ボレアスの流血鴉   作:全智一皆

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かねて血を恐れたたまえ


第一話「最悪の転生者」

■  ■

 カインハーストの穢れた血族。

 それはかつてのビルゲンワース、その学び舎に裏切り者があり、その裏切り者が禁断の血をカインハーストの城に持ち帰ったことで生まれた穢れた血族。

 彼等は血を啜り、血を飲み、そしてその内側に呪詛を宿した。

 が、医療教会が新たに結成した狩人部隊『処刑隊』によってカインハーストの血族は皆諸々殺された。

 処刑隊の隊長、ローゲリウスの命を引き換えに、血族は滅んだのだ。

 滅んだ、筈だった。

 滅んではいなかったのだ。生き残りが、ヤーナムに住んでいたのだ。

 その中でも、特に我々の印象に残っていたのは―――一人の、烏羽の狩人だろう。

 東の国より鍛えられし剣と教会の連装銃。

 カインハーストの近衛騎士の兜、手甲、足甲。

 そして、狩人狩りの狩人の象徴たる烏羽の狩人服。

 カインの流血鴉―――狩人狩りの狩人、アイリーンに致命傷を負わせた張本人。

 それに挑んだ多くの狩人が、尽く死んでいった。

 ただのNPCであるにも関わらず、しかし圧倒的な実力を持つ、ボスに匹敵する強さを持つ異例。

 『古狩人の遺骨』による加速の業、見切りによるパリィ、途轍もないダメージの内蔵攻撃。

 彼程に、強いNPCは居なかっただろう。

 攻略法すら作られ、そして遂には倒された。

 ―――だが、その程度で、倒された程度で終わる訳がなかった。

 狩人狩り。狩人を狩る狩人。血に酔った狩人を狩り続けた彼が、死んだだけで終わられる筈がなかったのだ。

 穢れた血族、その近衛騎士。魂までも、穢れた血族が地獄に送られる筈もない。

 地獄に送ることすら恐ろしい。地獄の鬼すらも、王すらも、彼等は狩るのだろう。

 故に彼は地獄には逝かない。もしくは辺獄にすら連れて行かれない。

 『転生』―――彼は、生まれ変わるのだ。

 

