わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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緑谷出久と七躬治癒々 Ⅰ

 

 

 

 

 

 No.1ヒーロー、平和の象徴、ナチュラルボーンヒーロー。オールマイトの呼び名は色々とある。そんな彼は昨年四月頃、七躬治癒々を救出した後で己の後継に相応しい少年を見付けた。その少年はこの時代では珍しい『無個性』で、だけど危機を前に誰よりもヒーローとして動き、だからこそオールマイトの心を突き動かした。

 その少年の名は、緑谷出久。現在オールマイトの個性を受け継ぐべく、オールマイトのようなヒーローになるために、オールマイト監修の元で肉体改造と奉仕活動の真っ最中。彼は来月までに肉体を鍛え上げなければならない。そうしないと雄英高校の受験に間に合わない。なのに。

 

 出久は、怪我をしてしまった。

 

 今朝もゴミ海岸を綺麗にするために早い時間から頑張っていたのだが、重い物を持ち上げた際にバランスを崩し左足首を思いっきり捻ってしまった。不幸中の幸いか骨は折れていない。ただ、一人で立つことがままならない程度に足首を痛めてしまった。慌てて病院に担ぎ込まれた彼を待っていたのは、診断した医師による一ヶ月の運動禁止宣告。

 正直言って、彼に時間は無い。OFAを継承し雄英を受験するには、一日だって無駄な時間を過ごせない。オールマイトが用意した『目指せ合格アメリカンドリームプラン』は出久の体力を考えて作られた、ぶっちゃけ滅茶苦茶キツいハードなトレーニングだ。それを完遂しなければならないのに、そう出来ない現状に陥ってしまった。

 これには平和の象徴も大慌てである。治癒の個性を持つヒーローに頼ろうと思い、急いで連絡をしたのだが、残念ながら連絡は付かなかった。そのヒーローの知り合いに連絡をしたら、どうやら現在各地の病院に赴いて仕事をしているとのこと。出久を遠くまで連れ出すことも考えたのだが、そうしている時間が惜しい。

 こうなってくると、出久の雄英受験もOFAの継承も、もはや絶望的だ。そんな時に、ふと癒々の事を思い出してしまった。

 

 癒々の個性ならば、怪我など瞬く間に治せる。直ぐにでも出久はトレーニングを再開出来るだろう。だけどその為には癒々の協力が必要不可欠であり、それはオールマイトにとってとても困る事態でもある。

 彼は、記憶喪失の少女が唯一手離せなかったものを受け取らなかった。そうすることが彼女の為になると考えた末のことだ。今回の出久の怪我は、出久本人とオールマイトの不注意に因るもの。一度拒否しておきながら、やっぱり力を貸して欲しいとは大人としてもヒーローとしてもとても言えない。だけど、一度出久を後継者にすると決めた以上、彼は後継者を育て上げるという意思を曲げるつもりはなかった。その為だったら、多少の泥を被っても構わない。

 

「オールマイト、何やってるんですか……?」

「シーーっ! ちょっと、静かに……っっ! 今、話し掛けるタイミングを見計らって……!」

 

 海が見える丘上の神社。その鳥居の陰に隠れてどうにか癒々に話し掛けるタイミングを見計らっているNo.1ヒーロー。普段の凛々しさや格好良さはどこに消えてしまったのだろう。こうして遠巻きから少女二人を見守る(・・・)姿は明らかに不審者のそれだ。現在オールマイトの元で修行中の少年、緑谷出久が目を丸くするのも仕方が無い。

 左足に包帯がぐるぐる巻きの出久は、一応オールマイトが何をしようとしているか知っている。怪我を治せる個性を持つ少女が居るから、彼女に頼んでみようと彼は言っていた。だから昼頃に癒々を訪ねてやって来たのだ。今朝から何度も電話を鳴らしていたのには、そういう背景がある。

 いつ、どのタイミングで癒々と被身子の前に姿を現すか。彼がそんな事を考え始めてから、既に結構な時間が経っている。このままだとマジで一日中、少女二人をストーカーする羽目になるだろう。はっきり言って時間の無駄だ。

 

