NieR : Breath of the Automata 作:たまごの文字書き
人類に栄光あれ。
魔物の量が増えてきている。見た目の色が変化している上位種の存在も見受けられるようになったが、敵が成長している分、こちらも成長しているというもの。メンテナンスを終えた私と風の力を手にしたパーヤにかかれば、黒曜種など敵ではなかった。
二人きりで旅をするのはそれなりに久しく、初めのうちこそ少しばかりの心の距離があったように思えたが、一夜を共にすればそれもたちどころに消えてしまい、その甘酸っぱい距離感が逆に恋しくなるのも時間の問題であった。
「ハテノ村から双子山まで凡そ三日か...かなり速いペースで進めているんじゃないか?」
夕暮れ時も過ぎ去り、見慣れた夜空にちらほらと星が見え隠れし始める時間帯。
次の馬宿までは少しばかり距離があるので、今日は双子山塔の麓に簡易テントを張り野宿することに決めた。
「そうですね。馬車を借りると大体二週間...この速さを維持できれば、もう一週間もあればゲルドの街へ辿り着けるでしょう。」
湯浴みの準備をしながら、パーヤが私の言葉に反応する。夏も終わり、少しばかり寒さが際立つようになった頃合だが、プルアが用意した「簡易浴槽」のおかげでそれなりに温かい湯に浸かることができる。どういう仕組みかは全く分からないが、手のひらサイズのカプセルを割ることでぽんと音を立てて仕掛けが作動するのだ。私の記録の片隅にある「五右衛門風呂」に酷似した見た目をしているのだが、ちょうど二人入れるくらいのサイズに調整してある辺り、プルアの無駄な配慮に抜け目は無い。
近くを流れるノッケ川から水をくみ、浴槽を満たす。青白い炎が土管の下から水を加熱すること数十分、蓋を開ければ極上露天風呂の完成である。
程よく義体の汚れを落とし、脚からそっと湯に浸かる。少し我慢して、肌がぎゅっと引き締まるような適度な湯加減。肩までざばりと浸かってみれば、腑抜けた声が口から勝手に漏れだし、一日の疲労感が風に乗って消えていくのだ。
「気持ちいいですねぇ...」
「そうだなァ...」
自分の声とは思えない不甲斐ない声が、互いの口からだらだらと漏れ出す。
「そういえば今更ですけれど、二号さんってお風呂大丈夫なんですね、その、電子部品とか。」
「ああ。むしろ湯にナノマシンが溶けだして細かい修理ができるようになっているらしい?から、メンテナンスをサボりがちな私は『簡易浴槽』を定期的に使えってプルアに釘刺されているくらいだ。」
「成程、流石はプルア様。ずぼらな二号さんのことをしっかり分かっていらっしゃる...」
「はいはい自堕落で悪かったな。」
ちくちく刺さる彼女の皮肉に強がって見せながら、私は夜空に輝く白銀の乙女の一枚絵に目を向ける。
普段は髪をリボンのように頭上に巻き上げ、残りを肩の高さくらいに切りそろえているが、こうして長い髪を高い位置でひとつに纏めている彼女もまた愛おしい。いつもは見えにくい首筋が無防備になり、湯加減のせいかはたまた別か、私の頬を少しばかり色付ける。
「...綺麗だな。」
心地よい沈黙。
「はい。とても。こんな良い思いをしていいのかと言うくらい贅沢な時間です。」
そんな私の視線に気づいているのかそうでないのか、彼女の大きな瞳もまた、この満天の星空を映していた。
しっとりと、張りのある若い柔肌。湯に火照った華奢な肩に、控えめながら存在感のある両房。整った顔立ちに浮かぶ、ミステリアスな額の紋様。桃色の唇。長い睫毛に栗色の瞳...
