黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話   作:ィユウ

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UA10000感謝投稿回。


PAGE:03 『RE/FLECTION 悔恨、一新、合否』

父の乗用車に乗り込んでまもなく、徐々に小さくなっていくトレセン学園を眺めるライス。ふと交差点の赤信号に遮られ停車すると、緊張から解放された彼女は開口一番こう言った。

 

「あぁキツかった」

 

一時停車による微震に揺られながら数十秒頭を空っぽにしていたが、青信号と同時に思考はまた動き出す。

 

(いやあ、入学受験は強敵でしたね)

 

脳内でうろ覚えのネットミームをもじりながら試験を回想してゆく。

 

特に危なげなく完答した筆記は特筆しないとして、面接の緊張感はなかなかだった。理事長を務める秋川やよいと生徒会長のシンボリルドルフという、お馴染みの学園トップ組を相手に色々語らされたのだが、ルドルフが無意識に放っているであろう、目に見えない何かに五臓六腑を締め付けられる感覚が、肉体にこびりついて離れてくれない。

 

訊かれたことは無難に捌いていったつもりだが、貴方は何故走るのか?という質問に「この身に生まれたからには成し遂げねばならない事柄であったから」と答えたのは狙い過ぎだっただろうか。

 

(模擬レースだって……そう易々といかなかったし)

 

なら実技試験はといえば、これから挑む壁の高さを感じる内容だった。

 

最初に面食らったのは自分と周囲との意識のギャップだ。内心で「入学試験の模擬レースなんて消化試合だ」と舐めていた自分に対し、心構えの地点で既に後手に回っていたのだ。

 

レースが始まってもそれは変わらない。やたら前でガツガツ競り合いが行われるので、掛かるリスクと接触を懸念して一歩引き、対応を先延ばしにする内に外からロングスパートを掛けて追い抜く雑な手段をとるしかなくなっていた。

 

もしあのレースがマイル戦よりも数段早い選択を迫られる短距離戦だったならば、自分に叩きつけられたのは不合格の三文字だろう。

 

(ジョッキーの人たちはこんなエグいことしてたのか)

 

馬に跨がって行うのと走者として行うのでは感覚は違うだろうが、一秒毎に激変する状況下でコース取り、加速、マークの判断を適時下してゆくのは想像の数十倍神経を磨り減らす作業だ。

 

何よりおぞましいのは入学前の段階でゼーハー言っているこの現状である。数時間前のように自分がライスシャワーである、ということに甘えているならすぐにでも脱落するだろう。

 

(おい前世の俺、聞こえるか?画面越しに見てた世界はこんなにもシビアだぞ)

 

過去の何も知らなかった自分に叫びつつ、またも赤信号で停車した反動のなすがままに体重を背もたれに預けた。

 

「随分お疲れだな、ライス」

 

もたれかかった際に大きく息を吐いてしまったので疲労困憊ととられたらしく、軽く心配げな父の言葉が飛んで来る。

 

「ううん、レースって大変だなって思ってただけ」

 

「……上手くいかなかったか?」

 

捻り出した答えを試験結果の不安と受け取ったのか父の声に心配の色が強まるが、ううんと首を振って少々語ることにした。

 

「一番にはなれた。けど、思い通り、願い通りなものじゃなかったの。周りの皆が必死になって走ってるのに私は引け腰に戦っちゃった」

 

混戦の最中、目の前で選択肢が次々消えていくあのレースの映像を思い起こしながら伏し目がちに言葉を紡ぐ。

 

「私なら大丈夫だって、だめなナメ方をしてた。走ってる内にやりたいこともやらなきゃいけないこともどんどんできなくなって、ああ、ちびっこレースとこんなに違うんだって考えさせられた」

 

前世からウマ娘が走る姿を見ていた、粒ぞろいだったその中の一人になった、事前のイメージトレーニングは万全だった、だから何だ。そんな本気のレースになれば吹っ飛ぶような自信なんて慢心でしかない──。そんな悔恨を込めるように言葉を吐き出す。

 

「……そうか」

 

言いたいだけ言った彼女の独白が終わり、短く呟いた父の声と共に会話に空白が生まれる。

その数拍の間に形容しがたい感情を増幅させてゆくライスだが、その思考が一瞬吹っ飛んだのはすぐ後だった。

 

「それに気付けるなら、ライスはだめな子じゃないさ」

 

え、と首を持ち上げるライスをルームミラー越しに見届け、父は語る。

 

「油断なんて誰だってするものさ。それに気付けないからこそ失敗は起こるんだ。本当に物事をナメている人はハナからナメているなんて思ってない」

 

そこまで言うと三たび赤信号に遮られ停車したのち、それに、とこちらへ顔を向けて彼は言う。

 

「ライスはさっき言ってたじゃないか、「一番にはなれた」って。ならまずはそれを喜ぶべきだ」

 

その表情は「なんでそんなシケた顔をしてるんだ」とでも言いたげだ。

 

参ったな、と首元を掻くライスの口角は、笑いかけた父につられて緩む。

 

(悲観的になりすぎていたかもしれないな)

 

当人がどれだけ気に入らずこき下ろしたものだとしても、勝利、成功の価値は替え難く尊いものに変わりない。

画面越しにウマ娘を育成していたときだってそうだったろう、と自嘲した。

 

思えばあのとき、何もかもが100パーセント上手くいった育成などしたことがなかった。サポートカードの連続イベントが最後まで進まずにレアスキルを取り逃したり、思いがけずやり直しの効かない敗北を喫したり、一桁の失敗率に引っ掛かったり、唐突なやる気ダウンに喘いだりとアクシデントはしょっちゅうだったが、評価点の自己ベストを叩き出したときに感じたのはそれらの後悔よりも達成感だったはずだと、上手くいかないこともゲームのうちだと楽しんだからこそ1.5年も同じゲームを継続できたんだと思い出した。

