バベル・ギウス   作:小名掘 天牙

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超☆自由!

 白い朝の日差しが、くすんだ窓ガラスを通して降り注ぐ中、有了はキシュッキシュッという金物同士が互いを削り合う異音に目を細めた。

 一夜明けて、昨晩の騒乱が嘘のような穏やかな朝を迎えた有了は、日々のルーティン通り、密造カクテルの作成に勤しんでいた。

 今日は世間で言うところの週末。自然、多くの歓楽施設を抱えるパインズゲート市にも、数時間後には大量の人間が流れ込んでくる。その書き入れ時に向けて、在庫はあればあるほど心強い。

 手早く開けたマンゴーとオレンジの缶詰めから取り出した果肉を、1対3の割合でミキサーに入れて軽くシェイクする。数秒後にスイッチを切って蓋を開けると、ドロッと甘ったるいソースの中に適度に残った粒が浮いていた。出来上がったソースを一舐めして味と食感を確かめる。

 

「……よし」

 

何時も通りの出来映えに満足すると、今度はシンクの下の戸棚から、真水よりも透き通った透明な液体の詰まったビンを取り出す。

 

「……」

 

ビンを掲げて窓ガラスからの木漏れ日に翳すと、光の屈折でビンの水面がキラキラと輝いて見えた。

 軽くビンを振ると、小さな気泡が生まれる端から溶けるように消えてしまう。水よりも低い粘度は超高純度な酒精の証だ。

 自身が蒸留したアルコールの出来映えに頷き、有了は隣に用意した大量の使い捨てポリビンに、果実ソースとアルコールを決められた分量ずつ注いでいく。この作業も既に手慣れたもの。都合50本あったポリビンはものの数分のうちに満杯となり、封を終える。

 あとはこのビンを業務用のクーラーボックスに詰め込み、片っ端からドライアイスを放り込むだけだった。

 

「ふぁ~、おはよう有了くん……」

 

と、カクテル作りが一段落しかけたところで、不意にキッチンと廊下を繋げる薄いドアがカチャリと開いた。

 

「ああ、おはよう十々丸……お前なあ」

 

ふにゃふにゃと緩みきった声の方を、返事混じりに振り返った有了は、その目の前の光景に思わず額を押さえた。

 

「うん? どうかしたのかい、有了くん?」

 

その視線を向けられた十々丸は不思議そうに小首を傾げる。

 

「どうしたもこうしたも、その格好」

 

「?」

 

有了が指摘すると、十々丸は不思議そうに自身の身体を見下ろす。

 雪原のように白い肌にたぷっと揺れる大きな胸元。首から下ろされたタオルに隠れてその先は見えないが、その下にはうっすらと浮いた肋や細い腹、すらりとした両足に、今回の騒動の発端となった"塔"のタロットと続いている。

 

「な?」

 

指摘した有了の言葉に、十々丸は「なるほど」と頷く。

 

「つまり有了くんはボク()の裸に興味がそそられると」

 

「野郎ぶっ殺すぞ」

 

パインズゲートにしては安っぽい有了の恫喝に、十々丸がケタケタと楽しげな笑いを浮かべる。

 

「隠さなくたって良いじゃないか。自分で言うのもなんだけど、もしこの身体の女性が客だったら、ボクも目一杯サービスしちゃうだろうからねえ」

 

したり顔で頷く十々丸のニマニマとした笑みに、有了は一瞬手元のナイフをぶん投げるべきか思案した。

 

「まあ、有了くんには昨日の件だけじゃなくシャワーのお礼もあるからねえ? なんなら、熱が引くまでの間、裸でラジオ体操をしてもいいけれど?」

 

「狭いんだから、マジでやめろ」

 

品を作り、冗談混じりに茶化してくる十々丸に、有了は肩をすくめてカクテルの収納に移ったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

 カクテル作りを終えた有了が用意した朝食を前に、有了と十々丸は手を合わせる。

 

「うん! 美味しい!」

 

「そうか?」

 

満面の笑みで、簡素な目玉焼きをパクつく十々丸に、有了が首を傾げる。

 

「ああ」

 

そこまで手を掛けたわけでもないと首を捻る有了に、十々丸は苦笑混じりに肩を竦める。

 

