NieR : Breath of the Automata 作:たまごの文字書き
お気に入り40件、5100UA超感謝します。見切り発車で何も分からなかった私がここまで続けてこれたのも、ひとえに皆様のおかげです。引き続き本小説をご愛読いただけると幸いです。
それでは。
人類に、栄光あれ。
人間の脳内は、とても複雑な構造をしていた。数多のデータが図書館のようにずらりと並び、それらが頻繁に移動し合っている。一度飛び立ったデータは不安定な動きをしたかと思えば直線状の軌道をとったり、急に方向転換をしたかと思えばしばらく停止して、また急に動き始めたりと、忙しなく動いていた。私は飛び交うデータの流星群を躱しながら、彼女の奥深くへと潜っていった。
記憶の海をしばらく泳いでいると、不思議なものを見た。
...少女だ。歳は6つほどだろうか。灰色の髪をした彼女は両膝をたてて、縮み込むように座っていた。
少女が誰なのか、すぐにわかった。別に直接見たことがある訳では無いが、不思議と彼女が彼女であることを無意識に理解していた。
「...パーヤ。」
努めて優しく、私は少女に声をかける。
少女が顔を上げ、私を見る。額の紋様は、まだない。
「...だれ?」
胸がずきりと傷んだ。パーヤが...私のことを、忘れている。
「A2だよ、パーヤ。ほら、お前がいつも二号さんって呼んでいる───」
「...わたし、そんな名前、知らない。」
少女は俯いてしまう。...子どもは良くも悪くも容赦がない。私の顔も自然と下を向いていた。口では言い表せない苦しさが、私の胸の中で暴れているような感覚だった。
「そ、そうか。そうだよな...お前はまだ、こんなに小さいんだから───」
「...でもっ。」
パーヤは体育座りを解くと、よてよてとこちらに近づいて、私の足をきゅっと抱きしめた。
「でもね、お姉さんの声聞いたら...こころの中が、ぽかぽかする気分になったよ?」
パーヤは私の足にしがみついて、か細い声でそう言う。
胸の中にいた何かがなりを潜め、私のこころにも暖かな気持ちが広がっていく。
「...そうか。」
私は幼いパーヤを足から離し、ひょいと抱き上げる。小さい頃から変わらないその大きな瞳には、これまた大粒の涙が溜まっていた。
「泣いているのか?」
パーヤは再び俯いてしまう。
怖いのかもしれない。柔らかい口調で、彼女に聞く。
「大丈夫。お姉さんに...話せる?」
努めて優しく、暖かく。
「...なくしちゃったの。」
パーヤがぽつりと話し始める。
「わたしね、なにかとってもだいじなものをずっと持ってたんだけど...それをね、なくしちゃったの...」
大粒の涙は彼女の瞳からポロリとこぼれ落ち、頬を伝って私の服に染みた。
「何を...なくしたんだい?」
私は彼女をぎゅっと抱き寄せ、宥めるように聞く。
「...わかんない。だいじなものなのに...分からないの。」
彼女はわあわあと私の腕の中で泣き始める。悲しんでいるのに、どうしようもなく愛おしいと思ってしまうのは、罪なのだろうか。
「そっか。それじゃあ...」
私は彼女からそっと手を離し、目線を合わせる。
「お姉さんと一緒に、探そっか。」
「...いいの?」
彼女の大きな瞳に、光が差し込む。
「もちろん。きっと見つかるよ。」
私は彼女の手を握り、優しくそう答えた。
─────────
「それでね、コッコに掴まってふわあーってね!...」
私が一緒にいてくれるとわかって安心したのだろうか。彼女は目をきらきらさせて、歩きながらいろんな話を聞かせてくれた。パーヤがなにか思い立って話そうとすると、彼女の前にデータがふわふわと飛んできて本の形を成した。彼女はそれを手に取って読み上げ、私に伝える。それは彼女の記憶にある思い出の全てだった。彼女が小さい頃の話、カカリコ村の話、ちょっぴり怖い思いをした話、とっても楽しかった話、男の人がニガテだという話、おばあさま───恐らくインパだろう───の話、ハイラルの歴史───うろ覚えのトンチンカンな話ではあったが───の話、勉強の話、シーカー族の話、村のみんなの話、額にいれた紋様の話、毎朝の祈りの話、リンクという青年の話───などなど。
