NieR : Breath of the Automata 作:たまごの文字書き
人類に栄光あれ。
〈全く...話を聞いていればどっちの命が大切だとかなんだとか...くだらないにも程がある。馬鹿馬鹿しい。〉
寝言は寝て言えとでも言いたげな表情で、リーバルは吐き捨てるようにそう言った。
「...外野が割って入れる程、浅い話じゃないんだぞ。」
〈ああそうかい!それならあえてその外野から言わせてもらうけどねぇ、君たちのどっちが先に野垂れ死のうかなんて、僕からしたらどうでもいい事だね。なに?命の重み?そんなの等しく同じに決まってるじゃないか!ハイリア人も、リトも、ゴロンも、ゲルドも...それだけじゃない。動物や虫、草木の一つ一つだって──命は等しく平等だ。〉
彼の声は、その刺々しい内容とは裏腹に、私の思考回路に絹のように滑らかに滑り込んだ。
〈命に上も下もない...僕達生物は皆、生きるために狩りをし、生きるために魔物を討ち、生きるために生を全うする。それは僕らが生きるために──と言っても僕はもう死んでいるけれど──他者の命を奪うことに変わりない。そこに善も悪も無い。ただ命があって、生と死があって──そこに祈りがあるだけさ。〉
苦しいようで柔らかい。優しいようで恐ろしい。それは若くして命を落とし、そしてその苦しみを100年もの間休むことなく受容し続けた彼だからこそ言える、この世界の理。大空を知り、世界の広さを知り、そして生と死の痛みを知る彼だからこそ──彼は今、私たちの問答に怒りを感じているのかもしれない。
〈A2とかいったっけ。確かにキミはヒトじゃない。命だって存在しない。この世界の循環から逸脱した異形のカラクリに過ぎない。だけどね、キミはもうそんな大それた逸物じゃなくて、このハイラルに生きるひとつの命に過ぎないんだよ。〉
腕組みを解き、その翡翠色の瞳で彼は私を見つめる。
〈キミの友はどれくらいいる?キミを知る人はどれくらいいる?キミを気にかけ、想い、助けくれる人はどれくらいいる?それがたった一人でも構わない。繋がりだよA2。例え君が機械だとしても、その一人にとってキミの消失はまるで心の臓をナイフで抉られるよな鋭い痛みとなる。人間の死と同等の傷を心に刻み込めるのならば、キミの存在は尤も命にふさわしい筈だ。違うかい?〉
鋭い視線の中に、どこか暖かさを感じる。皮肉屋で文句ばかりの男だが、根は優しいリトなのかもしれない。
〈まあもっともな話、ここまで説明してあげないと理解できないそのポンコツ頭で機械を名乗る方が、僕にはよっぽど恥ずかしく思えるね。〉
スカしてる雰囲気はムカつくし一言余計ではあったが、正直ぐうの音も出なかった。
仲間がいる。前の世界では遠ざけてきた存在が、私の周りにいる。
...いつの間にか、当たり前になっていた。当たり前になっていたからこそ、自分勝手な考えをしていた。
...逃げていたのだ。残される恐怖から。失うことは、とても辛いことだ。だから失う前に自分が消えた方が、まだ辛くはない。でもそれは、私が「失わない」だけであって、私の仲間や恋人は皆、「残された」側に立たされるということ。その辛さを一番知っているのは自分のはずなのに、私はそれを周りに押し付けようとしていた。その方が楽だから、その方が合理的だからと自分に言い聞かせて、見て見ぬふりをしていたのだ。
下を向いていた私の瞳が前を向く。いつの間にかテバとリーバルはいなくなっており、残されたのは私とパーヤだけだった。
彼女は真っ直ぐ私を見つめていた。その真珠のように丸く大きく美しい瞳に見つめられると、異常もないのに胸の奥からぽろぽろとエラーが湧き出てくる。
私は彼女が好きだ。だから、守りたいと思った。私の方が強くて、私の方が頑丈で、そして──
──そして私に、命がないからだ。
...でも、もしそうではないのなら。
彼女も私のことが好きで、彼女も私を守りたくて、彼女はもしかしたら私よりも強くて、そして──
「命にふさわしい、か...」
生き物ですら無いただの機械だとしても、パーヤの瞳に映る私は、彼女の命よりも大切な相手。
もし彼女が私を失うとしたら、彼女にとってそれは隣人の死よりも重く辛いもの。
だから彼女は自分を軽んじる。自分の命よりも私が壊れることを恐れる。
まるで私が、そうするように。
この話は堂々巡りだ。終わりの見えない喧嘩だ。リーバルがくだらないと吐き捨てた理由もよく分かる。そしてそれは彼女も分かっている。
.......
「なあパーヤ──」「あの、二号さ──」
同時に言い出して、気まずくなる。
些末な視線による格闘の末、ため息と共に私が切り出した。
「この話は、私が間違っていた。」
「そ、そんなことは──」
「──そしてお前もだ。どちらも「正解」じゃない。」
沈黙。
それも一瞬のことで、次の瞬間には、パーヤはぷっと吹き出して笑っていた。
「ふふっ。私も、同じことを言おうとしていました。」
彼女は改めて、私の前に身体を向けて正座する。
「結局自分勝手だったんです。お互いのためって決めつけてばっかりで...自分が先に失いたくないだけだった。」
全ては自分のため。相手のためだなんて、辛くならないための方弁に過ぎない。
「初めから全部違ったんです。もしもの時、貴方が犠牲になるか、私の選択で世界が滅びるか。私たちにはそれしか見えていませんでした。でも──」
「選択肢は二つじゃない。か?」
私の答えを聞いて、彼女はふわりと笑う。
「はい。他にも方法はあるはずです。私だけじゃ適わなくても、貴方だけじゃ届かなくても──」
パーヤの両の腕が私の背中に周り、そっと抱き寄せられる。
「──私たちなら...二人なら、きっと。」
きっと、届くのだ。足りないなら補えばいい。一人で選べないなら二人で悩めばいい。
「なあパーヤ。」
私より先に、死ぬなよ。
私はそう言おうとして、私は口を噤む。
いつの日か、そう願ったような気がする。そして、この言葉は間違っている。その時には分からなかったが、今ならもう、何を言うべきかよく分かる。
「お前より先に、私を死なせるなよ。」
パーヤは一瞬驚いたような表情をしたが、咲き乱れる柔らかな花々のようにふわりと笑った。
「二号さんこそ。後ろは任せましたよ?」
「バカ言え。お前が後ろだ。」
快晴の空の下、二人の抱擁はしばらく続いた。
──────
「...何とかなったみたいっすよ。」
「フン。どうせそうなると思っていたさ。バカじゃないんだから初めから仲良くしていればいいのに...」
「あれ、二人のこと内心気にしてたって聞いたんすけど──」
「──そんなんじゃないよ。宿主がモヤモヤしてると僕まで気が立ってくるんだ。この僕が宿っているんだから、もっと考えて行動して欲しいね。あんな短絡的な痴話喧嘩、全く理解できたもんじゃない。」
「まぁ、それが恋心ってヤツなんじゃないですか?」
「フン...分かりたくもないね、そんな面倒なモノ。」
四章、かなり長くなりましたがもうそろ一区切りです。次はどこに行かせようかな...