わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「私がーーっ! 七躬治少女があまりに電話に出ないのでーーっっ! 直接来た!!」
午前中をぐうたらと過ごした癒々と被身子は、午後になると折角だから初詣に行こうということになり、着替えを済ませて家を出た。どちらもブラウスにカーディガン、そしてミニスカートにAラインのカァイイダッフルコートを着て、学制服っぽいコーデをしている。癒々は白ストッキング、被身子は黒ストッキングだ。お揃いの格好をしている。
そんな二人の前に、勢い良く飛び出てきたのはまさかのオールマイト。何故か黄色い紋付き袴を着ているのは、今世間がお正月休みだからだろうか。何にせよ、被身子からすれば面白い話ではない。むしろ最悪な気分だ。本当にいい加減にして欲しい。また大人の都合で癒々との時間を邪魔されるのは、我慢ならない。一方癒々は、相変わらずの無表情っぷりだ。急に目の前に筋骨隆々のヒーローが現れても、眉ひとつ動かさないでいる。
「明けましておめでとう! 二人は良い年を過ごせたかな!? あ、これお年玉ね!」
テンションが高いことが平常運転なのか、それとも正月で浮かれ気分なのか。どちらにせよ今日のオールマイトは普段より喧しい感じがある。マンション前ではしゃいでるものだから、道行く通行人が怪訝な顔をしている。が、喧騒の原因がNo.1ヒーローであることを知ると直ぐにスマホを構えたり、オールマイトの姿を見れたことに感激して騒ぎ出す。正月で人通りが少ないから良かったものの、今日がもし何の変哲もない普通の日だったら人集りが出来ていてもおかしくない。
「あけまし……? おめで、とう……? 落とし……、何……?」
「癒々ちゃん、それは新年の挨拶です」
「あぁ……。そうだっけ……」
明けましておめでとうが何の挨拶であるのか、お年玉が何であるのか、どちらもあんまり理解していない癒々である。公安からの教育を既に半年以上は受けている彼女だが、どうにも常識と言うものが身に付いて居ない節がある。そんなだから、公安は癒々を学校に入れたかったのだろう。もっとも、今朝の
「……明けましておめでとうございます。何の用ですか?」
取り敢えず新年の挨拶はしておく被身子だが、表情から不満が抜けない。これから癒々と二人でお出掛けなのに、何故かオールマイトが現れたものだからつい機嫌を悪くしてしまう。目の前に出されたお年玉には手を出さない。ヒーローから貰っても嬉しくないからだ。そもそもお金なんて、子供二人では使い切れない金額を彼女達は公安から貰っている。
今のところ、どうしてオールマイトがやって来たかは分からない。電話に出ないから直接来たと言っていたが、それだけ緊急の用件があると言うことだろうか。だとすると被身子は面白くない。場合によってはお出掛けが無かったことになってしまうからだ。
「それなんだが渡我少女。ちょっと七躬治少女をお借りしても良いかな……?」
「嫌です。今日はやめてください」
人差し指と人差し指でバッテンを作り、被身子はオールマイトのお願いを拒絶する。これから癒々と楽しいお出掛けを満喫する予定なのに、何だって出掛けた瞬間に邪魔されなければならないのか。話すら聞きたいとは思えない。No.1ヒーローとて、今の被身子からすればただのお邪魔虫だ。
しかし本当に残念な事に、まだオールマイトは退いてくれそうにない。よっぽど大事な用が癒々にあるのだろう。だとすると本当に面白くない。彼の頼みなら、癒々は被身子を放り出してでも動いてしまうから。それが分かっているから、どうしようもなく不満だ。
「何の用?」
「単刀直入に言うと、君の力を貸して欲しい」
「……ん。分かっ、むぐ……むぐむぐ」
「絶対駄目ですっ。癒々ちゃんはこれから私と出掛けるんですから!」
不満で不満で仕方無いから、被身子は強行策に出た。オールマイトの頼みを聞き入れようとした癒々の口を、両手で塞いだのだ。喋ることを邪魔されてしまった癒々はもごもごと口を動かすが、言葉を発することは出来ない。絶対に邪魔されたくないと言う強い意思を持って、被身子はオールマイトをはね除けようとしている。こうなってしまったら、取り付く島もないだろう。