私はうんうんと頷き、怖い話に驚いて見たり、たまにちょっぴり質問をしてみたりして、彼女の話に思いを馳せていた。
「と、言う訳なのです。なぜだかはよく分かりませんが、リンク様とだけは、会話をすることができたんですよね...殿方なのに...」
「ああそうだな...確かにお前この前───」
あれ?リンク?奴とパーヤが会ったのって割と最近じゃ───
隣を見る。そこには私の肩ほどにまで成長した、いつものパーヤがいた。
「お姉さん?どうかされました?」
きょとんとした顔で、彼女は私の方を見る。
「あ、いや...でかくなったな...って。」
「なんですか突然...思い出話に入り込み過ぎちゃったんじゃないですか?」
そんなことを言ってパーヤはくすくすと笑う。記憶を辿っていくに連れて、どうやら彼女の外見も変わるようだ。
「そ、そうかもしれないな...」
ぎこちなく笑ってその場を取り繕う。別になにかやましいことをした訳でもないのだが、自分を知らない彼女と話すというのは、どことなく後ろめたさを感じるものだった。
「それでですね───あっ。」
不意に彼女の歩みが止まる。彼女は目の前の一点を見つめ、まるで石像のように、その場に停止した。
「パーヤ?」
彼女は動かない。私も視線の先を見た。
それは、穴だった。世界に突如ぽっかりとあいた、穴。果たして本当にそうなのかは分からないが、とにかくその場所だけ『見えない』のだ。
私とパーヤはその場所へゆっくりと近づいた。おそらくこれが、彼女が自身を閉ざしている理由だろう。ある程度近づいてみると、穴は想像以上に大きく、自分が見えているのはかなりの距離にあることが伺えた。
どれくらい泳いだのだろう。穴はとてつもない大きさに広がり、私の眼前を覆い尽くしていた。その虚空めいた漆黒を見ていると、何故だか寂寥感に駆られて勝手に目頭が熱くなった。
ここに何があったのか、多分私は知っている。
そして、パーヤも気づいている。
思い出さなければならない記憶。
この穴は、彼女からぽっかりと抜け落ちた、大切な記憶なのだ。
「貴方...なんですよね。多分。」
パーヤが静かに口を開く。
「ここにあったのは、貴方との思い出なんですよね。」
俯いて、彼女は言う。私の背にだいぶ近づいたというのに、その姿は随分と小さく見えた。
「ああ。私とお前だけの、大切な記憶だ。」
私は短く答える。
「ごめんなさい。私、そんなに大切な記憶だったのに...落としちゃった見たいです。」
意味もなく、彼女は謝る。謝ったって、別に何も起きないのに。
この巨大な記憶の欠落は、おそらくターミナルに切り裂かれた時のものなのだろう。電脳世界での傷は、データの損傷と等しい。私が乗っ取られた焦り、仲間の疲労、刃が身体を通る激痛、そして、決断できなかった自分...いろんな思いがぐちゃぐちゃに入混じって、許容限界を超えてしまったのだ。それだけ彼女は追い詰められていた。最愛の人を殺して世界を救うのか。それとも、全てを裏切って私を助ける道を探すか。
そして、どちらも手に入らなかった。
何も受け入れられなくなった彼女の心は、その原因である『A2』に関するデータをクラッシュさせてしまったらしい。そうすることで、死にゆく心を保ったのだろう。
これで、いいのかもしれない。
このまま彼女が私を知らないままでいれば、この世界でずっと二人でいられる。彼女が傷つくこともないし、悲しむこともない。
また新たな関係を築けばいいのだ。またゼロから。私とパーヤなら、多分できる。
でも。それでも。
私がパーヤと過ごした大切な思い出を、彼女から奪わせたくなかった。
「お前には、選ぶ権利がある。」
彼女と向かい合い、私は言う。
「無くした記憶を取り戻すか、それともこのままずっと...二人で、ここにいるか。」
選ぶのパーヤだ。彼女の記憶なのだから。
私は彼女の選択に従う。私は彼女を...信じることにした。
「...このまま二人きりで...ここにいたい。」
彼女の返答は思っていたよりも早かった。
このままでいたい、か。
「...そうか。それなら───」
「───そうやって、昔の私は言ったかもしれません。」
彼女の言葉には続きがあった。
