わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
七躬治癒々:オリジン
わたしが暗闇の中に居るのだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。だって目を開いているのに何も見えないから。
でも、よーく目を凝らせばうっすらと何かが見えたような気がする。それが何なのかは分からないけれど。
何でわたしがこんな真っ暗闇の中に居るのかも、全く分からない。そもそも、わたしが何者なのかさえ分かってない。こんな暗い場所……? それとも部屋……? に居る理由も、どういう経緯でここに来たのかも、分からない。何も、何も。自分の事は、個性の事だけは分かるけど。
「くさい……し、だるい……」
今分かっている事はいつつ。ここが光も無いどこかってこと。鼻の奥を突いてくる酷い臭いがすること。体が酷くだるくて、吐きそうなぐらい気持ち悪いってこと。何か不安定な、でこぼこした物の上に座っているってこと。そして、わたしの個性。
……水。水が飲みたい。口の中どころか、喉の奥までカラカラになってる。死にそうなぐらい喉が渇いてる。なのに、手足が少しも動いてくれない。指先ひとつ動かそうとするだけで、息が止まりそうなぐらい胸が苦しい。
こんな状態じゃ、ここから脱出することも、ここが何なのか調べることも出来そうにない。
あぁ、わたしは死ぬのかもしれない。誰にも見付からないまま、どことも分からない場所で死んでしまうのかも。
でも、何でだろう。死にそうなのに、酷く安心しているわたしが居る。死にかけて、頭がおかしくなったのかな。多分そうだと思う。だって、自分の事も何一つ思い出せないんだから。
もう、目を開けてることも辛い。息をしているのも苦しい。なら、もう、このまま ーーーー。
「ーーーイト! ここにーーー! ーーーー!!」
どこからか、誰かの声が聞こえた。これは、幻聴? それとも誰かが来た? まぁでも、わたしはもう……。
目を閉じる。息を止めると、息苦しさが無くなった。うん、本当に死ぬんだわたし。
「
誰の声? もう何も考えたくないのに、その声だけはハッキリと頭の中に響いてくる。
「
爆音と、突風。そして、目蓋すら突き抜けてくる真っ白な光。目を閉じてることすら嫌になるくらい、眩しい光。
それを感じた時、わたしはどうしてか目を開けていた。
「ーーーー もう大丈夫」
何が?
「何故って!?」
うん……?
「私が来た!!」
ーーーー そっか。わたし、助かるんだ。誰とも知らない大きな人に、助けられる。でも、あぁ、うん。何で、だろう……?
ちっとも嬉しくないって、思ってる。
だけど、それでも。生きているのなら、ワン・フォー・オールの役に立て。頭の中で、誰かがそう言った。……気が、した。
ーわたしのヒーローアカデミアー
「塚内くん。あの少女の容態は?」
まだ桜が咲いて間もない春。静岡県の某市にて。窓から富士山がよく見える総合病院の廊下を歩く、
今より一ヶ月前、彼は警察と協力し、富士山の中腹に違法に建てられた謎の研究施設に乗り込んだ。そこは世間を騒がせている違法薬物を製造・流通させている総本山だと断定されたからだ。
ヴィランに薬を流し、ヴィランの活動を活性化させようとしている謎の研究施設。それは警察としてもヒーローとしても見逃せる問題ではない。だから乗り込んだ。綿密な作戦を立て、十分過ぎる下調べを行い、ヒーロー・警察が息を合わせて突入した。結果、その施設にて多くの研究者を捕まえることが出来た。薬の流通を止めることも出来た。しかし、話はそれだけでは済まなかった。そんな簡単な問題ではなかったのだ。
研究施設内には、巧妙に、そして頑丈に隠された部屋があった。そこをぶち破って中に立ち入ったまでは良い。だがオールマイト、そして同行していた塚内が隠し部屋で見たものは、まさにこの世の地獄と言って良いものだった。
ちょっとした体育館程はある灯りもない大きな部屋に、山程の子供の死体があった。後に死後六時間は経過していたことと、犠牲者の数が72人と判明。研究施設内の資料や捕らえた研究員の証言から、個性研究の為に子供達に殺し合いをさせていたと分かった。誰が何の為にそのような真似をしたのかは分かっていない。研究員はしたっぱで、最低限の情報しか与えられていなかった。黒幕とおぼしき人物が捜査に浮かび上がってきたが、どこの誰なのかも分からない。黒幕が居るであろうと言う可能性が出て来ただけだ。
そして、生き残りはたったの一人。
「……容態は安定してるそうだ。けど、詳しい話を聞ける状態じゃない。残念ながらね」
