アリスデジタル先生   作:稗田之蛙

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ダブルジェットvs勇者&どぼめじろう(後編)

「はぁ~……これはこれは、すでにプロットを原稿に書き起こしてあるんですかぁ……」

 ツインターボが作った手書きのストーリー漫画に目を通したデジタルは、目を丸くして感嘆した。

 その漫画は、ツインターボの視点で描かれた一つの架空レース。絵は素人が描いたラフな状態ながらも、ストーリーは要点がきっちり押さえられていた。

 しかも、物語として破綻していない。レースの内容が詳細に描かれており、登場人物は活き活きと動き、勝負の緊迫感もきちんと描かれていた。

 デジタルは感動に震えていた。それはその漫画の能力が高かったからというよりは、ツインターボからの気持ちが詰まっているように感じたからこそである。

 ――あぁ、手前味噌ではなく他のウマ娘ちゃんが描いたレース漫画……見てるだけで創作意欲が、すごい捗る……。

 感動に打ち震えるのも数秒の間。デジタルはすぐに思考を切り替えると、ツインターボにどんなアドバイスをするべきかと考え始めた。

 しかし、その前に確認しておくべき事がある。

「この、いくつかの場面で塗りつぶしてある様子ですが」

 アグネスデジタルは、原稿のぐしゃぐしゃに塗り潰してある部分を指差しながら、ツインターボに問いかける。

 そう問われて、ツインターボは動揺した様子を見せた。

「あぁ。えぇっと……」

 ツインターボは、返答に窮している。ドーベルの方はその反応で大体の事を理解した。

「そう、ターボ描くの失敗しちゃってぇ! だからその部分は塗り潰したんだぁ~」

 ツインターボは失敗を開き直ったように笑いながら、後ろ頭を手で掻いてそう答える。

 その空元気がドーベルには痛々しく思え、何も言えずにいた。

 しかし、アグネスデジタルは、原稿を真剣な顔つきで見つめてから……満面の笑みでツインターボの方を向いて話す。

「では、この部分だけ綺麗になるように修正しましょう! これらは一つの物語として描くに価します」

 ツインターボの眼差しは、動揺と戸惑いで揺れていた。しかし、すぐに照れたような笑いを取り繕う。

「えへへ~、ターボも結構上手でしょ? 手先は器用なんだぁ~」

 ツインターボは、誤魔化し笑いを浮かべながらそう答えた。

「一旦スキャナーで読み取って、塗り潰された部分の修正と一緒に線画の抽出もやっちゃいましょう! その辺りパソコンに任せると、ラフの清書作業の時に便利なんですよー」

 

 そういって、一旦皆から離れてツインターボの原稿を手に自身のパソコンまで移動するアグネスデジタル。ドーベルはそれを追いかけるようについていく。

 そして、部屋を移動して二人っきりになった際に小さな声でアグネスデジタルに声をかけた。

「ちょっと、わかってるの?」

 デジタルもそれを受けて足を止める。

 

「塗り潰されてるのテイオーさんですよね。コレ」

 

 ドーベルは驚いた顔を浮かべ、アグネスデジタルを見つめて立ち止まった。

「デジタルも、ターボの様子からわかったの?」

 アグネスデジタルはドーベルの問いに首を振る。

「いえ、この原稿の描写からの推測です。主人公の視点であるツインターボさんの大逃げに迫り来るこの特徴的な先行ぶり……おそらくこの塗り潰されてる部分は、全てトウカイテイオーさんです!」

 自信満々で自分の推理を語るアグネスデジタルの言葉を呆然と聞いていたドーベルだったが、しばし考え込む。

「……うん、私もそう思う。けど、原稿からは分からなかった。ターボの様子から分かった」

 今度はデジタルが驚いた顔を、それもドーベルよりいくらか激しく表情を崩してから、申し訳なさそうに頭を垂れた。

「あ、あたしとした事が、ウマ娘ちゃんの、ターボさんの機微に気を配れないだなんて……一生の不覚……ッ!!!」

 悔しそうに、震える拳を握りしめるデジタル。ドーベルはその様子にまた呆然としてから、笑みを零す。

「――ただ辿り着くまでの道が違うだけの話。これに限ってはそうじゃないかしら?」

 どぼめじろうとアリスデジタル。二人の作家は、ツインターボの原稿を真剣な眼差しで見つめた。

 

