NieR : Breath of the Automata 作:たまごの文字書き
人類に栄光あれ。
全ての始まりと出逢い
「なあ聞いたか?『影の英傑』のウワサ!」
「カゲの英傑?なんだそりゃあ。」
「戦線に颯爽と現れては尽く魔物を殲滅してくっていう謎の戦士のことよ!」
ここ最近じゃその話で持ち切りだぜと、若い男は鼻を鳴らす。
「はあ。そりゃあ有り難い噂だな。」
外套を深く被った兵士が、さも興味なさげに軽く応えた。
「なんでも名も知れねぇ辺鄙な戦場にだけ現れるって話さ。各地の英傑サマがいる主要都市は万事安泰だろう?そういう場所じゃないのを任される俺たちみてえなヤツにゃ、その戦士の方が立派な英傑に見えるってモンよ。」
焚き木の燃える素っ気ない音を囲む。
「んでよ、なかには人形みたいに美しい女戦士だって話もあるんだぜ?こりゃ本当に女神サマの御使いかもしれねぇな!」
「ハハッ。野営に疲れて変な夢でも見たのか?」
「いやいや間違いねぇ。青き雷を纏いし人形の戦姫!ウワサに留めるにしちゃあ情報が多すぎるぜ。それに──」
最後の薪を火に焚べる。
「──それによ、そんな妄想でもねぇとよ。こんな狂った戦場じゃあ正気で居られねぇってもんよ。」
舞い上がる小さな火の粉をその目が追う。侘しげに消えた視線の先には、夥しい数の魔物の群れがなだれ込む土砂のように歩を進めていた。
「...ここの戦線も今日でオシマイだな。結局オレもオマエも、死ぬも逃げるも選べねぇ臆病者だったってことだ。」
ろくな手入れもされていない剣と盾を拾い、兵士はゆっくりと腰を上げる。
「あーあ。どうせなら最後にその美人な姉ちゃんと共に戦場を馳けてみたかったよなあ。まあ女のお前にゃ興味ねえ話──」
「──来るよ。」
「んあ?」
虚をつかれたように、男はかっくしとこちらに振り向く。
「ここに来るさ。その影の英傑ってヤツは、きっと。」
外套の兵士は、何かを確信しているようにそう応えた。
「ハハッ。野営に疲れて変な夢でも見たんじゃねえのか?まあそうだとしたら──」
最後の薪が炭になる。灯りにも使えない暖かさをそこに置いて、兵士は戦場へ向かう。
「──そしたらきっと俺たちも、生きて帰れるかもしれねぇなあ。」
百年前。名も無き兵士の、名も無き記憶──────
NieR: Breath of the Automata
──Age of Calamity──
...声が聞こえる。
...誰かが触れている。
...誰かが見ている。
重たい人工皮膚をゆっくりと動かし、ぼんやりとした視界を広げる。
...女性?
意識が曖昧なせいで、何を言っているかよく分からない。
確か私は...9Sから論理ウイルスを除去して...それで...。
「...そうか。私は...」
私は、死んだのか。
だんだんと、思考回路にかかったモヤがほどけていく。
自分の義体が再起動し、最適化されてゆく感覚。
これがいわゆる死後の世界ってヤツなのだろう。人形にもそんな世界が存在したってだけでどうしようもなく救われる。
...温かい。
触れているその手は温かく、壊れた機械の心を優しく包み込んだ。
温かい。優しい。幸せな気持ちになる。やっと、やっと私は...。
「よん...ごう...」
声にならないような声をかける。
「...!起きましたか!」
返ってきたのは、聞いたことの無い声だった。
一気に現実に引き戻される。
四号、じゃない。
.............どうやら私はまだ死んでいないようだった。
また、みんなのところに...いけなかった。
「私は...また、死に損なったのか。」
深いため息とともに、私──ヨルハ機体アタッカー2号は未知の場所で再起動を果たした。
...ゆっくりと義体を起こしてみる。動作系に異常はなさそうだ。それにしても...ここはどこだ?