「あ、二人とも行っちゃいましたよ」

「……緑谷少年、ちょっと代わりに話し掛けてきてくれない……?」

「えっ、ぼ、僕が!? いやそれはちょっと流石に……。はっ、待てよ。これもヒーローになる為にはきっと必要なことで、だからオールマイトはこんな事を……! なら恥ずかしがってる場合じゃないぞ出久。うん、僕には時間が無いんだ。受験に間に合わせるにはなんだってしなきゃ……!」

 

 何か都合の良い勝手な解釈をブツブツブツブツと繰り広げ、少年は一歩階段へと踏み出す。オールマイトが話し掛けようとしていた少女達は、直ぐ側の階段を降り始めている。そんな二人を追い掛けるようにして、出久はうっかり左足から踏み出してしまった。考えることに夢中になって自分の足がどうなっているのか、すっかり頭から抜け落ちてしまったらしい。本当なら彼は、松葉杖を頼りに右足から踏み出さなければならない。なのに今、左足を動かしてしまった。

 だから、鋭い激痛が出久を襲う。彼は小さく悲鳴を上げて、自重を支えきれずにバランスを崩す。目の前にあるのは急な階段、だけではない。

 

 先を歩いている癒々と被身子が居る。

 

 マズい。と思って踏み出そうとしても、もう遅い。出久の体は宙を泳いでしまっている。この状況を改善する手段は『無個性』の彼には無い。せめて二人を巻き込まないよう祈るぐらいしかない。

 

「っ!!!」

 

 衝突すると判断したその瞬間、出久は目蓋を閉じてしまった。だから次の瞬間に癒々が取った行動は彼の目には映らない。

 こうなることを察知していたのか。それとも反射的に体が動いたのか。どちらにせよ癒々は、後ろに振り向きながら被身子を片手で真横へと突き飛ばした。それから、降ってくる出久を抱き止めようと両腕を広げる。彼女の取った行動にミスは無い。隣を歩く被身子の安全を確保しつつ、衝突してくる少年を受け止めようとする。ただそれでも、足りないものがひとつあった。

 ここが平地、或いは普通の坂道ならば何の問題も無かっただろう。しかし癒々がいる場所は、急な階段だ。登るのに一苦労するその道は、降るのだって大変なのである。つまり、人を受け止めるには十分な足場とはとても言えず。

 

「癒々ちゃんっっ!!」

 

 被身子の悲鳴が届く頃、癒々の体は出久と共に宙を舞っていた。誰とも知らない少年の体をしっかり抱き止めたまでは良かったが、そこで思ったよりもバランスを崩してしまった。癒々にもう少し体格があればこんな事にはならなかっただろう。

 体が宙に飛び出してしまった癒々は、それでも表情を変えることはない。自らの身に大きな危険が迫って尚、彼女は動じない。問題無いと、既に分かっている(・・・・・・)からだ。

 鈍い衝撃が顔面に走ると同時、ほんのり柔らかい何かが顔に当たっていると出久は感じた。不思議な事に浮遊感も落下感も消えている。恐る恐ると言った様子で少年が目を開くと、視界に映ったのは。

 

「もう大丈夫。何故って? 私が来た!」

 

 ちょっと引きつった笑顔のオールマイトだった。それでもお約束とも言える決め台詞をいつものように言い放っている。彼は癒々と出久の落下先に先回りし、さも平然と二人をしっかり受け止めて見せた。流石はNo.1ヒーローと言いたいところではあるが、階段の上で事の顛末を見ていた被身子からはかなり冷ややかな視線が飛んできている。逞しい筋肉で膨れ上がった両腕の中に居る癒々も、何ならちょっと呆れている。ように見える。相変わらずの無表情だから、何を考えているかは正確には分からないところだが。

 

「さっきからずっと居たけどね」

「うっ。ちょっと話し掛けるタイミングが掴めなくて……」

 

 癒々の容赦ないツッコミが胸に突き刺さり、オールマイトは肩を落とす。別に彼女は冷ややかな視線などしていないが、彼は冷ややかな視線を向けられているように感じてしまう。自分がやったことを大いに後悔しているようだ。若干ショボくれているように見えなくもない。

 

「降ろして。話なら聞くから」

「いや、それがそのね。出来れば三人で話したいことなんだ……」

「それは、大事な話?」

「……私の後継のことでね。渡我少女には席を外して貰いたい」

 

