当たり前の話だが、トレセン学園では競技に関わる事以外の基礎的な教養を生徒に教えている。
今日は一部の生徒たちに対して、美術の宿題が出た。テーマは自由。風景画をテーマにしたり、推しのウマ娘ちゃんを描いたり、仲の良い子をモデルにしたりと様々だ。
「ミテミテーカイチョー! ボクノカイタカイチョーハカ゛ワ゛イ゛イ゛ヨ゛!」
「ふふっ、テイオー。キミは絵が上手だな
「ジンブツガナンテヨユーヨユー! ツギモハナマル トルモンニ!」
トウカイテイオーとシンボリルドルフがお互いの絵を描きあっていた。普段からそうであるが、この二人はこういう時も仲睦まじい。
そんな二人におずおずと近づいてきたのは、ビビットカラーが特徴的なツインターボであった。
「あ、あの。トウカイテイオー」
ターボは、もじもじとしながらトウカイテイオーに声をかける。トウカイテイオーは絵を描きながらもそれに応える。
「ドウシタノツインターボシショ-? ボクイマチョットイソガシイカラマタアトデイイカナ-」
以前のように名前を間違えないようになったし、無碍にしているのでない事は伝わるが……テイオーとしてはシンボリルドルフとの関わりを最優先に考えている節がある。
ターボは、テイオーの態度に少し悲しそうに表情を浮かべた。シンボリルドルフはそれに気づいた様子で、心配そうな視線をトウカイテイオーとターボに向けた。
「なぁ、テイオー。 ツインターボの絵も描いてみるのもどうだろうか?」
助け舟だった。これが不和の種となるのは、シンボリルドルフとしても、本意ではない。そう判断したシンボリルドルフは、柔和な微笑みを浮かべながら提案してみた。
しかし……。
「エー。ボクハイマカイチョーヲカイテルカラナァ」
テイオーは手元の用紙から視線を逸らさず、そんな言葉を返してきた。シンボリルドルフは、ターボと共に硬直する。
「テイオー、そういう言い方は――」
「もういい」
ターボは顔を俯けながらそう言って、すぐにその場を駆け出してしまった。残されたのは、呆然としているシンボリルドルフと絵を描く事に集中しているトウカイテイオーだ。
「ヨォシ、カキオワッタゾォ! ゴメンゴメン、ターボ。仕上げのタイミングだったから手が離せなくて……あれ?」
トウカイテイオーは、視線を紙から離して周囲を見回す。しかし、ターボの姿を見つけられなかった。
テイオーは不安そうにシンボリルドルフの方に視線を送る。ルドルフもそれを受けて、ため息を吐いた。
「あ、あれ? ツ、ツインターボ師匠は……? コレ終わったらターボにもモデルになってもらおうと思ってたんだけどぉー……」
「……後でちゃんと説明して謝った方がいい」
ツインターボは半べそをかきながら部屋まで戻っていた。
ここまで必死に走ってきたが、気を緩めると涙がボロボロとこぼれてしまいそうだ。鼻呼吸すると、ぐずぐずと湿った音が鼓膜に響く。
ツインターボは、机に向かって絵を描き始めた。彼女も今日の宿題は、絵を描く事だった。
――テイオーのバカ。
雑なラフで描いてあったトウカイテイオーの人物画をぐしゃぐしゃと塗りつぶしてから、ツインターボは落ち込んだ様子で項垂れた。
――ターボ、テイオーに嫌われちゃったのかな……。
ツインターボは、様々な事があって以来はトウカイテイオーとは仲がいい。それゆえに、美術の宿題は「トウカイテイオーにモデルになってほしい」と言いにきたのだが、出迎えたのはあの言葉。
先程の事を思い出したら、勝手に涙がポロポロ落ちてきた。テイオー以外を題材にしてたった今描き始めた絵も、ツインターボの涙でぐしゃぐしゃになってしまった。
ツインターボは泣きながら筆を動かすが、どうにも気分が乗らなかった。頭の中をぐるぐると巡るのは、トウカイテイオーの事ばかりである。
――こんな時、どうすればいいんだろう。
