わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
雄英高等学校一般入試は、特にこれと言った問題も無く終わった。
と言うのは、癒々と被身子を除いた全ての受験生にのみ当て嵌まる。
入試が終わった直後、受験を乗り切った安心感で緊張の糸切れた被身子は倒れてしまった。雄英に勤める養護教諭『リカバリーガール』が個性を用いて被身子を治療しようとしたのだが、生命力がごっそり抜け落ちていると言うことで学校では手に負えないと判断。大至急病院への搬送を手配しようとしたのだが、それは出来なかった。何故なら倒れた被身子の付き添いで救護室にやって来た癒々が、衰弱した被身子の体をその場で簡単に治してしまったのだ。
癒々の個性『大活性』は自らの活力、つまり生命力を消費することで発動する個性。対象は自分か、手で触れた者のどちらか。後者を選んだ場合、癒々は自分の生命力を他者に分け与えることで肉体の活性化を行う。生命力が抜け落ちた者を回復させるなんて、彼女からすればそれこそ造作もない。
つまり、プロヒーローのリカバリーガールでは出来ないことをやって見せてしまったということ。
雄英には癒々の個性の詳細が公安から渡されている。ただ、そのデータを受け取ったのは根津校長と来年度に一年A組の担任となることが既に決まっている相澤教師のみ。大部分の教員は癒々の個性について何も知らない。実技試験の映像では超パワーの類いだと思われていたぐらいだ。実際、彼女は異常なまでにブーストした身体機能で仮想ヴィランの大半を一人で倒した。実技試験の結果はまだ出切ってはいないが、七躬治癒々が断トツのトップであることは誰の目から見ても明らかである。
「大丈夫?」
「っ、んん……。まだ……頭がボーッとしてます……」
「……ごめん。被身子が倒れたのは、わたしのせい」
「……怒ってないよ。お陰で頑張れたから、お礼を言いたいぐらい……。でも、あれは……」
救護室のベッドの上。癒々の治療によって目を覚ました被身子はボーッとした頭で実技試験で起きたことを振り返る。
癒々の血を飲んで癒々に変身した直後から、体が異様に熱くなったこと。頭痛が凄まじく、気絶しそうなぐらいだったこと。五感が鋭くなって、身体能力が凄まじく向上したこと。だから、どうにか戦うことが出来たこと。
……こうやって思い返してみると、被身子は気になる事が幾つもあることに気付く。だから、あれがいったい何だったのかと直ぐ側に居る癒々に問い質す。自分の身に何が起きていたのかを。
「わたしの血で、被身子の体が活性化した。身体能力は勿論、個性因子も含めて」
「え、……っと……。だから変身した私が、癒々ちゃんの個性を使えた、ってこと?」
癒々の血液から何が製造出来るのか、被身子は知らない。日々好きなだけチウチウしている血に、どんな力が宿っているのかも知らない。その力で、自分の体がどうなってしまったかも分かっていない。それを知っているのは、被身子の側に居続ける癒々だけだ。
被身子は気付いているのだろうか。癒々の血を吸うようになってから、自分が全く食事をしていないことに。それなのに、体は健康を維持していることに。
個性『変身』は他者の血をエネルギーとして、他者に変身する個性。言い換えればそれは、被身子の体は他者の血をエネルギーに変換出来る性質を持っているということ。
では、個性を使わなかったら摂取した血液は彼女の体内でどうなるのか。変身の為に必要とされるエネルギーは、多少ストックしておくことが出来るだろう。しかしストック出来る量を超えてしまった場合、それはどこかに排出しなければならない。だが肉体の外部に余ったエネルギーを放出するなんて芸当は、そういう個性でなければ不可能だ。