 

 ツインターボは、ライスシャワーと戦った事がある。不敗の怪物を仕留めたあの黒い刺客に打ち勝ち、トウカイテイオーに"諦めない事"を示してみせた。

 ツインターボは、メジロマックイーンとも有馬記念という大舞台で戦った事がある。ライスシャワーの時のように打ち勝つ事は出来なかったが、それでも彼女特有のハイペースな大逃げでヘリオスと競い合ってみせて、観客達を大いにわかせた。

 ……だが、トウカイテイオーとは一度も競い合った事がない。ツインターボは、トウカイテイオーと一度も勝負した事がないのだ。

 

 漫画に描かれているのはトウカイテイオーとツインターボが同じ戦場に出陣する、架空の"有馬記念"。

 同じレース、同じ舞台で戦った事のない二人の勝負が、描かれたストーリー漫画。

 

 デジタルとドーベル達のリアルにおいて、今年の有馬記念にツインターボは出ない。その代わりに、トウカイテイオーが出陣する。

 競争者としてはあまりにも長いブランク。ビワハヤヒデを筆頭に、数々の多くのファンから支持された猛者達が集う修羅場。

 どういう結果になろうとも、それぞれがそれぞれの全力を尽くす。トウカイテイオーも、何処かの誰かの為に"諦めない事"を示す為に勝たなければならない。

 

 ……ただ、『今年の有馬記念にはトウカイテイオーが出場して、ツインターボは出場しない』というのは一つの明確な事実だった。

 

 

「……だからターボさんは、これを描いたんですよね」

 二人で協力して手早く線画の抽出や"ゴミ取り"の作業をしながら、デジタルはぽつりと呟いた。

 一人のウマ娘の、切実な願い。叶わなかった一つの夢。熱く、けれど何故か寂しさのようなものを感じる闘志。

 ――……どんな気持ちでこれを描いたんでしょうか……?

 デジタルは、塗り潰されたトウカイテイオーの姿を見つめながら、そう考え続けていた。

「綺麗な空白に修正出来たとして、これをテイオー以外に書き換えていいものかしら」

 ドーベルは難色を示した。有馬記念をツインターボと一緒に走っているのがトウカイテイオーであるか、そうでないか。その差はあまりにも大きい。

「ドーベルさん。例え話なんですが、創作物は一つの表現方法なのだとして――」

 デジタルは、躊躇いながらも語り出す。それは彼女なりの持論の言葉であり、その彼女もまだ明確な道筋が出てない答えでもあった。

「その表現したモノは、他人には隠しておいた方がいいものなのでしょうか? いえ、あたしがそんな事を言うのはなんかお門違い甚だしいのかもしれませんが……」

 デジタルは、ツインターボの漫画を見つめながら、少し考え込んでいた。答えを出すのに、迷ってもいる。

「"物語は心そのもの"」

 ドーベルは、逡巡するデジタルにそう言葉を返した。

「だから伏せたい部分があって当然。だって、何から何まで筒抜けなんてイヤでしょう? だから創作者である私達は、物語について1から10まで語らない。――だけど、読者に1の部分すら読んでもらえないのは、物語として寂しい事だと思う」

 それが今まで幾数人もの絆と向き合い、漫画や絵として描いてきた『どぼめじろう』という作家の見解でもある。

 物語というものは、全ては語れないもの。だけれど、それは読み手を信頼しての事なのだ……とドーベルは思う。

「だから――描写するべき事なのか迷っていても、それでも読み手を信じる方法で伝えようとしなければならない事もあるんだと思う」

 

「…………」

 デジタルはそれを聞いて、ぽかーんとした後、ハッとしてしきりに頷いた。

「や、やはりあたしが思って通り貴女は素晴らしい描き手です! さすがはどぼめ――」

「は?」

 ドーベルは周囲に『どぼめじろう』として作家活動している事をひたすらに知られたくないという事を、デジタルは思い出す。

「あ、いや、ど、どぼ、ドボォーベルサ゛ン……」

 とっさに、喉から濁音がついた汚い声を出して誤魔化した。……ドーベルもその点については深くは追求しなかった。

 