「ぷはっ。ごめんオールマイト。今日は被身子優先だから」
「ん、いや、それは済まなかった。でもその、電話には出てくれるとオジサン嬉しい……」
「分かった。じゃあ後でね、オジサン」
何よりオールマイトの、OFAの役に立ちたい癒々が今は被身子を優先した。それ事態は入院していた頃の彼女を知っている彼には喜ばしいことで、どんな大切な用事があったとしてもここで癒々の手を取るなんて真似は出来ない。結局癒々への用事を済ますことは出来なかったのだが、それでもNo.1ヒーローは大人しく引き下がってくれた。
これでやっと被身子は癒々との時間を満喫出来る。もうこれ以上は何の邪魔も入らないことを願いながら、彼女は癒々の手を取って歩き始めた。
■
家を出て、電車に揺られて一時間程。初詣に行くことを決めた彼女達は、海岸沿いにある大きな神社に向かっている。どうせ人混みに紛れるなら、都会の街並みよりも景色が良いところにしようと二人は決めた。何より、癒々が海を見てみたいと言ったのが大きい。記憶喪失の彼女にとって、見たことの無いものを見て回るのは楽しいことだからだ。小さな彼女は無表情ばかりだけれど、それでも感情が無い訳じゃない。表情に出さないから非常に分かりにくいが、楽しいければ喜ぶし嫌なことがあればちゃんと怒る。それを被身子は知っているから、初めてと言える初詣をどうせなら楽しいものにしてあげたかった。
だと言うのに。何だってこう、今日は色々とタイミングが悪いのかと被身子は顔をしかめる。
電車を乗り継ぎ駅を降り、海岸に向かった二人が目にしたのは何故かゴミだらけの砂浜。これは被身子にこの辺りの土地勘が無いが故に起きてしまった悲劇だ。風景としては最低だが、癒々はゴミ砂浜の向こうに見える海に喜んでいるようなので、被身子の目的は最低限果たすことが出来た。と、思いたい。そんなこんなでお目当ての神社まで海岸沿いを歩き始めた彼女達を待っていたのは、残念ながら綺麗な景色でも人混みの神社でもない。まさかのヴィランだった。
午前中は公安、午後はヒーロー。出掛け先では小悪党。ここまで立て続けに邪魔をされると、どうして世の中は癒々との時間を邪魔するのか小一時間ぐらい誰かに聞きたくなってしまう。
「大人だってお年玉を貰いたいんだよ!! 分かるか子供心を忘れた大人どもぉお!!!」
ヴィランの主張が響き渡る。
彼の主張はまったく分からない。分かりたくない。分かったら人としてお終いな気がする。
最近綺麗になり始めたと噂されているゴミ海岸を横目に、仲良く手を繋いで歩いていた癒々と被身子を待っていたのは、お札や小銭を巻き上がらせている細身のヴィランである。
彼は不健康としか思えない青白い肌に、骨が浮き出た上半身。季節は冬なのに札束で作られたオムツを穿いていてまさに訳の分からない格好だ。そんな小悪党にお年玉を文字通り宙に巻き上げられた子供が泣いているし、警察は避難誘導をしているし、何よりヒーローの到着が遅れている。お陰で道は通行止め。これ以上は進むなと警察に言われても、もうなんか素直に従いたくない被身子である。
「……役に立たないですね、ヒーロー」
「んー」
神社への道は通行止めになっている。さっさと誰とも知らぬヒーローが事態の収拾にやって来てくれると良いのだが、そんな気配は微塵もない。本当に今日は何一つ思い通りにならない最悪の日だ。被身子の機嫌は際限無く悪くなっていく一方で、このままだと楽しいお出掛けが台無しになってしまう。
そんな拗ね顔になった被身子を見た癒々が、繋いでいた手を離した。そのまま真っ直ぐ歩き出し、制止に入った警察官の手をひらりと避けて、騒動を起こしているヴィランに向かって近付いていく。
「えっ!? ちょ……っ、癒々ちゃん!?」
「こら! 危ないから下がりなさいっ!」
