黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話   作:ィユウ

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途中視点スワップありです。


PAGE:18 『RE/COGNITION 誰かのために、自分のために強くなれ』

「スピカからライブの打診?」

 

 練習を終えると脇目も振らずに自室に戻った、ある夕方。オンラインでの役員会議の最中に挙げられた報告に対する、ライスのオウム返しが通話ルームに響く。

 

『はいっ、今度の秋の感謝祭に合わせて開催したいと』

 

 それは件のチームから言伝を預かったという、学園残留組である会計の報告だった。

 各々相槌を打つなり反応を示すのがパソコンの画面越しに伝わる中、グルーヴの発言があった。

 

『えらく急だな。マックイーンの宝塚記念の祝いでもするのか? ……どうした、早く言え』

 

 要請の目的をそう推測したものの、何やら口ごもっていた会計に仔細を急かすグルーヴ。その催促に、ためらい気味に会計の報告は続いた。

 

『その……テイオーさんの、引退……いやお別れライブだと』

 

 なんと、とその報告にブライアンら共々ざわつく。故障は知っていれど、引退を考慮する段階にあったことは知らなかったのだろう。反対に、_経緯を知っているルドルフとライスは黙ったままだった。

 

『アイツがか……』

 

 そう溢すブライアンの言葉を最後に、静まり返った通話ルーム。しばらくして、ようやくルドルフの声が入ってきた。

 

『報告感謝する。だが現状、明確な返答は不可能だ。帰還後の会議にて詳細を詰めることにしよう』

 

 その一言でお流れとなったその話題ののち、会議は当たり障りなく終わっていった。

 

「……さて」

 

 退出したグループ通話アプリケーションのタブを葬ったライスは、すぐさま動画サイトを開き、ある6文字を検索欄に入力する。上がってきた動画たちの中からめぼしいものを選ぶと、サムネイルをクリックした。

 通話場所にロビー等の公共的な空間を選ばなかったのは、この研究の時間を一秒でも捻り出すためだったのである。

 

 読み込みの最中、手元に置いていた飲料水を喉に流し込みながら待機していると、部屋にノック音が響き渡った。

 

「はーいただ今ー……」

 

 この忙しいときに、と水を差された苛立ちを声に露さないように返事をしてドアに向かっていくと、覗き穴には意外な人物が映っていた。

 

「おお、マルゼン先輩、どうしましたか?」

 

 ドアを開く。苛立ちは用件への興味に入れ替わっていた。

 

「ハァイ、ライスちゃん、今いいかしら?」

 

「……? ええ、役員会議なら今終わりましたし、今からライバルの誰かの研究でもしようとしていたんですが……」

 

 手隙ながら時間潰しには困っていないこの状況に言及しながら、マルゼンの目的を洞察する。

 伝言ならLANEなりですればよいし、直接部屋に訪れなければならない用件とはなんだろうか。

 

「じゃ、今からドライブ行きましょ、ライスちゃん?」

 

「え?」

 

 危険な誘い文句の登場に、思わず素っ頓狂な声が飛び出すライス。そして二の句を継ぐまでもなく腕を掴まれた。

 

「さあさあ行きましょ! 夏の夜風があたしたちを待ってるわ!」

 

「え、いやあの、パソコンが開いたまま──」

 

 有無を言わせず部屋から引っ張り出される。なぜ自分が選ばれたのか、とか部屋のカードキーを置いてきたままなのだが、とか言いたいことは山ほどあったが、とても今の彼女には伝えられそうもなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ユーラリユールレリ……」

 

 連れ出されて間もなく、気づけばライスは隣の運転席に座るマルゼンの唄を聴きながら赤信号を待っていた。

 

(なんで俺はここに……)

 

 本領を発揮した彼女のドライブは、シートベルトへの当て字が命綱の二文字になりかねないほどの脅威度を誇る。それに突如駆り出されたことへ、ライスはまだ納得いかない様子だった。

 まだ五体満足でいるのは、赤信号に捕まりやすい自らの不幸体質が影響しているのだろう。流石にいちドライバーとして交通法規という壁をぶち抜くことはできないマルゼンは、徐行速度に等しいスピードで走行するほかなかったのだ。

 

「……そろそろ教えてくれたっていいんじゃないんですか?」

 

「ん〜ん? 思い詰めてる後輩ちゃんのためにひとっ走り行ってるだけよ?」

 

 未だ目的を口にしないドライバーに対して放った問いは、すぐさまはぐらかされる。

 その言い回しに引っかかりを覚えたライスは、勢いのまま噛みついた。

 