「ほら、男娼という職業柄、ボクの朝は大抵女の人と一緒だろう?」

 

「あー……」

 

その言葉に、有了も十々丸の言わんとすることを理解する。

 

「夜通しエッチをしたせいで疲れてお昼まで何も食べないか、お客さんの格に合わせて相応のところで食事することが多いんだよね、ボクの場合」

 

ぼやく様な十々丸の言葉に、有了も「そりゃキツいな」と苦笑する。確かに、絶食か高級レストランかの二択が常なら、こういう粗食は気も楽だろう。

 

「いくら軽めでも、朝からコース料理は肩が凝って仕方ないんだよね。もっとも、今は別の意味で肩が凝って仕方ないんだけどね?」

 

「やかましいわ」

 

行儀悪く椅子に胡座をかいていた十々丸が、ニヤーッと笑って腕を寄せると、緩いランニングシャツの首元から覗いた谷間がムニュッと潰れた。

 簡素な食事は数分で終わり、有了はデザート代わりに缶詰めのフルーツを二人の前に置く。

 

「それで、今日はどうするんだい?」

 

小さなフォークで、輪切りにされたパインをシャクシャクと咀嚼しながら、十々丸が尋ねてくる。

 

「まずは販売だな。例え何が起きても金を稼がなきゃ腹も膨れないし」

 

有了が答えると、十々丸が「ふむ」と頷く。

 

「だから、適当に呪術師を探してそれ(・・)を見せにしても、僕が付いていけるのは早くても午後からだ」

 

十々丸の腹を指差すと、十々丸はもう一度頷いた。

 

「十々丸はどうするんだ?」

 

対する十々丸の方に水を向けると、十々丸の方も「そうだねえ……」と思案するように首を傾げた。

 

「ボクとしても、出来れば客を取りたいんだけど、如何せん準備不足だからねえ……」

 

そう言いながら、ランニングシャツ越しに、ぽよぽよと自分の胸を玩ぶ。

 

「同性愛者の女の人を引っ掛けるにも化粧、香水、下着、演技の練習……どちらにせよお金と時間の猶予が必要だし……」

 

「? 十々丸?」

 

そこまで言ったところで、十々丸がふと動きを止めて、有了の方を向く。その視線が例によって新しいイタズラを思い付いた色になっているのに気付き、有了は苦笑混じりに肩を竦めて見せた。

 

「そういえば、有了くんって今まで呼び込みを雇ったことはあるかい?」

 

殆ど答えを確信しているニマニマとした笑みに、有了は降参を示すように「そんな金無いっての」と諸手を挙げる。

 

「ふむふむ、つまり有了くんは今までカクテルの密売を味一本の力だけでしてたわけだね?」

 

「そんな大袈裟なもんじゃないけどな」

 

十々丸の言い様だと格好もつくが、実際には味以外の付加価値を付けられていないだけだ。それでも、甘くて高アルコール度数というのは、一定のファンを抱えてはいるとも思うが。

 

「ふむ、じゃあ物は相談なんだがね、有了くん」

 

「おう」

 

「ボクを呼び込みとして雇ってみないかい?」

 

十々丸の提案は予想通りのものだった。

 

「その心は?」

 

「呪術師に会うとき、一緒に来てもらいたいなと思ってね。ほら、ボク一人で呪術師なんて胡散臭い連中に会いに行っても危ない目に会うのが目に見えているだろう?」

 

「僕をボディーガードにする気か? 普通に無理があると思うんだが」

 

十々丸の言葉に有了が首を傾げるが、十々丸は「ボク一人よりは遥かに安心さ」と笑う。

 

「少なくとも、ボクなんかよりはよっぽど強いだろう?」

 

そう言って、十々丸は女性の体に成る前から変わらない細腕を振って見せてくる。

 

「ボクの武勇伝はベッドの上限定なんだ」

 

そう言って、十々丸はけらけらと笑った。

 

「だから、カクテル販売を手伝う代わりに、在庫処理を急いで終わらせて、開いた時間でボクに付き合ってくれないかという提案さ」

 

「どうだい?」という十々丸の楽しげな表情に、有了も少し思案する顔になる。

 

「ああ、一応言っておくけど、今回は友情価格という事で、ロハで構わないよ」

 