見たことのない部屋だった。恐らく木製。角に台があり、火の灯った蝋と本...?のようなものが置いてある。姿勢を起こすべく手を動かすと、私の身体に布が被せてあるのに気づく。そして手元には...恐らく、枕だろう。どうやら私はふかふかのベッドで丁寧に寝かされていたらしい。そして何より...世界が暗い。形容し難い違和感を感じる。
「あ!あまり動いては...」
そういえばと声のする方向を向くと、額に大きな瞳のペイントをした少女が心配そうにこちらを見ていた。
「...誰だお前。」
不機嫌全開で少女に声をかける。
「んな...?!か、看病してくれた相手にそんな態度は無いのではないですか?!大体貴方──」
ガミガミと憤慨しているその女は、見たことの無い装束をしていた。
当然ヨルハのものではない。
...イヤな予感がしてくる。看病とか言ってるし敵ではなさそうだが、警戒するにこしたことはない。
「──ああもういい、もういい。すまない、私が悪かった。」
とりあえずここを離れよう。外に出て情報を手に入れる必要がある。コイツに聞くのもいいが...自分で見た方が早い。
「あ、待ってください!怪我を...」
「...?アンドロイドのくせに義体を気遣うのか?これくらい大したことない。」
「あんど...ろいど?」
女は理解ができないと言わんばかりにきょとんとしている。めんどくさいな。
「お前もそうだろう?何言ってるんだ。」
「い、いえ、わたくしはその...あんどろいど族?ではなく...シーカー族の人間でして...」
...本当に何言ってるんだ。
深いため息一つつき、私はいらだちを表にしない程度に諭す。
「...人間どものまねごとをするんならやめておけ。そういう連中を見たこともあるが虚しいだけだぞ。それに...」
人類はもう、滅びている。
この世界は虚無でしかない。意味なんて、何もない。
存在しない主君を模倣する彼女を見ていると、なんだか余計に息苦しかった。
「真似事?何を言っているか分かりませんが...とにかく、今は安静にしてあまり動かず──」
ああ、また始まった。人間ごっこもここまで来るともう重症だぞ。
「...もういい!わかった。世話になったな。礼を言う。」
「あっ、ちょっと!」
止めようとする女を無視して私は立ち上がる。そういえば得物は...あった。足元に横たえてある。
白の約定。私と2Bの約束の剣であり、そして...私と9Sの...呪いの剣。
...感傷に浸っているヒマはない。とにかく現状を知らないと。
名も知れぬ女には助けてもらった恩はあるが...それはまたの機会に返そう。焦りと不安に駆られながらも、私は外への扉を開けた。
そして、息を呑んだ。
暗かった。空が漆黒に染まり、木造の家々から暖かな照明が漏れている。山間に作られたこの集落はとても落ち着いた雰囲気をまとい、静かに私を取り囲んでいた。
「...夜...の国?」
自転の止まってしまった地球のもうひとつの世界。正直言ってそれ以外何も知らない。
夜空に吸い込まれるように私は外へ出ると、風景を確かめるように道なりに歩いた。
...美しい。世界はこんなにも...こんなにも、美しかったのか。
見上げた世界はどこまでも広く、大きく...逞しかった。私の存在なんて、塵よりも些細なものに感じる。
私はしばらくの間、何も考えずに歩き続けた。
村はとても静かだった。聞こえるのは虫の囁くような鳴き声だけで、他に言語化できる音は一切存在しない。
ふと思い立って、私はこの村の全貌を見ることにした。一目で収めるには──あの大きな建物の裏山がいいだろう。
脚部に力を入れて、どん、大地を蹴る。その後更に空を蹴り飛ばし、上へと進む。
だが、思ったより出力が出ない。他のアンドロイドの手前、見栄を張ってはいたが──やはり義体への負荷は否めないようだ。
山腹に突き出した鳥の巣や突起を足場にしながら、ぎこちなくすすむ。山頂に着く頃には少々息も荒れていて、自分の荒み具合に少し情けなくもなった。
...まあそれも無理もない。何せ、あの場で死ぬんだと思っていたからな。
「なんだこれ。」
頂上には、瞳のような模様の刻まれた丸い石が埋められていた。
「...『墓』か。」