「思い詰めてるって……焦ってないワケじゃないですけど、オーバーワークならしてませんよ? 無茶な自主トレーニングが下策であることくらいわかってますから──」

 

「トレーニングが終わるやいなや部屋に篭りっきりで仕事、研究漬けな生活をオーバーワークしてないとは言わないんじゃない?」

 

 反論の最中に差し込まれた指摘に、ライスは言葉に詰まった。昨日まで自室には誰も入れていなかったのに、と考えたが、まさか先ほど部屋から連れ出される際の会話から察したのか、と歯噛みした。

 

「それが何だと? 初のGIに向けてこれ位は──」

 

「あら、まさか合宿中ずっとそんな生活してたの?」

 

 この程度の負荷なら必要経費だ、と苛立ち気味に返せば、マルゼンの驚き声が返ってくる。

 一瞬呆けたものの、その声色から鎌をかけられていたことにようやく気づいたライスは、俯いて押し黙る。つくづく間抜けだった。

 

「……そうカリカリしてるってことは、相当根を詰めてたってことね。いい? 体は寝れば休まるけど、気持ちは簡単に付いてきてくれないものなんだから」

 

「それは……すみません。ですが、負けるワケにはいかないんです。菊花賞は、絶対に落とせないレースですから」

 

 考えれば気が立って感情的な受け答えになっていた──そう自省し詫びながらも、もう止まるワケにはいかないのだ、という思いでそう述べるライス。

 

「……ま、ただの頑張りすぎならハナさんに告げ口して終わったんだけどね」

 

 付け加えるように発されたマルゼンの言葉にライスが顔を上げると、ルームミラー越しに悪戯な視線が送られた気がした。そしてその言葉の続きは、信号の切り替わりに伴う発車とともに紡がれる。

 

「ライスちゃんが真剣なのは分かってる。生半可な気持ちで走ってるワケじゃないってコトも。でも……」

 

 言葉を探しているのか、語り口を一瞬止めたマルゼンにライスが身構えると、唐突に剣呑な視線が注がれた。

 

「あなたは……どのくらい、自分のために走れているのかしら?」

 

 その質問に、即答できず詰まるライス。

 何のために走るか、理由ならいくらでも挙げられる。トレーナーである東条やこの世界の両親など多数の人物の恩義に、そしてこのライスシャワーの才に報いるため、何よりライバルを奪ってしまったブルボンとマックイーンにせめて言い訳くらいはできるように勝ち続けたい、と努力はしていた自負はあったからだ。

 

 しかし、マルゼンが訊きたいものはそこに混ざっているはずの、自分自身が持つ欲望を指しているはずだ。

 

「……どういう意味です?」

 

 質問の意図は寸分狂わず把握していたが、ポーズを取ろうとあえてそう訊き返す。

 

「簡単よ、走っていく中で……あなたが笑えるための理由があるかってコト」

 

 改めて提示されたその問いに対し、やはり答えを組み立てるまで至らず沈黙を続けていたライスに、困ったようにマルゼンは笑った。

 

「ごめんなさいね。今までのライスちゃんを見て、気になったことなの」

 

 質問には答えられていなかったが、その無言をどう解釈したのか言葉を続けてくれた。

 

「あなたのローテーションの方針は聞いているわ。重賞への出走を封じた上で菊花賞だけを目標に据えてるって」

 

 その言葉に、ひとまず頷く。同じチームの一員である以上、隠し立てすることでもなかった。

 

「タイトルの獲得だけを理由に走る子ならいくらでもいるのよ? でもあなたの原動力はそこじゃない……きっとあなたは誰かのために頑張れる子だから」

 

 次いだ言葉に身を強張らせる。

 誰かのため、外から見ればそうも見えるか──。

 

「これは勝手な想像だけれど、あなたの中にいる誰か……走りたくても走れなかった身近な誰かがそうさせてるんじゃないかしら?」

 

 その洞察に思わず口を噤む。指している者はこの世界にいない、という点を除けば、間違ってはいない。

 

「そう考えれば、初めて見た時から完成してた先行策にも、慎重を期すローテーションにも、ちょっとカリカリしちゃうほどの頑張りも全部繋がっちゃうもの」

 

 最初から成熟していた戦法は、その誰かを真似たものだから。堅実に実績を積み立てようと企てるのは、その誰かに託された失敗の許されない目標だからだろう、と彼女は言う。

 彼女の双眸には、自分がレースのひとつひとつに良くも悪くも『目標達成に必要なタスク』以上の価値を見出していない、と映ったのかもしれない。

 

 ──成程、その通りだ。

 

(どう言い逃れたもんかなぁ……)

 