そんな有了の背中を押すように、十々丸は続けざまに条件を告げてくる。

 

「代わりにと言ったらなんだけど、上手く在庫が履けたら、継続してボクを使うことを本気で考えてほしいんだ。ボクとしても、男娼業を一時休止する以上、女性相手の売春が軌道に乗るまでの間、何かしら副業を見つけたいのは偽らざる本音だからねえ」

 

「まあ、お前がそれで良いなら、僕はかまわないけど」

 

自身にとって大分有利な条件が提示されたこともあり、有了は腹を決める。

 

「ありがとう、有了くん」

 

「どういたしまして。まあ、期待してるぜ? パインズゲート一の美少年」

 

「チッチッチ。そこは美娼年と言ってくれたまえ」

 

ニヤッと笑った十々丸に、有了が拳を突き出すと、白く小さな握り拳がコツリとぶつかったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「おう! こっちにもくれ! ねーちゃん!!」

 

「おい、そりゃ俺んだ!!」

 

「ふざけんな! てめぇ三本ももっていきやがっえぇ!!」

 

 冷やし終えたフローズンカクテルの在庫を詰めた愛車を走らせ、十々丸を連れた有了がいつもの縄張りでトランクを開くと、常ならば一日で捌けるはずの在庫が一瞬のうちに消滅した。その理由は他でもない、

 

「はいはいただいま~♪」

 

どら声を張り上げる酔っ払い達の間を、快活な笑顔と共に縦横無尽に駆け回り、注文が入る先からカクテルを手渡す十々丸の存在だ。

 

(すごいな……)

 

その十々丸の姿に、有了は思わず素で感心していた。

 元より年期の入った女性をあしらっていた事もあり、特に接客に関して心配していた訳ではなかったが、それでも期待を遥かに越える十々丸の働きに、有了は内心舌を巻く思いだった。

 

「うおっとと、へへっありがとよ!」

 

「いえいえ、どういたしまして♥」

 

特に、箍の外れた酔っ払い連中が、渡された酒に罵声ではなく礼を言うところなど、有了は初めて見た。

 遠目で見ていると、美貌だけでなく笑顔や品の作り方が上手いのもあるが、酔っ払いの相手を生業としている赤提灯の看板娘よりも、こう、男の欲望を直感的に擽る仕草に長けている気がした。

 実際、燕尾服という露出が少ないはずの衣装でありながら、周りの酔っ払い達は十々丸の所作にすっかり骨抜きにされている。

 

「あら、残念♥」

 

「おっとっと。へへっ!」

 

 それでいて、お尻や胸に伸ばされる手は一瞬で回避し、新たな酒を捩じ込んでいく。中には矢継ぎ早に渡された酒に前後不覚になりながらも、ぐでんぐでんのまま手を宙にさ迷わせている人間も居る。

 

「お待たせ、有了くん」

 

「ああ」

 

 手に持っていた最後の酒を売り終えた十々丸がニコニコと笑いながら、有了の元に戻ってきた。

 

「お疲れ様……いや、この場合はありがとうか?」

 

「おや、親愛なる有了くんがそんな顔をしてくれるなんて、これは頑張った甲斐もあるかな?」

 

そう言って、満更でもなさそうに笑った十々丸が、「続きは走りながらにしようぜ」と促してくる。

 

「そうだな」

 

頷いた有了が安い軽自動車の運転席に座ると、その隣にチョコンと座った十々丸が「ふ〜……」と妙に堂に入った仕草で胸元のボタンを緩める。

 有了の酒を売り捌いていた時とは正反対の、色気の欠片も感じさせない姿。その鮮やかな変わり身に、有了は呆れ半分も妙な感心を覚えた。

 

「いやー、まいったまいった。中々どうして、パインズゲートの飲んべえ達を舐めていたね。まさか、このボクが在庫が捌けるまでの間に半分しか潰せないなんて」

 

そう、あっけらかんと言い放つ十々丸に、普段よりも明らかに多い屍の数を思い出して、有了は「やっぱり狙ってたのか」と呟いた。

 

「もちろんだとも」

 

有了の言葉に気付いた十々丸は、ニヤリと悪い笑みを浮かべて頷いた。

 

