アリスデジタル先生   作:稗田之蛙

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幕間『騒がしい休日』

 

 ……ジジジ。ジジジジジ。ジリリリリ!!!

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響く中、アグネスデジタルの意識は現実世界に浮上していく。

 

 ――ソロモンよ……デジたんは帰ってきたァー……。

 

 寝ぼけ頭でそう考えながら、デジタルは布団から左腕だけを出して、定位置に置いてある目覚まし時計のボタンを叩いて音を止める。

 普段なら目覚まし時計の鳴る前に起き上がってタキオンの朝支度の用意をするのだが、今日ばかりは起きれなかったらしい。土曜日だからそれが責められるでもないが。

「……デジたん……不覚……」

 しかしそれでも免罪符にしないのがアグネスデジタルである。朝支度を今からでもすべきだと、上半身を起こそうとする。

 そこで、デジタルは右腕の違和感に気づいた。なにか、自分よりも体温の高い、暖かいものに抱きつかれているような感覚を覚えたのだ。

 その温かいものが、もぞっと動いたものだから――寝ぼけた頭でも一瞬にして覚醒する。デジたんは掛け布団をめくった。

 

「あ、おはよ……デジタル……」

 そこには、寝間着姿のツインターボがいた。彼女はうつ伏せに寝そべったまま脚をパタパタとさせ、とろんとした眼でデジタルの顔をじっと見つめている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おぶりゃァァ……!!!」

 物の見事にリスポーンキルを食らったデジたんは、ラッコが貝を殴打する速度にも比肩するほどのファインモーションで自身の上半身をベッドに叩きつけ、喉から奇声を絞り出す。

 デジタルとツインターボは同じベッドに寝ていた。

 ――もうダメだァー……ッ!! 昨日の感動的なオハナシからなんでターボさんと同衾の流れになってるのぉぉ! 意味がわかんなぃぃぃ!!! ターボさん美浦寮でしょぉぉ!? ここ栗東寮ですよぉぉぉぉ!!

 

 デジタルは、寝床に押しかけられるまで相手を怒らせるような行為をしたのかと想い恐る恐る、ツインターボの表情を窺った。

 ……どうやらツインターボ、デジたんより朝が弱いのか、寝ぼけた様子でまだぼんやりとしてるらしい。上目遣いにぼやーっとした表情を浮かべている。

 ツインターボは半目になりながらも、デジタルに抱きつきながらうにゃうにゃと口を動かして喋る。

「デジタルぅ……よかったぁ、心配したんだぞぉ~……」

 ツインターボは、そう言ってそのままデジタルの寝間着をギュッと掴んだ。

「た、たたた、たぼしゃん。こ、これは一体、どどどうして……」

「……えぇ、忘れたの? デジタル、昨日突然倒れたじゃん……『しばらく寝かせておけば治る』って、診断されたんだけど、ターボ、心配で……」

「で、で、で、デモ……ターボさんミホ寮……」

 そう指摘すると、ツインターボは寝ぼけ眼でありながらも、少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

 少し顔を伏せながら、小さい声で話を続ける。

「……ターボ。デジタルが心配だから起きるまで看病するって、寮長――フジキセキに言ったんだ。そしたら、笑顔で"明日はどうせ学校が休みだから、ぜひ看病してあげてほしい"って……ヒシアマも、許可してくれて……」

 それを聞いて、デジタルは頭を抱えた。

 ――アイェェェ……ナンデ……規則ガアルノニナンデ! デジたんにお優しい世界ィィ!! そんなの要らないィィィ!!!!

 先日から周囲が以前よりもずっとずっと親切にすぎるように感じてしまっていた。

 

 腕にしがみついているツインターボの体温が、じんわりとデジたんの体に伝わってきたのを認識して、デジたんはそそくさとベッドから起き上がってツインターボから距離を取った。

「あ、あはははは、ありがとうございます。ですが、もうすっかり良くなりましたから……デジたん、もう大丈夫ですよ! 元気百倍です!! えぇ!!!!!」

「ほんとかぁ~……?」

 デジたんの元気アピールに対し、どこぞのアメリカンウマ娘よろしく訝しげな表情をしながら前かがみで腕を組む。

 デジたんは今一度大きく首をブンブン上向きに振って、身振り手振りで大丈夫だと示す。

「ホンット!! だいじょぶデスカラ!!! これホント!! 全くもって、キズのウチにも入りませんともッ!!」

 鬼気迫る必死な形相を前にツインターボは圧されつつも、デジたんのその主張に納得したようで「――よし、わかった!」と元気に頷くとベッドから降り、持ってきたであろう私服に着替え始めた。