 抱えている事情をバカ正直に話せば、引かれるのが関の山だ。逆に黙秘して切り抜けても先延ばしにしかならないかもしれない。かといって彼女に下手な嘘が通じるとも思えなかった。

 

「……そこまで気にしてくれていたなら、何も答えないワケにはいきませんね」

 

 真実をありのままに、とはいかないが、告白の必要はあるだろうと認識したライスは、意を決して口を開くことにした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ライスシャワー。生徒会庶務として、会長ルドルフの足として学園中を奔走する傍らで、チームリギルの一員として一定の戦果を挙げるエリート街道を突き進む彼女に、どこか影を感じたのはいつからだったろうか。

 

 ウマ娘という種族とは、それぞれ程度に差はあれど他者と競い走ることに至上の喜びを見出す生き物だ。だからこそ、レースというものがこの世界の最たる催しとして根付いているのだ。

 

 しかしその点において彼女はウマ娘として異質だった。

 

 BNWら強敵たちとの死闘そのものには興味を示さず、目標に定めた勝利のみを至上として泥臭く勝ちを積み上げようとするその様は、沈着なる慎重派と言えば聞こえはいい。長くレースの世界に身を置くマルゼンは、以前にもそういった者はいくらでも目にしてきていた。

 

(でも、あの娘の見ている先はどこにあるのかしら?)

 

 ただし、彼女にとってライスの走りは、根源的な喜悦が明らかに欠けているように映ってならなかった。まるでその根源であるなにかを取り払ってしまったような、いや、ウマ娘以外の何かしらが肉体を操っているのではないか──? そう思わせるような走りに。

 ……故にこそマルゼンは、理由を誰かに託されて走っているのではないかと問うたのだ。

 

「昔の私には……身近に先輩が言う通りの誰かがいました」

 

 そしてその推察は、的を射るに至っていたようだ。不躾な質問をしている自覚はあったが、ひとまず返答をくれたことに胸を撫で下ろしつつ聞き入った。

 

「この世界に欠かせない、欠かしてはいけない、それくらいのウマ娘でした。ですが」

 

 そうライスは言葉をひとつずつ選ぶように紡いでいく。彼女にそこまで言わしめる存在が唐突に現れたことへまずは驚いたが、成程、そこが原点か──。

 

「……私のせいで、ターフに立つことも叶わなかったんです」

 

「……そう」

 

 切り出しから覚悟はしていたその答えに、マルゼンは迷う。

 意図的にそう追い込んだ、とはとれない口ぶりではあったが、理由を細かく尋ねるのは憚られた。

 不幸体質を普段から自虐している節のある彼女だ、件のウマ娘を自らの不幸に巻き込んでしまった、とでも後悔しているのかもしれない。

 

「付き合ってくれるトレーナーさんや会長たちの恩に報いたいという気持ちは、もちろんあります。ですが、根本的な理由といえば……その娘にできる言い訳を作りたい、そんなものかもしれません」

 

 そこまで言って、ライスは足元に視線を落とした。

 

「責任をとる、なんてことが言いたいワケじゃないですけど……」

 

 この可愛い後輩の吐露に、どう返したものかとまだ迷っていた。

 今の彼女は、かつて自分が目をかけていた後輩たちの悩む姿とよく似ていた。

 自身を慕い、挑みかかってきてくれたその二人は、自分に追いつこうと努力してくれた。ただし、追いついた時の喜びや楽しさを想っていた彼女らの眼は、いつしか追いすがることへの焦燥で染まってしまっていたのだ。

 そのときは自分が「楽しむ感情が、自分の背中を押してくれる」と諭し、気持ちを新たに取り組んでくれるようになったが、ライスはどうだろうか。

 

 かつての体験が彼女を縛っているとするなら、楽しみを思い出してもらう方向でのアプローチは難しいかもしれない。ならば──。

 

「ライスちゃん、あなたは強いわ」

 

 向こうからすれば突拍子もない切り出しだったろうが、構わずマルゼンは声を発した。

 

「才能も、熱意も、あなたは十分に持ってる……あと、あたしやルドルフみたいなマブい先輩もねっ!」

 

「は、はぁ……」

 

 柄でもないジョークを添えながら、そう続けた。苦笑気味な声を洩らすライスをミラー越しに一瞥しながら、次に本題へ移る。

 

「あなたが本気で菊花賞の3000mを走れば、多分ダービーを勝ったチケットちゃんよりも強いと思うわ。だけど、あなたはチケットちゃんには勝てない。なんでかしらね?」

 

 ここまでは前に後輩へ語った内容を、引き合いに出す対象を変えて話しているだけだが、言い方が言い方だ、今度こそ食ってかかられることも考えていた。しかし意外にもライスは唸り考え込んでいるだけだった。