だから放出する以外の形で、変身以外の方法で、被身子の体はエネルギーを使うようになった。毎日蓄えられるエネルギーを、変身しないなら変身しないで全身に還元するようになってしまった。被身子本人が、知らず知らずの内に。
つまり。今の被身子の体にとって他者の血は個性の為のエネルギーであり、肉体を維持する為の栄養ということに他ならない。今まで通りろくに食べずにチウチウばかりしていたら、いずれ血液以外は口に出来なくなるかもしれないが。
「一時的にね。だから被身子は倒れた。わたしの個性は、命を使うから」
「……そう、なんだ。そっか、使えるんだ……癒々ちゃんの個性……」
被身子が倒れてしまったのは、癒々が説明をしなかった点が大きい。彼女がちゃんと説明した上で血を渡していれば、そして気を付けた上で個性を使っていれば、被身子は倒れなかった筈だ。原因は言葉足らずな癒々にこそある。
それでも、被身子は癒々を責めたりはしない。むしろ何だか嬉しそうにしている。彼女にとって癒々の個性を使えたということは、その時だけは癒々と同じになれたということ。姿形だけではなく、個性だって。好きな人と同じになることは、被身子にとっての幸せだ。だから緩んでいく頬が止められない。鼓動が早くなって、心が落ち着かない。
笑顔になった被身子は、癒々に抱き付いた。腕に思いっきり力を込めて、相手のことなど一切気にせずに。
「ん。いいこいいこ……」
感極まっている被身子を受け止めながら、癒々は目を細める。こうやって抱き締められることは、彼女の好きなことのひとつだ。
「あんたの個性。むやみやたらに人に使うべきじゃないね。気を付けな」
二人が人目も気にせずが抱き合っていると、様子を見守っていたリカバリーガールが口を開いた。この妙齢の看護教諭が居るから、雄英高校は無茶な実技試験を敢行できる。それは彼女が、希少な治癒の個性を扱えるからだ。
それ故、癒々がどのようにして被身子を回復させたのか察しが付いている。命に関わる個性を使いこなすリカバリーガールだからこそ、誰よりも癒々の個性が何であるのかを理解出来る。その利便性も、危険性もだ。
「命を使う個性は珍しいが、あんたのはその中でももっと珍しい。人にほいほい個性を使ってたら、あんたが死ぬことになるよ」
「その時はその時。わたしの命なんてどうでも良い」
「……命は誰にだってひとつだよ。大切に使いな。ほら、ペッツお食べ」
至極当然なお説教を受けて尚、 癒々は自らの命をどうでも良いと断ずる。彼女のこの考え方が、そう簡単に変わることは無さそうだ。いずれ考え方を改める日が来るのだろうか。それとも、永遠に変わる時はこないのか。
それはそれとして、リカバリーガールから貰ったペッツを口に含んだ癒々はくぅくぅとお腹を鳴らした。つられて被身子もお腹を鳴らす。個性『大活性』を使った反動で、彼女達はとてもお腹が空いてしまったようだ。
「腹が空いたなら食堂にお行き。今ならまだランチラッシュが居るから、頼めば何か作って貰えるよ」
この日、雄英の食堂で冷蔵庫が空になる珍事が起きた。実技試験や被身子の治癒で生命力を使った癒々が、それはもうたらふくご飯を食べたからである。癒々は満腹を得た他にクックヒーロー『ランチラッシュ』との変な因縁も作ってしまったが、それはまた別のお話。
■
雄英高校一般入試から、一週間が過ぎた。受験が終わったことで勉強の日々から解放された被身子は、癒々と一緒にのんびりとした毎日を送っている。今日も朝から癒々は被身子にくっついて、食事時とお手洗いぐらいでしか離れようとしない。それは何だかんだで受験勉強を頑張っていた被身子に遠慮して、自分からはスキンシップをなるべく取らないでいたことが原因だったりする。つまり、癒々は入試が終わるその時まで本当はずっと寂しかったのである。
