黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
感謝感激、雨あられ。
『これは強い強い! ビワハヤヒデ、リードを5、6バ身とってゴールイ──』
部室に鳴り響いていた音声が、突如打ち切られる。
「……やっぱり貴女は、強い」
それは音源のスマートフォンの主であるライスシャワーが、電源ボタンに指を掛けたからであった。
感慨深げに呟いて間もなく、俯いていた彼女の耳に、扉を開け放つ音が届いた。
「あ、おはようライス」
こちらを見るなり、声をかけたのはテイオーだった。
「うん、おはよう。テイオーさん」
無難に返事をしたライスの対面に座ったテイオーは、ふとタイムリーな話題を繰り出してきた。
「昨日のレース、見た? ハヤヒデが勝ったやつ!」
「うん、なんなら今さっきも見たところ」
話題となったのは、昨日に開催されたGIIレース・京都記念。本年初の出走から大差をつける、ハヤヒデにとって理想的な勝ちっぷりを魅せたレースだった。
「すごかったよね! あんなに勢いがあるんじゃ、きっとボクが戦っても勝てっこなかったかもね」
「……そうでしょうかね」
自虐臭く語るテイオーに対し、曖昧に返すライス。
誤魔化すようにバッグを探った自分をよそに続けるテイオーの話をしばらく聞き流していると、スピカT含めた複数人が部屋にやってきていた。
「よう、ふたりとも。話し中に失礼するぜ」
その声を聞き、ゆっくりと立ち上がった。
「うん、こんにちは。トレーナーさん」
──復帰まで、残り一ヶ月を切っていた。
中京レース場にて、各ウマ娘がステイヤーとしての将来を占うレース・阪神大賞典が始まろうとしていた。
「よかった、特に変わりはなさそうだな」
「うん、大丈夫だよ」
本バ場を前にした地下バ道にて、久方ぶりに体操服姿を見せたライスは、トレーナーらふたりに好調の旨を告げていた。
「さっきパドックを見てきたんだが……モンシュシュクレ、あいつの本命は揺らがないはずだ。こないだ、グランプリウマ娘のパーマーを倒したばかりだしな」
「うん、わかってる」
対戦相手にまつわるスピカTの注釈に頷く。挙げられたのは今回の1番人気の名で、GIIにて2連勝中の勢いに乗るウマ娘だ。GIへの出走は7着が1回のみであるが、言及された前走・日経新春杯ではメジロパーマーを2バ身差で討ち取っている。
「ごめんね、ボクと同世代の子ではあるんだけど……去年の天皇賞で見たっきり関わりなくて」
そこに、トレーナーの隣で控えていたテイオーが口を挟んだ。
直接的な経験値を差し出せなかったことを悔いるようにする彼女だったが、それ以外でのサポートを十二分に受けた身だ。とてもなじる気にはなれなかった。
「よし、いよいよ久しぶりのレースだ、スピカの一員として……なんて気負う必要はない。自分の走りをしてこい!」
そんな発破に応えるように頷くと、行ってこい、と言わんばかりのサムズアップを背に受け、バ道を歩き出すのだった。
『さあ伝統のレース・阪神大賞典が、今年はここ中京レース場にて行われます! 第2コーナーからスタートして2800mの旅路、これは同レースでは初めての条件となりますがどう出るのか!』
この日のメインレースに向けボルテージを高めるアナウンスが響く中、出走者たち11人はゲート付近に集まっていた。
「おい、戻ったぞ」
「いいところで帰ってきたじゃない、今からファンファーレってとこよ?」
スカーレットの言葉に頷きながらスタンド最前列までたどり着いたスピカTは、テイオー共々ライスへ視線を向けていた。
「こんな気持ちなんだね……自分が面倒みた子を見届けるのって」
「ま、そうだな」
間もなく呟いたテイオーに、短く肯定するスピカT。
まだ指導者として極小の時間しか過ごしていない彼女ではあったが、今までしてきたチームメイトの応援とは異なる体験から感じ取るものは大きかったらしい。
「ここまで来たら、俺たちは見てるしかねえ。応援なりしてやれんこともないが、せいぜいそんなもんさ」
「……なかなか堪えるね、見てるだけってのも」
事実を突きつけてやれば苦々しそうに応えるテイオーに、重く頷いたスピカT。しかし、間もなく彼は新たな言葉を次いだ。
「だからこそ……見ていてやれ、最後まで」
その言葉に一瞬呆けたような顔を見せたテイオーだったが、すぐに意味を噛み砕いたらしく、バ場に力強い視線を向けていた。
『さあスターターが台に上がりまして、場内にファンファーレが鳴り響きます!』
やがて発走を知らせる音色が辺り一面に広がり、客席の期待感はピークに達する。
『11人のウマ娘たちがゲートに収まります。人気上位をご紹介しますと1番人気はGII2連勝中のモンシュシュクレ、2番人気は長距離に定評ありのゲネシスシウヴァ、3番人気はエクシードザカグラであります』
恒例の人気ウマ娘の紹介のアナウンスをバックに、ゲートインが始まっていた。なお、ここでライスが呼ばれなかったのは、彼女が6番人気に甘んじていたからだ。
「いよいよだな」
そのゴルシの言葉に頷く余裕もなく、一同に緊張の糸が張り詰める。
大外枠に見えるライスの表情に異変がないことを認めたスピカTが安堵して間もなく、周囲の空気は戦いにおけるそれに変わっていた。
『──ゲートが開いて、11人が飛び出しました!』
3分間の持久戦が、いま始まる。
