黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話   作:ィユウ

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PAGE:19 『RE/PROCESS 歴史的復活に向けて』

 8月後半、合宿帰りのバスに乗るライスは、徐々に遠ざかってゆくホテルを窓から眺めていた。

 

 日本海ステークスは強敵でしたね、と内心でいつかの如くもじりを行いながら、その前走を振り返る。

 2勝クラス狙いの方針を変えずに挑んだそのレースは、自分にとっては初めてのシニア級混合戦。同期に加え、重賞勝利はなくとも経験値では数年単位の長がある先輩たちを相手にすることになったが、結果は三人横一線で並んだ接戦の末のハナ差勝ちだった。

 明確な決め手があったかと問われれば困る内容ではあったものの、マルゼンの忠言を聞いていなければ負けていただろう、とははっきりと言えた。

 

 ちなみにその一週間前にはブライアンのデビューがあったのだが、こちらは史実と変わらず2着と惜敗に終わったらしい。数日後に迫る再戦に向けて調整中とのことだ。

 

「……? おお、先輩」

 

 バスの全高ゆえにやや見下ろす形になったが、すぐそばにマルゼンの車が並走していることに気づく。一瞬目が合ったので会釈を返しておくと、片手を小さく振ってくれた。ちなみに、出発前に同乗を誘われていたのだが、そちらは丁重にお断りしておいた。

 

「さて、帰ったら忙しくなるな」

 

 まだ遠いゴールを待つライスの眼が捉えた先は、せわしないほどに賑やかな未来だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「さて……ロブロイも寝たし」

 

 学園に帰ってきた夜。積もる話もそこそこに寝静まった同室者を背に、ライスはある作業に励んでいた。

 

 デスクライトの光を頼りに、裏返した古いテスト用紙へ過去の自分が綴ったこの世界の時系列を指でなぞっていく。

 

「感謝祭をやったら菊花賞まで秒読みだ、んで間もなくマックイーンが繋靭帯炎を発症する、そこから有だ」

 

 アニメで語られる時代の範囲は、既に佳境を迎えつつある。

 最善の立ち回り方を導き出せるのは、今年いっぱいまでだ。まずはそこまででも見通しをつけておきたかった。

 

「感謝祭でテイオーのライブがあって、そこにカノープスの乱入が……そういや、オールカマーにはライスも出てるんだったか?」

 

 初めに直近のイベントへ目を向ける。しかし重要なのは、同日に行われる中山メインレースの方だった。

 

「ま、俺出ないけど」

 

 そう断じたのは本来よりデビューを一年遅らせた都合もあるが、そもそもプランの構想外にあったことや、ファン感謝祭で生徒会役員として動き回らなければならない事情があったからだ。

 

 本来そのレースで一番人気に推されるはずだったライスの不出走は、一見ターボのメイクドラマに不都合なように思える。だが勝利のインパクトの減衰は危惧するほどではない、という打算があった故の決断だった。

 そもそも、あのレースにいたGIホースはライスだけではない。二番人気に着いていたのも、同じGI・桜花賞を制した強豪であったし、2着でレースを終えたウマ娘も、この世界では既にGIとして扱われている帝王賞や川崎記念などを制し、地方最強の地位に座した猛者だった。ならばライス抜きでもターボの勝利は十分驚愕に足り得るだろう。

 

(そもそもギリギリまで突っかかってきた同期の勝ち姿を見て、情の動かない感性はしてないだろうし)

 

 また、絶対条件であるターボの勝利についてだが、こちらも心配事は少なかった。対戦相手の変更という史実改変の余波は、相手を問わず逃げまくる彼女には及びづらいと考えていたからだ。

 

(崩れるとすれば、まず自分の代わりに入る誰かが、より前へ逃げる戦法をとることだけど……彼女以上の個性派が来るとは思えない)

 

 それができる可能性を持つ現役のウマ娘と言えば、爆逃げコンビの括りで知られるメジロパーマー、ブルボンの菊花賞で接戦を演出したキョウゾンアロウズらが筆頭だが、前者はそもそも出るつもりならライスがいる原作でも出ていただろうし、後者も現在は脚部不安を抱えており出走できる状態ではないと聞く。

 

(他に考えられるのは、誰かがターボの逆噴射を考慮しないロングスパートを行うこと。もしくはそれに伴う周囲の掛かりによる混乱の発生くらいかな)

 