 出来る限り声を潜めて、オールマイトは癒々に耳打ちする。今から話すことは、決して人には聞かれたくないこと。幸いなことに、神社の階段付近に彼等以外の人は居ない。今は被身子が冷たい目をして階段を降っているところだ。彼女が下に降りてくるまで数分も無いだろうが、それでも用件を伝えることは出来る。

 

「……被身子がこっちに来る前に話して」

「その少年……、緑谷出久に譲渡することにしたんだ。私の個性を」

「……、それで?」

「彼を育てたい。今の目標は体作り。そして雄英に入ること。一度断ったのは私だが、七躬治少女さえ良ければ力を借して欲しい」

「……結構自分勝手だね。オールマイトも」

「面目無い。さっそく教え子に情けない姿を見せてしまうが、恥を忍んで言うよ。どうか、お願い出来ないかな……?」

「どうでも良い。わたしは勝手にやる」

 

 そう言って、小さな少女はするりとNo.1ヒーローの腕の中から抜け出した。ついさっき階段の上で抱き止めようとした出久を、オールマイトの分厚い胸板に押し付けつつだ。

 被身子が降りて来る前に話を聞いた癒々は、自分の足で立つなりコートのポケットからスマホを取り出した。そして誰かへと連絡し始める。数秒後、彼女は一方的に喋り始めた。電話先の相手が出てくれたのだろう。

 

「雄英に入ることにした。言っておくけど公安の言うことは一切聞かない。でも入るから、手続きしておいて。あと、被身子も一緒に。それじゃ」

 

 捲し立てるように、一息で用件を伝えた癒々は相手の言葉も聞かずに通話を切る。ちょうどそのタイミングで、被身子が階段を降りきった。

 

「癒々ちゃん、大丈夫っ!? 危ないことはしないでって言ったのに……っ!」

「ごめん。ねぇ、被身子」

「……なに? 癒々ちゃん」

「雄英、一緒に行こ?」

「えっ」

 

 被身子の心配を余所にして、癒々は雄英に入学したいと伝える。あまりに急な話をするものだから、被身子は困惑する他ない。

 癒々が自分勝手なのは、今に始まったことじゃない。被身子を欲しがった時も、勝手に決めて勝手に動いた。誰の意見を聞くことも無かった。周囲に居る人間全員を振り回す形で、七躬治癒々は渡我被身子を手に入れたのだ。

 だから、今回も。そして多分、これからも。彼女は、何かを欲しがったら勝手に動く。そこに他者は居ない。居たとしても話を聞くことは無い。でもひとつだけ、変わったことがあるとするなら。それは、被身子からの了承を取ろうとしていることだろう。

 

「一緒に行きたい」

「……急に、どうしたの」

「彼の役に立ちたい。その為に雄英に入る。出来れば、被身子も一緒が良い」

「そんなこと急に言われても……。何で今、そんなこと。全然、分かんない……」

「お願い」

 

 困惑し続ける被身子の手を取って、癒々は懇願する。記憶の無い彼女の中には、彼女の世界には、たった二つ……二人しか存在していない。一人はオールマイト。彼はOFAを持っている。だから彼の役に立ちたいと癒々の心はずっと叫んでいる。そしてもう一人は、被身子だ。初めて会った時から、癒々は被身子に固執している。彼女を側に置いておく為なら、血を捧げることだって厭わない。公安の手のひらに自ら飛び込んで見せた。

 黄金色の瞳が、金色の瞳を真っ直ぐ見詰めている。良い返答が貰えるその時まで、目を逸らすことは無さそうだ。

 

「……」

 

 正直言って、被身子は学校に興味が無い。今更行きたいなんて、微塵も思わない。でも、癒々が一緒に雄英に行きたいと望んでいる。行く宛なんか無かった自分を受け止めてくれた彼女が、強く強く望んでいる。なら、どうするべきなのか。

 被身子は少しだけ考えて、やがてゆっくりと口を開いていく。

 

「……わがままばっかり。癒々ちゃんは、本当に自分勝手」

「ごめん」

「私、強制されるのが嫌いです。本当に嫌」

「うん」

「好きなことをして、生きていきたい。何の為に、嫌な学校に行かなきゃいけないの?」

 

 もう彼女は、聞き分けの良い子なんて演じられない。本心を覆い隠すなんて真似は、もうしたくない。だから気に入らない事は気に入らないと言うし、やりたい事は好きなようにやる。誰かに何かを強制されるなんて真っ平御免だ。何にも縛られること無く、自由に生きて行きたい。普通に幸せになりたい。その時、隣には癒々に居て欲しいと思ってる。癒々になら、何かをしてあげても良いと思ってる。