そんな訳だから、ここ一週間被身子は癒々の相手をするので手一杯だ。家の中でどこで何をしようとしても、必ず寂しがりな少女が付き纏ってくる。流石にお手洗いまでは付いてこないのだが、それ以外は一瞬だって離れようとしない。まぁ被身子も被身子で、そんな調子の癒々を思いっきり甘やかしてしまうのだが。
ただ、そんな被身子でも流石にひとつだけ困ることがある。
「くっつくのは良いけど、そんなに嗅がない欲しいです……」
ところ構わず抱き付いてくる癒々が、やたらと匂いを嗅いでくるのだ。彼女に匂いフェチの気らいが有ることは知っていたが、この一週間はどうにも被身子の匂いを嗅いでばかり。毎日毎日密着された上で体臭を嗅がれることが、流石に少し恥ずかしくなってきたのだろう。別に体が臭くなるようなことは何一つしていないが、それはそれとしてこうも匂いを嗅がれ続けると自分の体臭が気になってしまう。
「んー……やだ」
「匂いを嗅がれるの、恥ずかしいから……」
「……やだ」
「ちょっ、 癒々ちゃ……っ!」
ベッドの軋む音が、寝室に響く。被身子の体はやたらと抱き付いてくる癒々によって呆気なく押し倒されてしまった。匂いを嗅がれることを嫌がろうにも、癒々は少しも遠慮してくれない。そんなに被身子の匂いを嗅ぎたいのだろうか。
「もうっ。なんでそんな匂い嗅ぐの?」
「嗅ぎたいから」
「……程々にして欲しいです」
「大丈夫。良い匂い」
「そういう問題じゃなくて……」
「どういう問題?」
「ええっと……だから……」
結局、何を言ったところで癒々は被身子の匂いを嗅ぎ続けるのだろう。彼女の匂いフェチぶりを矯正するよりも、諦めてしまった方が早いような気がする。
べたべたにくっついてくるパジャマな癒々をそのままに、パジャマの被身子はちょっと現実逃避がしたくて天井を見上げた。辛うじて自由な左手で甘えたがりな同居人の頭を撫でつつ、これからの事をぼんやりと考える。
あの入試から一週間。まだ雄英からの通知は来ない。入試後に食事を取りながら聞いた話によると、癒々は実技試験で仮想ヴィランを百体程は粉々のスクラップにしてしまったらしい。筆記試験の方は大丈夫と言い切っていたので、本当にそうなのだと思われる。対して被身子は、実技試験も筆記試験もどちらも自信がない。実技の方は癒々の個性を使えたことで頑張れたと思うのだが、筆記の方はちゃんと出来たか大分怪しい。そもそも準備期間が一ヶ月しか無かったのだ。なのに国内最難関とまで言われる雄英のヒーロー科を受験するなんて、無謀が過ぎる。
癒々は合格するだろう。でも被身子は合格出来るかどうか分からない。正直言って、不合格の可能性が濃厚だ。
不合格だった場合、癒々と一緒に雄英に通うことは出来ない。甘えたがりな彼女の期待を裏切るような真似はしたくないけれど、今回の場合はそれも難しいだろう。何かの間違いで受かっていればひとまずは安心出来る。もっとも被身子の場合、合格したらしたで気分が下がるのだが。
学校と言う場所が、被身子は嫌いだ。雄英に合格してしまったら、また自分を抑えて聞き分けが良い子を演じなければならない。今は癒々が側に居てくれるから、中学の頃ほど嫌な気分にはならないだろう。それでも、どこかで必ず嫌な気分になる筈だ。
もしまた、中学の時のように、あの卒業式の時みたいになってしまったら。自分の本性が周りの人達に知れ渡ってしまったら。受け入れて貰うことが出来なかったら。……そう考えると、被身子は少し怖くなってくる。
でも、雄英に行くと言ったのは彼女だ。嫌なことを譲歩して、受験勉強だって出来る限り頑張った。だけど抑えれば抑える程に、感情と言うものは暴れだしてしまう。
行きたくないと叫ぶ心を無理矢理押さえ込んで、被身子は癒々の体を強く抱き締める。そうでもしないと、本心が飛び出てしまいそうだから。腕の中の少女を、傷付けてしまいそうだから。
