「人生なんてもの、いやでもずっと続いてくジョークみたいなものなのよ」
12歳の時あの人は酷くお酒に酔いながら私にそう言った。何時もの口癖とは違うその言葉に部屋の隅で小さく視界に映らない様にしていた私は思わずあの人の顔を見てしまったのをよく覚えている。
「お前なんか生むつもりじゃなかった」
カサついた肌に落ちくぼんだ目、襟元についた吐しゃ物。みんな運が無かっただけだ、それだけなのだ。
得体のしれない父親との一夜限りの過ちの果てに妊娠したあの人、何度も必死に父に懇願されてあの人は私を生むことに決めたのだが私が生まれたその日、父は車に轢かれて死んだ。誰が悪かった訳でもない、強いて言うなら全員の運が悪かったのだ、私もそう。不運な恋をした両親のせいでこの世に生まれてしまった。
「お前なんか産むつもりじゃなかった」
あの日は様子が違った、何度も何度も私への否定の言葉を繰り返し、何時もなら襟元にゲロを引っ掛けながら気を失う筈のあの人が据わった目でこちらを見ている。
「なんで私ばっかりこんな目に」
「全部お前のせいだ」
「お前さえいなければ」
ねえ、どうしてお前は私をこんな目にあわせるの?
人生とはいやでもずっと続いてくジョークの様なもの。なるほど、幸運も知性も持ち合わせて居なかったあの人にしては核心を突いた言葉なのかもしれない。普段は一日中動こうとしない椅子からフラフラとあの人が立ち上がる、カサついた、汚れた手が私の方へと伸びてくる。
分からない、殴ろうとしたのか、もしかしたら頭でも撫でようとしたのかもしれない。分からない、もうきっと一生何をしようとしたのか理解するチャンスは無い。
ただ、あの時の私はあの人が私を殺そうとしているのだと感じた。
そうだ、心の底からあの人が怖かった。体中に良く分からない感覚が走るのを感じた、酷く恐ろしくてそうと思うより早く涙が流れ出した。
でも、恐怖の許容量みたいなものが心の中にはきっとあって、私の心はあの日きっと壊れてしまって。そうすると今度は全身に怒りが漲って来たのだ。今まで数年の人生ずっとクシャクシャのビニール袋みたいに世界全てに潰されて生きてきた私の身体に初めて何かか満ち溢れたのだ。
最高の気分だった。気づくと母が酷く苦しそうに床の上をのたうち回っている、魔法の使い方はそうとなった瞬間には分かっていた。泳げない魚はこの世には居ない、花の咲かせ方を知らない花も飛べない蝶もこの世には居ないのだ、居るとしたらそれは飛び方や泳ぎ方、花の咲かせ方を知らないのでは無い、ただ運が悪かっただけ。喉が潰れまともに呼吸も出来なくなったあの人の目が私を見上げる。分かっている、まだ死んでない、そうだまだ死んでいないのだ。
誰も彼もが不運だっただけだ、父もそう、あの人も、母もそう、私もそう。
不幸にもこんな世界に生まれてしまったのだ、だったら帳尻を自分で合わせないとそんなのは不公平と言うものじゃないか。
この日、私は魔法少女になった。自分の人生の帳尻を合わすため、私は魔法少女になったのだ。
ーーーーーー
事の起こりは江戸時代、当時の薩摩藩に七人の魔女が降り立つ所から始まるらしい。教壇の上、多くの場合は引退した魔法少女達がそのまま教員免許を取って学園の教師になるらしいからあれも魔法少女だったのかもしれない。思考が逸れた。
ともあれ、降り立ったその七人の魔女達は当時の薩摩藩と政治的なあれやこれやをやり、明治維新の混乱に紛れる様にしてこの世の影へと長い時間潜伏する事を選んだのだとか。
試験に出てくる内容だからと教師が何度も繰り返すがどうにもおざなりにノートに書き写すだけで思考はまた先生からの指令に逸れていく、よくよく覚えておくべきなのかもしれないが今はどうにも集中出来そうに無かった、幾つかの問題が手元にあるのだ、それの解決に関して思考を集中すべきだと思う。だけれど先生は先ず学生として復讐以外の人生も確りと持つべきだと殆ど普段の活動に私を駆り出してはくれない。
分かってはいるのだ、私だってそれなりに映画を見るし、母がまだ生きていた頃一緒に見ていた映画の中にはこんな風に私の様に素知らぬ顔でいつも通り生活して情報を送り続けるスパイ映画だってあった。だけれど先生は情報を盗め!だとか何か重要なものを確保しろ!なんて指示は一切してこなくて、私からお願いして定期連絡として週に一回電話を入れさせて貰える様にして貰ったぐらいなのだ。
「……どういうつもりなんだろうか?先生は」
誰にも聞こえない様に小さく、それでも意図せずして口から不満がついて出る。まさか先生は私の復讐に協力するという約束を忘れたのだろうか?それとも必要がないというのに何度も連絡や、何かスパイらしい事をさせて欲しいとお願いしたせいで疎ましくなったのだろうか?
