わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
屋内対人戦闘訓練があった日の夜。今晩の癒々は普段より甘えたがりで、明らかに不機嫌だ。べったりと被身子にくっついて一秒たりとも離れようとしないのは、まぁ普段とそこまで大差無いのだが、困ったことに言うことを聞いてくれない。いつもだったら被身子の言うことは素直に聞いてくれるのに、今晩はかなり反発してくる。
例えば、お風呂に入ろうと被身子が提案すると、彼女をリビングのソファに押し倒して匂いを嗅いでくる。今日は授業で訓練があったし、一日家の外で過ごしていたのだから多少なりとも汗をかいている。だから被身子としてはしつこく匂いを嗅がれるのは気恥ずかしいのだけれど、癒々は全然止めてくれない。
例えば、せめて着替えさせてとお願いすると、癒々は被身子と共に着替えが置いてある寝室へと移動。その後被身子を着替えさせることなく、ベッドに引きずり込んだ。もう一度被身子に抱き付き直して、胸に顔を埋めたまま微動だにしない。その上でやっぱり匂いを嗅いでくる。
今晩の癒々は本当に御機嫌斜めで、扱い難い。服越しでもじんわりと伝わってくる癒々の体温を感じながら、被身子は天井を見上げることしか出来ない。少しでも動こうとすると、痛いぐらい抱き締められてしまうからだ。
「癒々ちゃん。その、ちょっと離して欲しいです」
「やだ」
「せめて着替えか、お風呂に」
「やだ」
「……今日の癒々ちゃんは、本当にやきもちさんです」
「被身子は、わたしのだもん」
癒々の機嫌が悪い理由は、実は嫉妬の一言に尽きる。だから今晩は被身子にくっついて、片時も離れようとしない。何度も何度も匂いを嗅いで、時に自分の匂いを染み付かせるかのように額を擦り付けたりもする。まさかこんなにも癒々が嫉妬深いとは思わなかった被身子だが、実はそんなに悪い気はしていない。むしろ、少し喜ばしく思っているようだ。
日頃から自分勝手で何を考えているのか分からない癒々が、今はストレートに気持ちをぶつけてくれる。それがどうしようもなく心を擽ってくるものだから、被身子はつい頬を緩ませてしまう。
「癒々ちゃん。大好きです」
紛れもない本音を口にして、被身子も癒々を抱き締める。両腕に力を込めると、癒々は嬉しそうに吐息を漏らした。胸に埋まった彼女の顔はいつものように無表情なのだろうけど、被身子に抱き締められて喜んでいるのは事実だ。
「だから、チウチウして良い?」
「うん。今日もいっぱいして」
「……ふふっ。癒々ちゃん、チウチウされるの好きですよね」
「だって。ちうちうされると、嬉しい……」
被身子に抱き付いてばかりだった癒々が、やっと離れた。起き上がった彼女はブレザーを床の上に脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外し、着崩した。それから被身子の隣にころんと寝転ぶと、彼女の右肩を指でつつく。
それを合図に、被身子も体を起こした。彼女もブレザーを床に脱ぎ捨てて、直ぐに癒々の腰の上に跨がる。四つん這いになって癒々の両手をシーツの上に押し付けると、今日一番と言って良い笑顔を浮かべた。
「チウチウ、するね?」
小さな両手をしっかり押さえ付けて、被身子は癒々の耳元で囁いた。もう既に息が荒くなっているのは気のせいじゃない。これからの事を考えて、興奮が抑えられなくなっているようだ。
両手を押さえ込まれ、抵抗も何も出来なくなってしまった癒々はゆっくりと首を傾ける。熱のこもった被身子の瞳を、期待を浮かべた瞳で真っ直ぐ見詰めながら口を開いた。
「うん。ちうちうして」
「んふふっ。いただきまぁすっ」
鋭く尖っている被身子の犬歯が、癒々の細い首筋に思い切り突き立てられた。まるで肉を噛み千切るかのような勢いで、容赦も気遣いも一切無い。どこをどう噛んだら、沢山血が出てくるのか被身子はもう知っている。
「っ、ふ……ぅ」