泣いてもなにも解決しない事も分かっていた。悲しくても、美術の宿題はこなさなければならない。こういう絶不調の時に絵を描くにはどうすればいいのか。
ツインターボの脳裏に、絵が上手いと噂のウマ娘達の顔が浮かんでいた。
「え? 悲しい気分の時に、絵を上手に描く方法?」
ツインターボと一緒に廊下を歩くライスシャワーは、不思議そうにそう聞き返す。その問いを投げかけた相手からは無言の頷きが返ってきた。
普段なら、絵本を描くのが趣味である事がバレないように誤魔化したのかもしれないが、ライスシャワーは相手の様子を受けて真剣な面持ちで考える。
「そうだねぇ。ライスなら、好きな人と一緒におしゃべりしながら絵を描くと、上手に描いたり出来るかなぁ」
ライスシャワーはトレーナーと一緒に絵を描く場面を想像して少し顔を赤くしながら、ツインターボにそう告げた。
だが、トウカイテイオーと不和が生じた今のツインターボにとって、それは地雷であった。
ますます、ツインターボの涙腺が緩んでいく。ライスシャワーはそれに気づき、慌ててツインターボをなだめるように手を振る。
「えっと、ええと!」
あたふたしながら必死に考えた後、一旦深呼吸。そしてライスシャワーは優しく声をかけた。
「もしよければ、ライスと一緒に練習しない? ターボさん、手先が器用だからきっとすごくうまくなれると思うよ。あ、それと……絵が苦手なら、別の事をしてもいいんだって! なんだっけ……粘土とか?」
ライスシャワーはしどろもどろに言葉を選びながらそう提案してくる。ツインターボは意味ありげな、視線をライスシャワーに向けた。
「……漫画が描きたい」
そのツインターボの言葉を受けて、ライスシャワーは更に続ける。
「なら、あの人に教えてもらおっかっ」
そう言って、ライスシャワーはツインターボの手を引いてその教えてもらう人がいるであろう場所に向かった。
「……ちょっと待って。その流れでなんで、アタシのところに来るわけ?!」
ツインターボが相対した人物は、メジロドーベルであった。練習レース場の前で、タイキシャトルをモデルにスケッチを始めていたが、ライスシャワーたちが「漫画の描き方を教えてほしい」とやってきたのを見て露骨に動揺していた。
「その流れなら、こう、デジタルのとこ行くでしょ!」
「Hahaha。だってドーベル、最近人気ヒートアップ中のどぼめ――」
タイキシャトルはニコニコと笑いながら何かを言いかけたが、即座にメジロドーベルはその口を手で塞いで言葉を遮った。
そして、何事もなかったかのように二人の方に向き直る。
「まぁ、絵は描けるけど……漫画って、何を描きたいの? 教えられるかどうかも、ジャンルによるし……」
メジロドーベルは顔を赤らめながら、ピコピコと耳をしきりに揺らしていた。その様子に、顔を見合わせるライスとターボ。機嫌よさそうにニコニコと笑っているタイキシャトル。
ツインターボはしばらく考え込んでから、メジロドーベルに言葉を投げかけた。
「ウマ娘の、レース勝負の漫画。ターボ、描きたい場面があるの」
ツインターボの返答に、メジロドーベルは目を見張る。そして、小さく唸りながら考え込んだ。
「……デジタルの方が詳しいかもしれないわね。やっぱり」
「デジタルさん! 今日の宿題、私をモデルにしたかったら是非とも――」
「そろそろ私の番でもいいんじゃないかなぁ。同室だから、夜までモデルに付き合える。合理的だろう?」
「……デジタルさんの技量ならば、夜まで付き合う必要性は無いかと……」
アグネス組の寮室にて、今日はトプロとタキオンとクロフネ達が、デジタルの宿題に自らがモデルを志願していた。
「……えぇっと……」
デジタルはなんでこんな事になっているのか、よく分からない。ウマ娘ちゃんにお時間を割いていただけるだけで光栄だというのに、憧れのウマ娘ちゃん達の方からモデルになってくれると申し付けにきている。
――これは、もしかして夢……?
