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「“カインの流血鴉”…ですか」
「あぁ。冒険者ではないが、その実力はS級と同等だそうだ。『千景』という血を纏う魔剣と『連装銃』という妙な絡繰を使う、烏羽の衣を纏った剣士らしい」
「……」
パーティ『デッドエンド』の一人たるルイジェルドは、休憩をしている時にルーデウスに最近有名な“カインの流血鴉”の話しをした。
実力はたった一人でS級冒険者パーティと同等であるとされ、魔剣と連装銃を使った容赦無い戦い方によって血を浴び、そしてその血を纏って敵を切る烏羽の衣を纏う剣士。
故に流血鴉。流血を浴びる鴉、流血を纏う鴉の二つの意味を持つ。
カイン、その意味は未だ誰にも分からない。
そんな話しの中、エリスだけは不貞腐れたような顔をしていた。
「エリス? どうかしたんですか?」
「…別に。ただ、羨ましいなって、思っただけ」
「羨ましい? 流血鴉がか?」
「…兄貴なのよ、その人」
「え」
「なに?」
「レイヴン・ボレアス・グレイラット。半年前には旅に出て、もう随分帰ってない。旅に出る時、レイヴンはそんな格好だったから」
明かされる事実に、二人は驚愕した。
カインの流血鴉が、あの襲い掛かる人間には一切容赦の無い狩人が、エリスの兄なんて。
だが、それと同時に納得する所もあったのは事実だ。
『狂犬』とまで言われる凶暴性を持つエリス。その兄なのだ、相手に容赦する筈がない。
剣技の腕も超一流なのは、恐らくは剣の師匠がギレーヌだからだろう。
エリスにとって、レイヴンは不思議な兄だった。
母や父のように、淑やかなれやら、貴族らしくやら言うような人ではなかった。
だが、強くなれやら、誰かを守れ、とも言う人でもなかった。
レイヴンはいつも、エリスの行動に口を出すことがなかった。
誰を殴ろうとも、レイヴンに暴言を吐こうとも、レイヴンは何も言わなかった。
レイヴン自身に、エリスに興味が無かった訳ではなかった。
だが、口を出す事は一度としてなかった。
そこが、エリスは不思議でならなかった。
レイヴンは決して弱い訳ではない。寧ろ、とても強い部類に入る人間だ。
レイヴンにその気があれば、エリスを黙らせることなど簡単に出来た筈だ。
だが、レイヴンはそれすらしなかった。
拒否拒絶すら、しなかった。
だが、レイヴンは旅に出る直前、エリスに一言告げると同時に、その頭に手を置いた。
『血を恐れたまえよ、エリス』
撫でた訳ではないが、その当時のエリスにとっては撫でたに等しかった。
今の今まで、されたことのなかったそれが、少し、いやかなり、否とても、エリスは嬉しかった。
だが…それも、もう味わえない。
何故なら、その本人は旅に出てしまったのだから。
「憧れと言えば憧れ。もう何年も会ってない兄貴がどうして旅に出たのかも分からないまんま…でも、有名になってて嬉しいと思う同時、羨ましいとも思うの」
「そうなんですね…会える可能性も、なくはないんですけど…」
「どうだろうな。彼は神出鬼没らしいからな…」
「いや、別に会えないなら会えないでそれでも…」
「そう悲しいことを言ってくれるなよ、妹殿」
二人が、咄嗟に振り向いた。
白い羽が付いた帽子、煤れた衣、右手に握られた武骨な剣、左手に握られた巨大なガトリング銃。
『工房』の異端『火薬庫』。その『火薬庫』の仕掛け武器を扱う残り狩人は、古狩人のデュラを含めて三人だった。
デュラ、ガトリングを装備したデュラの友人、そして―――過去、狩人の夢に囚われ『火薬庫』仕掛け武器を全て集め、扱った狩人。
「奴も奴で、気にしていないと言いながら君を探しているんだよ。全く、素直じゃない奴だ」
「えっと…貴方は…?」
「あぁ、私はガレット。奴の同業者だよ」
弩のガレット。
本来ならばクロスボウを主に扱う火薬庫の狩人。
だが、今この世界には彼の愛武器は無い。
故に、友人の武器で代用している。
レイヴンの同業者、弩の狩人。
ガレットは弩を以て多くの獣を爆殺した。
爆発する火薬を塗りたくった矢を用いて、獣を爆殺し、燃やしたのだ。
避けられようとも爆ぜるそれは、獣たちにとって脅威だったことだろう。
「まぁ、さっきも言った通り奴も君を心配しているんだ。今だって、気にしていない振りをしながらソワソワしているだろうさ」
「…レイヴンが」
「うむ。もし出会ったなら、そうさな…抱擁でもしてやったらどうだ?」
「な、なんでよ! なんであたしがそんな事を…」
「ハッハッハ、我ら狩人の前で隠し事など出来ぬよ、妹殿。全く、兄妹揃って素直さが無いというのは、もはや素晴らしいな」
ガレットは笑いながら、そんな事を言った。
本来のエリスならば、この場で殴り掛かっている事だろう。
だが、エリスはそれをしなかった。いや、しなかったというよりは出来なかった、だ。
ガレットは何もしていない。
武器は構えていないし、殺気やら敵意も出していない。
