「さて、有馬記念までもはや期間はないぞ……生徒会長殿もそろそろ忙しくなる、これが有馬記念までの最後の手合わせだと思え」
「わかりました」
「有馬記念後なら期間もまたできる、その時はいくらでも付き合おう」
……今日勝たないと、次は有馬記念以降なんだ。
一度でいい、一度でいいから勝つ。
「あとそろそろ名前で呼んでくれないか?トレーナ-、いくらなんでもずっと生徒会長は私も傷つく」
「俺はもうお前の担当じゃねぇんだ、あの時お前の前からいなくなった時からな、さぁトレーニングだ、頼んだぞ」
「……あぁわかったよ、やろうか、マインショック」
「はい!」
……
「驚いたな……まさか追いつかれかけるとは」
「ゾーンが使えたおかげです……」
結局勝てなかった、けど。
間違いなくゾーンは使えるようになってきてる。
「ゾーンには条件があるかもしれないという話をしたことがあったね?ああいう立ち位置の条件だけじゃなくて心持ちというべきか、精神状態も軽く影響しているのかもしれないと少し思っているよ」
「……ただ条件がそろっているのだけではなく、負けたくないと一心に願った時にゾーンと似た感覚がありました」
「負けたくない、勝ちたいという感情か……そう思わせてくれる相手に会えたのは幸運だったかもね」
「有馬記念が再戦なんです、そこで……借りを返します」
少し微笑むような顔をされた……気がする。
「健闘を祈る、きっと君なら大丈夫さ……負けないよ」
「ありがとう……ございます」
……
「ダメだ!ダメだダメだダメだ!」
届かねぇ、届く気がしねぇ……。
ルインローズやマインショックの走りは菊花の時点ではまだ同レベルだった。
だけど今はどうだ?多分きそったらルインローズに俺は勝てねぇ。
マインショックは今まで以上に力をつけてくるだろう。
あの二人がゾーンが自在に使えるようになってたってなんらおかしな話じゃない。
俺は?俺はどうだ。
ただ走ることしかできねぇ、しかも壁が目のまえにある。
強くあることすらできやしねぇ。
「何やってんだ……俺は」
なんでこんなに焦ってるんだ……。
今までにあったか?空回りし続けてるような気もする。
……置いて行かれたくないんだ。
有馬記念ではっきりするだろう。
ここで止まりたくなんかない。
……
「ブラックアウト、やりすぎだよ」
「なにが」
なんのことかわかってる上で知らん顔か。
「自主トレ、昨日も門限ギリギリだったんだって?僕の方に情報は流れてくるからね?これ以上は見過ごせない……寮長を口止めしておくんだったっていうのはダメだよ」
「……負けたくねぇんだよ」
いい傾向だけど……よくない傾向でもある。
「なら焦るのは猶更やめた方がいい、それで後がなくなるのは君の方だ」
「わかったよ……」
そうとう参ってるようだな。
ゾーンか……使える使えないでここまで差が出るんじゃこうもなるかもしれないな。
「ブラックアウト、俺はお前も応援している、付き合いも長いしずっとトレーナーやってきたんだ……お前はこのくらいの壁なら超えられるさ、きっとな」
……黙ったまま、か。
少々忙しくなるが、勝手にトレーニングしないか少し見張っておいた方がいいかもしれない。
今日は先客がいるから無理なんだけどね。
……
「お久しぶりと言い換えるべきですか、大橋トレーナー、いや……先輩」
「……お前にそう呼ばれるのは何年ぶりだろうな?五年か?」
「いえ、八年ほどですよ、あの有馬記念の後あなたは失踪したんですから、それが地方でトレーナーをやっているとは思いませんでしたが……どうしてあの時あなたはいなくなってしまったんですか?」
傾けたグラスの中にはもうアルコールは入っていない。
ただ残った氷がグラスとぶつかっては高い音を鳴らすだけで、それ以外の音は何もない。
「俺はあの時、あいつを勝たせられなかったことが心残りでな……あいつの目標で、初めて出場できた有馬記念、それが引退の試合なんてよ」
ため息交じりの声は、か弱いというべきか、自信がない……そう訴えているようだった。
「負けさせてしまった、それも失踪の一つの原因だがそれ以上に……トレーナーとして育てたくなるようなやつがもういないと感じたことだったな」
「……あの時期からですね、レースが色褪せたような感覚になったのは」
「それにもう年だ、だから潮時なんて考えて地方に逃げちまった……だが思いもよらない形で帰ってきちまった」
「マインショック、ですか」
「それとブラックアウトだな、ブラックアウトにお前が付いてると知った時は驚いたよ、中央で大暴れしているウマ娘のトレーナーが、わからないことばっかりでビクついてた後輩だからな……」
少し笑ったような表情の後、何かを見るような、鋭い目に変わる。
「マインショックはあれはダイヤの原石だと感じたんだ、そんで軽いアドバイスしてあれよあれよという間に正式にトレーナーさ、まぁあいつが希望しない限り地方で終わらせる気満々だったんだがな」
「そんな時に俺が連絡をしたわけですね」
「あぁ……あれはある意味チャンスだと思っちまったさ、あいつを中央で輝かせればきっと活気が戻る、昔のような色のついたレースが見れるなんてな、少ししゃべりすぎたな」
グラスの中の水を飲み干して席を立ってしまった。
「おごっといてやる……有馬記念でマインショックを勝たせる、それが俺の答えだ」