「元々、有了くんのお酒が凄い回りやすいのは知ってたからね。そこにボクのこの笑顔とくれば、下心ある人間は老若男女問わずイチコロさ♪」

 

そう言って、普段有了が見る悪い笑顔とは違う、完全に余所行きの笑みを浮かべた十々丸がわざとらしくパチッとウィンクする。

 

「それにしたって妙に慣れてるように見えたんだが」

 

客あしらいは抜きにしても、オーバーペースで飲んでいる人間や人知れず臨界点を迎えている相手を探し出し、有耶無耶の内に最後の一杯を供する技術は明らかに経験に裏打ちされたものだった。

 

「おや、ボクのあの手管をどうやって身に着けたのかに興味があるのかい?」

 

そんな有了の疑問符を察知したのか、十々丸が悪戯っぽい笑みを浮かべる。その言葉に込められた淫猥なイントネーションに、有了は何となく話の方向を理解する。

 

「いや、無理にとは「もちろん他らなぬ有了くんの頼みという事なら、男娼のトップシークレットであるベッドでの女性とのやり取りを明かすのも吝かではないよ?」

 

やんわりと断ろうとした有了の言葉を遮り、ニヤニヤといやらしい笑みのまま十々丸が饒舌になる。

 

「黙れっつっても話すんだろ?」

 

「お、気付いたかい?」

 

「気づかいでか」

 

「つまり以心伝心って訳だね♪」

 

愉快そうに笑う十々丸の頭と尻に、これまた愉し気に揺れる耳と尾を幻視して、有了は肩をすくめたのだった。

 

「元々、ボクは身寄りどころか伝手もコネも無い状態でパインズゲートに流れて来たんだよね」

 

「前に言ってたな」

 

「うん」

 

十々丸が頷く。

 

「そういう身の上なのもあって、有力な遊郭とか男娼窟に潜り込めなかったから、未だに個人で男娼をしている訳だ」

 

「世知辛いな」

 

「本当にね」

 

苦界に落ちるにも伝手が要るっていうのも中々に皮肉な話だ。

 

「で、ボクに限らずだけど、個人で売春している人間って後ろ盾が無いから大抵のお客さんに買い叩かれちゃうんだよね」

 

「まあ、ありがちだな」

 

「ホントホント」

 

有了の相槌に、十々丸はまるで他人事の様に笑った。

 

「無理に我を張っても、悪い噂が立って客を取れなくなるならまだ良い方で、そういうのを"壊す"のが趣味の人に目を着けられたら目も当てられないしさ」

 

そう言って、十々丸はやれやれと首を横に振る。

 

「かと言って、それなりに個人で売れる様になると即幸せかって言われるとそれも難しくてねえ。お金を貯め込んでるのがばれると、今度は浮浪者とか同業に目を着けられちゃうんだよね」

 

「さもありなんだな」

 

有了がハンドルを右に切ると、それに合わせて右に傾いた十々丸が笑う。

 

「だから、稼ごうとすると短期間で一気にってなって、数をこなしたくなるわけだ」

 

「聞けば聞く程ドツボだな」

 

以前から十々丸(ととまる)の身の上は何となく聞いていた有了だったが、改めて聞いてみると中々どうして過酷な人生を歩んでいる気がする。

 

「ま、確かに一般的には苦界だけど、その上で見てもボクは間違いなく運が良い方だったと思うよ」

 

「そうなのか?」

 

「まあね」

 

今までの説明をニシシシシと笑い飛ばす十々丸(ととまる)に、有了は思わず視線を向けた。

 

「まず、何よりもこの顔だしね。お客さんには困らなかった」

 

そう言って、十々丸はさらりと自慢するように人差し指を立てる。

 

「加えて、ボク自身性欲が強くてエッチが大好きだった」

 

「それはどうなんだ」

 

そして、続ける様に中指を上げてチョキを作る十々丸に、有了は苦笑交じりに突っ込んだ。

 

「大事だぜ? エッチが好きなのは」

 

「そりゃそうだろうけどさ」

 

有了と十々丸は何方ともなしに肩を竦めた。

 

「最後に、親愛なる有了くんの存在」

 

「は?」

 

「ボクの人生にとって、有了くんに会えたことは間違いなく三指に入る幸運なんだぜ?」

 

そう言いながら薬指を立てて、十々丸は都合三本の指が並んだ左手を振って見せてきた。

 

