黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
今回で5戦目です。ダイジェストで流すはずだったんですが、急遽使わないといけないネタが増えたので1話まるまる張ってもらいました。
色々と偽ライス君にぶつける回です。
「地盤固め、ですか」
それは出走ローテーションの方針について東条に個人で召集を受け、付いていったライスが最初にした返事だ。
早期に菊花賞への出走登録争いを勝ち抜けたかった故に直近2戦はオープン戦に終始していたのだが、2着が続いて勝ちきれなかったこともあり、飛び級作戦を中断して最低条件をクリアすることを優先しようというのだ。
「これらのレースで勝てば、運任せに頼る資格はまずもらえるわ」
そう言って示されたプリントに記されたレース名の一覧は、条件戦の中でもいわゆる2勝クラスに分類されるものたちだ。
ここで勝てば菊花賞に挑める……ことが確約される訳ではないが、出走権を扱う抽選に賭けることくらいはできるようになる。この後に菊花賞出走確定のボーダーラインである3勝クラスに挑むかオープン戦で粘るかどちらに分岐するとしても万が一の保険になり得る選択肢だ。
「時期と条件を考慮して……出るとすればここね」
東条がコンコンと指先でプリントを叩いた先には、菩提樹ステークスという文字があった。あまり馴染みがある名前ではないので知らなかったが、5月下旬に行われる阪神芝2200mのレースらしい。
「ライバルとなるなら、誰でしょうね?」
「今までと同じよ」
うすうす結果を感じながら放った疑問は、やはりすぐ切り捨てられる。
GIでの抗争真っ只中のBNWがこんなところに来るはずはないし、そうなれば全く知らない面々と戦わされるだけなのだから。
「ではここに決めましょう」
特に迷うことなく承諾し、その日の協議はそれまでとなった。
一週間後のダービーで世間が賑わう中、そのレースは開催されていた。
「改めて言うけれど、今日の2200mを前走より200m短いと侮らないこと。急坂を2回登り降りする都合、スタミナの配分の感覚は全く違うと知りなさい。それと第3コーナーの下り坂を使っての決定力に重きを置きたいなら、差し戦法を使うのも手よ」
「ええ、勿論留意しています」
6番のゼッケンを背負う体操服に着替えたライスは、控え室で東条より最終の指示を聞いている最中だった。
「すまないな、ライス。私は阪神を走ったことが無くてな。……あの宝塚の出走を取り消していなければまだ違ったのだろうが」
同行していたルドルフが申し訳なさそうに告げる。
宝塚記念といえばこの菩提樹ステークスと同条件のGIレースだが、彼女はシニア級初年度に一度は出走を表明するも、ゴタゴタの末に出走取消を行って以降出ることはなかったのだという。
「いえいえ、この間みたいに当時の訓練の感覚とかを教えてくれただけでも大きく助けられてますから」
「……そうか」
気休めではなく本心から放ったその謝意が、ルドルフの芯を捉えていたのかは分からなかった。
よし、という思いきったような声とともに立ち上がることでそれを有耶無耶にしたライスは出入り口のノブに向かい数十分ぶりの外気を浴びる。
「……一族のこととか、今は関係ねえ。とにかく走って、1着でケリをつけてやれっ!」
「はい! エース先輩!」
控え室から出てちょうど、制服姿のウマ娘が他の出走者である3番のウマ娘に檄を飛ばしている姿が映った。
赤いワタリを着け、キリっとした顔つきが特徴的なその制服姿のウマ娘は、少なくともライスの知っているキャラクターではない。だが、名もなきモブウマ娘と断ずるには特徴的すぎる気もする。
(てか聞いたことあるなこの声。誰だったっけな……いや忘れた、もういいや)
違和感と聞き覚えのある声に加速させられた疑念は、脳裏にうっすらと『スパイと殺し屋と超能力者が織り成すホームコメディに登場するどこかの次男坊』を出力したが、ワンラリーで正体を引き出せないなら即座に断念を選ぶくらいにはどうでもよく感じていたライスは何もなかったように考察を切り捨てた──。
「……ふ、彼女も来ていたのか。随分な巡り合わせだな」
「えっ、知り合いだったのですか?」
──が、件のウマ娘と親しげなルドルフの口振りに、好奇心を再出力させられたライスが訊いてみると、勿論という風に頷かれた。
「私を初めて下したウマ娘さ」
それは、と思わず言葉を詰まらせる。同じ三冠ウマ娘だったミスターシービーでも、ルドルフを下すことはできなかったことを知っていたからだ。
