黒い刺客に成り代わったブルボン推しがデビューを1年ゴネる話 作:ィユウ
「ライスシャワーです! よろしくお願いします!」
チームリギルの根城にて、入部テストを通過した新参の目通りが行われていた。
全員のGI勝ち鞍を合わせれば二十は下らない銀河系軍団を前に、竦むことなく声を張り上げる。そこにはかつて生徒会役員となったときにやや露呈したあがり症は微塵も伺えなかった。
「というわけで、彼女が今日からチームに合流することになったわ。……あぁ、こう見えて高等部所属だからその辺りの勘違いはないようにね」
東条の注釈に各々が頷くなどして了承を示す。ひとり「ケ!?」と声をあげるウマ娘がいたが、隣の同級生に発言を潰される様を流しつつ、ライスは所属選手代表として進み出たルドルフと握手を交わす。
「リギルへようこそ。恒星の名の下に誓おう、君を後世に語り継がれるほどの栄光へ導くことを」
「歓迎感謝します、会長。……生憎今は突っ込めませんよ」
いつものごとく澄ました顔で駄洒落を放り込んでくるルドルフに対し、メンバーの前である手前、耳打ちで断りを入れつつ手をほどく。
また忘れた頃にやる気を下げるのだろう、と何も知らない顔のグルーヴを見やり内心で苦笑したところで、各々の自己紹介が始まった。
「語る必要もないだろう、エアグルーヴだ」
「……ナリタブライアンだ」
「ハァイ、マルゼンスキーよ! よろしくね、ライスちゃん!」
「ヒシアマゾンさ。ま、困ったらいつも通り頼っておくれよ!」
「フジキセキ。ヒシアマゾンと同じく寮長の身さ。いつでも君の力になろう、ポニーちゃん?」
「ハーイ! タイキシャトルデース! 一緒にハッスルして、レースに風穴、空けに行きまショーウ!」
「リギルという恒星に輝く超級の一等星……それ即ちテイエムオペラオー、ボクのことさ! よろしく頼むよ?」
「エ、エルコンドルパサーで、デース」
「グラスワンダーと申します。先ほどのエルの粗相、水に流して下されば幸いです」
一人ずつ行われるそれらに前世併せおよそ二十年来のファンとして感嘆を覚えつつ、ライスは返事を返していく。
「じゃあ顔合わせも済んだことだし、行きましょうか……あぁライス、今日は目標設定からスタートさせるわよ」
「了解です」
東条の号令に、まずは将来の展望をはっきりさせてからトレーニングに移るということだろう、とライスが理解して返事をすると間もなく、メンバーたちは動き出した。
それに倣いついてく、ついてく……と歩みだす。
彼女のキャリアが今、始まろうとしていた。
東京レース場を模したトレセン学園練習コース。
日々様々なウマ娘たちが研鑽に励むその場は、今日はリギルのトレーニングに使われていた。
「ハァ……ハァ……どうしたんだい! 慣らしは終わった頃合いだろ!? 根性見せな!」
「フッ、本気がこの程度だと思われていたならば心外だな? ボクならば散りゆく様すら美しいだろうが、そんな美しさはボクには不要だ!」
本日3度目となるランダム併走としてヒシアマゾン、テイエムオペラオーの二人がコースを駆ける。
運任せに相手が決められるそれは前走、前々走ではそれぞれルドルフとブライアン、マルゼンとグラスという味な取り合わせとなっていたが、いずれも勝者は前者であった。レジェンドの壁は厚いのである。
「ヒシアマ……今日は随分と前目だね。逃げ、ではないし先行策かな? オペラオーとのタイマンに気合いが入っているようだ」
「この間トレーナーと会長に仕込まれていたからな、比較対象としてはいい相手だろう」
「オーウ! ソレ、ワタシも隣で聞かされてマシタ。なんでもオウドウ、だからだそうデース」
「ああ。ノウハウがある分、プランを容易に用意できるのが要因でね……なあ、どうだグルーヴ。今のは決まったろう?」
「な……」
他のメンバーたちが会話に花を咲かせる中、ふたりベンチを占領するライスと東条は目標の設定に勤しんでいた。
「ここしばらくの貴女のグループトレーニングの様子を聞く限りでは、ステイヤーの素質があり、またそれを理解し活かそうとしているように見える」
ルドルフにも若干聞いていたしな、と付け加えられながら、ライスは自らの振る舞いで与えようとしている印象と客観的に見たそれにズレがないことを確認していく。
「だがクラシック級で出走できる長距離のレースはかなり絞られる。皐月賞やダービーでは、おそらく短すぎる」
ウマ娘のゲームシステムにおいて、長距離と分類されるレースに出走するタイミングはクラシック級8月まで無い。重賞ともなれば菊花賞を待つ必要があり、知名度のあるステイヤーがたいてい大器晩成型と呼ばれるのはその辺りが関連していた。自分の土俵で戦えるタイミングが遅いのである。
「そこで、GIを狙うなら三大競走の内で最長である菊花賞に的を絞るべきだと私は考えたの」
「道理ですね」
間を置かず理解の返事を飛ばす。若干東条の眉間が歪んだ気がしたが、聞き入るばかりのライスの関心はそこには注がれず、続く言葉を待った。
「デビューから丸一年の間、トライアル一発ではなくコツコツと実績を重ねて、全力を量らせないまま本番の菊花賞で全てを叩き付ける。クリークやマックイーンと同じ道程に見えるけれど、こちらは意図的な分具体的にプランを練られる」
