大した設定も無く消費されて行くだけの一場面であった彼女の物語、とはいえ充分に下調べは行った上でここに来たのだ、ヤツザキヤヤツ、19歳無職、静岡県熱海市在住、高校在学中に実家の民宿が破産、その後高校を中退し二年間無職が続く。
「ナナツ?本当にナナツなの?」
その二年間で何があったのか、ありとあらゆる情報源において明かされていない。だけどまぁ、簡単なズルだ、住んでいる場所と大まかな現在の年齢が明らかにされているのなら後は知識に頼らず現実で調査を行えばいいだけだ。
「黙れ人殺し、人殺し!!」
少女が姉に掴み掛かり小さな手で頸を締める。魔法はきっと多く事を解決するのだろう、人間の心から生み出される無限の可能性を持った力、だから何だと言うのか。お金は魔法程では無いが多くの物事を可能にするのだ、その力に掛れば真実ですらこの様に私の手の中に収めてしまう事が出来る。悪魔の真似事だって出来るだろう。
「さあ、交渉をしよう、ヤツザキさん、妹さんも居るしヤヤツさんと呼んでも?」
私がそっと少女の頭に触れると彼女はきょとんとした表情で私を見た後気絶し、ヤヤツさんの胸元で横たわる、呼吸も体温も無い、それでいて命。ははは、これが命?
命は一度失われたならば二度目などありはしないのだ、あって良い訳が無いのだ。こんなものはただのズルでしかない、どこまでもどこまでも正当さと言うものの無いやり口でしかない。だが
それでも果たしたい思いと言うものもこの世にはあるのだ。
「おねぇちゃん?どうしたの?」
私がもう一度ナナツ少女の頭に触れると、彼女は目を覚ます。何も言葉を発せないでいるヤヤツさんに対してナナツ少女が微笑み掛け享年相応の力でぎゅうと強く抱きしめる。
死霊に対しての条件付け。ユーリ君の手に掛ればそれが死人であるのならば死人を爆弾にする事も、その精神と記憶をブロックさながらに組み替える事も可能なのだ。命への冒涜、何が?この世に死人が居て良い道理など何処にある、だからこそ死ぬべきは私だったのに、あの人達が生きて幸せになるべきだったのに。
「どう…いう事?」
首を絞められ掠れた声でヤヤツさんが問い掛けてくる、私を見て怖がるナナミ少女を庇う様に抱きしめ背中へと庇う、何と美しい姉妹愛なんだろうか。真相がどうであれ構わない、彼女の魔法は私の計画に欠かせないのだ。
「あー、そうだね、うん、出来れば友好的な交渉したかったんだけど」
その為ならば私は何だってしよう、決定的に境界線を越えてしまって居る以上、痛む胸の奥のなにかを気にした所で元には戻れないのだ。
「ヤツザキさん、ヤツザキヤヤツさん、妹さんの命と引き換えに私に協力してもらいたいんだ」
どうだろうか?問い掛けに彼女からの反応はない、そうか、まぁ協力せねば妹が死ぬといきなり言われても飲み込むのには時間が掛かるだろう。何せ彼女の頭の中はどうあれつい先ほどまで彼女の妹は死んでいたのだから。その為に先ずこの状況を乗り越え、彼女には自覚を持ってもらわないといけない、君は魔女なのだと。
「すみません、その、なにもかも急すぎて、何がなんだか」
そう、そうだ、彼女には自分が魔女であると言う自覚がない、彼女にとって宿の転移を含めて妹の死後発生した事であり、彼女にとって妹は死人ではなくもっと曖昧な、それでもそこに存在しているものであり、全ては妹が起こしている事象なのだと。
私は医者じゃない、だから彼女の頭を治す方法など分からないし別段治すつもりもない。私はこれから悪徳を成す。私は今から一人の人間の心に漬け込むのだ、無防備この上無い野生をむき出しにした一人の人間を調伏するのだ。
その為ならば将来と人生の輝きに満ち溢れた一人の少女の狂気に漬け込む事を私は辞さない。
「怖い人達が君達を殺そうとやって来ている」
「彼等は君と君の妹を引き離し、ともすれば君の妹を殺すだろう」
「私の魔女が彼等を防いでいる内にこの宿を転移させて欲しい」
ナナミ少女が私を怖いものを見る様に姉に抱き着く、その様にユーリ君が彼女を調整したのだ、そこに人間の感情なぞありはしない。
「そんな、出来ません、私、無理です、全部ナナミの力で、無理、無理です!」
「いいとも、では一緒に窓から外を見てみよう、どんな存在が君と妹を殺そうとしているのかよくよく自覚すればいい、妹の力だと言うのなら妹に良く頼み込むんだ、必死に願ったならきっとそれも通じるだろう」
窓際に近づき分厚いカーテンと窓を開ける。
外の世界ではユーリ君が呼び出した死霊たちと哀編の主人公が戦い前世で見た無双系ゲームさながらの光景を作り出している、さぁ怖かろう、虫や津波の様に襲い掛かる全てを吹き飛ばす竜を模した血染めの鎧騎士と氷のドレスを纏う魔法少女。
「ハッ、やっぱりチートじゃないか」
クソ主人公共が。まぁ良い、あとは調整だけだ、限界を超え暴走しない程度に彼女から力を引き出し、安全な場所で彼女の力を育てる。正常な思考を奪いこちらに都合のいい選択肢を押し付ける、時間制限は口にする必要も無い、見て居ればわかる。自覚の無い怪物、自意識だけは一般人である彼女が私に曖昧なまま協力せざるを得ない状況を勝手に主人公様が作ってくれた。
「さぁ、ヤヤツさん。助けを求める相手だが、私と外の化け物と、どちらが良い?」