「……あ、先程のお話ですが。ドーベルさんのお言葉のおかげで、あたしのやるべき事が決まりました」

「やるべき事?」

 ドーベルはデジタルの手元の作業を覗き込む。

 

 ラフの線の部分と、塗り潰しに使ったインクの僅かなカラーの違い。

 コンピューターから補正をかけて、その差を明確にしたのち、塗り潰した部分だけを除去し、ラフの痕跡だけを洗い出す。そののちに、ラフの痕跡を線画が出来る段階まで、修正していった。

 

「さすが、デジタル」

「いえ、褒められるほどでは……塗り潰しが完璧じゃなくて助かりました……」

 デジタルは、そう言って苦笑した。ドーベルは、それを聞いて納得したように頷く。

「……ためらいがあったのでしょうね。諦めるには」

 作業を終えて、用紙に印刷する。デジタルは、印刷を2セット分繰り返し、1セットの束をドーベルに差し出した。

 それと共に、"とある情報"をドーベルに伝える。

「……そちらは、お願いします」

 ドーベルは、その意図を理解し、力強く頷いてそれを受け取った。

 

「あれ、ドーベル?」

「ごめん、ツインターボ! ちょっと用事があるからここで帰るね!」

 ドーベルは、部屋を出てくるなり、皆に対してそう言い切った。

 ツインターボは少ししょんぼりとしたが、引き止める事はしなかった。

 ドーベルの代わりとばかりに、デジタルが綺麗になった原稿をツインターボに渡す。

「わぁ、線がだいぶ分かりやすく――」

 ツインターボは、漫画を見てすぐに事態を把握した。そして、それを丁寧にめくっていく。

 ぐしゃぐしゃに塗り潰していたはずの人物が、トウカイテイオーであると分かるように綺麗に修正されていた。

 ツインターボは、そのページを数枚めくったあと、静かに閉じる。

「ありがとうデジタル。でも、このまま描いてもテイオーはターボなんて……」

 ツインターボは俯き視線を落とす。だが、デジタルはその言葉に対して、首を横に振る。

「あたしの意見は、先程も言った通りです。『有馬記念という大舞台で、ツインターボとトウカイテイオーが一緒に走る』という一つの物語は、十二分描くに価する事柄です」

 デジタルは真っ直ぐにツインターボの目を見ながらそう断言した。

 その言葉を受けて、ツインターボが目を丸くする。

「でも、こんな漫画を読みたいだなんて誰も……」

 ――デジたんは、とっても読みたいんですが。それをおかずにご飯何杯だっていってみせますよ?

 空気を読まない言葉をぐっと飲み込んでから、デジタルは続ける。

「あたしは、創作物というものは"誰かの評価を気にして描くようなものじゃない"と思ってます。あ、いや、あたしの場合は無論お叱りとかは聞き入れる前提での話で――」

 まるでたった今お叱りを受けたように、しどろもどろと弁明するデジタルの姿に、ツインターボは少し力が抜けたようだ。そして、おかしそうに笑う。

 デジタルも申し訳なさそうに笑ってから、表情を正す。そして持論を続ける。

「これはあたし達の宿題の一環だから、もちろん真面目に取り組む必要はあるのでしょう。でも、絵というのは、漫画というのは――物語というのは、心の表現方法の一つです」

 デジタルは、自分の胸に手を当てる。そして、真剣な眼差しでツインターボを見つめ直す。

「その心に、嘘をつく必要はないのです。誰かを傷つける内容でないのなら、思うがままに、好きな事を描けばいいとあたしは思います」

 その言葉を受けて、ツインターボは持っていた原稿を抱きしめた。そして、こくりと頷く。

「うん、わかった。ありがとうデジタル! ――……あと、その、さ」

 ツインターボは言いにくそうに少し視線を泳がせてから、呟いた。

「……本気でテイオーの事描いてあげたくなっちゃったから、本格的な道具、貸してもらえる、かなぁ?」

 デジタルは、ぱぁっと満面の笑みを浮かべてしきりに頷く。

 ――作家同志がもう一人キタコレ!!

