「意外と普通ですねぇ」
窓際の椅子に座りながら思わずここ三日の感想を漏らす。
事前に見せた先生の深刻な様子にそれなりに覚悟を決めて居たのだけれど、どうにも普通と言うか、特にそれらしい攻撃も無く三日目の朝を迎えた。そりゃあ期待していたような大きなホテルだとか旅館だとかダブルベットに夜景でワインで夢見心地のあれやこれやが無かったのは残念だが、最近先生はあの拝金主義の成金クソ女と酷く忙しそうにしていて、ろくに眠れて居なかったから。
だからまぁ、先生の魔女である私としてはこれはこれで良かったと思う。
「ねぇ先生?」
まだ布団の中で静かに眠っている先生を起こさない様に小声で話しかける、返事を期待していた訳では無い、ただ何かこう、親密な感じがするので寝ている先生に話しかけるのが好きだった、先生は寝ている姿をネムリ姉さんにも見せたりはしない、野生の獣染みた警戒心や、私達にも未だに秘密にしている目的の為ろくに休みも取らない人が私の前でだけ安心して眠ってくれるのだ。
まぁ、難しい話では無い、これはユーリだけの特別なのだ。ざまぁみ晒せ有象無象の雌共め。
「早起きだね、ユーリ君」
「あら、起こしてしまいましたか?先生」
「三日も一緒に寝ていると君の体温を近くに感じないと落ち着かなくてね」
枕元に置いた眼鏡を手探りで探す先生に私は眼鏡を手渡し、身を起こすのを手伝う。古めかしい冷蔵庫から水を取り出し蓋を開けて渡す、水を飲み、それが流れて行く細い喉に細い身体、さっきまで布団の中で眠っていたその身体はひんやりとしていて、酷く死を感じさせる。いつ死ぬのだろうか?先生は、その日が待ち遠しい。
「すまないな、ユーリ君」
「いいえー、これぐらいなんでもありませんよ」
私は肋骨の薄く浮いた胸元に手を這わせ先生の乱れた浴衣を直す、煙草の匂いが少しだけ混じった体臭、先生は私を含めた魔女達の前では決して吸おうとしないが、全員が隠れて煙草を吸っている事を知って居る。何時かやめて欲しいとも思うし同じぐらい何時か私の前でも遠慮なく吸って欲しいとも思うが、せめて煙草ぐらいはと思って誰も指摘はしていない。
「先生、今日で三日になりますが、何が目的なんですか?スカウトにしたって彼女と大した話もしていないようですし」
寒いのだろうか、海の上にあった筈なのに窓の外では荒涼とした山中の景色が広がっていて、景色や温度からそこそこの標高で恐らく海外の山なのだと言うのが推測出来た。この宿で唯一の従業員らしき人物であるヤツザキなる少女の魔法がこの景色のタネなのだろうが、先生はただ日ごとに切り替わっていく光景を楽しむばかりで仕事には取り掛かろうとせず持ち込んだ本をじっくりと読むばかり。元々先生さえ居てくれるならそれで構わないから困らなかったが、連れて来る魔女によっては出掛けようとして先生を困らせていたかも知れない。
「あぁそうだね、ユーリ君にはそろそろ今回のスカウトの細かい注意点なんかも伝えておくよ、三階の一番奥の部屋には気づいて居るかい?」
もちろん、窓の外の景色以外は基本的に掃除の行き届いた、ただの宿ではあるのだけれどそこからだけは嗅ぎなれた匂いが漂ってきている、魔女に変身せずとも分かる。
「死臭ですよね?新しいのが沢山、十人ぐらいでしょうか?一つだけ酷く古い匂いが混じってますけど、それが今回の彼女の鍵なんですか?」
人数まで分かるのかい?そう言って驚く声に私は先生の身体を温める為すり寄りながら答える、私の魔法を考えるならむしろ精度としては雑すぎると言う他ないものなのだが。
「えぇ、その辺りはユーリの本領ですよ?あの辺りは特に丁寧に掃除されてるのと妙な魔法の流れもあってお話するには恥ずかしい位雑なものですが、人数と古いか新しいか位は分かります」
そうか、流石だな、私の魔女は。そう言って私の頭を撫でる先生の右手に子供扱いしないで下さいと言いながら目を細める。煙草の匂い、先生の読む小難しい古い本の匂い、その二つに紛れる様に先生本来の匂いがする。
「それで、先生、どうしますか?」
私の問い掛けに、先生はただ困った様に唸り声をあげ首を傾げた
「念のため一週間泊まるとは言ったが、本当ならもう少し早くもう一人の目的の相手が来てくれる予定だったんだけどねぇ、暫くは何もしなくていいから一緒にゴロゴロしようか」
そう言って私を布団の中に招き入れる手に私は抗う事をせず従い、先生に包まれるように布団の中で丸くなる。十時に朝食を持ってきて欲しいと海の上のあの夜にお願いしてある。先生から貰った腕時計を見てみれば未だ七時前で、用意も含めれば二時間位は一緒にこうしていられるだろう。ぎゅうと先生を抱きしめれば煙草交じりの匂いが一層濃くなり私はそれを肺一杯に吸い込んだ。
「ユーリ君、三階の部屋に関しては何もしなくていい、あそこをどうこうするのは、そうだな、もう一組お客さんが来るはずだから彼らが来てからだ、いいね?」
「はい、先生、分かりました」
「それから、その、なんだい、なんというか」
言い淀む先生の瞳を布団の中から見上げる、先生は困った様に私の瞳を見つめ返し頬を掻く。
「最近、七星さんと忙しくしてたからね、一緒の時間を取れなかっただろう?君みたいな年頃の女の子には退屈かも知れないが久しぶりに一緒にゆっくりしたいと思ってたのも正直な所でね、付き合って貰えないかい?」
先生、あぁ、先生。大好きだ。貴方の死すら私のものだなんて、なんと甘美な繋がりなのだろう。
「もちろんです先生、では、手始めにゴロゴロしましょうか」
大体暴動に乗っかる側の人生だったので煽り耐性紙なの忘れてましたわ。
暫く禁酒です。