黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話   作:ィユウ

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「菊花賞まで行ったら再加速する」って言った過去の自分を殴りたくなる今日この頃。


PAGE:24 『RE/MAIN 連覇か、無敗か』

「……今は何も考えていたくない、ですか」

 

 メジロ家の本家。国内随一の伝統を誇るこの名家を束ねる身であり、「大奥様」と呼ばれ敬われる老齢の女性のもとへ、あるウマ娘のメンタルヘルスにまつわる報告が届いていた。

 お抱えの主治医より仔細をひとしきり聞くと通話を切った彼女に、そばにいたひとりのウマ娘が話しかける。

 

「ねえおばあ様、どうなの? マックイーンの様子は……」

 

 癖のある髪を後ろにまとめたそのウマ娘は、メジロパーマー。前年のグランプリを総ナメにした実力者ながら、飾らない性格で周囲の相談役を担うことが多い存在だ。

 

「予断を許さない心持ちであることは間違いないでしょう。しかしこればかりは、誰かの声でどうにかできるものではありません」

 

 対話による解決が極めて困難であることを告げる老婆の言葉に、パーマーは苦々しげな表情を作る。

 

(これで終わりにするか、続けるか……。そんな選択を問う領域の話ではないことは、あの娘とて理解しているはず。なのに──)

 

 それをよそに老婆の脳裏へ思い起こされたのは、件のウマ娘にレースからの引退を勧告する言葉を浴びせた数刻前の記憶。

 

 菊花賞、宝塚記念、そして春の天皇賞の三連覇。まさにステイヤーとしてすべてを手に入れていたそのウマ娘への説得は、当初の老婆にとってはそう難航することでもないと考えていた。

 

『──もう十分ではありませんか。あなたは何度もレースで結果を残し、天皇賞制覇という私の悲願も叶えてくれました。私はあなたのことを誇りに思いますよ』

 

『……く』

 

 老婆の言葉を、歯を若干食いしばりながら聞き入るそのウマ娘の名は、メジロマックイーン。

 

 松葉杖をつきながら立っている彼女の身には、ウマ娘にとっての不治の病・繋靭帯炎の発症が確認されていた。

 

『……ですから、もう終わりにしましょう』

 

 一見冷徹ながらも、将来を案ずる想いを多分に含めたその言葉へ、マックイーンは返答を迷っている様子だった。

 

『おばあさま……しばらく、考える時間をくださいませ』

 

『いいえ。あなたの足はもう限界です。繋靭帯炎というのはそういう怪我なのです』

 

 返答を保留にしようとしたマックイーンの言は、即座に切って捨てられる。走れば走るだけ肉体を蝕むのが繋靭帯炎の恐ろしさなのだ、競走ウマ娘としてのキャリアの続行など、望むべくもない。

 

『ですからどうか聞き入れて……』

 

『嫌、嫌ですわ……まだ身を引くには、あまりに早すぎるというのに……』

 

 弱々しく説得を拒もうとするマックイーンの姿を見ていられなかったのか、じいやがわずかに俯き目を背ける様子が老婆の瞳に映る。

 よろよろと扉へ体を向け、部屋を後にしようとするマックイーンの口から、ある本音が洩れたことを、老婆は聞き逃さなかった。

 

『最後まで、と啖呵を切っておきながらこの有り様なんて、とても格好がつきませんもの……』

 

 そこに表れていたのは、盟友との約束に殉じんとする小さな意地。

 

 このまま放置し続ければ、怪我を押しての暴走に至りかねない。しかし彼女には、それを止めるだけの言葉など持ち合わせてはいなかった。

 

(これがあなたの言う……若さゆえの過ちというものなのですか)

 

 通話を打ち切り、わずかに項垂れた彼女の脳裏によぎったのは、かつて自らもターフに身を置いていた頃の師が口にしていた言葉。

 

 未だ不肖の身である自分には、とても彼女を止めることも、背中を押してやることもできない。嗚呼、今でも貴方が横にいてくれたならば。かつて彗星のように自らの前に現れ、導いてくれた貴方ならば、あるいは──。

