黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
夏。夏合宿という一大イベントも含まれるこの季節は全ウマ娘たちにとっては勝負の季節であり、スプリンターたちがざわつく季節でもある。
数日後にチームの合宿を控え、今秋からGIへ足を踏み入れるライスにとってもまさに正念場。
リギル夏合宿については、実は去年も行われておりライスもそれに同行していたのだが、初めての合宿トレーニングに緊張していたのかさほど詳細は覚えていない。
さて、いつものごとく昼食をとって英気を養おうと、ロブロイと共にカフェテリアに赴いていた彼女だったが、少々呆気に取られる事象に遭遇していた。
「ですから!我が祖国のリーグを見ずしてプロサッカーは語れないと申しているのです!今年こそバイエルンをホームとするドイツ屈指の強豪が首位に返り咲く日が来るのですよ!」
「浅ェな、見ンならイタリアリーグだ。13回のスクデット*1を果たしてる強豪が居ンだが、前々シーズンはリーグ初の無敗優勝、前シーズンも制して3連覇にリーチときてる。まぁ躍進の主軸を担ったオランダ人トリオの解体は痛手ではあるが、イタリアサッカーの哲学たる守備面は何ら損なわれちゃいねェ。蹂躙劇を見逃す手は無ェだろ?」
なにやら熱い議論を交わしカフェテリアの全生徒から注目を集めているそのウマ娘らの名は、エイシンフラッシュ&エアシャカール。すぐ近くにファインモーションも座っていたが、二人の会話に入ることなく黙々と聞き入っている。
(なんでシャカールいるの?)
一応彼女についての情報もある程度知っていたライスの脳内では、ハテナマークが浮かんでばかりだった。活気を嫌って食事は周りとタイミングをズラしていると聞いたことがあるし、事実今に至るまでカフェテリアに居るのは見たことがなかったのだが、今日はどうしたのだろう。
大方ファインに捕まったのだろうが、そこへフラッシュが湧いてきた経緯が分からない。
シャカールとフラッシュの組み合わせは、生憎見たことがなかったので接点がわからず、話題のヒントを探ろうと、知識人であるロブロイに訊いてみることにした。
「……何の話してるの?」
「え?えーっと、海外のサッカーの話です」
あー、と納得しながら洩らした。アプリにて、サッカーにまつわるシャカールのヒミツ*2を何度も見たことがあったからだ。
あまり時間をかけない返答であったことから、もしやロブロイも彼女らの同志であったりするのだろうか、と興味を抱いたライスはもうひとつ訊いてみることにした。
「もしかして、ロブロイさんもその辺見てるの?」
「ええ。見ていると言っても少しだけですけど、『神の子』と呼ばれているすごい方に……なんというかこう、運命的な何かを感じたのがきっかけで。幼い頃はペルーサ、と呼ばれていて大人しい方だったそうですが、サッカーに触れてからはすぐに頭角を現すと、やがて祖国のアルゼンチンを飛び出してスペインやイタリアの強豪に属していたんです」
最近は、ちょっと色々ありましたけど……とモゴモゴと尻すぼみになりながら語られるロブロイの解説に相づちを打ちながら、なけなしのサッカー知識を引っ張り出す。
(……無理だ、半端ない人のことしか解らん)
この世界に来る少し前に、カタールで行われる世界規模の大会に日本代表選手たちの出場が決まったとは聞いたことがあるが、元々サッカーには疎い身。とても語らえるはずがなかった。
「結構凄いんだなぁ……それでフラッシュさんが語ってるドイツのサッカーについては解ったりする?」
「え、いやその、あくまでその方を追っていただけですから、ドイツのことについては……いや、ナショナルチームの話になりますが、前のワールドカップでその方が属するアルゼンチン代表と戦っていたはずです。フラッシュさんがドイツが勝って優勝した、と触れ回っていましたし……あ、そうです!来年のワールドカップへの出場権を懸けた大陸間プレーオフ*3が2月にあったのですが、前述の方が久方ぶりに代表へ復帰していて──」
止まらないロブロイの語りに、不躾ながら頭にハテナマークを浮かべることしかできない。自分から訊いたのにも関わらず、だ。年単位の付き合いだったが、彼女との会話の中でこのような体験をしたのは初めてだった。イラストにすれば全身の輪郭がぐにゃぐにゃと歪むか、いつか見たブルボンのミームの如く背景に宇宙を背負うかしていることだろう。
(やべ、解らん。あぁ、フラッシュもロブロイもサッカー大好きだったんだな……)