 だが、既に『ターボ=破滅的大逃げ』のイメージが定着しきっている中で、そんな大ばくちを打つ者が現れるとは思えない。それこそ自分のように答えをすべて知った転生者であるか、超がつくほど大胆不敵な勝負師でもなければ、まず選択肢として現れないだろう。

 

「でもリギルに入った俺にどうこうできることじゃないし、考えるだけ無駄かもな」

 

 そう思考を投げ出しながらも、もしカノープスに入っていれば諸々スムーズになるよう動けたかもな、などと頭の片隅で浮かんだ()()()に苦笑したライスには、まだ幾らか考慮しておかなければならないことがあった。

 

「それよりも問題は、その先の菊花賞で……俺がハヤヒデに勝てるかどうか」

 

 目標に近づいている感覚はある。だがどう転ぶかは本番にならなければわからない。

 

(大筋を変えないなら、スパートの精度を上げるしか手は無いな)

 

 タイムトライアルに徹さず先行策を使うならば、向上心を口実にルドルフに挑み続けて技量を蓄えるほかなさそうだ。そう一定の答えを出したライスは次に思考を移した。

 

(ここを乗り越えればジャパンカップか有がある訳だが)

 

 どちらも大きい山だが、スケジュール的に現実味のある有記念の方に照準をまず絞る。

 

 ──されど。

 

(……テイオーが復活しなきゃいけない有に、出てしまっていいんだろうか)

 

 その舞台に挑むにあたって、かつてデビュー遅延を決断したときのような迷いが彼女に巣食う。

 もしテイオーを下せば、奇跡など起きないと示してしまえば、難病を患うマックイーンの希望もへし折ることになる。今までのレースとは、結果をねじ曲げる代償が違いすぎるのだ。

 無論、道理を二歩三歩も飛び越えていたあの走りを超せる自信がある訳ではない。なにせ史実のライスは8着で終えたレースだ。されど、勝つつもりもなくレースに出ることは出来ない。それを認めれば、あの決断の意味がなくなってしまうから。

 

「うーん、とりあえず勝ってからじゃないと腹くくれそうにないなぁ……」

 

 まだ菊花賞を成功させた訳でもないのに、プライドと折り合いをつけるのは早計だ。そう考えたライスは思案をそこで打ち切り、ファン感謝祭のプランについて興味を移した。

 

 オンラインの定例会議を通じて、スピカからの打診を聞いたばかりだ。近いうちに生徒会役員として、機材やステージ設営の手筈についての用意が必要であることは間違いない。開催がわかっている以上、前倒しで計画を立てておけば負担は低減できるだろう、と合宿のときから若干思案していたのだが、大筋を立てたのみで棚上げになっていた。

 

 チラリとロブロイの寝顔を窺うと、パソコンを立ち上げて諸々の機材レンタル専門サイトやステージの建設に要する資材の物色、リストアップを始める。

 

「アニメで見た感じではあのステージめちゃくちゃデカかったしな……どこでやってんのか覚えてないけどそれっぽいところを下見に行ってくるか? んでトラスやモニターとかが学園にどれくらいあるかは後で調べるとして……そうだ、設営するには人数も必要だし……ポスターや学園内の連絡用アプリとかに使う文面も考えなきゃな」

 

 偽善だとか傲慢だとか言われようが、折角のアドバンテージをこれくらいは還元してみせなければ、良心に堪える。そんな思いの中、夜は更けていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「では、役員会議を始めよう」

 

 2日後の放課後。空き教室を使った生徒会役員会議が、ルドルフの音頭とともに幕を開けていた。役員全員が会しての開催としては、リギルの夏合宿が明けて以降初だ。

 

「まずは、我々が不在の中での学園運営、ご苦労だった。この場にいない協力者の面々にも、同等の敬意を表するものとさせていただこう。では早速本題に移ろう。まずは──」

 

 会長ルドルフの労いの言葉で始まった定例会議は、やがて間近に迫った感謝祭に議題が移った。

 

「──屋台については去年出店した面々の7割が続投希望、カテゴリを変更しての出店志願者が1割ほど。そこに今年から新たに出店を志願した面々を合わせると……去年の1.3倍ほどの出店数が予測されますね」

 

 来場者を迎え入れる正門付近を彩る、生徒出展の屋台についてデータを基に現状を総括するライスの発言で、面々が唸り出す。

 

「ふむ、正門付近のスペースの浪費は許容できない……いくらか統合させる必要があるだろう」

 