■  ■

 レイヴン・ボレアス・グレイラット。

 それが今世の彼に与えられた、新たな名前である。

 そんな彼は産まれたその時から、前世の記憶―――もとい、ヤーナムの記憶を保持していた。

 何故、ヤーナムの存在しない世界に自分が産まれてきたのか。

 何故、ヤーナムの頃の記憶を持っているのか。

 それが彼には分からない。いや、分かる筈もない。

 死ねばそれで終わり、狩人の悪夢から解放されるとばかり思っていた。

 だが、それはあまりにも虫が良いというものだった。

 多くを殺し続けた貴様には、そんな資格はないのだと。

 彼は悟った。もう、どうにもならないのだな、と。

 故に、彼は決めた。

 どうせ、何も変わらないのならば―――前世と同じように、生き抜いてみせようと。

 故にレイヴンは、成長してすぐに剣を握った。

 ボレアス家の護衛…というよりは、レイヴンの妹であるエリスの護衛にして剣の師匠であるギレーヌに相手してもらい、戦った。

 無論のこと―――『加速』を、以て。

「狩り以外で、人と剣を交えるとは…思えば初めての体験だ」

「狩り…?」

「あぁ、こちらの話しだ。…では、行くぞ、ギレーヌ」

「…あぁ」

 今の彼には、遺骨が無い。故に『加速』は本来使えない筈だった。

 だが、彼は長い間、加速を使い続けた。

 彼は、時計塔に居座る加速の使い手であった古い狩人を狩った。

 だからなのか、もしくは転生して正常な脳を手にしたからなのか。

 彼の体には、加速の業が染み込んでいた。

 右足を、前に出して地面に着けた。

 軽く力を入れて、踏み込んだその瞬間―――体が、白い煙となって消え失せた。

 ギレーヌとエリスが目を見開く。

 何が起きた、全くとして理解出来なかった。

 だが、考える暇など無い。もう既に、ギレーヌの眼前にレイヴンは迫っていた。

 ギレーヌは木剣を斬り上げ、振り下ろされるレイヴンの木刀とガンッ! と音を立てて打つかり合う。

 衝撃が、ギレーヌに伸し掛かる。

 初速から一気に最高速に至った加速の剣技。

 それは、人間に防ぐことの出来る速度の域を越えている。

 防ぐことが出来たのは、ギレーヌの純粋なフィジカル、そして剣神流を扱う強い剣士であるからだろう。

 本来のレイヴンの戦い方ならば、この隙に連装銃を使ってギレーヌを撃ち抜くのだろう。

 だが、今は連装銃がない。故に純粋な剣技でどうにかせねばならない。

 しかし―――そんなこと、出来る訳がない。

 純粋な剣技のみでの戦いなど、彼に出来る筈がなかったのだ。

 彼は狩人だ。転生したと言えど、狩人なのだ。

 勝つ為になら、狩る為なら、どんな手段も使う。

 それが、狩人というものなのだ。

 ……まぁ、こう言っておいてなんだが、それすらレイヴンには出来ぬのだが。

「フッ――」

 レイヴンは『加速』を以てギレーヌをすり抜け、背後に周る。

 あえて――いや、癖で納刀し、力を込めて抜刀する。

 前の業物のように、刀身に血は纏われていない。

 それに、そのため込はあまりにも隙を作り過ぎる。

 ギレーヌは既に振り向いていた。

 木剣が、脳天に直撃する寸前。

 

 ―――が、それこそレイヴンの狙いだった。

 抜刀された刀身が、木剣を“弾いた”。

 ギレーヌの体制が崩れる。

 前世では、行うことが出来なかった“弾きパリィ”。

 それが、今は行える。今のレイヴンの技量ならば、扱える。

 前世での“ステータス”が反映されているこの世界でならば、この程度の技――造作もない。

 体制を崩したギレーヌの腹部に―――左腕を勢いよく突き立てようとした。

 が…レイヴンは無意識に、それを止めた。

 木刀で、ギレーヌを吹き飛ばすだけに、抑えてしまった。

「……随分と、此処に馴染んでしまったか…いや、相手がギレーヌだからなのか…全く、らしくない。甘くなったものだ」

 木刀を放り投げ、大の字になって地面に倒れ込み、そんな愚痴を吐いた。

 それは自虐とも捉えられるだろう。

 レイヴンは自分を、甘くなった自分を、悪夢のない世界に馴染んでしまった自分を、愚痴って…

「ふっ…ふふ、はは、ハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 そんな自分がバカバカしいと思いながら、声に出して、笑った。

 あまりにも、可笑しくて笑ってしまう。

 穢れた血族たるカインハーストの近衛騎士が、狩人狩りの狩人が、悪夢に囚われた愚かしい狩人が、ここまで平和呆けするとは。

 女王が見れば、アイリーンが見れば、狩人が見れば、笑われてしまうことだろう。

「…大丈夫か?」

「は、はは…あぁ、大丈夫だ。つい、笑ってしまった。ここまで笑ったのは久しぶりだ」

「…そんなに面白かったのか?」

「あぁ、面白かったとも。ここまで平和呆けした自分が、あまりにも愉快だとは。同業に呆れられてしまうな」

 レイヴンは体を起こし、放り投げた木刀を鞘に納めてギレーヌとエリスに、あることを伝えた。

 

「俺はな、今日から旅に出る」

 