何となく病んでくる、最初は私と先生の二人だけだった計画にあの子が増え、さらにあのよく分からない金持ち女が増え、アイツ、黒縄がいうには最近もう一人新たな魔女を仲間に加えたらしいのだ。
忘れられたのかもしれない、私は、それは何だかとても嫌だ。
「なぁ、ほんとになぁ、土橋先生何時も脱線がエグイっていうか感情的っていうか、あんまり関わり合いになりたいタイプじゃ無いから何とも言いたくねぇけどどういうつもりなんだろうな?アレ」
思考に没頭していたから掛けられた声に反応が遅れ、一拍おいて私は黒板から前の席に座った男に視線を移す。金城羅門、先生が仲良くなりすぎない様にしろと言った五人の男達の内の一人。先生いわくいずれ殺す時に感情移入してしまわない様に注意すべき相手。
「私に話しかけてる?」
「他に誰かいるか?」
「周り見てみなさいよ、山ほどいるわよ?」
にやりと、楽しそうに金城が笑う。
「それもそうだな、じゃあアンタに話しかけてるよネムリさん」
「下の名前で呼ばないで下さい、気持ち悪い」
「確かにこれまたそれもそうだな、じゃあ佐藤さん」
「上の名前で呼ばないで下さい、気持ち悪い」
名前を呼ぶなってか!?あぁ鬱陶しい、楽しそうに笑って金城は気にした様子もなく私に話しかけ続ける。教室の視線が少しずつこちらに集まる、目立ちたくは無いのに、本当に鬱陶しい。
「昼飯でも一緒にどうよ?」
「あの、授業中なんで話しかけてこないで貰えます?」
「いいぜ!で、昼飯でも一緒にどうよ?」
「食べません、理由もないですし前向いて下さい」
「なんでよ!理由ならちゃんとあるんだって!」
ネムリさん、アンタ、人を殺した事があるだろう。それにたまに誰かを殺してやりたいって目をしてる。
誰にも聞こえない様に囁く様に私に伝えるその声に、黒板に視線を向けなおしていた私は弾かれた様に再度金城に視線を向ける、しまった、反応してしまった。どうする?コイツは先生の指示を待たずに殺すべきか?それとも一度先生に報告して指示を仰ぐべきか?
「そんな目で見てくれるなよ、ネムリさん。どうこうしようって訳じゃないさ。助けになれそうなら助けてやりたいし、止める方が良さそうなら止めたい、ちょっとしたアドバイスで上手く行きそうならアドバイスするだけにしておくし」
「……なんの話をしているか私には分かりませんが、仮に貴方の言うような魔法少女だとして、普通は誰かに相談したり、然るべき人間に通報しようと思うのが自然じゃありません?」
「ハハハ!おっと悪い、笑っちゃ悪いよな、あのよぉ?誰が信じるよ?相棒の魔法少女もいない騎士志望かも怪しい素行不良の一般人が、俺のカンだけが証拠なんですがあの子人殺してますよ?って?酒抜いて来いって言われるか何日か停学になるのがオチだぜ?」
それもそうだ、何てことを、私は自分から怪しい人物だと名乗り出た様なものじゃないか。
「だぁからよぉ、なんもしねぇって。こんな所で自分の同類に会えたのが嬉しくってさ」
「…同類?」
金城の目に怪しい光が宿る、同類、人殺しの同類と、そういう事なのか?
「そう、同類。どうよちょっとは一緒に飯食う理由になるだろ?」
先生は私を怒るだろうか?だがコイツを殺すのに有効な情報も手に入るかもしれない。それに
少しは私の事も構うべきだと、考え直すかも。
「明日なら、いいですよ」
それならきっと、鬱陶しいコイツの笑顔に耐えながら食事をするのも意味のあることだろう。
あけおめメリクリ