「待ってください、人数次第ではスペースが足りないところも出るでしょう。統合は個人単位の店に限定すべきです。この……物産展なんかは丁度いいのでは?」

 

「おい、スペースの省略化は結構だが、支出を抑えられる保証はあるのか? 続投者は新メニューとやらを作りたがるのが常だ。たい焼きなんかは特に種類が膨れ上がっていた覚えがあるが」

 

「毎年、今年限定が限定でなくなっていくあのパターンか……」

 

「人気はあって元が取れるから言いづらいっちゃ言いづらいんですよねー……。既存組と新規組でそれぞれふるいにかけていくのが早いんじゃ?」

 

「なら飲食はともかくとして、ひとまずこのアトラクション系統の2件は却下の方向でいいんじゃないんですか? どちらも中等部のクラスの出し物で類似した企画がありますし──」

 

 さすがに一大イベントだけあって普段より白熱する会議に精一杯追従しつつ、次第に選別の方針が固まってくると議題は次へ、さらに次へと進み、やがてこの日最後のものに移る。

 

「では、続いての案件へ行こう。先日チームスピカより、メンバーのトウカイテイオーのお別れライブを開催したいと打診があった件についてだ」

 

 ルドルフがそう読み上げると周りは少し神妙な面持ちとなった。話自体は少し前から全員が知っていたことだ。しかし諸手を挙げて進められる話ではなかった。

 

「会計担当として答えるなら……開けるでしょう。いちファンとしては、心苦しいですけどもー……」

 

 まず会計担当の生徒が重たく口を開く。この学園に身を置く者として、テイオーの存在は程度に差異はあれど目映い。

 どう飾っても引退に手を貸すような真似は受け入れがたいのだろう。

 

「腕白を絵に描いたような彼奴が引退とは……やはりまだ受け入れがたいな」

 

「……理解はする」

 

 副会長組もそれは同じだったようで、空気はより一層淀む中、次に言葉を発したのはライスだった。

 

「ですが、断るというわけにもいきません」

 

 流れに逆らう彼女の言葉に、我が意を得たり、と微笑むルドルフが言葉を継いだ。

 

「その通りだ。何事にも終わりは訪れるもの。多大な功績を残した彼女に、最後の花舞台をもって我々からの報いとしようじゃないか」

 

 会長の一言に、沈んだ気分を取り払われた面々は続いて頷く。

 

「……ええ。やりましょう、会長」

 

「ふん……好きにしてくれ」

 

「くー! わっかりました! 不肖・会計、ファンとして、テイオーさんが笑ってくれるなら、いくらでもつぎ込めるように……足りなきゃ私のへそくりを差し出す心構えで助力しますよっ!」

 

 よい具合にまとまった空気感にライスがひとつ安堵しているのも束の間、ルドルフは段取りに移行する。

 

「実行委員代表は私が務めよう。次いでグルーヴに補佐を願いたい」

 

「勿論です」

 

 台詞と平行した目配せにグルーヴは即座に承諾の返事を飛ばす。

 

「追加の人員はのちに私が選抜する。開催内容はスピカとの協議後に立案し通達。費用の試算も追って会計に連絡しよう。ここまでで疑問点は? ……よし、ではこれにて全議題の検討を完了したものとし、定例会議は終了だ」

 

 ルドルフの閉会の宣告とともに各々が退出していくと、残ったのは彼女とライスだけになっていた。

 スマートフォンを取り出すと東条を通じスピカTへの取り次ぎを要請していたルドルフは、やがてライスに気付くと声をかけた。

 

「どうしたライス? 会議はすでに終わったはずだが……」

 

「会長、ミニライブの件です」

 

 ライスにしては珍しい、有無を言わせないような切り出し方に、首を傾げる暇もなくルドルフは返答を構築する。

 

「実行委員志願かな? あいにく君には各エリアの視察を頼んでいたはずだ、そんな暇は──」

 

「いえ、そういうことではありません」

 

 配置への不満か、と考えたルドルフの言は一蹴される。先ほど鬱屈としかけていたメンバーの流れを断つ発言をしていた彼女だ、むしろそれ以外を想定する方が難しくはあったのだが。

 

「少々お耳に入れたいことが」

 

 そう言って鞄からPC端末を取り出したライスは、ある画面を見せた。

 

「……これは」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 秋が顔を見せ出す9月の上旬。

 