「でも、違うんです。分かるんです。分からないけれど...記憶が無くなって、分からないのに...心が、違うって言うんです。貴方に出会って、共に戦って、変わったんだと...!」
大粒の涙が、再び彼女の頬を伝う。
「貴方と共に過ごしていた私は...何も知らない今の私よりよっぽど輝いていた!よっぽど楽しかった!辛いことも苦しいこともあったけれど、そんなものどうでもいいほどに...それ以上に貴方を...愛していた...!」
咽び泣きながら、彼女は必死に言葉を繋ぐ。
「...だから、教えてください。私と貴方の思い出を...!お姉さんじゃない、二号さんと私の...二人だけの大切な...大切な思い出を...!」
彼女の叫び声は、真っ暗闇な穴の中へ溶けていき、消えた。
静寂。
彼女の嗚咽だけが聞こえる。
「いいんだな。」
私は彼女に問う。
「お前の本能が消した記憶だ。思い出せば、凄まじい苦痛がお前を襲うだろう。」
「構いません。」
彼女は即答する。
「死ぬかもしれないんだぞ。」
「貴方がいるから...私は死にません。」
決意は、固い。
静寂。
「...目を閉じろ。そのまま動くなよ。」
私は彼女に言う。
「今からお前の記憶を復元する。」
「はい。でも、どうやって...」
「私も分からん。ただ考えはある。だから目を閉じろ。」
「わ、分かりました。」
パーヤの大きな瞳が、瞼に覆われる。
「...辛いぞ。覚悟はいいか?」
最後に、もう一度問う。
「はい。貴方となら...乗り越えられる気がします。」
目を閉じたまま、パーヤはそういった。
その言葉を受けて、私は髪を耳にかけながら彼女に近づく。
頬に手をあて、そっと撫でる。柔らかい。
そしてその唇触れて...私の唇を重ねた。
どくんと身体が脈打ち、私のデータが彼女の中に流れていく。
私から見たパーヤとの記憶が、その全てが彼女の中に流れ込み、壊れた記憶を直していく。楽しかったこと。嬉しかったこと。すれ違ったこと。辛かったこと。苦しかったこと。そして...
『やはり人間は愚かだ。』
過ちを、冒したこと。
パーヤが苦しそうにする。それでも私は口付けをやめなかった。
ぱらぱらと音を立てて、巨大な穴が記憶で埋まっていく。思い出の詰まった大量の本がその虚無を埋めて、傷を直していく。
彼女の感情が伝わってくる。自分を責めている。私のせいで、皆が...二号さんが...
違う!お前はそれで良かったんだ!それこそが...!私が惚れた女だろう!
折れそうになる彼女の心を必死に支える。逃げ出そうとする彼女の心を懸命に抱きとめる。
帰ってこい。みんなの元へ。私の元へ───
ぱしりと音をたてて、最後の一冊が埋まった。
そっと唇を離し、見つめ合う。
「...人生で一番苦いキスでした。」
「何言ってるんだ。お前が選んだんだろう。」
「だって貴方がいますから。」
「そりゃどーも。」
「というか、こんなに私のこと好きだったんですね。もっと表に出してくれればいいのに。」
「なんだ?やっぱり『お姉さん』のままがいいのか?」
「もう!記憶のない私を引き合いに出すのはずるいですよ!まあ確かに...優しい二号さんも好きですけど...」
ぷっと吹き出し、二人で笑う。
いつも通りの会話。いつも通りの声。いつも通りの表情。
こんなにも嬉しいと思ったことはなかった。
ひとしきり笑って、私とパーヤは再び向き合う。
かける言葉は、決まっていた。
「おかえり、パーヤ。」
彼女は一瞬驚き、直ぐに柔らかな表情になる。
「はい。ただいま戻りました。二号さん。」
私は再び、彼女に唇を重ねた。
最愛の心を、その口付けに乗せて。
一年ぶりのキスは、人生で一番甘かった。
もうすぐアニメNieR公開ですね。めちゃくちゃ楽しみです。
この話がめちゃくちゃ長くなってしまいましたが、第三章は一旦ここまでになると思います。あでも、もしかしたらもう一、二話挟むかもです。
とりあえずこの次はR-18も書くと思われるのでそちらもぜひ。
ー追記ー
この次の話「人形と人間と人間」は「NieR Breath of the Automata R-18」(あらすじにURL記載)の方から閲覧できます。
こちらの話を読まなくても、次の話は違和感なく読むことができます。
勿論R-18要素を含むので、閲覧の際にはご注意を。