 

「……何でしょうね? ライバルに勝ちたいとか、そんな気持ちがあるからですか?」

 

「あら、分かってるじゃない?」

 

 語ろうとしていたことと概ね一致している回答に一瞬驚きながらも、意図を真に理解している訳ではなさそうだった彼女に続けて語ることにした。

 

「GIっていうのはね? 速く走ることが、レースが、ライバルと競うことが楽しくて、その上で勝ちたいと乞い願える……そんなウマ娘だけが勝てる舞台なの」

 

「……その条件に自分は合致していないと?」

 

 マルゼンが言い切ると、覚悟を決めたように問うてきたライス。その視線を横目に、若干遠回しな答えを渡すことにした。

 

「──勝ちたいと思って走ることと、負けられないと思って走ることは全く違うことよ」

 

 はぁ、と洩らし唖然としていたライスを一時捨て置き、マルゼンは続ける。

 

「あなたはこれまで、負けられないと思って走ってきた。だから慎重を期して、コツコツと勝ちを積み重ねるために動いてた……あぁ、勘違いがないように言っておくけど方針自体が悪いっていう話じゃないわよ? あのマックイーンちゃんだって、そうしたうちの一人だから」

 

 将来GIを走る上でのメンタルについての講釈をしようとしていたマルゼンは、前置きが失言ととられる前に釈明へ走りつつ続けていく。

 

「……でも、ここから上のステージではその戦い方は通用しなくなる。限界を越えた削り合いの決まり手は、いつの世でもほんの一ミリの気持ちの差って決まってるのよ」

 

 マルゼンの言うそれは、彼女が知る限り『死力を振り絞ったウマ娘たちの勝敗』を最も左右してきた決定的要素だった。

 

 ──ティアラを狙う5人横一線の混戦を制した女王。

 

 ──不撓不屈の決意を以て年末頂上決戦を制した不死鳥。

 

 ──そして去年の、三冠を懸けたサイボーグの突破劇も記憶に新しい。

 

 その3人に勝因を問えば、動機に差はあれど間違いなく「勝ちたくて仕方なかったから」という一点に収束するだろう。

 

 ……そして大一番で勝とうと選んだガムシャラな一手は、負けまいと選んだ合理的な一手を容易に覆し得る。

 

「負けたくないって願望に急かされて走るか、勝ちたいって願望の赴くまま走るか……。選べと言われれば、後者でしょう?」

 

「それは……」

 

 意地悪な二択を迫ってみれば、わかりやすく狼狽していたライス。すると、ひどく動揺した声色でその口は開かれた。

 

「でも、自分はもともと楽しんで走ってこようとは思ってなかった身で……そのぉ……あの娘に申し訳がって気持ちが……う〜ん……」

 

 今更気が引ける、と踏ん切りがつかない様子のライスに、もうそろオチるな、とマルゼンはほくそ笑む。

 

「だったら、その娘に伝わるくらいいい走りを見せれば問題ナッシング! でしょ?」

 

「いやぁ……でも今更──」

 

「──何にでも遅いなんてことはないわよ? たとえ楽しめる理由がなくとも……いや、楽しめる理由がないなら、勝つために楽しみなさい!」

 

 そう被せるように言い切ると、滅茶苦茶な……と呟き押し黙ったライス。

 すると状況はしばらく膠着したが、交差点に差し掛かる間際にまたも信号機に行く手を一時遮られたマルゼンがふと隣を見やると、そこには懐かしい表情があった。

 

(これ、初めてブルボンちゃんを見たときの──)

 

 どう感情にケリをつけたのかはわからない。しかし悦に入るように口角をつり上げたその様を、かつてマルゼンは見たことがあった。

 ライスが崇拝して憚らないという三冠のサイボーグ・ミホノブルボンの走りを、入学試験で初めて目にしたときに彼女が浮かべていた表情そのものだった。

 

「──そうだよな、楽しめなきゃ続かない……なんでそんな事も忘れてたんだよ、俺は……」

 

 そう小さく呟かれたその独り言は、マルゼンには聞こえなかった。間もなく大きく息を吐き出した彼女は、憑き物が落ちたように口を開いた。

 

「その……ありがとうございます。楽しむって考えはまだ纏まらないですけど、えっと……」

 

「ふふ、礼ならいらないし、纏まらないなら無理に話さなくていいわよ」

 

 おずおずと礼を口にした彼女の口ぶりからして、まだ指摘されたそれの解決には至ってはいなさそうだったが、構わないと笑った。

 慎重な彼女のことだ、こうエンジンを点けてやれば投げ出してはおかないだろう。

 