「私が無敗三冠の称号を手にしてすぐ後に、ジャパンカップに挑んだことは知っているだろう?」
「は、はい」
実はピンときていなかったのだが、反射的に知ったかぶりをしてしまった。ルドルフの時代は今より10年も……いや、ほどほどに前であったのだから記憶がぼんやりとしていたのだ。
「あの日彼女は、一世一代の博打に出たんだ。自分の置かれていた立場をすべて利用した大博打にね」
ルドルフ曰く、そのウマ娘は当時ジャパンカップで未だ日本勢の勝利がなかったこと、三冠ウマ娘二人の台頭や距離適性の不安などの懸念材料があり二桁人気に沈んでいたこと、それまで
「彼女はレースが始まって早々に先頭へ駆け出した。向こう正面に行く頃には10バ身は開く大逃げだったかな、やがてスローペースに落ち着いても後ろが追うに追えずにいる中でまんまと二の矢を残し、終盤で全員が追う頃には時既に遅し。結局逃げ切っていったよ」
思いの外壮絶だったそのウマ娘の勝ち姿に衝撃を受けながら再び記憶を漁るが、やはりそのウマ娘はそこには居ない。
「……お名前を伺っても?」
1980年代前期の競馬史には元来疎いゆえに、何のヒントにもならなそうだったが、一応聞いておくことにした。
「──カツラギエース」
名前を聞いても、やはりわからなかった。ウマ娘の世界はどうやらまだまだ知らないことだらけらしい。
すると、そのカツラギエースと称されたウマ娘がこちらに気づいたのか駆け寄ってきた。
「おー! ルドルフじゃねえか!」
改めて聴いた声は、確かなボーイッシュさが際立つ声だ。彼女がもしゲームに実装されていたならば、さぞ女性人気が凄まじかったろうと思える、俗に言うイケボと呼ばれる部類だった。
「やぁエース。応援に来たのかな?」
「ああ、ちょっと面倒見たことがあるヤツがいてな……そっちは?」
呼び声に応えたルドルフへ示されたのはイエスの言葉だった。
もしや、運命的ななにかを感じていたりするのだろうか。
「同僚兼チームメイトの激励にね」
「同僚……? あー! 庶務のヤツってあのときから代わってたんだっけか?」
「そうだな、以前の彼女のように、自分なりに役目を全うしてくれているよ」
するとエースはこちらを見下ろした。
ちょうど20cmの身長差がある故に、首を上げなければ目を合わせられないのは、慣れてきた今でもツラい。
「あたしはカツラギエースだ、よろしくな」
「え、ええ。ライスシャワーです。会長には日頃からお世話になっております」
そう短く挨拶を交わすと、話題は自己紹介からレースへと移る。
「そういや、さっきルドルフが言ってたし、格好から察してはいるんだが……お前もレースに出るんだろ?」
「ええ、勿論です」
そうか、とライスの返事に対し頷いたエースは、何やら神妙な面持ちになると控えめなエールを送った。
「会ってすぐじゃ無責任なことしか言えねえけど……頑張れよ」
至極シンプルなそれに頷いて応えたそのとき、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「……ライス、そろそろ時間よ」
後ろにいた東条がやんわりと咎めたことで、エースとの対面はそれまでとなった。
「──では行ってきます、武運を祈っていてくださいね」
1人分の想いを新たに背にし、ライスは運命のゲートへ赴く──。
「……負けましたあぁぁあっ」
レースを終えて控え室に戻るや否や、机にぐでーんと突っ伏してそう洩らした。
「まあ……あれをやられてはな」
全てを知っているルドルフは気まずそうに口にし、一方東条は額に指を押し付け黙っていた。
回転の停止したライスの脳ミソの中では、忌まわしき記憶が垂れ流されていた。
『一番人気のアダムスソルジャーが先頭、アダムスソルジャー先頭! そしてスパイクスピーダー! さらにその外をついてダイイチビクトリー辺りも突っ込んで参りました! そしてライスシャワーも突っ込んでくる!』
全体的に小さくまとまって、前に3人後ろに4人とキレイな二層構造のバ群を形成していたそのレース。やがて最終直線に差し掛かり、後ろの層に属していたライスはようやく前に活路を見出し駆け抜けようとしていた。
『大外からはエンプレスパトラ!』
一方シンガリでレースを進めていたこのウマ娘は、直線になるやいなやふらふらと外ラチギリギリまでヨレていき、目の前まで来られた観客からしてみれば故障を懸念してしまうほどの異常行動をとっていた。
『これは激戦となった! さああと200mを通過! 誰が抜け出すか!? わずかにアダムスソルジャーが先頭か!? しかしライスシャワーも詰め寄る!』
