黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
「……ん」
ライスシャワーの朝は早い。
特にトレセン学園の入学試験がある今日この日は。
毛布を突き飛ばすようにして上体を起こし、思い切り伸びをする。
同時に欠伸も飛び出す中、すぐさまベッドを降りてドレッサーに向かい、櫛を手に取ると長髪をとかす。後は馴染みの帽子を被れば、いつも見ているライスシャワーの完成だ。
「……」
ふとドレッサーから距離を取り、自分の姿を眺めてみる。
成り代わったと気づいた数年前から、特に外見の変化はない。
よく食べてそれなりに動いて、牛乳を飲んで寝る生活を送っている身だが、一向に身長の伸びるペースが早まらない。
このまま
そう決意を新たにして自室を飛び出し階段を下ると、キッチンには母の姿があった。
「おはようお母さまーっ!」
「おはようライスちゃん。今オムレツ作ってるから、机の上のパン、スープ、サラダを食べて待っていてちょうだい?」
「はーい!」
手慣れた意気揚々な返事──やっているうちに本家よりテンションが高くなってしまったのは内緒だ──と共に洗面所に行き、手洗いうがい顔洗いを済ますと席に着いた。
「いただきます」
食前のルーティーンを済ませると、ジュー、と卵に火を通す爆音をBGMに、山並みに積まれたパンを一つ取り齧る。内容物は無かったことから、スープに漬けて食すことを前提としているようだ。
薄黄色のスープの入ったお椀を手にして小刻みに揺らしてみると、どろっと水面が歪む。
さらに鼻を近付けて香りを確かめたところ、コーンスープの類いであると結論づけ、早速パンの断片を掬うように漬けると口に運んだ。
(美味ぁ……)
水分を含み柔らかくなったパンに舌鼓を打った後、勢いでサラダを掻き込むように平らげ咀嚼していると、机に新たな皿が現れる。
「はいお待たせ、メインディッシュよ!」
にんじんとウィンナーを付け合わせにしたオムレツが運ばれる。眼前のパンの山と比べれば微々たる量だが、それ以上に美味だ。
なぜ他人が作る薄焼き卵の類はこんなにも美味いのだろう、と考えながら形がなくなるまで咀嚼する。
やがて原典のごとき胃の広さを発揮し、出された料理を胃に納めていくライス。
そのとき、階段を下る音が聞こえた。
「やあおはよう、ライス」
「おはようお父さまっ!」
「おはよう、あなた。朝ご飯出来てるわよ?」
父はありがとう、と告げライスと向かいの席に着き、彼用のカゴからパンを取ってスープと共に食らい始める。
「二人とも食べ終わったら準備するのよ? 今日はライスの大事な試験なんだから」
サラダを頬張りながら母にもちろん、と頷く。父も対象に含まれているのは、彼が送迎担当であるからだ。
「父さんがしてやれることはこれくらいだが……ライスは賢い子だ。きっと受かるさ」
「ふふ、ありがとうお父さま」
父の激励に、苦笑いの成分が混じらないように微笑み返す。前世から記憶を引っ張ってきているからそう見えているだけだ、そう考えて恥ずかしくなってしまうから。
「辛くて仕方がなくなったら、いつものあれをやりなさい! がんばるぞ、おー!」
「お、おー!」
続けて振られた例のセリフに慌てて追従する。このセリフは母親仕込みだったか、と取り留めのないことを思い出しながら、また羞恥心に沈む。
成人男性のメンタルには大いに響くので勘弁してほしいものだ。
「はむっ……ごちそうさま! 用意してくるから!」
ぽつんと残ったパンひとつを一口で頬張り、完食を告げそそくさと自室へ逃れた。
さて、父が食事や出発用意を終えて召集が掛かる前にバッグに詰め込んだ物の確認を行わなければならない。
中身を検めると、子供用の簡易携帯電話、筆記用具、諸々の暗記帳、タオル、スポーツドリンク、糖分補給用のタブレット等々が出迎える。
実技試験か何かしらで走ることになると思っていたので、着替えの類がどうなるか気掛かりだったのだが、体操服は向こうが貸してくれるとのことなので下着やソックスのスペアを放り込むに留まった。