熱弁を振るうロブロイを横目に、ライスは普段の印象とかけ離れた情熱的なフラッシュの姿を今一度見やった。
⏰
『吠えろツインターボ!全開だターボエンジン逃げきった!ツインターボが勝ちました!』
おやつどきの過ぎた頃の生徒会長室に、手を休めていたルドルフのスマートフォンから音声が響き渡る。しかしそれを聞き届ける彼女の様子がどこか上の空であることは、この世界の事前知識がなくとも察せられるであろう。
(あぁ、七夕賞って今日だっけ)
聞き覚えのある実況音声に、時系列の位置を悟ったライスは書類の整頓を行い始めた。
特に改変が起こっていなければ、間も無く訪問者が来るはずだ。
すると案の定ノックの音が聞こえてきたので、部屋の主であるルドルフが久々に口を開いた。
「開いているぞ」
返事が飛んで間もなく開かれた扉から現れたのは、松葉杖をついたテイオーだった。
「……テイオー」
「ちょっとお話いいかな?」
予想していたテイオーの切り出しに、整頓のペースを上げたライスはすぐさま書類を抱え立ち上がった。
「席を外しますね」
「……ああ。気遣い痛み入るよ」
お構い無く、と返事をしてすぐさま退出したライスは、諸々の顛末を回想していた。
(ここからの半年は……早いぞ)
テイオーは現在、この3度目の骨折のダメージによって、全盛期の速力の喪失を告げられている状態だ。
このあと彼女は、葛藤の末、一度は引退を決意してしまう。
しかし舞台は帝王の降板をよしとしなかった。秋の感謝祭で行われたお別れミニライブにて、自称ライバル・ツインターボの歴史に残る番狂わせを目の当たりにした衝撃は、みごと再起への原動力に繋がり、間を置かず繋靭帯炎による挫折が訪れた、盟友マックイーンへ奇跡を捧げると誓った有馬記念では、文句無しの復活劇で物語を終結した。
(これが脚色しただけの事実まんまだなんて……つくづく信じがたいよ)
事実は小説より奇なりとは彼女に一番ふさわしい言葉かもしれない、とテイオーのキャリアに舌を巻いていると、もうひとりの人物と鉢合わせる。
「ん?ライス?」
「おおおう、東条トレーナー。如何されましたか?」
気配の正体は直属の師だ。思考が空から引き戻されたライスは反動のままに応対を始める。
「ええ、私はルドルフに用があって」
告げられた用件に、返答を迷う。本来なら、ここで聞き耳を立てたことでテイオーの引退について知っていたはずだ。
流れを止めてしまったことに焦りを覚えたライスだったが、結局事実を仄めかすことでそれを修正しようと決めた。詰められれば厄介だが、少し時間を稼げば、スピカTが電話をかけてくるはずだという確信もあったからだった。
「すみません、今取り込み中で。実はテイオーさんから相談を受けているようなんです。……その、結構思い詰めた顔で」
「テイオーが?」
口にすると驚いているようだった。しかし元々、テイオーがルドルフに用件について話す前に部屋を出てしまっていたので、これ以上詳細を語ると後々疑念を抱かれかねないため早々に話題を切り上げてしまいたかったが、思いの外助けが来るのは早かった。
「ぇはっ!?……もしもし?」
鳴り響く着信音に慌てる東条に、スピカTからの着信だと読み取ったライスは内心で安堵した。
『おハナさん、ちょっと今夜付き合ってくれないかな?』
「……わかったわ」
1ターンで通話を終えた彼女はスマートフォンをしまうと、こちらを向いて一度咳払いをしたのち謝辞を口にした。
「ルドルフへの用はまた後にするわ。それじゃあ」
「ええ。では」
「……あぁそれと、夏の合宿についての資料は確認したかしら?期間中の県外遠征による、スケジュールの変更も反映させてあるから。それじゃあ」
「はい、勿論確認済みです」
ついでになされた注意喚起を受け流したところで、来た道を引き返していった東条を見送り、ようやく肩の荷が降りた、と額を拭ったライス。
チラリと生徒会長室の扉を見やると、すぐさま東条と反対の方に歩き出した。
(さて、テイオーの心配しててもしょうがないし)
まずは手元の書類をどうにかしなければいけない。ライスは手近な空きスペースを探し始めた。その足取りには、かすかに合宿への高揚感が表れているようだった。
4話前にボツにしたばかりのサッカーネタをもう使うことになるとは……。半ばボリューム稼ぎで入れただけの小話ですので読まなくても理解しなくても差し支えはありません。言うまでもないですがロブロイがサッカー見てる設定は本作限定なのであまり本気にしないでください。
次は合宿回。