「と、言うと?」
「重度の記憶喪失。下手をすると、二度と記憶が戻らないと先生は言っていたよ」
「……そうか。あんな事があったんだ。忘れてしまった方が少女の為……なのかもな」
「それから、他人に対して心を閉ざしているようだ。それでも分かってることはひとつだけある」
「それは?」
「君に固執している。彼の役に立ちたい、彼の側に居なきゃ駄目、彼に会いたいと、ずっと繰り返している」
「……何故、私に?」
救け出せたは良いものの、記憶を失っている少女。そんな子がオールマイトに固執していると言うのだから、彼が不思議に思うのも仕方がない。No.1ヒーローと言うこともあり自身が人気者であることは重々承知しているが、それでもやはり首を傾げてしまう。ただ、求められているのなら助けに行くのがヒーローだ。自分の存在が少女の手助けになると言うのなら、彼は動く。
「……ともかく、会ってくれるか? もしかしたら何か進展するかもしれない」
話もそこそこに、オールマイトは塚内と並んで病院の廊下を歩く。目的地は、助けた少女が療養中の病室だ。トゥルーフォームでなかったら、入院中のファンに囲まれてゲリラ的なサイン会が始まっていただろう。まさかすれ違った骸骨男がNo.1ヒーローだなんて、誰も思いはしない。
移動すること五分足らず。二人は個室の病室に辿り着く。保護した少女は記憶を失くしていたとしても今回の事件の重要参考人。セキュリティの都合上、他の入院患者とは断絶されている。
「失礼するよ。調子はどうだい?」
三度のノックをした後で、塚内は病室の扉を開く。同時に、オールマイトは体を大きく膨らませた。マッスルフォームである。
「……だ、れ?」
随分とのんびりした声が、塚内とオールマイトの耳に届く。広い病室のベッドの上には、長過ぎる白髪で顔面の殆どが隠れてしまっている少女が居る。彼女こそが唯一の生存者。凄惨な事件の黒幕に辿り着く為に必要になるであろう、重要参考人。
長過ぎる前髪の隙間から覗くのは、不気味に光る黄金色の瞳。体つきは細く、それでいてしなやかな印象。背丈は、あまり大きくはない。目覚めているとはいえ、まだ体が本調子では無いのだろう。目は虚ろで、焦点が合っていない。酷くボーッとしていると言っても良い。
「また来たよ。今日は君が会いたがってる人を連れてきたんだ」
「……?」
塚内の言葉に、少女は首を傾げる。どうやらまだ、彼の後ろにいる人物に気付いていないらしい。どうやら長過ぎる前髪で、あまり前が見えていないようだ。
「私が、お見舞いに来た!」
無駄にキレッキレで、尚且つ重厚な動きで、オールマイトが少女の前に立つ。彼女からすれば、ようやく会いたい人に会えた訳だ。なのにどうしてか瞬きを繰り返すだけで、特に反応を見せない。喜ぶわけでもなく、驚くわけでもない。まさかの無反応に冷や汗を浮かべるNo.1ヒーロー。別にスベッている訳でもないのだが、無視でもされているんじゃないかと不安になる程の無反応っぷりを少女は見せ付けている。
「ええっと……知ってるとは思うけど、彼がオールマイトだ。ほら、会いたかったんだろう?」
「……ほん、もの?」
「本物だとも。私の偽者なんていやしないさ」
「……嘘は、よくない……よ?」
どうしてか、少女は目の前のオールマイトを偽者なのでは無いかと疑っているようだ。今この病室にいる彼は、紛れもない本物だと言うのに。
「Oh……。そんなに疑われると流石の私も傷付いてしまうぞ」
「……オールマイトにしては痩せてる、のに? 映像の中、じゃ……もっと太って、た」
「HAHAHA! 最近少しダイエットをしてね。余分な脂肪を燃焼したのさ!」
「……なら、聞く……けど」
「何かなお嬢さん。おっと、電話番号には答えられないぞ」
「あなた、は、まだ、ワン・フォー・オール……を、持って、る……? それとも、譲渡……した?」
一瞬にして、空気が固まった。オールマイトも塚内も、まさかその名が少女の口から出てくるとは思わなかったからだ。そして、有り得ない事態が起こっている。OFAの存在は、極少数だけが知っている秘密の存在だ。オールマイト自身、この事については信頼出来る少数の人間にしか教えていない。
自身が助け出した少女が、秘匿しなければならない個性について知っている。それは事情聴取をしに来た二人を驚かせるのには十分だった。
「……お嬢さん、その名をどこで?」
「わかん、ない。でも、誰かが、ワン・フォー・オールの役に立てって、ずっと……言ってる」
「その誰か、とは?」
「頭の中の、誰か。ここで起きてから、ずっと……囁い、て……」