(……異常なし)
そう、異常なし。準備が万全であることは立証されたものの、逆に出発までやることがなくなってしまったとも言える。
仮にも受験直前というピリつく状況でなにもすることがなくなるのは、いたたまれないような気分に陥る。こんなことなら、完食のタイミングをもう少し粘ればよかったと後悔した。
(落ち着け、こんな時は……そう、試験内容の復唱だ)
気を紛らわそうと、試験の大まかな流れを諳じる。
一つ。筆記試験があること。だが小学生の身分で受けるテストなのだ、あまり問題ではない。
一つ。面接をやらされること。前世で就活をしていた際にマナーを頭に叩き込んでいた経験があるため、付け焼き刃以上には機能するはずだ。
一つ。模擬レースをさせられること。これが一番の懸念事項だった。
キッズ用のちびっこレースという舞台で何回か走ったことはあったが、それと比較にもならないだろうことは想像がつく。
また距離も問題だ。メインストーリーにて、BNWのユニット名で知られるウイニングチケットら三人が、入学当初のトレーニング授業で『通例の2倍となる2400mの走行に挑戦した』というエピソードがある。
そこから逆算すれば短距離、長くてもマイル戦程度の距離で能力を試されると考えられた。
(ライスの適性は短距離E、マイルCだったはずだし、早速厳しい関門だよなぁ)
ステイヤーには、スプリンターと同じ瞬発力は出せない。
他にもネームドウマ娘と当たったら? とか接触の危険は? とか、次々と降って湧く懸念に押し潰されかけるが、堂々巡りになるだけでどうにもならないと切り捨てた。
(いや、ビビりすぎだな。頑張ればハルウララが有馬記念を勝てる世界だぞ?)
かつてウマ娘界隈を賑やかした一大チャレンジを思い出し、唐突ながら失笑する。
あれが可能ならこの程度の挑戦は些事に等しいな、とひねくれたプラス思考を発揮したところで、ライスの耳は呼び声を捉えた。
「ライスー! 降りてきてくれー!」
それは父の声だった。どうやら出発の時が迫ってきたらしい。
「はーいただ今ー!」
努めて大声で返事を繰り出しながら、荷物を手に取り階段を下る。
がんばるぞ、と心中で唱えながら。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。
『中央』と称され国内最高峰の規模と実力を誇るその機関では、新たな才能の原石を見極める試験が行われていた。
志望者に立ちはだかるのは、筆記や面接の他に実技、すなわちレース。どれほどの血統、経済、教養を有そうと、走りの才がない者に門は開かれないのである──極稀に例外はあるが──。
東京レース場を模した練習コースに集められた入学志願者たちによる、模擬レースが幕を開ける。
ゲートは使用されず、一定のラインから教官の掛け声によってスタートが行われる。
そして一列に並び、駆け出したウマ娘たちの姿を、場外から捉える二人の影があった。
「始まったわね」
「ああ。誰のレース人生の
レースを眺めるのは、最強と名高いチームリギルの一角にして怪速逃げウマ娘『マルゼンスキー』。
その隣には、同じくリギル所属の無敗三冠を打ち立てたレジェンド『シンボリルドルフ』が肩を並べている。
「誰が名を上げると思う?」
コースを見やると、メンバーはプレッシャーや熱狂にあてられているのか、逃げ、先行勢の暴走に引っ張られる形のハイペースなレースが行われていた。
そうねぇ、と考え込むマルゼンの食指は、先団から一歩引いた位置にいる小柄なウマ娘に動いた。
「お、あの娘なんか一味違いそうよ? 5番の──」
「……ライスシャワーか」
目星をつけて名を言う前に答えを被せてきたルドルフに、ややあんぐりとするマルゼン。
やはり図星か、とルドルフは笑いながら持論を語ることにした。
「入学が懸かったレースなんだ、掛かってもおかしくない……というジョークはさておき、ハイペースに呑まれない冷静さは評価に値する」
焦りから来る無闇な加速は、大抵ロクなことにならない。それでも現役ウマ娘でさえ逃れ難いバッドステータスであったが、ライスにその色は伺えなかった。