「でも、確かにちょっと色々語りすぎたせいでゴチャっとした部分はあったかもねぇ……だったらっ!」

 

 青信号と共に発車し、車通りが唯一なかった右方へハンドルを切った。

 やがて山沿いの道に出ると、信号も対向車も皆無であることを認め思わずほくそ笑む。

 

「え、渋滞抜けてる……? せ、先輩、どこに連れ回すつもりで?」

 

 シフトレバーへ手を掛け、激走の用意を既に整えたマルゼンは、なぜか狼狽え気味な後輩の問いにこう答えた。

 

「この道の果てまでよ! 超スピードでいったん余計なモノ全部ブッ飛ばしちゃいましょ!」

 

 え、と洩らしたライスに構わず、チャーミングなウィンクと共にアクセルを踏み込む。

 

「うぉぉっ!? 待て待て、俺が乗ってるなら渋滞にしかならないハズじゃあ……!」

 

 そう柄でもなく口走るライスの言葉は、意識を領域内へ向けて共に振り切ってしまったマルゼンには届かなかった。

 

「さあ行くわよ……! あたしのトップギア、見せてあげるわ!」

 

 次々と迫り来るカーブに、ドリフトを適宜決め込みながら走行していく。合宿の間はずっとご無沙汰だったハイスピードドライブに、沸騰するような悦楽がマルゼンの肉体を駆け抜けた。

 

「おーーーーろーーーーーせーーーーーー!!」

 

 ドライバーの矜持を一身に受け止めた真紅の車体は、闇夜を切り裂き駆けていくのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「うぅ〜……ああぁ……」

 

「だ、大丈夫? ごめんなさいね、ちょっと久々のトップギアだったから、やりすぎちゃったかも」

 

 怪物との激走を終え、ホテルに戻ってきたライスは、若干意識が朦朧としながらもマルゼンに肩を借りながら自室への通路を歩んでいた。

 同じ道を往復した分、行きと同じ区画だった帰り間際では再度マルゼンの血の気を抑える渋滞が待っていたのは幸か不幸か、時間をおいた分思考回路は復旧してきていた。

 

(楽しむ理由、ねぇ……)

 

 よろよろと歩みながら、行きに語られた内容を思い起こす。

 

(ふふ、あるじゃないか、わんさかと)

 

 隣のマルゼンに不審がられないよう笑みながら、ライスは内心でそう口走った。

 考えろ、そもそもこの世界は自分が最も愛したゲームの世界なのだ。その中の最も推したキャラクターのライバルに成り代わったから、と考え込んでしばらく忘れていたが、こうして実際に数々の名バたちを相手に競い走れるという行為自体が、ファン冥利に尽きるというものだろう。

 

 自分はミホノブルボン推しである前に、あのゲームのファンであるのだから。

 

(ごめんな、ライス。せめて土産話はたくさん持っていくから……待っていてくれないか)

 

 この体の本来の持ち主に向けてそう語りかけながら、自室の目の前まで来たライス。

 

「着いたわよ、ライスちゃん」

 

 目的地への到着を告げるマルゼンの声に、安堵感が湧き出てくる。もう今はベッドに飛び込みたくて仕方がなかった。開錠用のカードキーを取り出そうと反射的にポケットへ手を突っ込む。

 

「──ない」

 

 カードの紛失を認識した瞬間、冷や汗が背筋をつたったが、すぐさま原因にアタリがついた。そもそも自分は有無を言わさず手ぶらで連れ出された身だったのだから。

 つまり室内にカードキーも携帯も何もかも置いたまま外に出ている今の状態で、独力で中に入る方法はないということだった。

 

「あ〜……えっと……」

 

「ど、どぉしましょおっ、せぇんぱぁ〜い……!」

 

 打つ手をなくしたライスは、同じく原因を察し気まずそうにするマルゼンに向けて、病み上がりゆえによく回らない呂律ですがるほかなかった。

 

 

 

 ──結局、マルゼンの取りなしで東条Tに掛け合ったことで事なきを得たものの、呆れを言葉より雄弁に物語る彼女の眼差しは、忘れられそうもなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『決まったーー!! 三人一列の大接戦! 勝ったのはライスシャワーです! この日本海ステークスを制し大事な3勝目を挙げました!』

 

 

 

 

 




Q.ライス乗せてるのになんで渋滞抜けれたの?
A.ライスシャワー育成ウマ娘イベント「何事も前向きに?」参照。彼女に不幸を都合よくコントロールすることはできないのです。

偽ライス君のいう誰か……。一体何スシャワーなんだ……?

次話は、感謝祭編だそうですよ。
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