 

ならば、反省して沈み込んでばかりはいられない。

 

「……ありがとう、お父さま」

 

「いいんだ、子供を励ますのはいつだって親の仕事だろう?」

 

父はそう言うと同時に、信号の青点灯に伴いアクセルペダルを踏み込んだ。

 

「実はな、ちょっと寂しかったんだ」

 

ハンドルを右に切りながら飛び出た父の声に、ライスの首がまた持ち上がる。

 

「小学校の先生からライスはいつもテストで満点を取るんだ、利口な子なんだ、係の仕事も誰より善くこなしてくれるんだ、なんて聞かされて嬉しかったけれど、ライスはあまり父さんたちを頼ってはくれなかったからね」

 

その告白に思わず苦笑する。転生者の特権を行使したツケがそんな形で回ってきているとは、思ってもいなかったからだ。

 

「だから娘が自分に初めて弱味を見せてくれて嬉しいっていうか……身勝手かもしれないけどね」

 

そう言って何とも言えない表情を作る父。

発言に込められていたのは、いわゆる親心というものなのだろうか。前世でも妻子を得たことがない自分にはわからなかった。

 

しかしどうにも気恥ずかしくて仕方がない。この話題からなんとなく逃れようと思ったライスは前々から気になっていたことをぶちまけることにした。

 

「……それにしても、今日はよく信号に引っ掛かるね」

 

「はは、神サマがライスに嫉妬してるんじゃないか?」

 

ふふ、と父のジョークに失笑をこぼす。

だとしたら原作のライスはどれだけ妬まれてたんだよ、と内心突っ込まずにはいられなかったが、気の悪い考え方ではないことは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それほど長くない時が経ち、試験の合否が決まる封筒が届いてきた。

 

「開けるよ、お母さま、お父さま……!」

 

封を切ろうと力む娘を両親は固唾を飲んで見守っている。

 

シールの接着面が紙の表面を引き剥がす鈍い音が響いたのち、それは間もなく開かれた。

 

差し出されたのは吉報か、凶報か。わずかに震える手で内容物を取り出すライス。

 

三つに畳まれた書面をパタンと開き、文章に目を走らせる。

 

ある二文字に飢えた目はすぐさま目標を捉えた。

 

「受かっ、たぁ~っ……」

 

合格の文字を見届けた瞬間、思わず脱力感に囚われて後ろに倒れ込んだ。

 

狂喜乱舞する両親の声が響き渡るが、ライスには三割も届いていない。

 

「お祝いだな、ライス!今日は飛びきりのご馳走にしよう!」

 

「ええ!おめでとうライスちゃん!」

 

緊張の反動の渦中にあったライスの肉体は、しばらく可動を要求してくれなさそうだったが、なんとか右腕を掲げピースを作って応える。

 

親戚に連絡しなければ、と興奮冷めやらぬ様子で固定電話に手を掛けた母を見届け、ライスの意識はグルグルと回る思考の海に沈んだ。

 

(やっと、スタートラインに立てた)

 

もし受かれなかったらどうしようか、と心の片隅でずっと考えていた。推しを一目拝む機会が減るというのはそうだが、この世界の道筋を乱してでも、という選択肢を取ったあの日の決断が泡沫に消えるとなれば、恥ずかしいどころの話ではなかったからだ。

 

しかし、これからだ。トレーニングに、デビューをずらす言い訳づくりに、やることは山のようにある。

 

手汗で若干ふやけた合格通知を見やり、そう決意を新たにした。

 

 

 

 

──数時間後。親戚やディナー先やらに電話をかけ倒していた母がようやく落ち着いてから、ライスと父と母は面と向かってカーペットの上に座っていた。

言うことは言ったと思っていたが、そうでもなかったらしい。

 

「まずは合格おめでとう、ライスちゃん」

 

おそらく二回目となる母の祝福の言葉から、この会合は始まった。

 

「実は話さなきゃいけないことがあって」

 

なんだなんだ、とライスの好奇心が煽られるが、続いて飛び出したのは仰天の告白だった。

 

「母さんたち、海外に転勤する話が来ているの」

 

「えええええ!?」

 

耳がピーンと立つくらいの驚きぶりを見せてみたものの、内心ではそこまでの衝撃は感じていなかった。

ライスのサポートカードの連続イベントにて、両親が海外に居住していると語られていることを知っていたからだ。

 

「言ってなくてごめんな。先月くらいにその話が上がっていてね。ライスの受験のこともあるし保留にしていたんだが……」

 

「トレセン学園は全寮制だから、合格したら母さんたちがいなくても暮らしていけると思ってずっと考えてたんだけど……ライスちゃんはどう?」

 

アバウトな質問に内心困惑するが、我儘は無用だと切り捨てて回答を口にすることにした。

 

「うん、私は一人でも平気だよ!……私の走るレース、海の向こうからでも見ていてくれたら嬉しいな」

 

「……ああ、もちろんだ。ライス」

 

「ありがとう。まとまった休みが取れたら帰ってくるからね!」

 

涙をこらえながら言う父に抱き寄せられ、続けてそこに母も加わる。

 

これから会えなくなる分を取り返すが如く、その抱擁は続いた。




次回、やっとこさ入学です。

マイページの通知欄に新着感想の報せがあると、ものすごくニヤニヤできてモチベーションが上がるのでどしどし記入願います。

そしていつもお読み下さる皆様に最上級の感謝を。

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