「おや? その顔はボクの幸運について興味津々かい? 気になるならこれまた特別に教えてあげても良いけれど?」

 

「知らんって言っても話すんだろ?」

 

「まあね。良い機会だから聞いてくれよ」

 

訝る有了にそう言って、十々丸がニヤッと笑う。

 

「さっきの話に戻るけど、個人で売春をする場合、寄ってたかって他人の懐に手を突っ込もうとしてくる奴らを躱しつつ、ケチなおばさん達を何人も相手して、お金を纏めて、一気に自分を磨いて客層のランクをステップアップするしかないんだ」

 

「……」

 

「ボクはそういう意味ではお客さんが途切れることも無かったし、途切れない限りセックスも楽しめたけど、数をこなすのに難儀しててね」

 

「絶倫なのにか?」

 

「どちらかというと、絶倫だからかな?」

 

有了の疑問に、十々丸も思案する顔になって首を傾げる。

 

「この街に流れてきて売りを開始してからこの方、ボクは色々と理由があって年季の割にはある程度高めの値段を設定してたんだけどさ」

 

「理由っつーのは?」

 

「一番はやっぱり顔だね。この顔だから、最初に僕の童貞を食べたお婆さんが、結構色をつけてくれたんだよ」

 

「今考えると、大分買い叩かれてるけど」と十々丸は肩を竦める。

 

「で、それで味を占めたのもあって、お高めの美少年で売ったのもあり、お客さんもそれで納得してくれたのがあった」

 

「ふむ」

 

「けど、全員が全員って訳にもいかなくて、中には払ったお金分を取り戻す様に色々とサービスを要求してくるお客さんも結構居たんだ」

 

「眼に浮かぶようではあるな」

 

元より、こんな街(パインズゲート)の住人に、そういった節度を求める方が的外れだろう。

 

「ボクとしても料金外の事はしたくなかったし、出来れば早めに次のお客さんに掛かりたかったんだけど、如何せんそういうキャラで売り出しちゃったせいで、何回かに一回はまともに相手をしなきゃいけなくなっちゃってさ」

 

「ふむ」

 

「そこで困ってた時に、たまたま途中で体力が切れて寝ちゃったお婆さんが居てさ、ベッドでお酒を飲ませて酔い潰しちゃう事を思い付いたんだよね」

 

「成程な……」

 

ニマーッと悪い表情を浮かべた十々丸が、その時の事を思い出した様に鼻で笑った。

 

「ただ、当時はまだ自由にできるお金にも限りがあったし、衣服の維持でも結構お金が取られたりで、しかもお酒の値段ってアルコール度数に依存しがちだろう?」

 

「安酒の類は確かにそうだな」

 

一般に、パインズゲートで買える酒の内、酔う事が目的の酒類はどれもこれもが味を二の次にしているせいか、値段が奇妙にアルコール度数と正比例する傾向にある。

 

「そういうお酒は値段の割に美味しく無いのも多いしで、出しても却っておばさん達を怒らせちゃうんだよね」

 

「だから、良い思い付きだと思ったんだけど、いきなり頓挫しちゃってさ」と十々丸は笑う。

 

「で、やっぱり地道にエッチをこなすしかないかなーって思ってた頃に、十々丸君に会ったんだよね」

 

「……」

 

十々丸の言葉に、有了は初めて十々丸と会った時の事を少し思い出していた。

 

 

 

 

―失礼、一本いただけるかな?―

 

―一本6銭です。味は……―

 

―一番スタンダードな奴を頼むよ―

 

―じゃあこれですね。オレンジと桃がベースのです―

 

―ふむ。確かに……!?―

 

―? どうかされました?―

 

―いや……随分と美味しいお酒だと思ってね―

 

―そりゃどうも―

 

―これ、本当に6銭で良いのかい?―

 

―一応十本まとめてなら、一本5銭ですけど―

 

―!? 本当かい!?―

 

―え、ええ―

 

―じゃあ、直ぐにまとめてくれないかい? 急いで持って行きたいんだ―

 

―あー、なら送りましょうか?―

 

―良いのかい?―

 

―まあ、見ての通り、今日は誰も来なさそうなんで―

 

―そういう事なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな?―

 