出走者は大外の彼方に消えていったパトラのことを誰も見ておらず、ライスも目の前のアダムスと先頭争いに明け暮れていた。
それがメイクドラマに加担する失策となってしまうとは、予想できるはずもなく。
『エンプレスパトラがかなり外をっ、ついております外ラチ沿い!』
残りおよそ100mといったところだろう、観声の成分がどよめきに変わったことを感じ取ったのは。
このとき、トップスピードに達してあとは先頭を奪うだけだったライスには、それを先頭争いへの熱狂だと片付ける以外なかった。
『そしてスパイクスピーダー、前4人が固まったところでゴールイン!』
決着がついたそのとき、ライスは確かに先頭だったアダムスを抜き去っており、勝利を確信したのだ。
ゴールにあたり、小さく左手でガッツポーズをとったのち観客席の方を向いた途端、世界が一瞬停止したと錯覚するほどの衝撃に襲われる。
他でもない、大外に消えたそのウマ娘がそこにいたのだ。
『しかし外をついてエンプレスパトラがよく伸びておりました! 外ラチ一杯に突っ込んで参りましたエンプレスパトラであります!』
状況に納得できないまま聞こえてきた実況の台詞は、どう解釈してもパトラにフォーカスを当てていた。耳を疑いながら今度は掲示板の方を見やると、こちらもライスに不都合な事実を吐き出した。
『1着は外ラチスレスレから末脚一閃のエンプレスパトラ。2着にはライスシャワー、1番人気のアダムスソルジャーは3着となっております』
──ハアァァッ!?
実況が総括した通りのバ番順で結果を点した掲示板に、不服げな大声を上げてしまったのは許してほしい──余談だが隣にいたアダムスも唖然としていた──。
「……こういうアクシデントは意外とあるものよ。きれいさっぱり忘れて切り替えるか、この経験を最後まで気を抜かないための戒めとするかは……あなたが決めなさい」
「……はい」
ようやく口を開いた東条の一言に、とっちらかっていた感情がようやく整理されてきたライスは、両肘を杖に上体を持ち上げると短く応えた。
しかしどうだろう。師としての言葉を捻り出すのに相当苦しんでいたのか、重たく放った東条の言葉には若干の苛立ちがあるような気がしてならなかった。
(レース中の奇行なんて、ゴルシだけで十分なんだよ……)
不可視の位置から勝利をかっさらっていった件のウマ娘に、思わず心中で愚痴をこぼす。
サプライズを起こしてくるのは
(でも……段々とはっきりとしてきてることはあるんだよな)
──それとは別に、明るい材料も見えてきたのも事実だった。
なんとなく手のひらを開いたり閉じたりしながら思い出したのは最終直線でトップスピードを引き出したときの感覚だった。
二番手を抜き去り先頭に手を掛けたとき、明確にギアが上がるような感覚が肉体を支配した瞬間があった。
(この体になったんだ、そりゃ当てにはしてたよ)
──固有スキル、若しくはそれに準ずるものの片鱗が現れてきているのではないか。
プレイアブルキャラの特権であるそれは、意図的に発動を確約できるならば勝利に大きく直結し得るポテンシャルを保持している。
最初の山場といえる菊花賞までにそれのコントロールを可能にするために割ける回数は──。
「──あと2、多くて3回だな……」
「……?」
「あああ、いや、何でもないです」
ふと口頭から漏れてしまった思念をはぐらかしつつ、ライスは試算を続ける。
物理的理論の範疇を超えたその現象をモノにするには、直接覗ける唯一の場である実戦か、それに等しいレベルの併走トレーニングを繰り返すしかない。
ただし、それにかまけて菊花賞の3000mを走りきるための地力を十分に鍛えられなくなれば本末転倒だ。そのためには、出走条件のクリアにかけるレース数を最小限に抑えつつ、一戦毎に確固たるイメージを持って感覚を掴んでいくしかない。
(気を配ることが多くなりそうだな、まあ自分で制御したいっていうならそれぐらい頭を回さなきゃリスクとリターンが不釣り合いだろうし──)
次戦はより厳格なレース運びを必要としそうだ、とまで考えたところで、控え室にノックの音が響く。
「2着のライスシャワーさん! ウイニングライブの用意をお願いします」
レース関係者の召集要請だった。
短く返事をしてルドルフと東条によろしく伝えると、セットアップへ向かう。
次こそは、と決意を新たに。
負けとるやないかい()
ようつべのどこかにこのレースの終盤だけ上がってたので見てみたらガチでこんなクレイジーなことしてるんですよね。
それはそれとしてカツラギエース参戦おめでとう。願わくは三冠馬と覇を競ったその生き様が、多くの人々を熱狂させますように。