首筋から走る強い痛みを感じると、癒々は嬉しそうに息を漏らした。両手を押さえ込まれ、首に噛み付かれることが癖になってしまっている。生きているという実感と、必要とされている実感。何より被身子と繋がっている気がして、心が跳ねる。
被身子にチウチウされるようになってから、ほぼ一年。もう癒々は、日に一度はチウチウされないと落ち着いて眠れない体になっている。
「はっ、ぁ……っ。んん……っ!」
首に出来た傷口に吸い付かれると、小さな体が震える。少し甲高くて、可愛らしい声が寝室に響く。息は荒くなっていく一方であり、落ち着く様子は全く無い。目蓋をギュッと閉じて、押さえ付けられた両手に力を込める。被身子の手を握り返しながら、チウチウされることに夢中になっていく。
そんな悦んでいる癒々を見て、被身子もまた熱を上げる。握った両手をもっと強くベッドに押し付けて、傷口に舌先を押し当てる。流れ出てくる血をしっかり味わうと、心臓が破裂しそうなぐらい胸の高鳴りが増す。
もっと、もっと。心が欲しがる。
もっと、もっと。体が欲しがる。
チウチウする彼女も、チウチウされる彼女も、この時間を永遠に味わっていたいと蕩けた脳で考える。ずっとこうしていたい。ずっとこうされていたい。その為だったら、何がどうなっても良いような気さえしてくる。
「ぁっ、ん……っ! っは、ぁあっ!」
漏れ出る声が、より大きくなってきた。自分だけが知っている癒々の鳴き声が心地好くて、自分だけが独り占め出来る癒々の姿が愛しくて。このまま彼女を好きなだけ蹂躙して、滅茶苦茶にして、グチャグチャにして、どろどろにしてしまいたい。そんな欲求ばかりが大きくなって、被身子は一度、癒々の首から唇を離した。
「……っ? 被身、こ……?」
まだ事は始まったばかり。なのに被身子が離れたから、癒々は目を開いて物足りなさそうに息を整える。まだまだ体力には余裕がある。つまり、まだ血を吸われたって個性を使って血を増やせる。体に負担はかかるけれど、全然問題は無い。
なのに、被身子がチウチウすることを止めてしまった。癒々としてはもっとして欲しいとまで思っているのに。
「……癒々ちゃん。あんまり、声出しちゃ駄目です。その、色々と良くないと思うので」
「……?」
「自分が、どんな声出してるか分かってますか?」
「声?」
被身子からの問い掛けに、癒々は首を傾げた。つい数秒前まで彼女が漏らしていた声は、まるで恋人の情事の最中に出すようなものだった。ぶっちゃけて言ってしまえば、えっちな声である。
「……分からないなら、分からせてあげます。良いんですよね? 本当に、癒々ちゃんの全部を、貰っちゃっても」
「……? うん。全部あげる」
「……大好きです。癒々ちゃんが分かってなくても、分かってくれなくても。だから、だから……。
私に、全部ください」
「ん。全部あげ、ん……っ! ぁっ、ひみ……っ! ひみ、こ……っ!」
一度中断されていたチウチウが、再開された。さっきよりも強く。さっきよりも激しく。
結局、事が終わるまで癒々は声を我慢することは出来なくて。喉が枯れるまで、可愛らしい声を上げ続けていた。
■
翌朝。血まみれのベッドの上で目覚めた裸の被身子は、昨夜自分がしたことを思い出して、何とも言えない表情を浮かべていた。
何でこうなったのか。どうしてこんな事になってしまったのか。幾ら自問をしても答えは全く出てこない。いや、本当は分かっている。答えなんてとうに出ている。
あの日、あの夜出会った少女に、被身子は好意を寄せて過ごしてきた。それから約一年同居して、二人で生活してきた。時折彼女との時間に邪魔者が出てくることもあったけれど、その度に機嫌が悪くなったけれども。とにかく、渡我被身子は七躬治癒々と暮らして続けて来た。
癒々はどうにも自分勝手で、大事なことを被身子に相談することなく勝手に決める。被身子欲しさに公安と取引した時だって、雄英に入ると決めた時だって、被身子の両親のことだって。お陰で何かある度に振り回されて、大変な思いをしてきた。でも、それは良い。もう済んだことだ。今更どうこう言っても、何が変わるわけでもない。それに、自分を受け止めてくれた人のわがままぐらい、幾らでも聞いてあげたいと被身子は思っている。
