黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
『スーパークリーク先頭に立った!』
思い出すのはあの風景。1980年代後期で鳴らした名ステイヤーを象りしウマ娘が挑んだ、春の天皇賞。
『スーパークリーク先頭!スーパークリーク先頭!!それから差が開くか、スーパークリーク先頭に立った!』
ハナを進んだ彼女は、直線に入っても衰えぬ無尽蔵のスタミナを以てゴール板に迫る。
『外から襲いかかるのはイナリワンだ!』
それを追う同レース前年度覇者にしてレコード保持者。切れ味鋭い追い込みを武器としてGI3勝を挙げた、クリークも属す永世三強の一角だ。
『スーパークリーク、内からパルクールが来る!スーパークリーク苦しいか!?』
矢継ぎ早に迫る強敵たち。されど易々と屈するはずもなく、天才を天才にしたウマ娘はただ勝利を求めひた走る。
『スーパークリーク先頭!体半分リード!スーパークリーク先頭だ!』
渇望は消えず、尽きず、果てず。猛追せし大井出身の天下人を振り切ったままレースは終わる。
『スーパークリーク、スーパークリーク一着ぅっ!!スーパークリークです!そしてイナリワンは二着っ!』
史上初となる天皇賞秋→春連覇を打ち立てたウマ娘に惜しみ無い賞賛が贈られる。
春→秋連覇、レコード、秋→春連覇と次々に偉業を生んだ天皇賞。そしてその蹄跡は、新たな世代に続いて行く。
──驚異の二連覇、名優の時代へと。
⏰
「……ん」
記憶の断片を映した夢が終わり、瞳はここ数年間ですっかり見慣れた天井を新たに映した。
(最近こんな夢ばかり見るな……こないだはブルボンが出てたし)
苦笑しながら隣のベッドを見やると黒鹿毛のウマ娘が布団にくるまり寝息を立てていた。そう、ゼンノロブロイである。
「……何というか、慣れたもんだな」
本格化の兆候は未だなく、デビュー前のウマ娘らを指導する教官によって控えめなトレーニングを行うに留まった中等部生活を送ったライスは、現在高等部に進級していた。
その最中に前ルームメイトであるオルフェローズは学園を卒業してしまったため、新たにロブロイが同室となったのだ。
ローズと違って前情報がしっかりと存在するウマ娘である故、コミュニケーションはスムーズにいっているはずだ。
(にしても代わってつくづく思うけどクセのある人だったなぁ……実際のライスシャワーはどうしてたんだろうか?)
前任のローズは気難しい性格だったが、プランの質を最良に──彼女らしく言えば上の上か──押し上げようと推敲する姿を数年間見る限りでは、レースに懸ける想いは決して自らの知る名ウマ娘たちと遜色ないと言えた。……それでもただの一つすら勝ちを拾えないことがあるのがこの世界である。
敗れても、ただ足掻き、走り続ける意志があろうと、
しかし、学園を去る際でも普段の調子を崩さなかった彼女に、辛くないのかと聞いたことがあった。言い訳は趣味ではありませんが、と前置き笑んで口にした一言はよく覚えている。
「勝負の世界です、こればかりはどうしようもないことだ。だが、最後に泣くか笑うかは本人次第ですから」
決意に満ちたその言葉に、何も言えず見送ることしかできなかった。
(……俺が走るのをやめるとき、泣くか笑うかする暇はあるんだろうか)
己を待ち受けているかもしれない結末を知っていた故に。
──いや。
気が滅入りそうな逸れ方をした回想に区切りをつけ、現状の再確認に脳みそを回すことにした。
先日、永世三強と名高いスーパークリークが春の天皇賞の盾を手に入れた。
自分の置かれている状況も原作に近くなってきたし、もしこのまま現実の競馬史をなぞるならば、来年には自分がデビューすることになるだろう。それではいけない。
だがこの世界でデビューの指針とされている本格化の兆候は自分自身でも漠然としかわからないほどアバウトなものであると聞くし、知らぬ顔をして力をセーブすれば教官の目は欺けるだろう。
しかしそんな器用な真似を続けるには一年というズレはあまりにも大きい。
(教官さんのトレーニングも慣れてきてしまったしなぁ)
トレーニングもある程度慣れてきたし、学業は前世の経験を思い出す程度にこなせば回せてしまうし、気分転換という訳ではないが何かやりがいのあるものが欲しい。デビューをゴネる言い訳にもできれば最高だ。
そう考え込んでいると隣のベッドから可愛らしい欠伸が聞こえた。
「ふわぁぁあ……あ、ライス先輩、おはようございます」
起床して間もなく大振りなメガネを着けてこちらを視認するやいなや声をかけてきた。
自分も慌てて帽子を手繰り寄せていつもの場所に張り付ける。
ライスシャワーのマスクを被るときはこれがスイッチになりつつあった。
「うん、おはよう。ロブロイさん」
未だいつもと変わらぬ一日が始まる。
⏰