デジタルはそう考えて、自分のほっぺたをつねってみた。痛い。とても痛いので、どうやら現実らしいと気がつく。
思わず、デジタルは天を仰いだ。
――……違う。
デジたん自身が、こんな状況になっていいはずがない。身の程をわきまえて生きるべきだし、どちらかといえばウマ娘ちゃん達の仲睦まじい光景を空気になって見守りたい側なのだ。
すなわち、"デジたん以外のウマ娘ちゃんと、デジたん以外のウマ娘ちゃんが仲良くしている光景がこの世界に描かれるべき"であって……こうして、デジたん取り合い紛いの事態になるなんて、解釈違いだ……。
そんな風に冷静に分析する理性と、流されるままに流されたい衝動がデジタルの心の中でせめぎ合っていた。
そんな葛藤しているデジたんに、新しい来客が訪ねてくる。
「デジタル。いる?」
コンコンとノックをした後、ドアを開けたのはメジロドーベルであった。
「あ、どぼ……じゃなくて、ドーベルさん。いらっしゃいませっ」
慌てて出迎えるデジタル。みれば、後ろにはライスシャワーとツインターボもいる。メジロドーベルは、そんな二人を引き連れて部屋の中に入ってきた。
「は、はわわっ。ライスシャワーさんにツインターボさんではありませんかっ! こ、これはいったいどういう……」
動揺するデジタルに、メジロドーベルはこれまでの経緯を説明をした。
「……ふむ、なるほど。そういうわけですか」
部屋に集ったウマ娘達がテーブルを囲み、デジタルはそれぞれの前に粗茶を用意する。
「あはは、でもあたしは単なる一学生ですし、漫画を描く事が別に得意というワケでは――」
「いや、今回はターボの為だしそういうの省いていいから」
「あ、ハイ……」
ドーベルとデジタルは何かコソコソ話し合っているが、周囲の者達は深く突っ込まないようにした。
デジタルがコホン、と咳払いをしてから話を始める。
「確かに――あたしは漫画を描けます。ただ、他人に教えるほど上手いかといえば……」
これはデジタルの謙遜ではなく、当人は本当にそう思っている。絵が上手い生徒のウマ娘は、他にもたくさんいる。
だから、ツインターボの望むように助言や手伝いが出来るかどうかは確信がなかった。
デジタルはちらりと、メジロドーベルを見やる。
「……?」
その視線にドーベルは首を傾げた。
今回の場合、技術的な話というよりもツインターボがトウカイテイオーと仲直りするきっかけをどう作ればいいか、という話に持っていくのが最善なのだろう。
であるならば、この案件はこれまで絵によってそれぞれの絆というものを描いてきたメジロドーベル――『どぼめじろう』の領分ではないかとデジタルは考える。
どぼめじろうは、原稿をはけ口に自分の欲望を満たしてきたアリスデジタルとは違うのだ、と。
「やはりこの件はドーベルさんを主導に……」
デジタルはドーベルに話を振ろうとしたが、ツインターボの表情が目に入った。
ツインターボの顔は、寂しげで弱々しい印象を受けた。どうしていいかが分かっておらず、困っている時の表情だ。
「…………」
それを目にすると、続く言葉は失せた。代わりに、デジタルらしい言葉が飛び出す。
「おまかせください! ウマ娘ちゃんが困っているのなら手を貸すのがデジたんの務め! 微力ながらもお力になりましょう!」
そう決意を表明し、ドーベルと頷きあった。安堵したように微笑む周囲の者達。ツインターボは、デジタルの答えを聞くと、パァッと目を輝かせるのだった……。