 

「──私と来てくれれば……」

 

「おばあ様……?」

 

 老婆の未練がましい呟きが、独りの部屋に響き、そして消えていく。厳然とした彼女の顔しか知らなかったパーマーは困惑気味な声を上げてしまったが、すぐに表情を取り繕った老婆自身によって、その戸惑いはかき消されることになる。

 

「……何でもありません。それよりあなたには、彼女のこと以上に重要視しなければならないことがあるはずです」

 

「……っ」

 

 言外に連覇が懸かっていた有記念のことを告げられたパーマーは、悔しげに俯きながらもすんなりとその言葉を聞き入れ、部屋を後にしていった。

 

「言葉でダメなら……走りで前向かすしかないっしょ」

 

 確かな決意を胸に。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 何をどう間違えたのだろう。虚空を見つめながら、ライスの思考は独りでに空回りしていた。

 

「振り返っておくけれど、有記念は2500mのレースよ。あなたが味を出すには短すぎる可能性は十分あるわ」

 

 また奪ってしまった。大切なものを……。ターフを駆けるウマ娘にとっての根幹となるものを、奪ってしまった……。

 

「それに今回からは、上の世代のメンバーも相手にしなければならなくなる……もちろん、あなたのひいきにしているあの娘もね」

 

 ライスの胸の中にあるのは、絶望だけだった。自分は今まで、戦う理由の半分を『好敵手を取り上げた相手への言い訳作り』に依存していた。だが、今そのうちの一人の、生涯の戦友を奪ってしまったのだ。

 

「そのあたりは、ハヤヒデよりも一歩先に経験しているだけに分はあるけれど、正直焼け石に水ね」

 

 あのとき、テイオー引退の報せを目の当たりにしたあと、オールカマーの勝者を探りに行ったところまでは憶えている。だがそのあとの記憶は曖昧だった。今朝どのように起きたのか、そもそも眠れていたのかさえもはっきりしない。

 

「前年覇者のパーマー、レリックが揃って出走しているし、今年ダブルティアラを獲ったペラもいる……ドリームレースの名は付いて然るべき陣容よ」

 

 だからといって、何をしでかしたのかはすでに知れている。考えるまでもなく、明確に。

 

 

 

()()()()()()

 

「あの菊花賞を見て、あなたを推すファンは、少なくはないとは思うわ。でも、応えるのは今ではない、という考え方もある」

 

 自分が甘えていなければ、プラン外だろうと出走をねじ込んでいれば、引き戻す道はあったかもしれない。まだテイオーは、ブーツを脱ぐべきウマ娘ではないのだ。

 

「メンタル面の課題持ちというレッテルは受けるでしょうけど、先を考えて温存するのもひとつの手よ」

 

 いや、そうだ。それならばマックイーンはどうなる? 有でのテイオー復活もなしに、彼女が繋靭帯炎からの再スタートを切れる可能性などゼロに等しい。そして彼女らに憧れたキタサンブラック、サトノダイヤモンドの二人は、果たして本来の通りにレースの道を選んでくれるのだろうか? 

 

「尤も、あなたがそこで尻込みするタチだとは思っていないのだけれど」

 

 もし懸念の通りになってしまうのだとすれば、顔向けできない、などというレベルの話ではなくなる。一体、何度詫び、どのように懺悔すれば、この罪は消えてくれるのだろうか。

 

「これは理性を最大限に訴えた夢のない一案に過ぎない。あの時のようにね」

 

 思えばいつもこうだ。レースに挑むウマ娘らの想いを測り損ね、何も思い通りにできない、ならないことの連続だった。

 

 何も掴めはしないくせに、折ってはいけないものは次々にへし折っていく──そんな本物(ライスシャワー)の成り損ないと化した自分の手元に、何が残るというのだろう。

 

 

 

 

 ──もう、やめてしまおうか。

 

 

 

 

「──今たに、踏み込む気はあるかしら?」

 

「……んぇ? あ、はい」

 