トレセン学園の中等部に所属するウマ娘のひとり、ゼンノロブロイ。
彼女には謎多き隣人がいた。目の前で向かい合って昼食のカツ丼を平らげているウマ娘、ライスシャワーである。
同室として初めて会ったとき、あまり自分と変わらない背丈から同年代と勘違いし、後に驚愕したのはいい思い出だ。
そんな彼女は初対面であるはずの自分のために、色々と気を回してくれた。
部屋内のスペースにお気に入りの本を数冊配置していたのを見ていたのか、学園の図書室の場所を真っ先に教えてくれた他、最寄りの書店についてもいくつか案内してくれたし、時折発作のように始まる自分の本語りも面倒な顔をせず聞いてくれる。相槌のみで聞き流す訳でもなく、時折細かく内容を尋ねたり私見を述べてくれたりと、同じ高さで聞き手に回ってくれる彼女に好感を抱くのは無理からぬことであった。
心を許せる先輩に巡り会えたことで、新天地での不安もほどけたことから普段より明るく振る舞う余裕が生まれたために、クラスメイトと打ち解けるのも早かった。
学園生活の出だしを助けてくれた彼女に、何かしらの形で報いたいと思うほどには恩義を感じていたロブロイであったが、ふと考え込むとライスシャワーというウマ娘について測りかねている部分が多いとも感じていた。
趣味を探ろうにも最低限の日用品しか置いていない彼女の領域からは何も読み取れなかった。
さりげなく飾り物などは持っていないのか聞いたところ、二年後には埋まっているから不要なのだ、と釈然としない返答しかされなかった。
二年後までに彼女の待つ何かしら──例えばイベントだろうか──が起こるということなのか、二年後までに趣味を見つけるという意味合いなのかはわからない。
それにおそらくだが、自分に見せているものとは違う一面があるのでは、と疑うような事柄もいくつかある。
歩いていると赤信号に引っ掛かったり、目の前に鳥のフンを落とされたり、自分と会話しているなりして気が逸れた隙にガムを踏みつけていたりと、なにかと災難に見舞われることの多いながらも、大抵「しょうがない」とか「そういう日もある」とけろっとしている彼女なのだが、たった一度だけ「
この間も中々寝付けずに本を読んで眠気が来るのを待とうと暗い部屋を手探りで進んでいたとき、苦しげに寝言を吐いていたのを聞いたばかりだ。
確か「おれは……」とか「ブ…ボン」とか「ゆる…てく…」とか言っていただろうか。
その心中に何を飼っているのか、訊くことは躊躇われた。そこを突いた途端、何かが崩れるのではないかと感じて。
「そういえば、高等部になったら何かしようとして結局してないなぁ……なんたら委員とか」
思案に耽っていたロブロイに、いつの間にやら箸を止めていたライスの声が飛び込んできた。
「あ、あぁ。美化とか風紀とかあるんでしたっけ?実は私、図書委員になろうかな、なんて……」
「そうなの?ロブロイさんならきっといい図書委員になれるよ!」
慌てて返答を構築したロブロイに、いいねとライスも続く。
話題をもう少し広げられないか、と考えたロブロイは、先ほどの件に絡んだ打算も含め聞き返してみることにした。
「先輩には興味がある活動はないんですか?」
その質問にライスはふむ、と考え込む。薔薇好きな彼女のことだ、園芸委員なりを挙げると思っていたが、育てるのは専門ではないのか言い淀んでいる。
「うぅ~ん……それがね……」
「……まあ無理して入ることもないと思いますよ」
ここで言えないならば、と早々に見切りをつけたロブロイは、この話題に後ろ向きに対応しようと決めつつ料理を口に運んでゆく。
「強いて言えばイベント云々のサポートや何かしらの補佐をやってみたいって思うけど、そんな都合のいいところなんてないし……」
「いや、生徒会に入ればよいのでは……?」
「でも生徒会はルドルフさんやグルーヴさんやブライアンさんが……いや、待てよ」
ロブロイの指摘に対し口元を覆うように手を当てて思案しだしたライスの目は、しばらく硬直したのち見開かれた。
「そうだ、生徒会といえば会長と副会長だけな訳ないじゃないか!」
そう手を叩いていつになくボーイッシュな声を張り上げる彼女は、勢いのままに残っていた豚汁を飲み干す。
「ありがとう、ロブロイさん!俺、いや、ライス、あぁ違……いや違くないのか?まぁいいや、とにかく私、行くところが見えたよ!」
お椀をトレーに叩き付けるように置くと、こちらに礼を述べて食器の返却に向かっていった。
「ど、どういたしまして……?」
口調も一人称も二転三転しているぞ、とか生徒会の役職の数を知らなかったのか、とか様々な突っ込みどころを目の当たりにしつつも、ロブロイはみるみる遠くなる背中に生返事を返すことしかできなかった。
次回予告。偽ライス君が何かする。以上。
2022/11/17 追記
誤字報告してくださった方々、感謝致します。