 感謝祭の準備で賑わう学園の一角にて、『トウカイテイオーお別れライブ』の設営は大事なく行われていた。

 インコムを携えて現場指揮に当たるルドルフは、ふと資材運搬を行っていたマックイーンに声をかけることにした。

 

「マックイーン、様子はどうだ?」

 

「会長、お疲れ様です。みんなテイオーのステージに向けて、張り切ってますわ」

 

 二人が視線を向けた先には、ボードデザインの意見をぶつけ合うダイワスカーレットとウオッカや、泣き崩れながら作業を続けるスペシャルウィークや、その三人に発破をかけるゴールドシップらスピカメンバーの姿があった。

 やがて視線をそこから外し大型のスクリーンやライトアップの点検を行う他生徒たちの様子をふと眺めたマックイーンは、まもなく感心したように口を開く。

 

「随分順調に設営が進んでおりますわね」

 

「ああ。各員の奮闘努力の結果だ」

 

 既にステージ上での全体リハーサルが行えるほどに進展していた設営状況について言及したマックイーンへ、ルドルフは関係者一同の功績と主張する。

 

「ふふ、私は会長の迅速な主導あってこそ、と聞き及んでいますわよ?」

 

「……どうかな」

 

 ただし、事ここに至るまでのある()()()()()()()()を信じていたマックイーンは、どこかからかうような声色でルドルフをおだてた。にべもなく受け流そうと口にした返事を、謙遜と受け取ったらしいマックイーンがそれ以上言葉を紡いでこなかったことを幸運と捉えつつ、ルドルフは顛末を回想した。

 

 ──ライブ開催の打診から、生徒会のレスポンスは早かった。

 

 役員会議にて承認が決まった2日後に、実行委員代表のルドルフとスピカメンバーとの会談は行われた。

 

 トレーナー、メンバーの意向を基に、可能な限り大規模なものとするようまとまった開催方針を、ルドルフはなんと一晩で具現化。

 機材諸々の確保の候補先を会計担当たちと微調整しながら素早く目処が立った開催計画により、大幅な余裕を持ったスケジューリングが実現した……というのがカバーストーリーのあらすじだ。

 

(狙ったかは知らないが、名声を持つ私を盾に、とは中々官僚めいた奇策だな……ライス)

 

 しかしそれらは、計画がスムーズに運ぶようライスが図った故のシナリオだった。

 

『一昨日……いや夏合宿のときから考えていました──』

 

 あの役員会議ののち、そう切り出しながら示されたのは企画書と題されたスライドだった。

 

 ステージ予想図や資材、機材の調達経路、建設人員の募集要綱などが記されたそれに驚愕したことはよく覚えている。

 

 予算面を考慮すれば現実的でこそあったものの、まだ先行きの不透明な現在では机上の空論の域を出ない、と一笑に付して終えようとした自分に対し、ライスは強硬な姿勢を崩さなかった。

 

『あの人が小さくまとまって終わることは、誰も望んでいません。実戦を離れて9ヵ月にはなりますが、それでも多くの人々を動かす力があの人にはあります』

 

 その後、功績を考慮するなら一大イベント並みのものを開くのが自然だ、とSNSにおけるテイオーの動向への反応の多寡を根拠に食い下がってきたライスの提言を、結局スピカサイドの意思の尊重を口実に保留にしたのち会談へ向かうと、まさしく彼女の言う通りの展開となった。

 

「ここまで走ってきたあいつのために、人知れずひっそり……なんて終わり方じゃなく、もっと盛大で、華やかに送り出してやりたい」

 

 そう瞳にわずかな涙を蓄えながら口にされたトレーナーの意向に、次は遠征中のサイレンススズカを除くメンバーの意思を伺えば、同じような回答が返ってきた。

 

「ああ、ド派手にブチ上げようぜ!」

 

「まったくあなたは……可能であるならば、是非そうしてくだされば幸いですわ」

 

「アタシも同じです! テイオーのためなら何だってしますから!」

 

「お、俺だって!」

 

「テイオーさあぁぁん……!」

 

 そうか、と頷きながら5人分の賛同を聞き届けたルドルフは、最後にテイオー自身の言葉を聞くことにした。

 

「ずっと走れてないボクのために、どれだけの人が来てくれるかはわからないけど……やれるなら、全力で頑張るよ」

 

「……そうか」

 

 どうやら意思は固まっているらしい彼女に、ひとつ笑みをこぼしたルドルフ。

 