彼女は今、私は同じ世界を共有している。始まりと同じハイラルの夜景の中で今、確かに、私は彼女と同じ方向を向いているのだ。
「なに、戦士の休息だ。これくらいしてもバチは当たらないだろう。」
そう言って私は徐ろに腕を回し、彼女の身体を引き寄せる。
「...今夜は?」
パーヤの長い耳元でそっと囁いてみせると、彼女の肩がじわじわと桃色に染まっていく。
「...」
無言の格闘。もう一押し。
そのまま彼女を膝の上に乗せ、するりと腕を回す。
右手の指で首筋を這うように触り、左手でその柔らかい唇をすりすりと撫でてやれば、彼女の欲にスイッチが入る音がする。
長時間の入浴の末、彼女の小さな顔がこくりと縦に動いた。
よし、堕ちた。
「ははっ。のぼせたのか?耳の先まで真っ赤だぞ。」
「一体誰のせいでこんなことになったと──!」
その後の話は、言うまでもない。
──────
~父と娘~
灰色の石畳が、陽の光を眩しく照り返す。姫君と青年は、目下でがしゃがしゃと動き回るからくりの巨兵を眺めていた。
「ガーディアンもようやく動かせるところまでこぎつけました。」
どこか満足げな姫君の表情は明るい。
「この調子でガーディアンや神獣への理解を深めていけば、例え厄災ガノンが復活しても対抗する力は得られる筈です。」
くるりと振り向き、嬉しそうに青年に語りかける。しかし、そんな楽しい一時は、だらだらと長くは続かないものである。
「ここで何をしておるのだ?」
嗄れた、しかし覇気のある声。
それは姫君の父にして、ハイラルを統べる偉大な王たる者の声。
姫君は王に...父に向き直り、青年は片膝を立て顔を下げる。
「ガーディアンの実験を見ていました。」
彼女の拳が、固く握られる。まるで何かに耐えようとするかのように。
「私達が遺物を完全に把握すれば厄災への対応も.....」
「確かに、古代遺物の研究はハイラルにとって極めて重要だ.....だが、この国の姫であるお前が成すべき事は、他にある筈。」
痛いところをつかれたのか、姫は眉をひそめ、俯いた。
「いつまでそうして己の役目から逃げ続けておるのだ?」
王の表情は険しい。
「.....逃げては、いません.....先日も勇気の泉に赴き、沐浴し、祈りを捧げ.....」
握られる手の力とは裏腹に、彼女の声は弱々しくなっていく。
「遺物に関わるのを止め、全ての時間を修行に注げと言うておる!厄災封印の力を身に宿す術が、それ以外にあるのか?」
「判りません.....でも努力しているつもりです.....けれど、どうしても.....」
王の言葉に、姫君が苦悶の表情で反論する。
「だから、せめて今の私にも出来る事を──」
「──言い訳は聞きとうない.....王として命令する!今後一切、遺物に関与することは許さん!泉での修行に専念せよ!」
暖かった陽射しが、今は肌を突き刺すように痛い。
「口さがない王宮の者達に、なんと呼ばれておるかは知っていよう?『出来損ないの姫』『責を果たせぬ無才の姫』.....」
王が顔を逸らし、沈黙が重くのしかかる。
「そうではないという証を立てるのだ.....良いな?」
その言葉には王としてではなく、父として誰よりも娘を気遣う一人の不器用な男の心が、継ぎ接ぎのように見え隠れしていた。
「.....はい。.....御父様。」
王は踵を返し、去っていく。姫の表情は...暗いままである。
これは在りし日の彼の記憶──
──────
「.....夢、か。」
『夢』によるスリープモードからの強制再起動にはもう、今更驚きもしない。まあ目覚めが良いって訳では無いが...回避できるものでもない。
腕の中ですよすよと寝息をたてるパーヤの寝顔を、A2はじっと見つめる。
...目が覚めてしまった。元々スリープモードは毎日必ずすべき動作では無い為、一日に何度も行うのは少しばかり億劫なのである。
「...武器の手入れでもするか。」
パーヤの額に口付けをし、彼女を起こさないようするりと寝床から抜け出す。
何時でも敵に対処できるよう、武器は寝床のすぐ脇に置いてある。物音を立てないよう慎重に手に取り、A2はキャンプ用の椅子に腰掛けた。
「残心の小刀、白の約定は異常なし。あとは...」
足元に横たわる大剣に目をやる。
四○式斬機刀。先日ウオトリー村での一件で手に入れた、かつて私が愛用していた剣。
「気になるのはコイツだよな...ロックされた変なメモリも組み込まれているし...ん?」
よく見ると、メモリのロック数字が変更されている。『8/13』...三つ、増えている。ウオトリー村から今までで三回増えたものってなんだ...?分からない。
「ん...おはようございます...早いですね。」
「ああ、起こしてしまったか。すまない。」
「いえ、夜明け前には出発する予定でしたから...行きましょう。」
「そうか。疲れは大丈夫か?」
「お陰様でヘトヘトですよ。誰かさんのお陰で。」
「おいおい、欲しがったのは君の方じゃないか。言いがかりはよして欲しい。」
雑談の中で、考え事は記憶の片隅へと消えていく。まあいい。いずれ分かることだろう。
度の支度を整えれば、まだ冷たい夜明けの空気が私たちを取り囲んで、先へ先へと急がせるのであった。
旅の途中を描きたくて、こんな回を用意してみました。ハイラルの夜景で露天風呂...やってみたいですね。へブラ山の方に行けばオーロラが見られるのを知った時はとても驚きました。BotWの世界は自然への作り込みが深くていいものです...