 耳に飛び込んできた東条の声で現実に引き戻されたライスは、反射的に同意を返した。はて何の話だったろうかと記憶を遡った彼女は、昨日の菊花賞の結果を踏まえて次走の取り決めに来ていたことを思い出した。

 

「……切り替えづらいのは理解するけれど」

 

「え、あ、す……みません」

 

 まだ菊花賞の悔しさから解放されていないと読み取ったのか、上の空なライスにため息混じりの活を入れながら、東条は先ほどまで話していたことの復唱に移った。

 

「……もう一度話しておくわね。今回の有記念の人気投票では、あなたが出走できるだけの票を集める見込みがついているの」

 

 あの夜に考慮していたその可能性を改めて突きつけられ、ライスは何とはなしに胃を痛める。

 

「ライバルはハヤヒデだけではないわ。去年勝った二人や、あなたのひいきにしてるブルボンも出る」

 

 ドリームレースと称されて然るべき顔ぶれになることは間違いない、と告げる東条は、続いてライスにその気があるかを問う。

 

「加えてステイヤー体質のあなたには、有の距離は短いかもしれない……そんな向かい風の状況の中、立ち向かう気概があなたにあるのか、という話よ」

 

 その言葉を受け、ライスは一瞬という長い時間を迷う。一昨日までは過去の決断とのジレンマに苦しんでいた彼女が出した答えは、意外にも──。

 

「……出なきゃいけないなら、出られます。出ます。どうぞ出してください」

 

「あなたね……」

 

 ──投げやりともとれる回答として吐き出されたそれに、呆れたような声を出す東条。彼女が訊きたいのは出走の可不可ではなく、そのタイトルへの執着はあるか、だったからだ。

 

「出走については、もう少し後に考えることにしましょう。……ひとまず、休養日を延ばしておくから、気持ちの整理を付けてきなさい」

 

 そう言って席を立つと、一度部屋を後にする東条。

 

「は……はい」

 

 こうして、出走についての決定は一度先送りとなった。

 

「あぁ……何かもう、どうでもよくなっちゃったな……」

 

 一種の解放感からなのだろうか、大きなため息をついてうな垂れたライス。

 

 今の彼女にこの決断を下せるだけの気力はなく、思考の半分は空白の渦に放り込まれていた。

 

「俺はこれから、どの面を下げてターフに立てばいい……?」

 

 この世界が辿るシナリオに必要不可欠である、テイオーの選手生命を間接的に手に掛けてしまった事実を突きつけられた今では、まともに出走に目を向けるには難しい状態にあったのだ。

 事ここに至っては、夏にマルゼンから諭され不完全ながらも見出した『走る理由』も、本来のライスへ通さねばならぬ義理も、粉微塵ほどの力を持たなかった。

 

(もうこれ以上流れを壊す前に、辞めてしまうしか──)

 

 損切りの原理から独りでに弾き出されたその案に必死で首を振りながらも、過去の決断との板挟みで実力など出せそうもない有記念に出走する決心はやはり固められなかった。

 

 出るも難し、出ないも難し。なれば──。

 

「どうすればいいんだよ……」

 

 絶望にも似た気持ちを抱えたまま、いつまでもライスは椅子から立ち上がれなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『一年ぶりの復帰ということで、ファンの方々から不安の声は少なくありません。跳ね返す自信はありますか?』

 

『無論です。マスターより授かった鍛錬、情報、ほかすべての面を統合し考慮した結果、ミッション完遂の可能性は限りなく高いと断言できる地点まで到達しています』

 

 テレビには久々の勝負服姿で映るブルボンがいた。URAのエンブレムが入ったインタビューボードを背に、機械然とした受け答えをしていく様は、かつて二次元道楽として観ていた彼女の姿と変わりない。

 

「今日はずっと元気がないですね、ライスさん」

 

 隣のベッドから、不意にロブロイが言った。

 

「そうかな……いや、そうかもね」

 

 反射的に否定しようとして、取り消す。体育座りの姿勢のまま仏頂面で液晶を眺めている姿は、まともな元気を持ち合わせているそれではない。

 

「ご両親と食事に行ったんですよね? 久しぶりに会うって楽しみにしていたような……?」

 