「心配ない、君には……多くのファンがいるからね」

 

 数刻前のライスとのやりとりを思い出し、思わずそう口走ると、同時に自分の中である決め事をし、それを口にすることにした。

 

「……ライブの計画については、ひとつ当てがあってね。大筋を君たちと共有できるのは早い時期になるかもしれない」

 

 そう口にすると、7人には驚きをもって受け止められた。さっすがカイチョー、と何気ないテイオーの賞賛に引っ掛かりを覚えつつも、すぐさまトレーナーの発言が入ったため訂正されることはなかった。

 

「なら、会場の押さえとかはそっちに任せても構わない、って感じか?」

 

「ああ。だが当日行うプログラムについては、そちらの意見を最大限尊重したい。運営については適宜相談していこう」

 

 もちろんだ、とトレーナーの返事と共に終結した会談ののち、すぐさまライスに連絡を取った。

 

「もしもし? 私だ。君の言う通り、向こうも大規模開催を希望していたよ」

 

『そうですか』

 

「保留にしていて申し訳なかったね。君の提案、採用させてもらおう」

 

『……! 了解です』

 

 電話越しでも伝わる安堵ぶりに若干苦笑しながらも、通話はまだ続いた。

 

『では、押し付ける形にはなってしまうのですが、これからの主導は会長に任せてもよろしいでしょうか? 不都合があれば企画書の考案者の名義を書き換えても構いませんし、不明点はお答えしますので……』

 

「ああ……だがいいのか?」

 

 実行委員以外の者が企画した形になるのを懸念したのか、全権の委任を打診するライス。代表の自分が考えたことにすれば動きやすいことは確かではあったし、押し付けるといってもそう迷惑でもない。だが、それは彼女の奮闘を誰にも知られぬまま、功績のみを譲り受けるのと同義だった。

 

『……? ええ、手柄が欲しくてやった訳でもありませんし。それでラクに……いえ、大事なくテイオーさんにライブをやってもらえるなら問題ではありません』

 

 いまいち要領を得ていないような声色だったものの、その言葉に己の不義理を恥じたルドルフは、すぐさま謝罪を差し込もうと決めた。

 

「不躾だった、許してほしい」

 

『え、いや、謝ることはありませんよっ! だいたい、無理を言ってるのはこっちのほうで──』

 

 その後、明らかに狼狽えていた彼女を相手に、しばらく謝罪合戦になっていたところまで思い起こすと、目の前のマックイーンの顔がどこか曇っていたのが気に留まり、ひとつ声をかけた。

 

「……浮かない顔だな」

 

「そうですね……本当に私の前からいなくなってしまうのか、そのときが来ない限り認められない気がして……」

 

 そう言葉に迷いながら発言する彼女の声色からは、テイオーが舞台を降りる事実を未だ飲み込めない感情がはっきりと表れていた。

 

「同感だ」

 

 どこか自嘲するように賛意を表したルドルフは、マックイーンらに背を向けると舞台裏へ去っていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 とある人気の無い公園で、二人のウマ娘が対峙していた。

 

 青髪のツインテールが特徴的なウマ娘・ツインターボと、彼女がライバルと称して憚らないスターウマ娘・トウカイテイオーだ。

 

「挑戦状見てくれた? いつ勝負してくれるの?」

 

 ライバルを公言してはや数年。未だテイオーとの直接対決を行えていないターボは、いつになく真剣な態度で問う。

 だがテイオーは口を開かない。

 

「ターボ今度のオールカマーに出るから! みんなすごいんだよ? イクノも出るし……えっとあのー……とにかくそこで勝負っ!」

 

 業を煮やして次走にでも対決を取り付けようと、頼れるチームメイトを餌に闘争心を煽りに掛かるが、テイオーが揺さぶられる様子はない。

 

「……出走登録なんてとっくに終わってるよ。それに、ボクはもう走らないから」

 

「へ!? なんで!?」

 

 なんでって……と内心苛立つテイオーに対し、すぐさま気を取り直したターボは構わずこう続ける。

 

「じゃあじゃあ、オールカマーで勝ったら今度こそ約束っ!」

 

「だから……そんな約束出来ないってば」

 

「やだやだっ! ターボと勝負っ! 次も勝つから! ぶっちぎりで逃げ切って──」

 

 消極的なライバルを前に地団駄を踏んで食い下がるターボだが、状況は好転してくれなかった。

 