 そんな場違いな事を、デジたんは心の中で叫んでいた。成り行きを見守っていたライスシャワーやタキオン一同は、なんとなくデジタルの内心を把握しながらもどこか微笑ましい気持ちで二人の様子を眺めていた。

 

 

「これがターボの勝負服だぁー!」

「ふぉぉぉぉ!! ツインターボさんの勝負服がこんなところで拝めるだなんて……参考資料あざっす!!!!」

「どうだー! カッコいいだろー!!」

 メイン作業を行っているツインターボと、アシスタントの真似事をしているアグネスデジタル。

 漫画を描くのに必要だからとツインターボは勝負服を着用してきてくれたが、勝負服披露の場なのか漫画を描く場なのかよく分からない盛り上がり方である。

「一日で描けるようなものなのかい? 漫画とは」

 漫画家おチビ二人組の様子を見守るようにしながら、紅茶を入れている同室のタキオン。

「んん……土曜日と日曜日は使うでしょうねぇ……でも月曜日の提出までには間に合わせます、ハイ」

「がんばるぞー! おー!!!」

 タキオンの指摘に、デジタルは「へへへ」と苦笑する。対照的に、ツインターボは、やる気満々といった様子で叫んだ。

 タキオンは少し微笑みながらその様子を見つめると、テーブルに紅茶を入れたカップを置いていく。

「少し喉を潤しておくといい。"必要"だろう?」

「は、はは……」

 そう言って、タキオンはデジタルに向けて意味ありげな笑みを向ける。デジたんはますます、苦笑を強めて、乾いた笑いをもらした。

「ん、どうした? デジタル、紅茶嫌いかー?」

 ツインターボは、自分の紅茶をこくこく飲む。……そして、ぷはーっと豪快に声をあげた。

 まるで居酒屋の酒飲み小僧だと言わんばかりの仕草である。あまりにも可愛らしくツインターボらしい様子に、デジタルは思わず癒されて尊死しそうになっていた。

「ふぉぉぉ……」

 尊い、尊すぎる。思わず拝みそうになるが、デジたんはなんとか堪える。

 

 そういうやり取りをしていたところで、ドーベルが呼びにきた。

「おや、遅かったね。人手は足りるかい?」

「……できれば来てほしい」

 ニコニコと微笑むタキオンに対して、ドーベルは「話が早い」とばかりにそう呟いた。

「ドーベル! 困り事か? だったら、ターボも手伝うぞ!」

 ツインターボが、上着を腕まくりをしながらそう言う。ドーベルは、それに対しておおきく頷いた。

「うん、ターボが必要。貴女に来てほしい」

 そう言って、ドーベルは部屋にいた全員を連れて、中距離レース練習場に向かっていく。

「練習道具の片付けかー?」

 ツインターボはそんな事を呟いていたが――練習場についたあと、その光景を見て目を見開いた。そこには、一人のウマ娘が真紅の、不死鳥のような勝負服を着て、準備体操を行っている光景があったのだ。

 

「トウカイテイオー……」

 

 ツインターボが、そう呟く。そして、ごくりと息を呑み込んだ。

 トウカイテイオーはその声を待ちわびていたように、ターボの方を見てニカッと笑った……後に、しょげる。

「ターボ! さっきごめん! 絵が仕上げのタイミングで、手が離せなくてェ~……」

 心底から申し訳なさそうな、耳のへたれたワンコのような仕草で謝罪を向けるトウカイテイオー。

「あ、でもでも。カイチョーの後に、ターボにぜひモデルになってほしかったんだ! だってさ、オールカマーの時のターボ、すっごい恰好よくて――」

 そこまで言いかけたところで、シンボリルドルフが彼女の隣に立ち並ぶ。……見れば、彼女も専用の勝負服を着込んでいた。

「今年の有馬記念を共に走る、というわけにはいかないのだろうが。これから行われる模擬レースは、トウカイテイオーが有馬記念で復活する為の前哨戦のようなもの。――このシンボリルドルフ、その戦いの相手に不足はないという自負はある」