 そうだね、と心情をはぐらかしながらライスは記憶を回想する。

 

 東条と別れたあと、寮で夕方まで時を潰したライスは、両親との食事に赴いていた。出走祝いということもあったが、レースの観戦のために帰国をしていたことによる久々の一家団欒が主な目的だった。

 これで少しは気も紛れてくれるだろうかと思ったが、終わってみればそんなこともなかった。夜景を売りにする類の高級レストランに連れて行かれたせいで、あまり細かいことを考えていられる暇がなかったのだ。

 もともとテーブルマナーに無知であることから、味を愉しむ余裕などなかった。現に今あの店で食べた料理が美味であったかそうでないのかも思い出せない。緊張のあまり、近況を問う質問に大丈夫プラスアルファの返事をするほかに動きのない娘の姿を、不審に思っていないか祈るばかりである。

 

「……もちろん、楽しみにしてたし、実際楽しかったよ? でもねお父さまったら、わざわざ贅沢なところに予約入れてて、それで──」

 

 若干の愚痴混じりな語り口に、少しは元気も戻るだろうかと相槌を打ちながら聞き手に回ったロブロイ。

 

 やがてひとしきり話し終わったライスがテレビを再び見やると、リポーターが締めの質問を投げかけようとしていた。

 

『では、最後に。あなたにとって、GIとは?』

 

 極めてアバウトなその質問に、数秒の間熟考した彼女は、確固たる意志を瞳に宿しながらこう口にした。

 

『……私を形作る、ほぼすべて』

 

 その一言の後、リポーターの謝辞とともに終了したインタビュー映像は、続けて番組スタジオのパネラーたちによって総括が行われようとしていた。

 

 ──それがライスのトラウマを抉る一打になるとは、想定されるはずもなく。

 

『以上ミホノブルボンのインタビューでした。さて、今回の有記念はおよそ一年ぶりの復帰を表明した彼女と、前年覇者であるメジロパーマー、レリックアースたちの対決も注目されています。特に戦法の似通っているブルボン、パーマーの二人はBP対決として特に期待されているそうです』

 

『かたやクラシック三冠路線で無敗、かたや連覇を懸けた名家出身……お互いの境遇を考えると、去年春に行われた天皇賞のTM対決をつい重ねてしまいますからね』

 

 連覇か、無敗か──。昨年に世間を沸かせた両雄の激突になぞらえて、感慨深げに語る両者。それ自体は、特に変わったところのないありふれたコメントではあったのだが。

 

「──うぷ」

 

「え、ライスさん……!?」

 

 コメントを引き金に、腹から込み上げてくるものを感じたライスは、手近な毛布を引っ掴むと自身をくるむようにしてテレビ音声から逃れた。隣から心配げな声がかすかに聞こえたが、知ったことではなかった。間もなく心拍数の上昇を感じ取った彼女は、得体の知れない苦痛に支配される。

 

「ウ、アガァッ──」

 

「どうしたんで──いや、り、寮長を呼んできますっ!」

 

 覆った毛布でも繕えないほど悶え始めたライスの様子を只事ではないと捉えたのか、寮長のヒシアマゾンを呼びに走ったロブロイ。待て、と呼び止めようとする頃にはもう言うことを聞かなくなっていた肉体に振り回され、迫り来る不快感から逃れようともがく。

 

 間もなく寝返りを打つようにしてベッドから転げ落ちたライスは、勢いのまま仰向けになったところで、徐々に意識が遠のいてゆく感覚に苛まれた。

 

「ウ、ァァッ……」

 

 はるか彼方へ向かって行くように小さくなる視界を、意味もなく片腕を伸ばし掴もうとして、次第に力なく垂れ下がる。

 

 意識を失う直前に捉えたのは、テレビがおさらいに映していた、もう二度と叶わぬTM対決のワンシーンだった。




次は箸休めの幕間編。菊花賞覇者の誰かと誰かと誰かが有馬記念について対談する記事風な何かを綴る予定。つまり偽ライス君はまた2話先までほっとかれることに。
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