 デジタルはすぐにベッドに飛び込み、枕に顔面を力強く押し付けてツインターボのお着替えを視界に入れないようにしてゴロゴロと悶えている。同性とはいえ薄着を目に入れるには、昨日目に焼き付けられたツインターボの肢体が衝撃的すぎた。

 ――……ツインターボさんみたいな小柄で可愛らしい子の勝負服が上着一枚脱いだら全身ピッチリ系のライダースーツって、なに、あの、なんですか……!? というか後ろ走ってるだけで大臀部のおカタチハッキリとわかりますよね? 差しどころか先行や逃げで走っていても視界に入ると思うんですけど!! 皆さんそこらへん耐性ありすぎやしないですか!!?

 デジたんは、混乱が極まると枕を噛みながら、奇声を押し殺していた。

 

「……楽しそうだねぇ」

 けだるげな不機嫌声。顔を上げてその声の主を見ると、アグネスタキオンがベッドから上半身を起こし、冷めた目でデジタルを見つめていた。

「あ、えっと……どの辺りから、ご覧になっておりました?」

「デジタルくんが『おぶりゃぁ』と奇声をあげて、寝起きの観測史上で最も俊敏に上半身をベッドへ叩きつけた辺りから」

 タキオンは、にんまりと笑いながら答える。デジタルはそれを耳にして、顔中を真っ赤にしながら枕を渾身の力で抱きしめていた。

 

 

「まぁ、泊まり込みの許可が降りた理由は、二人が宿題をちゃんとやるという約束も兼ねてなのだがね」

 タキオンは、遊び半分にアシスタント作業を手伝いながら、寮室にて二人の宿題を見守っていた。

「なるほど。ターボさんの漫画を手伝うお約束でしたからね」

「モデル当人の許可も承認済みというお膳立てのよさ。美術の授業としては珍しいものだが、題材が"有馬記念でトウカイテイオーと走るツインターボ、そしてそのレース結果"とは興味深い、考証を重ねてエンタメ性にアプローチしてもいい案件だと私は思うよ」

 トウカイテイオーの勝負服を全ページ新しい意匠に描き換えたりする手間をわざわざ掛けているが、それだけ気合が入ったものなのだと物語っていた。

「へへへ、そうだろぉ~……」

 照れ臭そうにするツインターボ。タキオンはその反応に微笑む。

 

 そんなタキオンも含めて、土曜日も日曜日も集ったメンバーが入れ替わり立ち替わり、デジタルの様子を窺いに来たついでにターボの宿題をいくらか手伝ってくれた。

 もちろん、その中にはトウカイテイオーもいた。ターボを描く事も兼ねて訪ねてきてくれたらしい。

「テイオー!! 上手く描けてるだろ! 褒めてもいいんだぞっ!!」

「ヘッヘーン!! ツインターボシショウモナカナカノオテマエダケド~~→↘↓↙←↖↑↗→、ボクハモットシショウノコトヲカッコウヨクカケルモンニ!!」

「なにをー! ターボの方がもっともっとテイオーをカッコウよく描けるんだもん!!」

 トウカイテイオーとツインターボが競い合うようにお互いを描くのを、デジたんはニマニマとだらしない表情で見つめている。

 ――あぁ……デジたん、将来はやはりウマ娘ちゃん達を見守る壁になりたい……おこがましい欲をいえば、『ウマ娘ちゃん達から雨風を防いであげられるような壁』になりたい……そんでもってその壁の下で相合い傘じみたシチュエーションを繰り広げてくれると、でゅふふ……。

 どうしようもない夢を抱き、そんな思考のループにハマっていたが、目の前の作業が止まっていたので正気に返る。

 

 手元の原稿は、ほぼ全て終わっていた。あとは、モブ役のウマ娘を適度に描き入れれば完成である。

「ターボさん、モブはどんな子に仕上げる予定ですかー?」

 モブとはいえ、ウマ娘ちゃん。デジたんのオタク魂が疼き、興味津々で尋ねる。

 ツインターボは、すでに腹積もりが決まっていたかのように、自信満々で鼻息をフンスと強く吹き出すと胸を張って答える。

「デジタルを描きたい!!」

「ほわっ!?」

「デジタルの事、描いてもいいかな?」

 ツインターボのお願いに、デジたんは両頬を両手で押さえてニヘラと口元を緩める。

 ――えぇ……そんなぁ~……あたしごときがターボさんの描くモブにしていただけるなんてぇ~……。

 ……モブ役だというのに、異様な喜び具合にテンションの高いテイオーが「デジタルダイジョウブ……?」と心配するほどである。

 