 そして、シンボリルドルフはツインターボに向けて穏やかな笑みを向ける。

「ツインターボ。キミには、テイオーを導いてくれた礼がしたい。この"夢の13R"への招待状、受け取ってはくれまいか?」

 ツインターボは、その姿を見て……そして、ルドルフの言葉を受けて。両の拳をゆっくりと握り締め、大きく頷く。

 ルドルフの語りに聞き入り、少しだけ涙を浮かべながらも微笑みを向けてくるトウカイテイオー。勝負服を身に纏って練習場に集ったのは三人だけでなく、アグネスタキオン、クロフネ、ナリタトップロード、ライスシャワー、タイキシャトル……

 

「……デジタルさんが、不参加というのは残念ですが……」

「おやおや、我がライバルともあろうものがよもや無気力試合とでも? お互い、真っ白に燃え尽きるのはまだ早すぎるというものではないか」

 クロフネの言葉に、タキオンがくつくつと笑う。二人の間に、バチバチと火花が散るような視線を交わされる。ナリタトップロードは、それに反応してあわあわと手をばたつかせた。

「ふ、二人ともー! テイオーちゃんとターボちゃんを仲直りさせる為の模擬試合なんだから、あんまりバチバチしないでくださーい! そんなに本気にならないでー!」

「ら、ライスも、テイオーさんと同じでこれが今年の有馬記念の前哨戦になるから……本気でがんばるぞ~っ!」

「イエース! ホンキもホンキ、Let’s go all out!!」

 ライスシャワーやタイキシャトルも、大慌てになっているトップロードを傍らに、やる気に満ちた表情でそんなやり取りを交わす。

 ツインターボは、全員が勝負服を着用させた事に驚いて目をぱちくりとさせたが――事態を把握して、すぐにニンマリと笑った。そして、少し胸を張って大きな声を出して叫ぶ。

 

「よぉし……みんな、ターボについてこーい!!」

 

 その言葉を合図に、全員がスタート位置に着いた。そして――模擬レースが始まる。

 

 

 観客席に座って、ハスハスと目を光らせながら、デジたんはその様子を眺めていた。

「ふひょほぉォォ~~~っ!! こ、このウマ娘ちゃん達が勝負服勢揃いの壮観な光景! こんな幻想的な展開を一人きりの特等席で見物出来るだなんて――」

「いや、一人じゃないけど」

 いつの間にか横にメジロドーベルがいた。二人とも、ツインターボの漫画の資料の為に筆を走らせたり写真やビデオを撮ったりしていた。

「お、おぉ。ドーベルさん! 見事やりきりましたね!」

「べ、べつに。アタシはターボの漫画をテイオーとルドルフさんに見せただけだから……」

 デジたんは、ニンマリと笑ってドーベルに向かってサムズアップした。気恥ずかしそうに、そっけない態度を取る。

「テイオーの有馬記念専用の勝負服が今日届くって、よく知ってたわね……」

「えぇ! ウマ娘ちゃんの事なら、イチ早く情報を仕入れるように心がけておりますゆえ!!」

 デジたん、胸を張ってそう告げる。ドーベルに原稿と共に伝えた情報は、トウカイテイオーの有馬記念専用の勝負服が到着するという話である。

 漫画によって表現されていた『トウカイテイオーと勝負したい』というツインターボの想いは、テイオーとルドルフの二人にとって無視する理由がなかった。

 テイオーは有馬記念に向けて中距離レースのトレーニングは元々行う予定であったし、シンボリルドルフにとってもツインターボに礼を手向けるに良い機会だ。……他の皆まで参加してくれるのは、デジタルとドーベルの予想外だったが。

「……テイオーは漫画を通して望まれていた事だからまだしも、他の皆が勝負服まで用意してきてくれるなんて……」

 メジロドーベルはその事に少し驚きながらも、彼女たちの心意気に感心した様子である。

 デジタルは、小さく微笑む。

「ドーベルさんが言った通り、1から10まで描写する必要はないって事ですよ! 我々は皆さんを信頼して創作に励めばよいのです!」

「べ、別にアタシは創作物描いてるわけじゃ――!」

 デジたんの言い様に、ドーベルは顔を真っ赤にする。

 