癒々の突然の行動に、被身子は拗ねている場合では無くなった。慌てて癒々の後を追おうとするが、警察に肩を掴まれて追い掛けるどころではない。その間も、白い髪を冷たい潮風に靡かせながら癒々は先へ先へと進んでいく。黄金色の瞳が見据えているのは、現金の竜巻の中心部にいる半裸のヴィラン。悪党の周囲を猛烈に回転している現金は、触れるもの全てを弾き飛ばす壁となっている。現に近付こうとしていた警官数名が、鈍い音と共に容赦なく吹き飛んだ。
事を見に来た野次馬達が、一斉に悲鳴を上げる。被身子も息を飲んだ。
「よ……っと」
吹き荒れる現金の竜巻に、癒々は臆することなく踏み込んでいく。右から猛烈な勢いで飛来するお札や小銭を身を屈めることで避けたり、右腕を盾代わりにすることで直撃を免れる。既に個性により活性化した彼女の目からすれば、この程度の所業は造作も無いことなのだろう。
周囲の警察が苦戦している中で、癒々は呆気なく竜巻の中心部に入って見せた。
「誰だか知らないけど、今日は被身子優先だからそこ退いて」
「はぁあ!? なら嬢ちゃんがお年玉くれよっっ!!? 大人だってなぁ! お年玉貰いたいんだよ、分かるっっ!!? この気持ち分かる!?!」
ヴィランの目は血走っている。怒っているのか笑っているのか分からない顔で、訳の分からない事をひたすらに叫び倒す。会話の余地はまるで無い。次の瞬間に癒々に対し暴行を働いてもおかしくないだろう。
狂気的な素振りを見せ続ける悪人を前にしても、癒々の表情が変わることはない。それどころか、会話の最中も平然と足を動かしてヴィランとの距離を縮めていく。
一歩。二歩。三歩。
やがて癒々は、
「どーでも良い。今から退かすから」
「退かねぇけど!? 子供に何が出来」
るんだ。と、ヴィランが続けることは出来なかった。痩せた男の視界は一瞬にして空を見上げ、彼は自分の体が何故か浮いたことを理解する。そして次の瞬間、小悪党は背中から地面に激突し全身が痺れた。肺の中の空気が全部出て行き、なのに息を吸い込むことがまったく出来ない。
急な呼吸困難に陥ったことから個性のコントロールがままならなくなったのだろう。現金の竜巻は最初から無かったかのように消えてしまい、宙に浮いていた紙幣や小銭が雨のように落ち始める。
……癒々がヴィランに対し行ったことは、言葉にすれば簡単だ。
彼女は痩せ男の手を取り、引き込むようにして肩に担ぎ、投げ飛ばす。そう、いわゆる背負い投げをやって見せたのだ。結果、彼の体は綺麗な弧を描いて背中から地面に落下。そして激突。つまり癒々は今、平然と大人を投げた。個性により全身が活性化しているなら、対格差や体重差があっても人を投げ飛ばすのは難しい芸当ではない。だからと言って、ヴィランに真正面から接近し投げ飛ばそうとするのは如何なものか。自らの安全などこれっぽっちも考えていない行動だ。
「げほっ、こ、の、ガキっっ!」
硬いアスファルトの上に叩き付けられてしまったヴィランは動くことがままならないようだが、それでも悪態を吐く気力ぐらいは残っているようだ。負け惜しみに近いような台詞を吐き出した痩せ男に対し、癒々が次に取った行動は親指で中指をグッと押さえること。そして次の瞬間、バチン! と大きな音が鳴った。まさかのデコピンである。ただしその一撃は凄まじく、一点に集中された衝撃が男の脳を揺さぶった。彼女が狙ったのは、男の額。それでもなお、ヴィランは脳震盪を起こしピクリともしなくなってしまった。
「確保ーー!!」
これ幸いと周囲に居た警察が、一斉にヴィランに対し飛び掛かる。と、同時に癒々はその場から一歩下がった。
次々と押し寄せる警官の波。その隙間をすいすいと掻い潜り、たった今ヴィラン退治をやってのけた彼女は真っ直ぐ被身子の元へと戻ろうとする。癒々としてはこのまま被身子との時間を過ごすつもりなのだろう。しかし、そうは問屋が卸さない。
「君っ! 危ないじゃないか! こういう場合はヒーローや警察に任せてくれないと!」
被身子の元に戻るなり、彼女の側に立っていた警官が声を荒げる。彼が説教を始めようとしているのは、何もおかしなことじゃない。今回の場合、癒々の行動は正しくなかった。勝手に現場に入り込み、勝手にヴィランを気絶させて、勝手に立ち去ろうする。警察からしたら見過ごせない行動のオンパレードだ。大人としては褒めてあげたい気持ちなのかもしれないが、警察である以上はやはりお説教をしなければならない。だから彼は何とも言えない表情をしている。当然、癒々は警官の話などまるで聞いていないのだが。