「いいですとも! ……あれ、でもなんであたしなんでしょうか。イクノさんとかネイチャさんとか、他にも適任が……」

 その質問に、ツインターボは意気揚々と答えた。

「フ・フ・フ……それはなぁ、デジたん!」

 ツインターボは、ペンを自身の左手に持つと、空いた右手の人差し指を立て、得意気に説明する。

 ――ん、今デジたん呼び……。

「ターボはね、デジたんとも有馬記念で一緒に走りたいんだ!!」

 キラキラとした満面の笑顔を浮かべるツインターボ。固まるアグネスデジタル……そしてトウカイテイオー。

「金曜日は一緒に走れなかったけど、ターボ、デジたんとも一緒に走ってみたい! デジたんの言ってくれた通りターボはレースをハイペースに仕上げて、それでそれで――」

 急に降ってわいてきた身に覚えのない指名に目を白黒させていた。だが、二人の変化に気が付かないほどツインターボは興奮していた。それは、純粋な競走欲求と、ターボなりの好意の表現。

 ……しかし、そんなツインターボの想いを――。

 

「で、でもターボ師匠はこのボクとイッチバン有馬記念を走りたいんだよねっ!?」

 なんか、妙な不安感を覚えたトウカイテイオーは、ツインターボの腕を抱き取り、牽制するようにアグネスデジタルを見つめる。

「いや、あの、あたしはテイオーさんとターボさんの尊い関係性に割って入るような事は絶対に……イヤ、エット、ターボさんの気持ちが嫌とかそういうのではなく……」

 しどろもどろなアグネスデジタル。デジタルの一答一答にコロコロと表情を変えるツインターボ。二人の態度に、ますます表情を歪めていき、ついには半泣きになるトウカイテイオー。

 

「デジたん、あの日の朝、一緒のベッドで寝たの、やっぱり嫌だったのか……?」

 


ツインターボ:【出力1000万%!!】

アグネスデジタル:【小心者】

アグネスデジタル:【引っ込み思案】

トウカイテイオー:【空回り】

トウカイテイオー:【独占力】

トウカイテイオー:【食い下がり】 

トウカイテイオー:【絶対はボクだLv6】


 

「ツインターボシショウハゼッタイニボクノダァァッァア↗↗!!!!!」

「ひょえええええええっっ――!!」

 

 

 栗東寮に泣き喚く半角テイオーの声と、奇声をあげるデジたんの声が鳴り響いた。……後者はいつもの事である。

 

 

 

 

 

 

「油断していたが、まさかターボくんまでもがねぇ……」

 日曜日が終わろうという寮の門限時間頃、原稿を終えて部屋から出ていくターボとテイオーの二人をタキオンは「やれやれ」と言いたげに見守っていた。

「ちょっと、テイオー! そんなに引っ付いたら歩きにくいってば……」

「ターボシショウハボクノダモン……」

 ツインターボの右腕に抱きついたトウカイテイオーは、不安と物寂しさから、ターボにべったりとくっついている。

 まぁ不本意にもツインターボに素っ気ない態度を取ってしまったテイオーからしたら、"親しい存在を盗み取られる"という滅多に味わない感覚を抱いたのだろうし、その恐怖は想像に難くない。

 もっとも、アグネスデジタルがそんな事をやらかす度胸があるとは思えないから、タキオンは特に心配していないが。

「デジたんは……そんなに……信用ありませんか……?」

「まぁ、最近の状況を振り返ってみればいいのではないだろうか」

 それでも、ちょっとだけ機嫌の悪そうなタキオンは、絶不調ムードのデジタルをおぶって部屋へ戻る。

「明日から学業に戻るんだ。嫌な事は忘れて、しっかりと体を休めたまえ」

「そうですね……今回の件では、夜寝る前に咽び泣くようなハメにならず済みましたし……寮長にもタキオンさんにも迷惑をおかけせずに。ターボさんの宿題も無事終えて……ターボさんの……」

 

 

「……デジタルくん。キミの宿題、進捗はどうなっている?」

「…………あ」

 

 

 

 日曜日が終わりを迎える頃。消灯時間直前になって、アグネスデジタルの喘ぎ声が栗東寮に小さく響いていたという。

「ぬぁ゛ぁ゛……………不覚……不覚……一生の不覚……」

「寮長。消灯はあと10分待ってあげてくれないか。……え? だめ? いい加減に寝てくれ? いや、休日ずっと宿題する余裕はあったのは確かだが……」

次の対戦相手

  • カレンチャン
  • エアシャカール
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