  □

 ロキシー・ミグルディアは過去、不思議な剣士に救われたことがある。

 それは、彼女が道中、見知らぬ人間に…否、獣に襲われた時のことだ。

 人間と言うには、無理があった。

 明らかに、それは人ではなかった。

 口元を隠す帽子、汚れた長い砂色のコート、右手に持つノコギリのようで鉈のような武器、左手に持つ銃器。

 魔法を放とうとも、その全てが尽く避けられる。

 そもそも、魔法を使おうとした瞬間にその銃器から弾丸が放たれるのだ、魔法など殆ど使えていない。

 何を言おうとも、語り掛けようとも、しかしその獣は何一つとして答えない。

 ただ鉈を振りかぶり、避けられたら銃弾を放つのみである。

 バァンッッッ! と放たれた散弾。

 その幾つかが、ロキシーの足を貫いた。

 激痛が奔る。炎のように熱く、そして焼けるように痛い。

 へたり込み、顔を上げれば―――鉈が、振り上げられていた。

「まさか俺以外に狩人が居るとはな。だが、それも良いことか」

 ガキィンッ―――と、鈍い音が響く。

 閉じていた目を開けば―――烏羽が、あった。

 日本刀と鉈が、打つかり合っていた。

 白鉄の兜、烏羽の衣、反った刀身。

 その格好は、剣士というにはあまりにもおかしかった。

 彼女の知る剣士とは、全く異なる格好をしていた。

「狩人狩りなど久しいのだが…まぁ、やることは大して変わらんな」ただ、狩るだけのことだ。

 連装銃を取り出し、狩人の腹部に狙いを定めて引き金を引く。

 バンッ! と銃声が響く。

 だが、それは散弾銃を盾にされ防がれた。

 距離を取り、狩人は血走った目で鴉を見詰める。

 鴉が狩人を見詰めているかは、分からない。

 鴉は刀を鞘に納め、再び抜く。

 刀身は―――血を纏っていた。とても綺麗で、しかし、どろりとした血を。

 『千景』。

 カインハーストの血の女王、アンナリーゼを守る近衛騎士たちが用いた異邦の武器。

 薄く反った刀身には複雑な波紋が刻まれており、これに血を這わせることで、緋色の血刃を形作る。

 だがそれは、自らをも蝕む呪われた業である。

 『教会の連装銃』。

 特に医療教会の狩人が用いる連装銃。

 ほぼ金属製で、複雑な機構を有するこの銃は一射撃で二発を発射し、水銀弾の消費も早い。

 工房の銃よりも慎重な、切り札的な運用が必要になるだろう。

「血に酔い、血に呑まれた狩人よ―――“カインの流血鴉”、参る」

 急激に、体が加速する。

 踏み込んだその瞬間に鴉の体は白い煙となって消え失せていた。

 それはロキシーにも、その狩人にも見えず、そして分からなかった。

 だが、狩人は思い出した。

 その業が、その戦い方が、何なのかを。

 『古い狩人の遺骨』。

 古い狩人の遺骨。その名は知られていない。

 その狩人は、老ゲールマンの弟子であったと言われ、初期狩人の独特の業「加速」の使い手でもあった。

  その遺骨、遺志から古い業を引き出すとは、夢に依って遺志を継ぐ、狩人たちに相応しいものだろう。

 狩人は咄嗟に“ローリング”をして、回避しようとした。

 が―――無駄だった。あまりにも、回避が早かった。

 回避したその先に、溜め込むように抜刀の構えを取っている鴉が既に居たのだ。

 小さな閃光と共に、赤き刀身が鞘から高速で放たれる。

 素早く、そして力強く振るわれた赤き刀身は―――呆気なく、狩人の首を切り飛ばした。

「ふむ、どうやら腕は鈍っていないようだな。まぁ、それはそれてして。大事無いか?」

「あ、はい…」

「そうか、それは良かった。そうさな…回復系のアイテムを渡したい所だが、生憎俺の持っている物はどれも曰く付きなものばかりでな。貴公、回復魔法は使えるか?」

「は、はい。使えます」

「そうか。なら、それで傷を治してすぐに去った方が良いぞ。こんな場所だ、他の獣が居ないとは断言出来ん」

 鴉は刀を振るい、血を落とし鞘に納める。

 そして、そのまま踵を返して立ち去ろうとする。

 鴉はただ旅をし、そして襲い掛かる者共全員を狩る狩人だ。

「あの…貴方の、名前は…」

 ロキシーの問に、鴉は歩みを止め、答えた。

 

「カインの流血鴉。真名を、レイヴン・ボレアス・グレイラット」




あぁ、貴公。戻り給えよ
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