「行こ」
お説教は全て無視して、癒々は被身子の手を引いて歩き出そうとする。
「ぇ、う、うん。でも癒々ちゃん、こういう危ない真似は止めて欲しいのです」
「平気。怪我はしてないし」
「そうだけど。でも、そうじゃなくて。あんまり、心配させないで」
「ん。気を付ける」
後日SNSにて「ゴミ海岸付近で可愛い女子小学生が颯爽と現れてヴィラン瞬殺」なんて書き込みがそこそこ大きな話題となるのだが、それはまた別の話。
そんなこんなで。癒々と被身子は人集りを抜けてお目当ての神社までやって来た。そこは海岸沿いの高い小山の上にあり、やたら急な階段と少し古ぼけた鳥居が特徴的だったりする。参拝客がそこそこ多いのには理由があって、それは神社から見える大海原が綺麗なものだからだ。すぐ近くにゴミ海岸があることだけが問題なのだが、それも近い内に改善されるかもしれない。何せここ最近、海岸のゴミが不思議と減っている。誰かが人知れずゴミ掃除を頑張っているのだろう。そうじゃなかったら、ただの怪奇現象だ。
今朝から二人きりの時間を邪魔されてばかりの被身子だったが、今は機嫌が良い。転落防止の柵を掴み、ジーっと海を眺めている癒々を後ろから抱き締めて離さない。
癒々は綺麗な景色を前にしても表情を変えないが、それでも楽しんでくれているのは事実だ。その証拠に、海を眺め初めてから既に三十分は経過している。二人の間にこれと言った会話は無いけれど、被身子はこの静かな時間がとても大切に思える。今日は朝から色々と騒がしかったわけだし、案外心が平穏を求めていたのかもしれない。
「ねぇ、被身子」
「なーに癒々ちゃん」
三十分ぶりに、癒々が口を開いた。沈黙の時間が無くなってしまったことを少し心惜しく思いつつ、でもやっぱりお喋りもしたいなと被身子は思う。今なら何を話しても、きっと楽しい。そんな予感を感じながら被身子も口を開いたのだが、それでもやはり次に耳に入った癒々の言葉は信じられなかった。
「……そこの鳥居にオールマイトが居る」
「は?」
彼女は思わず、肩越しに後ろを見た。すると確かに、オールマイトが鳥居の陰から顔だけを出していた。大の大男が出来る限り体を小さくしてこちらの様子を窺っている姿は、正直言ってホラーである。ストーカー紛いの事をして居るNo.1ヒーローは、被身子と目が合うなり鳥居の陰に顔を隠す。それでも二本の触角が飛び出ていることに当人は気付いているのだろうか。
彼の名誉の為に言っておくと、別に二人を尾行していたわけじゃない。たまたま彼の出掛け先に癒々と被身子がやって来て、たまたま見掛けてしまったから話し掛けようと思ったのだが、今朝の癒々の言葉や被身子の態度を思い返してそれは踏み留まった。でもやはりどうしても話したいことがあるようで、機会を窺っていたわけだ。
「オールマイト、何やってるんですか……?」
「シーーっ! ちょっと、静かに……っっ! 今、話し掛けるタイミングを見計らって……!」
隠れるつもりがあるのか、無いのか。鳥居の陰で誰かとこそこそ話しているオールマイトである。幸いにも彼等の話し声は被身子の耳には届いていないが、癒々には全部聞こえている。
「癒々ちゃん。近くで海を見てみない?」
「ん。見たい」
「じゃあ行こ。変な人に話し掛けられる前にっ!」
まだ鳥居の陰に隠れているつもりのNo.1ヒーローに大きめの声で牽制しつつ、被身子は癒々の手を引いて神社を後にする。絶対に二人の時間を邪魔されたくない被身子からすれば、もうオールマイトは敵みたいなもの。だから譲歩するつもりは一切無い。
こうなったら、とことん無視しようと被身子は決めた。癒々はと言うと、すっかり徹底抗戦の構えを取ってしまった被身子を見ても特に何もしない。ただただ、今日は被身子優先なのである。
間に合ったので更新しました。
流石に明日は更新出来ないかもしれません。