NieR : Breath of the Automata 作:たまごの文字書き
人類に栄光あれ。
黒雲から降り注ぐ雷雨は激しさを増して、ハイリア人であれば数メートル先の建造物すら視認できない程であった。
A2は村の方へ向かい、ポポルは周囲の瓦礫を屋根にして落雷から身を隠す。トランシーバ越しに彼女が定位置に着いたのを確認し、パーヤは両手を地面に着けて片膝を立て、さながらクラウチングスタートの姿勢を取る。
「さて...」
今日は何の変哲もない一日なる予定だった。プルア様の看病をして、空いた時間に鍛錬と読書をして...隙を見て二号さんとビーチを眺めに行く。ごくごく普通の予定。だがそんな簡単なことですら何故か上手くは運ばず...豪雨の中、最も殺してやりたいアンドロイドと協力して見えない精霊と戦わされる羽目になっている。
「.....」
長い呼吸を繰り返して、意識を自分の内側に引き寄せる。筋肉の動き、血液の循環...そして力の流れ。それら全てを鮮明に知覚し、風へと意識を変える。
フロドラと戦うとは言ったものの、そもそも黒雲の中にたどり着けないようでは意味が無い。仮に何とか飛んで行けたとしても、そこからは重力に逆らって常に浮遊していなければならないのだ。風の扱いに長けているリーバル様なら可能かもしれないが、生憎その担当は彼ではなく私である。「リーバルの猛り」を一度も成功させたことがないのに、我ながら随分と強気に出たものだ。
ただ、無策で役目に志願するほど私も阿呆ではない。ビーチバレーの時に使った風の力、そしてリーバル様の身のこなし、力の流し方。その感覚の全てを使えば、「リーバルの猛り」に似たようなものを再現できるという確信があった。
「.......」
脱力を続けながらも、彼女は意識を風へと集中させる。「リーバルの猛り」は自身を中心とした竜巻を作り上げることで、上昇気流を発生させる技だ。だが、私の力の流れはあの方とは異なる。それならば。
パーヤの周囲に、さらさらと風が流れ始める。その風は旋風となり、突風となり、やがて暴風へと昇華する。
普段はここで制御が効かなくなる。風の圧力を抑え込めないのだ。だが、今回は違う。
「はぁ...!」
彼女を取り囲む暴風が、ぐるぐると回転して二つに割れる。力を抑え込めないのならば、分けてしまえばいい。
その風はきりきりと音を立てて細く、そして密度を増して小さくなる。やはり予想通り意識を割く量は増えるが...この風圧なら制御できる。
暴れ狂う勢いをその中に残して、二つの風はパーヤの両の手の上に乗せられる程の大きさになる。
...できた。風の力を二つに分けて閉じ込めた、私なりの「リーバルの猛り」。
「参ります!」
瞳を開いて、パーヤはとんと宙を舞う。そのままふたつの風にふわりと着地すると、鳥のように空高く飛んで行った。
〈へぇ...なかなかやるじゃないか。〉
後に残ったのは、きりきりと舞い落ちる木の葉のみ。
──────
「うおっ...と。バランスを崩したら持っていかれる...!」
初めての風乗りはかなり難易度の高いものだった。それもそのはず。リーバルが何年もかけて身につけたその術を、いきなり実践投入しているのだ。
「...聞こえる?ポポルよ。貴方凄いわね。空を飛ぶハイリア人なんて初めて見たわ。」
「そりゃどうも。ハイリア人なんて眼中にない貴方からしたらなんでも初めて見るものなんじゃないですか?」
「いちいち喧嘩腰なのね...まあいいわ。そんなことよりもうすぐ雲の中よ。フロドラが近くにいるはず。気をつけて。」
ポポルが私に警戒を促してくる。指示はしっかり聞くつもりではいるが、やはり言いなりになったようで癪ではある。
「分かってますそんなこと。気をつけろって言ったって見えないものは見えないんですから。むしろ貴方はちゃんと私の事視認できているんですか?」
「そこは大丈夫、貴方から貰った双眼鏡のお陰でね。こんなモノを作ることができる技術者、一度会ってみたいものね──パーヤ!避けて!」
ポポルの声と同時に、目の前に巨大な何かが迫ってくる。
「...え?おわッ!」
間一髪。突如現れた雷電球が目の前を通り過ぎ、髪の先をじりじりと焦がす。
「い、今のって...」
さらっと呼び捨てにされたことを咎める余裕もなく、パーヤは周囲に神経を研ぎ澄ませる。
「...指図め先制攻撃ってところかしら。どうやら貴方のことはもう認知されているみたいね。」
「...一気に上昇します!」
足に力をぐいと溜めて、一気に跳躍する。風を蹴りあげる感覚は思った以上に地上と変わらないものであったが、まるで重力がなくなったかのように高く飛び上がる点だけは異なるものだった。