 ともあれ、レースを眺めながら、アグネスデジタルは近頃胸にあった持論をドーベルに対して吐露する。

 

「……壁になれたら幸せだって思った事はありませんか」

どうしたの急に

 

 いきなり、アグネスデジタルがそんな問いかけをしてきた。ドーベルが心底から心配したように聞き返す。

 デジたんは「ふひゅるー」とため息を一度ついてから静かに語りだす。

「近頃、ウマ娘ちゃんと仲良くなる自分が『おこがましい』と、思える瞬間があるんです……だって、ウマ娘ちゃん達が幸せに過ごしてる姿を眺めているだけで十分幸せじゃないですか。そこにデジたんが割って入ると――なんかこう、邪魔なんじゃないかなーって」

 デジたんが語りだす内容に、ドーベルは"部分的に理解出来なくもない"とばかりに考え込んだ顔をする。

「あぁ、アレね。漫画描いてる時に、自己投影したキャラを他のキャラとくっつけるのはおこがましい、みたいな……」

 その言葉を受けて、デジたんは深く頷いた。デジタルとドーベルの挙げた例は『リアル』と『創作物』で全く違うが、ニュアンスの方向性はだいたい合っている。

「デジたんは思うわけです。――あたしはウマ娘ちゃん同士が仲睦まじい姿を眺めたいのであって、そこにデジたんの存在は必要ないのではないのかと……」

 一種、どうしようもなくネガティブで自虐的な話に聞こえるが、その実はそこまで深刻な話ではない。ドーベルもそれは理解している。

 デジタルの言っている事は「この世から消えてなくなりたい」とかいう話でなく、あくまで「恋人達を微笑ましく見守る第三者でありたい」という考え方にすぎない。

 ……ドーベルはそれを理解した上で、デジタルをまっすぐに見つめて告げる。

「貴女に好意を向けていたいウマ娘は、ちゃんといるわよ」

 その言葉に、デジタルはびっくりしたような視線をドーベルに向けてくる。

 ……視線が合うと、少し挙動不審に視線を逸らした後で、デジタルは再び目線を戻す。

「そ、そんな大げさな。デジたんは、そんなに大それた存在じゃないですよ」

 照れ臭そうに笑った後、だが少し自嘲気味に、デジタルはそう呟く。

 しかしドーベルは、まっすぐにその言葉を否定した。

「少なくとも、今日のターボは貴女に感謝してると思うわよ。以前、私に助言をくれた時もそう思ったし。後は、クロフネもあの様子を見るに――」

「ひょ、ひょえっっ!?」

 ドーベルが次々に例を挙げてきたものだから、デジタルも奇声をあげた。

「ま、その考え方を無理に矯正しろとは言わないけれどね。謙虚で、傲慢でないところがデジタルのいいところでもあるし。――男女の仲を取り持つ為に絵を描くだなんて、疲れるだけなんだから」

 ドーベルはそう言って、だが自分の道筋がまんざらでもなさそうな笑みをデジタルに向けた。デジタルは、彼女のその言葉でなんだかむず痒い感覚に襲われて……そして、どこか少し気分が軽くなったような気がした。

 デジタルはくしゃっとした笑みを浮かべ、ドーベルに頷く。互いに目線を交わしながら。それで、充分だった。

 

『これが我が道』

『それが貴女の道』

 

 互いが互いを、お互いの創作物(心)を肯定しあって。それぞれの道を歩く。己が作家であるというのならば、その選択でいいのだ。

 二人はそう考えた。

 

 