「合格か不合格か、早く知りたいです……」
飛び出てしまいそうな本音を何とか呑み込み直して、被身子は話題を変える。すると腕の中の癒々がするりと抜け出し、体を起こした。
「今届いたから、取ってくる」
そう言って、彼女は素早い動きで寝室を出て行った。その直後に玄関の開く音が聞こえた。どうやら聴覚を活性化して、外の様子を伺っていたらしい。何だかんだで、癒々自身も合否通知が届くのを今か今かと待っていたのだろう。
腕の中の温もりが無くなったことに少し寂しさを覚えながら、被身子は深い溜め息を吐いた。雄英からの通知は気になるけど、出来れば何かの手違いで来なければ良いと思っていた。合格しても嫌な気持ちになるし、不合格でも嫌な気持ちになってしまうから。
ゆっくりと体を起こすと、また玄関の開く音が聞こえてきた。どうやら癒々が戻ってきたようだ。ここはタワーマンションだから、ポストまでは遠い。なのにもう戻ってきた。個性を使ってダッシュしたのだろう。
「取ってきた」
ちょっと髪を乱した癒々が、右手に封筒を持っている。どうやら本当に雄英からの合否通知が届いたようだ。ただひとつ気になるのは、封筒がひとつしか無いと言うことだ。
「……早く見たいです」
「ん」
もうこうなったら、腹を決めて見るしかない。合格にしろ不合格にしろ、雄英から送られてきた封筒なんて何一つ嬉しくない。でも結果を見ないことには、これからの事はひとつも決められない。
封筒を持った癒々が、当たり前のように被身子の膝の上に腰掛ける。そして封筒を思いっきり破いた。勢いが強すぎて、派手に裂けた。その結果、中身がベッドの上を転がっていく。二枚のプリントと、ホログラムを投影する小さな機械だ。
『私が投影された!!!』
突然、映像が映し出された。宙に浮かんだ画面いっぱいに映るのは、まさかのオールマイトだった。被身子は顔をしかめた。
『久しぶり! 私は最近忙しくてね、連絡を取る暇が無かったんだ。だから今回は収録でお送りするよ!』
何やらテンションが高いオールマイトが一方的に喋り始めている。もしこれが雄英からの合格通知だとするなら驚きだ。何か別件での連絡の方がまだ分かる。いやそれでもわざわざ立体映像を寄越してくるのは如何なものなのか。そもそもなんでNo.1ヒーローが主演の立体映像が雄英からの封筒に入っているのか甚だ謎である。
『実は雄英教師に勤めることになってね。……ええ何だい!? また巻きで? 彼女達には話さないといけない事が……あー、分かった分かったOK急ぐよ』
映像の端っこに映った誰かの手に急かされているようだ。また巻きで? と言っていたので、どうやら別の撮影でも彼は急かされていたらしい。No.1ヒーローでも雄英はちょっと雑に扱うらしい。ある意味恐ろしい話である。
『七躬治少女。君は文句無しの合格だ。筆記・実技ともに素晴らしい結果を残した。そして渡我少女だが……筆記の出来がよろしくない。よろしくないんだが……滑り込みセーフってやつ?
良かったね! 二人とも合格だってさ』
……受かってしまった。受かるとは思ってなかったし、受かりたいとも思っていなかった。それでも何の間違いか、被身子は雄英高校に受かってしまった。実技も筆記もどちらも自信なんて無かったのに、合格したことを画面の向こうから伝えられてしまった。
これからの事を考えると、やっぱり被身子は素直に喜べない。でも、これで癒々を悲しませずに済んだと思うと少しだけ心が軽くなる。
『来いよ七躬治少女、渡我少女!
という訳で二人は無事に雄英行きです。毎日更新はとても疲れたので、明日からしばらく更新はありません。なのでのんびりお待ちいただけたら幸いです。多分十一月の半ば頃にまた毎日更新するかと思われます。これから原作を片手に執筆していく予定です。よろしければお付き合いくださいませ。