「ボクはもう走らないから、勝負は諦めてよ」

 

 一切揺らぐことなく、先ほどと同じセリフで決裂を表明するテイオー。しかし『諦める』という言葉が、ターボをより刺激した。

 

「なにそれ変なのっ! 諦めるなんてテイオーっぽくない!」

 

 ──随分と簡単に言ってくれる。一切引かないターボの我が儘に、ついにテイオーの苛立ちが爆発する。

 

「キミに何がわかるのさっ!?」

 

 そう叫んでやったあと、目に入ったターボのおののき顔を受けて頭に上った血を若干引かせたテイオーは、思い切りブレーキをかけた声量で内心を吐露した。

 

「ダメなものはダメって認めるの……すっごくすっごく辛いんだよ……?」

 

 二度乗り越えても尚立ちはだかる負傷という壁。本能との葛藤の末にようやく踏ん切りが付こうとしているテイオーにとって、ターボの言葉は堪えかねたのだ。

 似合わない、と普段なら一蹴されるだろう弱音を吐く内に、胸の中を支配していた憤怒が、たちまち哀しみに塗り変えられていく。

 

「そんなの知らない! ターボの知ってるテイオーは諦めたりなんてしないもん!」

 

 それでも、と吠え続けるターボに、最早相手にする気力もなかったテイオーは、適当にあしらって帰ってもらえるようにマインドを切り替えた。

 

「……次走、オールカマーだったよね。とにかく頑張ってよ。強いウマ娘もいるだろうけど、ターボなら逃げ切れるんじゃない?」

 

 誰よりも執着していたはずのレースを、まるで他人事のように語るテイオーへ、ターボの堪忍袋がプツンと切れる。

 

「~~~~~っ!! あんまりだよテイオーッ! ターボゼッタイぶっちぎって勝つから! 諦めなければやれるってことゼッッタイ思い出させてやるから!! テイオーのアンポンタアアァァンっ!!」

 

 決闘のことなど最早頭になく、変わり果てたライバルを見て見ぬふりをするように背を向けて吐き捨て、走り去っていく。

 

 

 

 そしてターボが、オールカマーでの戦いぶりをテイオーにどうか見せてほしい、と自らのトレーナーである南坂に懇願したのはすぐ後だった。

 

 彼によって示された極秘計画は、チームメイトであるネイチャら三人も乗じることとなり、また同時出走者であるイクノディクタスの提案により一味異なる特訓を積むことになったターボ。

 

 

 

 その一方で、ライブ開催にあたり学園内では実質的に周知されていたテイオー引退の報は、ライバルたちに微妙な変化を生じさせていた。

 

 

 

「さすがのテイオーも、怪我には勝てんか……」

 

「……マスター、私は」

 

 期限切れの『テイオーお別れライブ設営スタッフ募集』のポスターを前に溢す黒沼トレーナーと、それを不安そうに見つめる教え子のミホノブルボン。

 

「だが、お前に後は追わせん。望むものは……まだ星のようにあるはずだ」

 

 振り向きはせず、ただそう語る黒沼。その言葉通り、三冠を手にしても未だ燃え尽きぬ闘志を心中に宿していたブルボンは、彼を見つめると調子を取り戻したように再び口を開く。

 

「……解。この『他者の故障による引退』の解析ベクトルを、『自身へのフィードバック』へ調整。私は……負けません」

 

「それでいい。……これからだぞ、ブルボン」

 

 歩むべき道をはっきりと見つめ直した教え子を伴い、黒沼はその場を去っていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 また、テイオーの引退は、彼女と同世代で争った名手たちにも動揺をもたらした。

 

「今は去年の有一度きりだけでも、今年は、来年はって、そう……そう思ってたのに……ッ!!」

 

「スイサン……」

 

 凶報に、教室で泣き崩れるケーツースイサンとそれを複雑そうに見つめるシダーブレード。どちらもここぞという場面でいぶし銀の活躍を見せ、クラシック級ではテイオーの同期として三冠競走を戦ったウマ娘だった。

 

「シダーは何も思わなかったのか!? ナタールは最後まで諦めてなかった! ダービーと有で負け続けたままでいる気はないって、脚の病気だって必ず治してみせるからってギリギリまで粘ってて、なのに、なんであいつはこうあきらめてしまえるんだっ……!!」

 

「……」

 