東条はどうやら菊花賞を本命に据え鍛えつつ、そこに辿り着くまでオープンなどの小規模戦を主戦場にすることを勧めているらしかった。
重賞未勝利、または未出走のままGIに出ることは特段珍しいことではない。
まず相手のレベルが一段下がる分実戦特有の疲労による消耗や故障を抑えられるし、トライアル勝者と比べ知名度の抑制にも繋がり、対策の構築を遅らせやすいメリットがある──尤も後者の件はチームの知名度の観点からさほど考慮されていないらしいが──。
反対に、大敗が続くなどして結果を積み上げられなければ取り戻しが利きづらい上、不安分子の発生も懸念材料となり、メンタル面の負荷が大きいプランでもある。そこらのウマ娘であるならば。
「……尤も、これは理性を最大限に訴えた夢のない一案に過ぎない。貴女が三冠を望むなら、相応しいサポートを施すわ。必ず」
その言葉に対し、両腕を腰に預けて天を仰ぎ考え込む素振りを見せるライス。だが内心ですでに結論を出してはいた。
史実におけるライスシャワーの戦績を考えれば、二千メートル台レースでの勝利には乏しい故に、おそらく三大競走にて戦うことになるナリタタイシンやウイニングチケットの猛追を振り切るビジョンを浮かべづらいとは感じていたからだ。
史実ライスと同程度の勝利を目標とするライスにとって、期待度の低いレースを切り捨てて本命を磐石にできるこの提案は渡りに船といえた。
「賛成します。私に必要なのは三冠ではありませんから。──教えてください、3000メートルを戦う術を」
腹を決めたライスの眼には、目を瞑り頷いた東条の姿が映った。
「ええ、じゃあ重点はそこに置きましょう。……あぁ、ルドルフにも声をかけておくわ。現時点、このチーム内でステイヤーとして頭一つ抜けているのはあの娘だから」
「はい、ご配慮に感謝します。精一杯学ばせて頂きますね」
道を定めた二人は立ち上がり、コースを見やる。
そこには結局差し切られたヒシアマゾンが、高笑いを響かせるオペラオーに食って掛かる様子が見えた。
リギル新メンバーの募集、加入からしばらくして。諸々の業務にひとまずケリをつけ、久々に行きつけのバーにやってきた東条は、半ば勝手に隣に座り込んできた
「それでどうなんだ? ルドルフの紹介をきっかけに入ったあいつは」
この男もどうやらライスのことを気にしているらしい。過程はどうであれ彼もライスの知り合いだ、特に隠す必要もないので機密情報にはきっちり線を引きつつ軽く明かす。
「結構フィットしている様よ。ウチはこれでもクセ者揃いだし、特にオペラオーには面食らうかと思ったけれど、普段通りに接しているようだし」
そいつは良かったな、とどうせ自分が奢らされるのだろう酒を呷る男の振る舞いが腹に据えかねた東条はチクっと煽ることにした。
「ルドルフたちに差を見せつけられても折れないし、才能ならそっちのマックイーンと遜色ないと思うわよ? 残念ね、セクハラひとつでツケも逸材も手放すなんて」
「そこまで言うか……あ、マスター同じのをもう一つ頼む」
してやったり、と一時は男の唸りに溜飲を下げた東条だったものの、すぐさまおかわりを注文した彼へ思わず額を押さえた。
ため息とともに体勢をリセットした彼女は、カクテルを一口含むとポロっと言葉をこぼす。
「……折れない、というには落ち着きすぎな気もするけど」
東条の脳裏には、あのプランを提示したときのライスの顔がよぎる。
三冠という誰もが憧れる称号を、遠回しに不可能と断じたというのにも関わらず、彼女はすんなりと受け入れた。
生徒会庶務としてルドルフらと働く身だ、思い至れぬほどの凡愚というワケではあるまい。実際食って掛かられるともよし、と吹っ掛けたところはあったものの、一切構わずそれどころか三冠を不要と断じまでした。
「……そりゃスピカに行ったら何をすればいいか分からない、なんてこぼすでしょうね」
「何だそれ、嫌味かぁ? オイ」
少し前にスピカを選ばなかった理由を訊いたときのライスの回答をまんま反復しつつ、残りのカクテルを呷る。
こちらの言うがままにひたすら従順な教え子の表情を思い浮かべながら、東条はいよいよマスターへチェックを申し出ることにした。
「ま、向こう2年はマックイーンも止まんねえだろうし、アイツがここまで上がってこれるなら──」
相手になってやる、と宣戦布告を行おうとしたスピカTは、同僚の行動に気づき慌てて立ち上がった。
「おいおい、おハナさん! こーゆーときの俺は持ち合わせ無えの知ってるだろ!?」
「そっちの都合でしょ? たまには皿でも洗いなさい」
しかしタダ酒が許されるはずもなく拒否され、がっくりと男は肩を落とす。たまには、と言うが東条がご無沙汰だった最近はずっと皿洗いで酒を恵んでもらう日々が続いていたからだ。
当然知ったことではない彼女はその様を尻目に一人分の支払いを行い、颯爽とバーを去った。
(気にしても仕方ない所は気にしない、そのスタンスで接するしかないわね)
飲み明かす前より数段クリアになった思考は、既に教え子たちに向けられていた。
読んでくださる皆様に格別の感謝を。そしてよいお年を。