でもやっぱり。昨夜の事は、流石に胸に引っ掛かる。
昨晩、被身子は癒々を抱いた。ハグ的な意味では無い。チウチウしてる最中に癒々があまりにも変な声を出すから、ついムラムラしてしまって手を出してしまった。手を出された彼女自身が「全部あげる」なんて言っていたこともあり、段階や手順など何も踏まないで被身子は易々と一線を越えてしまったのである。
被身子は癒々が好きだ。癒々だって、被身子を好いている。だけど、二人の好きは形が違うと被身子は思っていた。きっと癒々の好きは親愛から来るもので、決して恋愛的な好きではないのだろう。それは被身子も分かっていた。分かっていたから、唐突な求婚は一度断った。なのに癒々の気持ちは変わらない。今でも結婚したいと思っている。その上で、全部あげるなんて口走るし、たった二日の学校生活の中で思いっきりクラスメートに嫉妬して被身子の心を擽った。昨夜の過ちに至っては、嫌がる素振りなんてこれっぽっちも見せなかった。
せめて、どこかで嫌がってくれれば被身子は踏み止まれた。でも癒々は、最後の最後までされるがままで、むしろ大いに悦んでいたように思える。
だからきっと、癒々が言う好きはそういう事で。もしそうだとしたら、二人はとっくに両想いだった訳で。
「……っ」
なのに、被身子は喜べない。昨夜は癒々の言葉に付け込んで、体を重ね合わせてしまっただけと分かっているからだ。もし癒々にその気が無かったとして、ただ被身子の行動に合わせているだけだったとしたなら。色んな事をどうでも良いと言ってしまうような彼女だ。自分の貞操だって、どうでも良いと思っているのかもしれない。だから、体を許したのかもしれない。
そう思ったら、胸が痛む。次第に息が苦しくなってきて、嫌な気持ちが溢れ出てくる。
今は隣で眠っている彼女が目覚めた時、何て言うのだろうか。取り乱して、泣いたりしないだろうか。もしそうだったら、とても堪えられない。家族に嫌われたって良い。他の誰に分かって貰えなくても良い。でも癒々には、自分を受け止めてくれた彼女だけには、絶対に嫌われたくない。もし嫌われてしまったら、それこそどうにかなってしまう。だから受験も、授業も、訓練も頑張っていたのに。クラスメートとだって、いわゆる普通の笑顔を浮かべてでも仲良くしようと思っていたのに。
なのに、昨晩は間違えてしまった。呆気なく、道を踏み外した。
怖い。昨晩間違えた自分を殺してしまいたい。今すぐ消えてしまいたい。そんな後悔ばかりが押し寄せてきて、胸が締め付けられる。息苦しさは吐き気になって、手足が少しずつ震えだして。涙が、溢れてきた。
「……ひみ、こ……?」
「っ!!!」
被身子が昨晩の事を自責している中、癒々が目を覚ました。被身子は顔を見られないよう慌てて体の向きを変え、背中を向ける。涙で歪んだ視界をどうにかする為に手の甲で目を拭うが、一向に涙は止まってくれない。喉の奥から漏れ出そうになる嗚咽も、これ以上は止めれそうにない。
「おはよう」
「ぉ、おは、よ……っございまっ、……っ、っっ!」
「被身子?」
「な、何で、も、っ、なんっ、でもない、ですっ……っ」
嗚咽が止められない。それでも、今泣いていることを知られたくなくて、どうにかこうにか言葉を絞り出す。いつも通りの自分を演じようとして、体の震えを抑えようとして、被身子は自分の体を抱き締める。
そんな彼女を見て、癒々は首を傾げた。被身子の様子がおかしいことは、声を聞けば分かる。でも何が原因でこうなっているのか理解出来ていないようだ。
「どうしたの?」
裸の癒々は膝立ちとなり、被身子の肩に両腕を乗せる。体重をかけて寄りかかり、ぴったりと被身子に寄り添った。
「っ、ご、ごめん……っ、なさ、ごめっ、なさい……っっ」
「? 何が?」
「き、っ、きの、ぅっの……!」
「何で謝るの?」