だが、こちらが攻撃しようものならば、一切の躊躇なく三人全員を殺せるつもりでいるのだ。
狩人の殆どは人を信用しない。
何故なら、狩人という存在は、誰もが獣となる可能性ばかりを秘めている者達しか居らぬのだから。
ガレットも、それは同じ。
ガレットはこの場に居る三人を一切信用していない。
だから、いつでも殺せる。
「…レイヴンは、それで喜んでくれるの?」
「無論だろうさ。妹に抱き着かれて喜ばぬ兄など居らんだろうよ」
「…そう」
恥ずかしそうに、エリスはただそれだけ答えた。
エリス達とレイヴンが邂逅を果たすまで、あと一日。
▲ ▽
「貴公、私の家族に手を出さないでくれよ。」
烏羽が、彼女の視界を覆う。
それと同時に、鋭い刃が龍神の腕に傷を付けた。
「っ…! 貴様…」
炎の如き憎悪と敵意が含まれた、刃物のような鋭い眼光が鴉を射抜く。
だが、鴉は涼しい顔をしていた。白鉄の兜をしているから、その表情は誰にも分からぬだろうが、しかし恐れてはいなかった。
「お、にい、ちゃん…?」
口の中の血を吐き出して、そして掠れた声で、エリスは兄を呼ぶ。
鴉は振り返らない。だが、
「そうだ。よくぞ立ち向かったな、エリス。」
確かに、妹の名を、エリスの名を、呼んだ。数年間呼ばれる事の無かった、その名前を。
少しの静寂が、終える。
鴉と龍神が、同時に攻め入る。片方は手刀を突き出し、片方は真剣を大きく振るう。
火花が散る。空気が爆ぜ、風圧が周囲を少しずつ壊していく。
烏羽の衣が、空を舞う燕の如く、風圧に乗って翻る。羽の一本が散って、それが風と共に彼方の方へと飛んでいく。
が、それは些細な事。今は、そんな事よりも狩らねばならぬ存在を、直視する。
「っ」
「強いな、貴公。私がこれまで出会ってきた人間の中でも、貴公程に強い人間は初めてだ。あぁいや、復讐に身を投じる獣だったか?」
「黙れ」
音速と共に、鋭い拳が兜へと振り下ろされる。あまりにも速く、目に写ることすら叶わぬ瞬速の一撃。それでいて、刃の如き鋭さを持った拳だ。
が、鴉はそれをさらりと躱す。まるで“最初から分かっていたかのように”。兜から出ていた白髪が、刃の如き拳の掠りによって少し散ると共に、靡く。
躱すと同時に、男の腹へと連装銃を押し付けて、引き金を引いて二重の弾丸を放つ。
轟音が響く。同時に、鮮血が跳んだ。
「ぐっ」
呻きが上がった。相手が何であれ、“獣”であれば効果は有るのだな、と鴉は新たを知る。
一撃は入れた。だが、その程度で相手が止まる訳もなく。空振った腕で手刀を形作り、停止から最速へと至る動きで横から鴉の首を刈り取ろうと振るう。
――白い風を、鴉が纏った。
瞬間、漂う程度の白煙と共に鴉の姿が男の眼の前から消え失せる。
「存外、しぶといじゃないか、貴公。」
兜の下、鴉は笑っているのか、それとも不機嫌なのか。声だけでは表情など分かりもしない。
だが、殺気は失われていない。戦意は失われていない。それどころか、先程よりも禍々しい殺意が溢れていた。
右手に握り締められた刀を構え、鴉は背後から攻め入る。
即座、男はぎゅんと体を勢いよく回転させると同時に、右足を上げて回し蹴りを顔面へ食らわせんとする。
だが、それも拳と同じく、漂う白煙を振り払いはしても兜を捕らえる事は叶わずに、再び空振る。
どちゅ…と、背後から液体が零れたような音がしたと直後、体制を立て直した龍神の回し蹴りが、再び背後に居るであろう鴉へ襲い掛かる。
体に、蹴りが入る直前―――鴉は、屈めていた身を蹴りが入る直前のタイミングで即座に更に身を屈め、その蹴りを回避する。
そして―――血を纏う魔剣「千景」を、抜刀する。
「その刀は…!」
「見覚えがあるか? それは結構。それだけで情報の一つが手に入った。」
「加速」の業による勢いが付いた抜刀。血を纏う事による鋭利さ、そして加速の勢いが加わったその一振りは、龍神に大きな傷を負わせるには十分な攻撃だった。
衣服を容易く切り裂き、更には龍神の皮膚すらも鴉は己が刃で切り裂き、そして鮮血を跳ばせる。
龍神の体制が揺らぐ。それこそ――好奇…!
更に、近寄る。それは、まるで抱擁をするかの如く優しい歩みであり、そして、首をへし折るが如く、容赦の無い一撃。
「ふん」
白鉄の手甲のまま、手を開き龍神の腹部の傷口へと突き立てる。
柔らかい感触。それを握り潰さんばかりの勢いで握り締め、そして根を貼った雑草を引っ張る様に力を込めて、その腕を引き抜いた。
―――内蔵攻撃。
「か、はっ…貴様、何故っ…」
「なんだ、“何故、龍神の皮膚を無視して攻撃が通ったのか”、とでも聞きたいのか?」
見透かすように、鴉は龍神が言葉を放つよりも先に言った。
それは、嘲笑うようで、そして愉快なようだ。
「何故…か。そうさな、理由は私にも分からん。だが、強いて言うならば」
貴公よりも恐ろしい神共と、私は何度も対峙し、そして狩ってきたからだ。
誰も助かりはしない。誰も助けてはくれないのだから。
誰も正気ではない。既に皆が狂っているのだから。