黒雲の中へ侵入し、そのまま上昇を続ける。
雷電球が何度か身を掠めたが、風の扱いに慣れてきた分避けやすい。
「見える?貴方今、フロドラのかなり近くを飛んでいるわ。」
「見えると聞かれても...」
「貴方風を操れるのでしょう?それなら気流を読むのよ。見えなくても、確かにそこにいるのだから。」
「気流...」
言われて目を凝らすと、確かに何かがそこにいるのがわかる。風の流れ、雷鳴の響き、力の流れ...それら全てに、自身の五感を委ねる。
「見えない...けど、見えます。何と言うか...「無」が見えるというか...」
「いいじゃない。その調子よ。細かい動きについては私からもアシストするわ。」
見えてきた「無」は巨大な蛇のような形をしていて、その身体から大きなエネルギーを発していた。その力がどす黒い雲を形成し、落雷と暴風雨を地上にもたらしている。何故?どうしてこんなことを。フロドラの形をした「無」に、私はより意識を集中させる。
「──パーヤ?何をしているの?貴方、囲まれているわよ!」
「喋らないで!もう少し...もう少しなんです。」
自身を取り囲む巨大な「無」の流れ。なんだろうか。...分かる。フロドラは私を攻撃したいのでは無い。何か...何か訴えている気がするのだ。
「ポポルさん、暫く無線は切りますね。」
「え?ちょっと!切るってどういう──」
ポポルの声を無理やり遮って、パーヤはトランシーバの電源を落とす。そして再び「無」へと感覚を向けた。
ぐわりぐわりと、「無」はその大きな身体で気流をかき混ぜている。風の流れに沿って、私もぐるぐると渦を描く。何故そうしているのかは分からなかったが、こうするべきだと思った。
私の力の流れが風に乗って、巨大な「無」の中へと消えていく。吸われているような、送られて来るような。円環の中、互いの「力」が流れとなって、互いを行き来する。ぐるぐる、ぐるぐる。その流れはやがて一つの線になって、私の胸にずぶりと突き刺さった。
どくん。
脈動が聴こえ、私の意識が精霊と重なる。痛い。激痛だ。力が...電気が吸われている。何か...何かを身体に取り付けられた?苦しい、辛い、痛い、痛い痛い!
「──あああっ!はぁーっ、はぁーっ...」
ぜえぜえと荒い息を吐いて、私の意識は自身の身体へと戻る。なんだ今のは。フロドラと感覚を共有したのか?
私は再び黒雲の中心へ目を向ける。「無」はいつの間にか私から離れ、遥か上空をゆったりと動いている。
「...ポポルさん、聞こえますか?」
トランシーバの電源をONにし、私は地上にいる旧型アンドロイドと連絡を取った。
「──パーヤ!...よかった。何かあったらどうしようかと思ったわ。」
「敵の身を案ずるなんて随分と余裕そうですね。それよりフロドラの身体に変わったところは無いですか?何か──そうですね...何か変なものが...くっ付いているとか?」
「変なもの...?そんなもの無いと思うけれど──ん?」
「何かありましたか?」
「んー...付着しているものがあるかは分からないけれど...ちょうどお腹の辺りかしら。電流が漏れ出しているというか何と言うか...」
「向かいます!気流自体は見えるようになってましたが...相変わらずフロドラ自体は視認できないので細かい指示は任せましたよ!」
「え、ええ。...分かったわ。」
ポポルの声に、少しばかり揺らぎを感じる。
「...どうしました?」
変に気になったので聞き返すと、一呼吸の間を置いてポポルはむず痒そうに口を開いた。
「...あ、貴方がその...「任せる」なんて私に言うと思わなかったから。...ええ、ちょっとばかり嬉しくて。」
何なんだこの人は。二号さんに致命傷を負わせ、ハイラル征服に加担する極悪人とは思えない...純真な反応。
「勘違いしないでください。今は村を救うために苦渋の決断で協力関係を結んでいるだけです。滅茶苦茶イヤですけど。それに実際フロドラは貴方じゃないと見えないんですから...致し方なく、貴方に任せているだけです。滅茶苦茶イヤでけど!」
寄せられた好意を突っぱねるように、私はトランシーバに大きな声で吹き込む。
「ふふっ。はいはい分かりました。気をつけて向かうのよ。」
「.......言われなくても...」
身を案じてくるポポルに動揺しつつ右手にクナイを握り直し、パーヤは再び黒雲の中へと消えていった。
仲悪いキャラクターの共闘っていいですよね。ポポルさん側は何も気にしてなさそうに見えますが、デボルを傷つけたことはかなり根に持っております。