『さあスローペースになったこのレースは2度目の向こう正面! この11人はどこで固まるのか!』
発走から、どのくらい時間が経っただろうか。やや縦長になった隊列を評するアナウンスを聞き流しながら、スタート振りのバックストレッチを駆ける。
『順位をもう一度整理しますと、先頭は10番カペイカヤクシャー、外を通りまして11番ライスシャワー、その後ろに3番のチショウサクセス、内を通って2番のコガラシロッキー、それから5番のオースミバイタルが前をつつく形か?』
ハナに立ったウマ娘がリードをさほど取らなかった故に、その外から追走する形でレースを進めていたライスは、現状なにも異常を示していない肉体に安堵を示していた。
「勝つ……今度こそ逃げきって、勝つんだあぁっっ!」
件の先頭・カペイカが吠える。思い返せば、彼女は先日に見届けた京都記念でハヤヒデに煮え湯を飲まされたウマ娘だった。同レースで悔しい思いをしたのはあと2人ここにいた、と振り返ろうとした寸前に、その雑念を首を振って誤魔化した。
(いい加減にしろ、誰の未来を奪ったか忘れたのか)
そう歯を食いしばりながら、決意を新たにした。今、余計なことを考えていられる身分でも状況でもなかった。
『さあ後方集団ですが……内から1番モンシュシュクレがいいところに上がってきた!』
抜け目なく2番の後ろでスリップストリームの恩恵に与るモンシュをよそに、すぐ前に迫った第3コーナーへと意識を集中させる。
『そしてその外に9番ニンベンユニバース、それから7番エクシードザカグラ、この三人の後ろにラストランの6番マザーグラティア、そして8番ゲネシスシウヴァが外から上がっていくかというところ!』
『離れてシンガリにつくのは4番エンルムクロサーでしょうか、心配です』
そこまでアナウンスが済んだところで、いよいよ終盤に差し掛かったレース。後方からのプレッシャーを感じ取ったライスは、同じ心情だったらしい先頭のスパートに伴い、ギアを上げていった。
『さあ中京の勝負所! 第3コーナーにかかって、エクシードザカグラが動いた! これと一緒に白い髪色のゲネシスシウヴァも差を詰めていく!』
人気バらの始動に、歓声はより高まる。
『いよいよ第4コーナー、依然としてカペイカヤクシャーがスパートした! 外から追うライスシャワー、さらに外からはエクシードザカグラが3番手に上がってきた!』
いよいよ視界の右隅にちらつく7番を認識したライスは、ペースメーカー代わりにしていた10番を見送るように追い抜き、直線での突き放しを図った。
『さあライスシャワーに先頭が変わって直線、エクシードザカグラも争う!』
残り250mの直線を、前6人のウマ娘らが争う形になった。
『外からモンシュ来たモンシュ来た!』
──ここで、キャスケットを携えた1番人気が悠々と飛び出す。
前を争っていたのはライス、カグラ、バイタルの3人がいたが、明らかなギアの違いに、楽勝の雰囲気が漂う。
『一気にちぎれるかモンシュシュクレ、先頭は──』
しかし、そうでない未来、もとい結果はすぐさま提示された。
油断が引き起こした敗北だった、とはモンシュは後にも先にも信じていないが、彼女に落ち度があったとすれば──。
「……咲く」
──黒い刺客と戦う不幸を、持って生まれたことだろう。
『──先頭はライスシャワー! 差が開いたライスシャワー!』
モンシュが先頭に立つ、と誰もが思ったそのとき、示された状況にどよめきが広がる。
まるで1バ身分テレポートしたのか、と見紛うほど瞬間的だったギアチェンジによって、番狂せが行われたのだから。
『モンシュシュクレ、ゲネシスシウヴァも懸命に追いすがる!』
しかしまだ終わった訳ではない、と内のゼッケン11番を追うふたりだったが、その影を踏むには至らなかった。
『しかし11番のライスシャワー1着ぅっ!』
勝利を手にしたウマ娘の名を高らかにコールする実況に、客席も大歓声に包まれる。
「勝った……ライスが」
「……ああ」
半ば呆然と洩らすテイオーに、そうスピカTは緊張の面持ちのまま返す。
(なんだありゃあ……前までのあいつとは何もかも違うぞ)
彼はライスを受け入れて間もない頃、彼女の菊花賞、そしてそれ以前に出走したレースを視聴したことがあった。
普段の振る舞いとは異なり、スパート時には感情を剥き出しにするタイプ──とギャップも相まって深く記憶に刻んでいたのだが、それと比べれば今のライスの走りはあまりにも淡白だ。
彼女の抱えるトラウマは、情熱すらも凍り付かせてしまったのだろうか。
「……あれだけ走った後なのに、涼しい顔ね」
「ですね」
ライスの様子を見るとそう呟くスカーレットとスペ。豊富な持久力を讃えた言葉なのだろうが、スピカTには別の解釈が脳裏によぎる。
──勝って当然、それに喜びを覚えるまでもないと思っているのだろうか。
その推測に表情を曇らせるスピカT。ただし、その変化を目ざとく捉えたテイオーによって、思考は一時遮られた。
「どうしたの、トレーナー?」
「……なに、まだまだ課題は多いって思っただけさ」
まだ不用意に口に出すべきでない事柄だと考えたスピカTは、そうしてはぐらかす。
こうして、スピカ新メンバーの未来を占う戦いは幕を閉じていったのだった。
次回、『IN/SECURE 偉業のジレンマ』。
ストックが切れて次がいつになるか分からないので、タイトル予告だけ。
1994 阪神大賞典
ライスシャワー IN△