記憶喪失の少女が口走ることに、妙な事が含まれている。頭の中で誰かが語り掛けてくるなんてことは、通常ではあり得ない。夢の中ならばまだしも、彼女はこうして起きているのだ。ならば人に個性という超常が宿るのが当たり前この時代、考えられることは幾つかある。
例えば、テレパシーと呼ばれる個性によって何者かが彼女に話し掛けていると言う可能性。
例えば、催眠と呼ばれる個性によって潜在意識に何かを埋め込まれたと言う可能性。
例えば、精神操作と呼ばれる個性によって思考や記憶すらも操られていると言う可能性。
……可能性を模索すれば、もっともっと様々な可能性が浮かんでくるだろう。だがそれでも、わざわざOFAについての情報、或いは記憶を死にかけていた少女に埋め込む必要が有るようには思えない。
あらゆる可能性を脳裏で巡らせながら、塚内もオールマイトもベッドの上の少女を見詰める。大の大人、それも警官とヒーローに視線を注がれた彼女は目蓋を閉じ、船を漕ぎ始めた。容態が安定しているとは言え、まだ長時間起きていることは出来ないようだ。
「……ね、る……」
そう言って、少女は起こしていた上体を後ろに倒した。仰向けに寝転ぶなり、静かな寝息を立て始める。次に起きるのはいつになるのか。少なくとも今日は、もう話を聞くことは出来ないだろう。
「塚内くん、この子は……」
「……様子を見よう。それから、今日までこの子に接触した者を探った方が良いかもしれない」
「迅速に、かつ内密に頼みたい」
「分かってる」
OFAについて知っている者は、そう多くない。ならばいったい、どこの誰がこの少女にオールマイトが保有している個性について教えたのか。何の目的を持って、この情報を渡したのか。何にせよ、今はただ探るしかない。この少女について、この少女の背後に居る黒幕について。
未だ健在とされている平和の象徴。その秘密が世に知れ渡ることは、許されないのだから。
■
「私が、君の名前を決めに来た!」
「えぇ……?」
白髪少女の容態が安定し、オールマイトが面会に来るようになってから早くも七日が経過した。日本中を飛び回るNo.1ヒーローは、日々の活動の合間を縫って彼女に会いに来る。理由は単純、未だ入院中のこの少女は富士山中腹事件、通称「富士中事件」の重要参考人であり、OFAについて詳しく知っている。何よりオールマイト以外の人間に対しては閉口を貫く。塚内とは世間話程度しか口を開かない。
故に、彼女の背景に居る者について塚内もオールマイト自身も内密な調査を広げてきたが、結果は乏しい。判明したことは、警察が押収した研究資料に記載されていた彼女自身の詳細なプロフィールと個性のみ。人間関係であったり、背後の黒幕については依然として判明していない。
それはそうと、少女の居る病室はかなり様変わりした。広い個室の病室に入ると、まず目につくのが数々のオールマイトグッズである。フィギュアにポスター、BDやDVD。更にはオールマイトの顔面を模した大きなクッションだったり、オールマイトをイメージし製造された奇抜な色のシャツだったり。……とにかく、部屋中がオールマイトによって埋め尽くされていると言っても過言ではない。キチンと起きていられるようになってからというもの、彼女はやたらとオールマイトについて知りたがる。その過程でグッズを欲しがったとのだから、ご機嫌取りも兼ねてオールマイト自身があれやこれやと自分のグッズを持ってきたのは多分間違いだったのだろう。
謎多き少女は、今では立派なオールマイトオタクになってしまった。
「いつまでも少女と呼ぶのは不便だと思ってね。そこで私が色々と考えてきたのさ!」
「……んー……」
「あれ、どうでも良い感じ……?」
「どうでも良い……」
どうでも良いらしい。自身の名前について、まるで興味を持たない少女である。ただ、当人の意思がどうであれ名前は大事だ。警察に保護された以上、病院に入院している以上、名前が無いことは不便極まりない。医者はカルテを取るのに困るだろう。警察は事情聴取の際に困るだろう。なので、取り敢えずの呼称は絶対に必要だ。
そんな訳で、オールマイトはノートであったり名前辞典を持ってきた訳だ。画風の違う男には、まるで似合わないアイテムである。
「こっちのノートは私が考えてみた名前、こっちの辞典は念の為に持ってきたんだけど……どうかな?」
「……んー……」
白髪少女は手渡されたノートをパラパラと捲っていくが、黄金色の瞳はまるで内容を見ていない。誰だって興味のない事柄を急に決めろと言われても、気乗りすることは無いのだ。まして自分の名前に執着を持たない子からすれば、名前など漢字の羅列程度にしか思えないだろう。
「ど、どうかな……?」