「で、でじたるゥ~~~……!!」

 二人が固唾をのんでレースを見守る中、ツインターボがぜぇはぁぜぇはぁと息を切らしながら観客席にやってきた。

「た、ターボ、恰好ヨカッタだろっ……?」

「えぇ、もちろん!! あんなに恰好良くて、先陣を切ってペースをあげていく、それがツインターボさんです!!」

 デジたんは力強くそう告げてながら、タオルやら酸素スプレーやら清涼飲料水やら、そんなモノを抱えて甲斐甲斐しくツインターボを出迎えた。

「うへへへへぇ、ターボぉ……今年は出られなかったけど、来年の有馬は、絶対に、出るぞぉー……ッ!!」

「ボクモライネンノアリマニデテターボシショートケッチャクツケルモンニ!!」

「ら、ライスも……来年の有馬もターボさんやテイオーさんと一緒に走るために、精一杯がんばるねっ!」

 それぞれが決戦を約束する姿をデジたんは慈しみながらも拝むような眼差しで見守っていた。

「ふひ、デジたん、今日は皆様の勝負服を拝めて役得でござりましたァ~……!」

 ウマ娘ちゃん達を拝みながら、デジたんは本日一番の満足そうな笑みを浮かべている。やたら嬉しそうなデジたんの様子に、ツインターボの耳がピコンっと揺れた。

「おぉ、そんなにデジタルはターボの勝負服見られたのがそんなに嬉しいのかっ!」

「はいぃ~!! とっても嬉しかったです!! デジたんは、皆様の勝負服姿を見る為に生きてると言っても過言ではありません!! ツインターボさんの勝負服といったら、ストリートファッションの要素を取り入れた最先端の――」

 デジたんがツインターボの勝負服を褒めちぎる。それに対してツインターボは容姿や服についてこういう風に真っ向から褒められる事に慣れてないのか――やけにむず痒そうな、やけに嬉しそうな、くすぐったそうな顔をしている。

「そ、そうか! そんなにカッコイイか!!」

 褒められている事が、とても嬉しい。そんな様子で、勝負服の上着を見せびらかすように軽く手で引っ張る。

「もうたまらぁ……げふん、げふん!! えぇ、それはもう、最高にカッコイイです!!」

 デジたんはうっかりオタク根性を垂れ流しそうになりながらも何とか堪えて、そう答えた。ツインターボはますます嬉しそうに、ギザッ歯を見せて笑った。

「そうだろう! そうだろ~っ! ほら、上着の下だってカッコいいんだぞ!!」 

 そういって、外套のような上着を捲ってその下の部分をアグネスデジタルに見せてきた。

 

 

 上着の下は、ライダースーツのようなぴっちりとした、ツインターボの幼くもメリハリのある体のラインが浮き出るようなデザインだった。

 しかも2000m以上全力疾走していた直後だからか、汗まみれのしめった肌に生地が張り付いているのが見て取れて、ベビーパウダーのような甘くてパウダリーチックな芳香と汗のムレた香りが混ざり、デジタルの鼻先に「ムワァ……」と漂った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――――…………。

 

「ねぇ、どう? どうっ!?」

 デジタルの様子の変化にも気づかず、ツインターボは邪気のない満面の笑みでデジたんに感想を求め続ける。

 その上で胸を張るような仕草を取るからか、胸と肋のカタチが見て取れ、既に備わった"ウマ娘"としての風情を強烈に匂わせている。

 ツインターボは感想を求めるあまり、距離を詰めてきた。その辺りでデジたんの躰がグラり、と揺れる。

 

「ゴぶハっッッ――!!」

 アグネスデジタルは吐血を出さんばかりの息を噴いて、そのまま後ろに倒れてベンチに後頭部を盛大に打ち付けた。

 

「ど、どうしちゃったんだぁぁぁ! デジタァァァル!!?」

「ターボシショー! ソノカッコウハシタナイ!! ウシロカラミタラオシリノカタチハッキリミエチャッテルヨォーッ↑↑!!?」「デジタル!! デジタルくん!? 早く保健室へ!!」

「おやおや、刺激が強すぎたかね……まぁ致し方ないとも言えるが」「……むしろ安心します」「デジタルさん……やっぱり、他のウマ娘をそういう目で……」

「あ、あぁ、ライスのせいだ……やっぱりライスが関わると……」「デジタル!! デジタル!!! そんなオチで終わっていいの!?」「ドーベル、たぶん人の事言えないデース」

 倒れ込んで意識が遠のくさなか、周囲のウマ娘達がデジたんを取り囲んでいる様子を、デジたん自身が壁になって見守っているような……そしてそのやり取りが尊く思えた。

 

 

 ――あぁ、これが『天使の囀り』なのですね……。

 

 

 ジジジジジ。デジジジ……おデジ……。

 

次の対戦相手

  • カレンチャン
  • エアシャカール
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