 

「……でも。癒々ちゃんに何かしてあげたいって思ってるのも本当なのです。私が雄英に行くって言えば、癒々ちゃんは本当に喜ぶの? 本当に、嬉しい?」

「……うん。被身子が一緒なら、嬉しい」

「なら、……本当は嫌だけど。嫌で嫌で仕方無いけど。癒々ちゃんと一緒に、雄英に行きます。そのくらいの事は、してあげます」

 

 本当に物凄く嫌そうな顔をして。心の底から雄英に進学することを嫌がりながら。それでも被身子は、癒々のお願いを渋々と聞き入れた。

 誰かの為に、時には自分にとって不都合な事を受け入れる。それは決して、簡単に出来ることじゃない。そんな真似をやらずに済むのなら、被身子はやらなかった。だけど彼女は、そうやって自分を受け止めてくれた人を知っている。

 目の前にいる彼女が、どうやって自分を抱き締めたのか、ちゃんと分かってる。だから今回は、譲歩することにした。癒々に喜んで貰いたいと思っているからこそ、今は我慢することにしたのだ。

 

「……ごめんなさい」

「こういう時はありがとうで良いんです。今謝られるのは不快です」

「……、ありがとう」

「どういたしましてっ。行こ、そこのヒーローなんて放っておいて!」

 

 折角のお出掛けがこれ以上邪魔されないように、被身子は癒々の手を強引に引く形で歩き出す。もう殆んど引きずっているようなものだ。

 オールマイトさえ居なければ、二人はもっと自由に過ごせていた。癒々は階段から落ちるなんて危ない目に遭わなかっただろうし、被身子は断腸の思いで雄英への進学に頷くことも無かっただろう。

 ……こうして、癒々と被身子は雄英に進学することを決めた。この選択が正しいものかどうかはまだ分からない。もしかしたら間違いになるのかもしれない。でも被身子は癒々のお願いを聞いてあげたかったし、癒々はオールマイトの役に立ちたかった。

 彼女達のやり取りを見守っていたNo.1ヒーローは、もう二人に話し掛けるような真似はしない。代わりに、遠ざかっていく少女達の背中を見て罪悪感と安心感から大きな溜め息を吐く。出久の左足からは、痛みが消えていた。足首に巻かれた包帯やサポートが、今では煩わしく感じられる。

 出久の怪我は、いつの間にか癒々が治していたようだ。ただし彼女がいつ治したのかはまったく分からない。恐らく、オールマイトの腕の中から抜け出す際についでに治療していたのだろう。

 時間も掛けず、個性を使うような素振りも見せないままに怪我を癒せるヒーローは数少ない筈だ。下手をすれば存在すらしてないと思われる。全治一ヶ月の大怪我を、怪我人に気付かれないよう瞬く間に治せるヒーローなんて。

 

「緑谷少年。後で連絡先教えてあげるから、七躬治少女にお礼しような」

「……」

「緑谷少年?」

「ぇっ、あっ、はい!」

「おいおい大丈夫か? もしかしてさっきので頭打ったんじゃ……」

「だ、大丈夫です! ただその……凄い個性だったなって……」 

 

 癒々の個性が如何なるものであるのか。それを体感した出久は、その衝撃を受け止めきれていないようだ。少年の目は、遠く離れた浜辺を歩いている二つの人影に釘付けとなっている。

 今度会うことがあれば、ちゃんとお礼しよう。彼はそう決心して握り拳を作った。

 

「オールマイト! 僕もっと頑張ります! 絶対入試までに間に合わせますから!」

 

 決意を新たに、少年は駆け出した。左足は少しも痛くない。むしろ怪我をする前より軽快に動けるような気さえする。彼はこの後、鬼気迫る勢いでゴミ海岸の掃除を進めていく。また怪我をしないよう、細心の注意を払いながら。

 

 

 ……一ヶ月後の入試当日。緑谷出久はギリギリの滑り込みでOFAを授かった。

 

 

 

 

 

 




今日も間に合いました。
やっと出てきた出久くんです。何がとは言いませんがほぼまな板です。何がとは言いませんけど『ほぼ』まな板です。
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