理強いでもなんでもなかった。むしろ後ろめたい事なく描画出来るなんて、ご褒美に等しい。
「い、いえいえ。むしろ喜んで描かせていただきますとも!!!!!!」
だから、デジタルは元気よく答えて、早速画材を手に取った。
――あぁ、幸せ……。タキオンしゃんのお美しい姿を、本人から望まれて絵を描く事が出来るだなんて……。
デジタルは、画材を操って、目の前のお麗しいウマ娘ちゃんを描き始めた。
中性的でありながら、女性的な柔らかさと凛とした美しさが両立しているタキオンのご尊顔。脚はすらりと長く、その長い手足は華奢でありながらもしっかりと筋肉がついていて、十二分に鍛え抜かれたものだと分かる。
タキオンがそこにいるだけで、ただの画用紙が至上の芸術品となる。
デジタルの指先はまるで羽のように軽かった。
普段よりもずっとスムーズに、筆が動く。下書きがすぐさま終わり、デジタルは迷いのない動きで次の行程に移る。
――次はえぇっと、体部分からの描画で。まず胸の形をハッキリと…………胸……………むね……。
「……ん、どうしたんだい?」
タキオンはデジタルの視線が自分の胸に注がれている事に気が付き、いたずらっぽく女性的な笑みを浮かべる。
豊満なそれは、重力に逆らうようにツンと張りがあった。
タキオンは、これ見よがしに自身の大きな双丘の片方を抱え上げるようにして手で持ち上げる。
――――――――――――。
デジタルは、思考が停止した。
さっきとは、別方向から攻められている気がする。
デジたんは、失礼のないように視線を明後日の方に向けた。
――違う。あたしは、ウマ娘ちゃんに対して、憧れこそはあっても、そういった方向性の
志した信念を己の焼け爛れた脳髄へ必死に言い聞かせるが、どちらにせよ直視するのが恥ずかしいという事には変わりない。
顔は真っ赤になってるし、頭から湯気が出てるけど、けど……人として、ウマ娘として、学生として、『絶対に踏み外してはいけない道』がある。
それを再認識したデジタルは、タキオンの両腕へ手を伸ばしてそっと掴んだ。そうして、今度はデジタルの方からタキオンの瞳を見つめる。
「そ、そういうからかい方は……あたしなんかよりも、もっと、たいせつな、ヒトのために、とっておいてくだ、しゃい……」
それだけ言うのが精一杯だった。言ってから、思わず涙目になる。顔が熱い。デジタルは、冗談でもそういう迫られ方をする事に耐性が皆無だった。
デジタルの悲痛な懇願を聞いたタキオンは、今度こそは「悪かった」と申し訳なさそうな顔で謝ろうとした。
「デジタルさん。今日のトレーニングもご一緒に……」
だが、それよりも先に、部屋の扉がゆっくりと開いた。クロフネが入室してきたのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
真っ赤な顔で目を潤ませて、アグネスタキオンの腕を掴んでいるアグネスデジタル。
胸を強調する仕草の状態で、憂いを帯びた顔ながら、されるがままに拘束されているアグネスタキオン。
彼女達の自室、誰にも邪魔されないふたりっきりで、そんなシチュエーション。クロフネにはそう映った。
「…………………」
デジタルが評した通りクロフネはとても賢い子だった。だから、何も見なかったかのように無言で扉を閉めた。
「ちょ、後輩ちゃん? え、後輩ちゃん!!!!!!?」
そして、そのまま廊下を走り去って行く音が聞こえた。
この怪物は、戦場を選ばない。廊下だってその例外ではなかった。
「後輩ちゃあっぁぁあっぁあああああんん!!!!!!!!!!」
デジタルの絶叫が響く中、その日はクロフネが再び訪ねてくる事はなかった。
「あたしは……あたしは……あたしは…………あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………」
もっと紳士的な手段でタキオンを宥められなかった事への自己嫌悪と、クロフネに誤解された事への後悔で、また夜な夜な変な声を絞り出していた。
「…………寮長、だから、違うんだよ……今回も決して、そういう事はしてなくてだね……本当だって……え? ……『クロフネが涙目で報告してきた』……? ……いや、それは本当に誤解で……」
路線決定アンケート結果:
≪ネームド×ネームド≫:29票
≪デジたん総受け≫:155票
アリスデジタル先生「…………………どゆこと……?」
次の対戦相手
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テイエムオペラオー
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メイショウドトウ
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唐突なNTR(ナリタトップロード)展開