少女の反応が乏しいことに、ちょっと冷や汗をかき始めるNo.1ヒーロー。膝の上でノートを広げていた少女はやがて顔を上げる。そして、あれやこれやと書いてある名前候補に指を指し始めた。
「じゃあ……、これとこれとこれと、これとこれ」
「what……?」
「だから、これとこれとこれと、これとこれ」
自らの名前に興味を持てない少女が指差したのは、ノートに書かれた五つの漢字。五通りの名前から、それぞれ一文字ずつを彼女は選んだ。
一つは、七。
一つは、躬。
一つは、治。
一つは、癒。
一つは、々。
全て繋げると『七躬治 癒々』という名前になる。一応、女の子の名前らしくはなっているものの、いい加減に選んだ感はやはり拭えない。結局オールマイトが考えたものは殆どが無駄になってしまった訳なのだが、全て駄目だったという訳でもない。
「
「良い、よ。それ……で」
「そ、そうか。ではこれから、少女のことは七躬治少女と呼ぼう」
「……んー……」
取り敢えず、少女の名前は七躬治癒々で決定したようだ。しかしこれが良いと言った当人は依然として名前に興味が無いようで、試しにオールマイトが呼んでみても反応が薄い。
「ところ、……で」
「何かな?」
「どうし、……たら、あなたの……役に立て、る……?」
「……その気持ちだけで十分さ。くれぐれも、私の個性については喋らないでくれよ」
「……役に、立ち……たい。立たな、きゃ……。
じゃなきゃ、わたしは……何の、為に……」
「……」
オールマイト。平和の象徴、No.1ヒーロー。癒々は彼の役に立ちたいと言い続ける。それはもはや執着と言っても良いだろう。OFAの役に立つことこそが、自らの使命なのだと言い出しかねない程の、強い強い執着心。何がそこまでこの少女を追い立てるのか。
死にかけ、記憶を失い、空っぽになってしまった癒々の中に唯一残った物は、果たして正しいものなのか。それとも、間違ったものなのか。
……どちらであるかは、まだ判別はつきそうにない。あの事件から時間が過ぎ去り始めているが、まだ癒々の心は全然救われちゃいない。
ヒーローとは、体だけではなく心をも救う存在だ。ならば、オールマイトがこれからする事はハッキリと決まっている。
「……君の個性については塚内君から聞いたよ。だけどその力を、ワン・フォー・オールの為だけに使う必要は無い」
「……違、う。わたしの個性は、ワン・フォー・オールの為だけに……」
「それは違う。私は君を、役立つ道具にするつもりはないよ」
「じゃあ、わたしは……わたし、は……、どうして、生きてる……の?」
「……君の個性は、きっと多くの人を救けることが出来る。多くの人を幸せに出来る。そんな素晴らしい力を、戦う為だけに使うのは間違いだ。七躬治少女が生きている理由は、きっとその為だ」
彼の言うことは、正しいものだ。癒々は人間で、道具じゃない。事件の被害者であり、保護される立場にある。そんな子供を、平和の象徴と言われる男が使うことなど出来やしないのだ。ヒーローで在るならば、救け出した女の子を戦わせるなんて真似は絶対にしない。ましてや隠しておかなければならない力の為に利用するなど、有り得ない。
だから、オールマイトは彼女の言葉を否定する。そこに悪意など無い。有るのは善意だけ。ただ弱っている少女が少しでも元気に、前向きに慣れるように優しく語りかけていく。
ーーーー 私は血生臭い道を歩いてきた。これからもそうなるだろう。だけどその道を、君が追い掛ける必要は無いんだよ。
そう言って、No.1ヒーローは癒々を嗜める。被害者である少女がOFAに囚われているのなら、救けられるのはOFAを持つ彼だけだ。
俯き、唇を噛む少女の頭を優しく叩いて彼は笑う。彼女の心が、少しでも早く癒されるように。救われるようにと、願いながら。
「七躬治少女の個性は、誰かを救ける為にあるんだ。何の為に生きているか分からないと言うなら、その力を私ではなく、多くの人に使ってあげて欲しい。今苦しんでいる人達や、これから傷付く人達の為に」
「……分かっ、……た。そう、す…る……」
この時、オールマイトは癒々の言葉を疑わなかった。呑み込めてはいなくても、ひとまずは納得して貰えたのだと思った。だが癒々は、唯一執着を見せていた彼にすら、今だけは心を閉ざした。
七躬治癒々の閉じた心が叫ぶのは、たった一つだけ。誰に何と言われようが、それは決して揺るがない。例えOFAの所有者に、拒絶されようとも。
OFAの役に立つ。
それだけが、彼女が生きる理由。
それだけが、彼女の心に残った消えないもの。
それだけが、彼女のこれからを決定していく。
トガちゃんが出るのは次回からです。