―まいど―

 

―ちなみに、君の名前を聞いても良いかな?―

 

―有了です。神屋有了―

 

―有了くんだね。ボクは首藤十々丸という。よろしく―

 

―はあ―

 

―ちなみに、普段はこのパインズゲートで個人の男娼をやっているから、エッチな事についてなら遠慮なく聞いてくれたまえ―

 

―……え?―

 

 

 

 

「……あの時のお前の反応って、そういう事だったのか」

 

数年ぶりに知った意外な事実に、有了は少し目を丸くする。

 

「まあね♪」

 

一方の十々丸はずっと黙っていた秘密をばらして愉快気だった。

 

「実際、あの時に有了くんから購入した密売カクテルのお陰で、かなりサクサクでお客さんを取れたからね。この服とか香水とかも、殆ど有了くんが供給してくれた戦略物資が手に入れさせてくれたようなものだし」

 

「なんか、武器みたいな扱いだな」

 

「ボクにとっては心強い味方なのは間違いないね……それじゃあダメかな?」

 

「別に構わないって。知ってるだろ?」

 

「まあね♪」

 

差し込む陽光に、十々丸がんーっとノビをしながらシートに身を沈める。

 

「けど、大丈夫だったのか?」

 

「? 何がだい有了くん?」

 

「数こなすために僕の酒使ってたっていうなら、結構な頻度でやってたって事だろ? 何処かでバレたりしなかったのか?」

 

「ああ、そういうことかい? それならモーマンタイさ。何せ、アフターケアは完璧だったからね」

 

そう言って、十々丸が再び悪い笑みを浮かべる。

 

「つーと?」

 

「お酒が回って夢と現実の区別もつかなくなってそうな所を狙って、こういう"顔"をして『ごめんなさい、お姉さん。ボク、もう行かなくちゃいけないんです』って言ってあげれば、コロッと誤魔化せちゃうんだよね。次回以降は頑張ってくれるだけじゃなくて、ボクを引き留めるための延長料金に相場の倍額払ってくれたりもするしさ♪」

 

そう言って、ケタケタと笑う十々丸(ととまる)。その十々丸(ととまる)に、有了も苦笑交じりで肩を竦める。

 

(そういう事繰り返してたら、そりゃ潰れるかの見極めは聡くなるよな)

 

おしゃべりな十々丸の自分語りが終わり、有了は漸く十々丸が酔っ払いの見極めに敏な理由を理解したのだった。

 

「取り合えずあれだ。お前、絶対碌な死に方しないな」

 

「そんなの生まれた時から知ってるさ」

 

茶化した有了の言葉を、十々丸は楽し気に全肯定したのだった。

 

「ま、ボクのつまらない身の上話なんて置いておいてさ」

 

「いや、つまらないどころか、大分面白かったぞ」

 

色んな意味で。

 

「有了くんの判断を聞かせてくれないかい?」

 

「?」

 

唐突に変わった話に有了が首を傾げると、十々丸が「おいおい」と口を尖らせる。

 

「もしかして、親愛なる有了くんともあるものが忘れてしまったのかい? 酷いじゃないか。あまりにも悲しくて今にも泣き出してしまいそうだ」

 

そう言って、わざとらしく「えーん」と目元を抑える十々丸(ととまる)に、有了は家での会話を思い出し、「悪い」と謝罪する。

 

今の身体(女の身体)でも安定して女性客を取れるようになるまで、呼び込みとしてお前を雇うだったな」

 

「うん、三食昼寝付きでね」

 

「そこまでは言ってないだろ」

 

有了が脇腹を小突くと、十々丸が身を捩りながらケタケタと笑った。

 

「ま、良いか。今日の売り上げが維持できるなら、倍以上作っても全然売れるだろうし、むしろ僕から頼みたいくらいだしな」

 

「と、いう事は?」

 

隣の十々丸が顔を上げて青と黄の両目をきらきらと輝かせる。

 

「これからもよろしく頼むな」

 

「うん、この首藤十々丸に任せてくれたまえ♪」

 

そして、有了の言葉に嬉しそうに親指を立て……

 

「それは違うだろ」

 

「はっはっは」

 

ずに、握った人差し指と中指の間に捩じ込んで見せたのだった。

 

 

 

 

 




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