「ええ。それに自分の戦い方を信じている……というより解っているような感じもするのよね」
ライスの冷静さを捉えたマルゼンの見解にルドルフは頷く。
ウマ娘に、己の全力を引き出せる作戦というのは必ず存在する。黄金パターンを確立している者が結果を出すのは世の常であり、作戦への信頼は焦燥の抑制に直結するのだ。
だがそれは本来、試行錯誤を積み重ねてようやくたどり着くものであり、一朝一夕で培えるものではない。
「よほど影響を受けた存在がいるのか、それとも……」
己の適性を知っていたとでもいうのか、と続けようとして首を振った。
「ん? 加速してきたわよ?」
訝しげに呟くマルゼンに引っ張られて見やると、コーナー入ってすぐにも関わらずスピードをジリジリ上げているライスが目に入る。
重賞レースであったなら、まぁなくはない光景だろうが、まだ発展途上の新入生候補が掛けるスパートの位置としては早すぎる。今までセーブしていたとはいえ体力が持つのか? と眉間に皺が寄るルドルフだったが、眺める内に失策ではなかったことを知ることになる。
「ロングスパート……か」
長距離走者が採ることが多いそのスタイルは、ゴール間際の全力加速で帳尻を合わせる一般的なスパートではなく、巡航速度を長期的に底上げすることで優位を狙うものだ。
(だがこの距離では……いや杞憂か)
このレースは、新入生たちの身体的な事情も考慮し、マイル戦程度の距離に留まっている。彼女がアドバンテージを保持しているであろう持久力をフルに活かすには短い舞台と言えたが、熱に浮かされた前衛を尻目に前へ前へと脚を進めていく。
直線に入って先頭集団が一杯になるかそうでないかの二極化の様相を呈したところで、前者たちの後退を躱すライスがハナを捉える。
だが先団も腑抜けではない。是が非でも押し切らんと活力を捻り出す。
「いい逃げっぷりだけど……足りないわよね」
だが怪物には、それが刺客の追走を振り切れる逃げ足とは映らなかった。
結局、ぬるっと差しきったライスが先頭でゴール。
「……あれはステイヤーとして鳴らすだろうな」
「そうね、マイル走くらいにしたのは勿体なかったんじゃないってくらいに」
言外にせめてもう少し長ければ独走していた、と語るマルゼンにルドルフは苦笑する。
「仕方あるまい。誰もが同じ才能を持っている訳ではないのだから、測るにはあれくらいが適当なんだ」
でもねぇ……と栓無く惜しむマルゼンを尻目に、次のレースが始まる。
「ん、いいんじゃない? あの先頭の娘!」
指を指した先にいたのはレースを先頭で牽引するウマ娘『ミホノブルボン』。
表情から感情は読み取れないが、見れば走るフォームも周りと比べて洗練されていた。
我流で走る者も多い中、彼女のみ現役なのではと見間違う程度には。
「確かに……入学前ながらも手慣れている。もしかしたら身内に指導者がいたのかもしれないな」
「ええ。それに才能も十分あると思うわ。本番でも調子を乱さないなら、短距離のレースを走れば敵はいないんじゃないかしら」
話が一段落してレースを眺めていると、やがてブルボンが勝利した。圧勝だ。
これは抜けたな、と二人が確信したのち。
(この逃げ足なら……さっきの娘と戦ってみてほしい所だけれど)
ふとマルゼンが先ほどレースを終えたライスの方へ目をやってみる。
(──っ)
彼女の浮かべていた形相に、思わず息を飲む。
わずかにつり上がった口角からは、獣が獲物を見定めたがごとき愉悦の色が垣間見えたからだ。
後の好敵手同士の因縁が芽生える、そんなワンシーンを見たようなゾクゾクとする感覚が支配する。
「……今年の子たちも、退屈させてくれなさそうね」
「ああ。例年に漏れず豊作だな」
マルゼンの意図の全てを汲み取ったのかは定かではないが、ルドルフも新入生候補たちには満足げだ。
こうして、入学試験は続いてゆくのだった。
偽ライス君「生ブルボンパネェ……!」ニヤニヤキラキラ
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