泣きじゃくる被身子の言葉に、癒々はただ不思議そうに首を傾げる。昨晩の出来事を覚えていないのか、それとも本当にどうでも良いのか。或いは気にしていないのか。今、彼女が何を思っているのか被身子には分からない。そもそも、分かったことは無い。癒々は、大事なことを喋ろうとしないから。
「だっ、って、わたっ、し……きの、ぅ……っ! かっ、てに……!」
「……? わたしは、嬉しかったよ?」
「っっ!」
「……うん。嬉しかった。ちょっと怖かったけど、凄く気持ち良かったし……。何で、被身子は泣いてるの?」
「っっ、だって、ゆゆちゃんに、嫌われたく、なく、て……!」
「変な被身子。嫌わないのに」
いつもより優しい声音で語りかけながら、癒々は被身子を抱き締める。裸で居るにはまだ少しだけ寒い春の朝。癒々の体温を、小さな体の柔らかさを、はっきり背中に感じながら、それでもまだ被身子の涙は止まらない。
安心したい。嫌われたくない。一緒に居たい。
もし彼女に嫌われてしまったら。拒絶されてしまったら。
……もう、被身子の居場所は無くなってしまう。
「全部あげる」
「っ、どう、っして……!? なんで、そんなことっ、なんでぇ……っ!」
「……わたしは、生きてる意味が欲しい。生きてて良いんだって、思いたいから」
「っっ」
あの日。あの時。癒々はオールマイトに救けられた。記憶を喪い、生き残った理由も分からないままに。でも、それでも良かった。OFAの役に立てさえすれば。それが生き残った理由なのだと、その為に残った命を使うのだと、彼女は思っていた。
なのに、平和の象徴は、No.1ヒーローは癒々の命を必要ないと言った。彼の後継者も、癒々の命を必要ないと言っていた。なら自分は、何の為に生きているのか。生きてる意味はどこにあるのか。
だから彼女は欲しがるのだ。生きてる意味を、生きてて良いって思える理由を。
「だから、全部あげる。そしたら、生きてても良いでしょ? 被身子が貰ってくれるのが、一番嬉しい」
「……なっ、なん、でっ 、わた、し……なのっ?」
「被身子が好きだから」
「……っっ」
「だから、全部貰って欲しい。生きてて良いんだって、思いたいの」
それは、癒々の本心で。滅多に話してくれない、本当の気持ちで。
「私、貰って、ばっか……! 癒々ちゃんに、貰ってばっかり……っ!」
「そう?」
「……っ、何を、あげたら良い、の? どうしたら、ど、したら……っ」
「じゃあ、わたしを貰って。そしたら、嬉しい」
そう言って、癒々は被身子の首筋に顔を埋める。匂いを嗅いで、目を閉じた。
「ほん、とうに……っ、良い、っの……?」
「良いよ」
「我慢、できな、っ、ちゃ……ぅ、よ?」
「良いよ」
「なら、なら……っ! 全部、くださいっ! ずっと、一緒にっ、ずっと……ずっと……!」
「うん。ずっと一緒。わたしの、生きる意味になって」
「……っ! 大好き、ですっ。好きっ、大、好き……っ!」
彼女の気持ちが嬉しくて。彼女に嫌われてないと分かって。被身子は、わんわんと泣き出した。
癒々は本当に、自分勝手だ。だけど絶対、被身子を手離そうとはしない。
これから二人に何が待っていたとしても、きっと癒々は被身子を抱き締め続ける。生きる意味を、得たのだから。
やっと、生きてて良いんだって思えたのだから。
どうにも吸血はR-18な気がしてなりません。あ、そのうちえちちなやつを別枠で投稿します。
本当はかなーーり先で書く話だったのですが「チウチウシーン書きてぇよ」から始まり「癒々は喘がせる(断固たる決意)」に繋がり「トガちゃんて性欲我慢出来なくね?」と思いまして、じゃあ「抱かせるか」となり「流石に急に一線越えたら癒々が乗り気でも反省するのでは?」からの「これが原因で嫌われる可能性はゼロじゃないって思うよね」となりまして「そしたら怖がるじゃん。じゃあここで癒々の本音出しとくか。あーここまで行ったらキマシタワーするしかなくねーー?」ってな感じでプロットを皆殺しにしました。おっかしいなぁ……。うーんこの、この……話作るのへたっぴ!
もうここまでやっちまったなら次回はデート回です。