 今年の頭に病を患い、そのまま復帰が叶わなかったもう一人の同期を引き合いに出しテイオーをなじるスイサン。テイオーとはクラシック前哨戦からの付き合いだったシダーは、彼女がそう諦めのいいタチではないことは知っていたが、何も口に出さなかった。内心ではスイサンもわかっていることだろうとも思っていたから。

 

「なあシダー、教えてくれ、あいつの心はっ、どうしたら……繋ぎ止められる……?」

 

 すがるように口にするスイサンへ、シダーは静かに口を開く。

 

「……戦うだけだよ」

 

「シダー……?」

 

「同期として……勝って、前に進み続けて、最高の手向けを贈るしかないんだよ」

 

 その胸に、確かな決意を宿しながら。

 

 

 

 

 幾重もの想いと願いが交錯する学園。しかし時は皆が待ち望む学園祭へと近づいてゆく。

 

 

 

 ──運命の日が、来る。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 9月19日、ファン感謝祭。イベントで賑わう学園内の練習コースに、生徒会所属を示す腕章を巻いたライスが訪れていた。

 視察としてどこでも動き回れる立場をいいことに、自分が口を出したイベントを一目見ようとやってきたのだ。

 

『さあいよいよ開催の逃げVS.追込鬼ごっこ! 実況は私、元気一番! カイコウイチバンがお送りいたしまーす!』

 

 開催されていたのは、逃げ・追い込みと正反対な脚質を持つウマ娘らが集まったスペシャルマッチ。

 

「即席エスケーパーズ、いざ本番へ……ゴーなのー!!」

 

「ウェーイ! 私たちの爆逃げ、見せちゃおーっ!」

 

「がってん承知の助ーっ!! ゲキマブ逃げ切り、狙っちゃいましょっ!」

 

「ひゃーっ、皆さん自信満々で。こりゃ私も当てられちゃうかも? なーんて」

 

 コース中を逃げ回るのは、この企画のプレゼンターでもあるアイネスフウジンが率いる逃走者チーム。他にはメジロパーマー、マルゼンスキー、セイウンスカイで構成される即席ユニットながら、士気の高さを伺わせる。

 

「……あ、庶務さーん! お疲れ様なのー!」

 

 すると、眺めているうちに目が合ったのかアイネスが手を振る様子が映る。

 手を振り返してみれば、はにかむように笑っていた。

 

(これで恩返しはできたかな?)

 

 そんな満足げな表情に、夏合宿中の恩義を思い起こしながらほっと息をついた。

 先日、感謝祭でやりたいことがあれば口添えできる、と彼女に声をかけたところ、この企画を返されたので、どこからか聞きつけたシービーを合わせ、メンバー招集を二人に任せつつ自分が主導を行ったのがこのイベントだったのだ。

 

(逃げ切りシスターズ組めないだろ、って思ってたけど杞憂だったみたいだし)

 

 そしてその安堵はアイネスが属するアイドル、もといウマドルグループのメンバー状況に不安を抱いていたからでもあった。

 盟主ながら今回の舞台となるターフでは不利を強いられるスマートファルコン、未だ故障離脱中のブルボン、海外遠征中で不在のスズカという、3人が出場を困難とする現状となれば招集の是非を懸念するのは無理からぬことだったが、考えてみれば逃げウマ娘がその5人しかいないワケもなく、杞憂に終わった。

 

「アイネスちゃーん! ファル子たちの分も頑張ってー!」

 

「コマンド『激励』を発動……頑張ってください、皆さん」

 

 声の方を見やると、客席に陣取る欠場中の逃げ切りシスターズメンバーを発見し、ひいきのウマ娘の登場に心躍らせたところで、彼女らのライバルとなるチームの方を向いた。

 

「ふっ……じゃ、こっちも行こうか。この機会、思う存分楽しもう!」

 

「ほわぁ……! もちろんですわ〜。シービーさま〜」

 

「ケッ。見世物扱いは気に食わねェが、相手が相手だからな。駄賃分のデータはスらせてもらうぜ……?」

 

「……私に代打なんて、変とは思ったけど」

 

 逃走者を追うのは、ミスターシービーが率いる追跡者チーム。他メンバーはマイペースなメジロブライト、打算ありきで招集を受けたらしいエアシャカールに加え、急遽代打として抜擢され困惑気味のアドマイヤベガという、後方からのレース運びに定評のある面々で構成された。

 

