黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
前話でここまでやっときゃよかった、なんて後悔してたり。
「よーし、それじゃ我らチーム・スピカのトレーニングといこう!」
貸し切られた練習コースに、スピカトレーナーが音頭を取る声が響き渡る。
仰天の移籍劇から一夜明けた放課後、ライスは新天地でのトレーニングに興じんとしていた。
「さて、ライスのことなんだが……期限付きでウチ預かりってことになった。よろしくな」
「はい。改めまして、ライスシャワーです。こちらこそよろしくお願いします」
そう頭を下げる彼女に、チームメイト一同は身振り手振りで歓迎の意を示していた。
「まーその、なんだ……昨日は悪かったな、早とちりしちまってよ……」
「大丈夫だよ、ゴルシさん。どのみち決まってたことだったから」
何やらぎこちなく言葉を紡いだゴールドシップに無難な言葉を返しつつ、最初のフェーズを終えたライス。
「さて、知らないかもしれねえから先に言っておくが、ライスは療養明けでな」
その注釈を口にしたのはもちろんスピカTだ。頷きながら次の言葉を待てば、次走の展望についてのそれが繰り出された。
「適性からしちゃ、現実的なGIは四ヶ月先の天皇賞ってとこだ。だが、復帰戦をその前にひとつ作って様子を見たい、ってのが俺の本音だな」
「うん、ライスも賛成だよ」
そう賛意を示してみれば、スピカTは澱みなくプランを繰り出した。
「そうか、よかった。んで候補としちゃいくつかあるが、推すのは阪神大賞典ってとこだ」
挙げられたのはGIIクラスのレースだ。3000m──今年は違うようだが──の長丁場で知られるステイヤー向けの条件で、春の天皇賞の前哨戦として使われることが多い。
「京都記念にはハヤヒデ、目黒記念にはブルボンやタイシンと、他は強敵が多いからな……」
その他のレースにて懸念する有力バを挙げる彼に、ライスはわずかに考え込む。しかしいずれも復帰すぐに戦うには苦しい相手であるゆえに、決断まで時間は掛からなかった。
「そっか。それで阪神大賞典なんだね。わかったよ、トレーナーさん」
「ああ。んでもって、その先の天皇賞を見据えたトレーニングなんだが、これについちゃあテイオーに面倒をある程度見てもらおうと思ってる」
その宣告に、心臓が大きく脈を打つ。
「そーそー、安心してくれてもいいぞよ〜? ま、マックイーンもいればもっとよかったんだけどねー、どっちも連覇してるし」
「ところが、そうでもないぜ? 今年は阪神大賞典も天皇賞も、あいつのときとは違うレース場での開催だしな」
そう会話を続ける二人に対し、息遣いが若干荒くなるのが分かった。
「そう……ですか」
ようやく捻り出した返答に、ゴルシらから訝しむような視線が突き刺さる。
「おいおい、なんか不満げだなライス?」
「いや、そうじゃ──」
突っついてきたゴルシに姑息な否定を行いつつも、心中を塗り潰す慚愧の念に苛まれていた。
(決意をっ、みなぎらせたハズだっ……!)
わかっていたことではないか。テイオーがその道を選び、自分がこのチームに加わったとなれば、今の成り行きは十二分に起こり得るものなのだから。
「とんだ皮肉だよね……ははっ」
動悸を治めて間もなく、そう呟く。
未来を摘み取った相手を、そのことを知らせぬまま師に就けるというのだ。ひどいマッチポンプだ、とかつての自分に蔑まれても文句は言えない。
そう自嘲する己を一息に飲み込んだ彼女は、努めて朗らかに感謝を告げた。
「ありがとう……こんな私のために」
「テイオー、あれをどう見る」
トレーニングの最中、ふとスピカTはテイオーに耳打ちを行っていた。
同時に指差していたのは、ゴルシと併走に励むライスだ。
「……うん、よくやってると思う。揺さぶられずにペースを守るのは、ゴルシを相手にする上で一番難しいことだしね」
澄ました顔のライスをそう評したテイオーの言葉を受け、スピカTは考え込んだ。
まだライスのトラウマの要因は測れていない。しかしそれがレースに影響するものではないことは、ここで検証できたといっていいだろう。
(マックイーンと遜色ない、というのは本当らしいな)
かつて東条に豪語された通りの素質を垣間見た彼は、目標の下方修正は必要なし、とプロファイリングする。
「うーん、でも……走りの話じゃないかもだけど、遠慮してるっていうか。なんだかよそよそしい気がするんだよね」
「ま、そりゃ仕方ないだろ。今までライバルのトコにいたんだしな」
いつかのスズカと一緒だ、と軽口を叩きながらスピカTは笑った。
「あいつのこれからは、俺たちに預けられてる。早くに打ち解けたいところだな」
そう言いながらも、彼はその課題については楽観視していた。ライスがテイオーと以前から良好な仲であることは、自身にとって知るところであったからだ。彼女に橋渡し役を担ってもらえば、チームに馴染むのはそう遠くないだろう。
「ひとまず、それが済んでからが本番ってとこさ。怪我から二回も立ち上がったお前だからこそ、伝えられる部分はあるはずだ。期待してるぞ」
「任せてよ、トレーナー」
頼もしい声色で応じるテイオーに笑みを深めながら、スピカTはクリップボードを手に取った。
「でもさ、ストレッチ終わるなり併走、なんてやりすぎなんじゃない? 病み上がりなんでしょ、あの子?」
「いや……確認しときたかったんだよ。あいつに簡単に気圧されるようじゃ、ウチではやっていけんだろ」
突っつくテイオーに、微妙に本心を偽りながら返答していくスピカT。
激戦に向けた導火線は、確実に起爆点へと進んでいた。
次回、阪神大賞典。
なんかまたBNW世代が増えたらしいですね。
一足早そうですが皆様、よいお年を。