人類が死者を弔う時に作る、儀式的な石碑だと聞く。
「...ここまで人類と近しい生活様式に寄せてるなら、むしろ褒めるべきってところか。なあポッド──」
そう言いかけて、私は唇をきゅっと閉ざす。...ポッドがここにいるはずがないだろう。私はアイツに9Sを託したんだ。
「...私も案外重症だったりするのかもな。」
深くため息をついて、私はその墓の前にどかりと座り込んだ。
「...」
...静かだ。苔むした表面をそっと撫でる。
「...」
私は何も考えず、しばらくこの寂しい石ころと2人きりになった。
──────
「ん...」
...どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。ボケっと座り込んでいる間に、いつの間にか眠りこけていたらしい。
「...?」
またしても違和感に叩き起され、私は周りを見渡す。
...なんだこれ。少し世界が明るい。夜の国じゃないのか?ここは。
オレンジ色の光が、いつの間にか私の背中から迫ってきていた。
暗黒の世界はぐいぐいとその光に押しやられ、地平の彼方へと戻ってゆく。私は吸い込まれるようによろよろと立ち上がり、自らの背後を照らす光の正体を見た。
「これは...」
その世界は、大地の息吹に包まれ、輝いていた。
天と地の境から、強烈な光が昇ってくる。それは闇を照らし世界を照らす、太陽そのものだった。
「.......よあ...け?」
「左様でございます。」
いつの間にか、私の隣にあの女がいた。だか、そんなことはどうでも良かった。
...美しかった。闇と光の交わるその一瞬に、私は魅了されていた。
それと同時に、私は本能で理解した。
...震えが止まらなかった。
私は気づいてしまったのだ。この場所が、この村が、この世界が...いや、この世界線そのものが──。
「...なあ、お前──」
口の中が乾く。ブラックボックスが振動している。形にならない感情が、私の喉から溢れ出ようとする。
「なんでしょう。」
女はしたたかに応える。
もし、そうならば。もし、この世界が、私のいた世界と異なるものならば。
「お前は...本当に、人類、なのか?」
暖かな太陽の光が私の義体を突き刺す。やわらかな風が私の首を絞め、息を止めようとする。
違っていて欲しい。違うと言って欲しい。刷り込まれた私の感情は、こんなにもそれを切望しているのに。
「はい。」
一瞬の沈黙の後、彼女はハッキリとこたえた。
「私は...私たちシーカー族は生物学的には人類に分類される種族です。」
視界が揺らぐ。義体の温度がぐんと上がるのを感じる。わたしの...私の前に、存在しないはずの...滅びたはずの人類が、いる。
「...さ、さわっても...いいか...?」
「え、ええ...構いませんが...」
震える手でその柔らかな手に触れる。目覚める前、この手は確かに私に触れていた。壊れないように、壊さないように...そっとその頬を撫でる。すぐに分かった。そこには確かにホンモノの血が流れていて...確かに、ホンモノの生命があった。
涙が止まらなかった。何故かは分からない。分かる必要もなかった。けれども、けれどもそれだけで...それだけで私には十分だった。
喜び、悲しみ、憎しみ、慈愛、怒り、欲望...様々な感情が、顔を見せては消えていく。
そして、散っていった仲間への想いも込み上げてきて、訳が分からなくなって...私は...A2は。...二号だった私は、幼い子どものようにその手の中で泣きじゃくった。
──────
「.....お前、名前は?」
一通り醜態を晒してふと思い起こす。恥ずかしさにむず痒くなり、目は合わせられなかった。
「...?ああ、そう言えばまだ言っておりませんでしたね。」
女は優しい手つきで、しがみついたままの私の手を離す。そしてそっとしゃがんで、私の視線の高さまで顔を合わせた。
「私はインパ。ハイラルの執政補佐官にして、ゼルダ様をお守りする者です。」
厄黙からタイトルをお取りさせて頂きましたが、予め明示しておきますと、ガッツリ過去編ですので改変は起こりません。また、話数もこの章はそこまで増えない予定でいます。むしろ今までの章よりは少なめかと。