 ちなみに本来、シービーはアヤベではなくヒシアマゾンを誘おうとしていたらしいが、デビュー戦が重なった故に断られたのだという。余談だが、彼女が朝にゴールドシチープレゼンツの学内ヘアサロンに赴いていったのをライスは目の当たりにしていた。

 

 そして双方の顔合わせが済んだところで、いよいよ対決が始まる。逃げウマ娘たちが距離をとるための猶予期間ののち、追込ウマ娘たちも動き出した。

 

「やろうか、マルゼン」

 

「この走り……まずはパーマーお姉さまにご覧に入れますわ〜!」

 

「テメェのタネ、見破らせてもらうぜスカイッ!」

 

「……なら、私は……」

 

『さあ逃げVS.追込鬼ごっこ! 追込ウマ娘はそれぞれのターゲットに照準を定めました!』

 

 まずはマンツーマンでの追跡劇となった初動。まず動きがあったのは。

 

『まずはスーパーカーに向け三冠ウマ娘が迫る! 一進一退の走りの応酬に、客席の熱気はいきなりトップギアです!』

 

 至近距離まで詰め寄ったと思えば、マルゼンのギアチェンジが炸裂する。しかし常識を飛び越えるシービーのコース取りは、出来た差をすぐさま埋めてみせる。

 

「やっぱりやるわね、シービーちゃん!」

 

「引き下がれなくてね。柄でもなく勝ちを手向けたい相手がいるんだ」

 

「そっ! じゃあトレンディに捕まえてみなさい!」

 

『両者一歩も引かない! 一方パーマー、ブライトのメジロ家対決は互いのペースを崩さんとする戦いに……おっと向こうではリードを喰らうシャカールの姿が! そしてここで魅せるアイネスフウジン……あああ口と目が足りなぁぁいっ!!』

 

 4箇所で同時に起こるハイライトに実況が頭を回す様に苦笑しながらライスは全体を見渡す。

 

「ほらほらブライト、私は全然止まる気ないよ……ってヤバ!?」

 

「わたくしもです〜。たった今から……咲き誇りますわ!」

 

 互いのリズムを主張するメジロ家同士の大一番。

 

「おわっ!? やっぱ来ちゃう?」

 

「たりめーだスカイ。テメェの菊花賞は何度も見てンだ、実際に試せるチャンスを逃すような意地は張らねェ主義でなぁ!」

 

 二冠のトリックスターの逃げっぷりを追える機会を逃すことはしたくなかった、と語り追い続けるデータ狂いの天才。

 

「さぁさぁ本気で来ーい、なの!」

 

「成り行きでも……首を突っ込んだ以上、手を抜く気はないわ」

 

 動と静、対極の意志を宿しながら激突するダービーウマ娘たち。

 

 なんて味な対戦カードだ、と食い入るように見つめていたライスのポケットから、スマートフォンの振動が響く。

 

「もしもし?」

 

『庶務さん! 至急の用なんですけど、どこにいらしてますかっ!?』

 

 電話先は会計担当の生徒だった。自分よりまず会長に言え、と告げようとして、彼女は今テイオーのライブに立ち会っている途中だと気づき引っ込めた。同様の理由でグルーヴも無理、ブライアンもどこをほっつき歩いているかわからない、なら自分に声が掛かるのが道理かと思い直したライスは、潮時かと観念して向かう腹を決めた。

 

「……鬼ごっこをやってる練習コースに。手がけたイベントだったので様子を──」

 

『じゃあ今すぐ来てくださいっ! ブライアンさんは掛けても繋がらないのでっ!』

 

「分かりました、分かりましたから。どこに向かえば?」

 

 そう慌ただしい言葉を聞きながら、ライスは客席を去る。

 

 

 

 ──そして数時間後、一転して学園を奔走する羽目になった彼女。

 

 ある目的地に向かう途中、テイオーのライブの前を通りがかった数秒の間で見たのは、かつて見たように笑うテイオーの踊る姿だった。




偽ライス君、ちょっと読み違える。

途中のブルボンとテイオー同期組のくだりには、意味はありますがございません。もとは「テイオーのお別れライブをこのメンツが把握してないワケないだろ」って思って捏造しただけなので、今は『原作の裏でも起こっていたワンシーン』と捉えていただければ。

次の次で菊花賞に行きます。まずは次話までしばしお待ちを。

1993 オールカマー
ライスシャワー OUT▼
??? IN△
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