わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「学校、行きたくないです」
ちょっとだけ肌寒いダイニングにて。
腫れぼったい目元になった全裸な被身子が、空調のリモコンを片手にそう言った。朝からみっともなく泣き喚いて、やっと落ち着いたのが朝の七時半。急いでシャワーを浴びて着替えを済ませれば、まだ一時間目の授業にはギリギリ間に合う。間に合うのだけれど、今日の彼女はどうしても学校に行く気分ではない。今朝は全裸で山盛りのコーンフレーク(チョコ味)をもしゃもしゃと食べている癒々は、口の中の物を飲み込んでから言葉を発した。
「じゃあ、サボる?」
「……良いんですか?」
「良いよ。今日はサボろ」
まだ入学三日目。あと一時間もすれば
ただ、被身子の事は心配するかもしれない。もうA組の皆は、彼女のことを笑顔を絶やさない真面目な生徒だと思い込んでいる。
A組の誰もが、本当の被身子を知らない。知ることはきっと無いのだろう。でも被身子は、それで良いと思ってる。癒々さえ分かってくれているなら、他の誰に理解されなくても良いのだ。
「じゃあ今日は、どこかに出掛けませんか? 癒々ちゃんとデートしたい!」
今日は大嫌いな学校に行かなくて良くなった被身子は、早速満面の笑みを浮かべて今日一日をどう過ごすか考え始める。既に彼女の脳内では、やりたい事が沢山思い浮かんでいるのだろう。野菜ジュースをちびちびと飲みながら、とても楽しそうにしている。ほんの少し前まで泣いていたようにはとても見えない。そんな被身子を見詰めながら、癒々は目の前のコーンフレークを全て口に流し込んだ。ほっぺたが餌を貯め込んだリスのようになっている。
十数秒後、彼女は口の中の物を胃袋に送り込んでから席を立つ。
「けぷっ……。その前に、お風呂が良い」
「うん。一緒に入ろうねえ」
未だ素っ裸な二人はダイニングテーブルを離れて、お互いの手を取り合いながらまずは寝室へも向かう。体は汗やら血痕やら何やらでベタベタに汚れてしまっていて、今直ぐにでも体を洗いたい。だけど、もっと汚れているものが寝室にある。そう、ベッドシーツだ。
白いシーツはぐっちゃぐちゃのどろっどろに汚れてしまっていて、酷い有り様だ。とてもそのまま使える状態ではない。寝室に戻った被身子はベッドからシーツをひっぺがして、乱雑に丸める。癒々は、タンスから自分と被身子の分の下着を取り出した。床に散らばっているブラウスやら制服はそのままにしておいて、彼女達は脱衣所へと移動。丸まったシーツを被身子が洗濯機に投げ入れると、癒々が浴室の扉を開いた。
「入ろ」
一足先に癒々が浴室に足を踏み入れた。もう体が汚れていることが我慢出来ないのか、彼女はシャワーヘッドを片手に蛇口を捻る。勢い良く水が流れる音が木霊し始めた辺りで、洗濯機を操作し終えた被身子も浴室へ。
「洗ってあげるね?」
「んぃー……」
癒々の手からシャワーヘッドを取り上げた被身子は、お湯が出始めた事を確認すると所々赤くなっている癒々の白い髪を濡らしていく。触り心地が良い髪に手櫛を通していくと、髪を洗われる気持ち良さで癒々は目を閉じる。立ちっぱなしの彼女は直ぐ真後ろにいる被身子に体を預けて、そのまま脱力した。
「癒々ちゃんって、全然髪が痛まないですよね。いつもサラサラで、柔らかくって……ちょっと羨ましいです」
「被身子の髪の方が綺麗だと思う。日に当たると、特に綺麗」
「それを言ったら癒々ちゃんの髪だって、お日様に当たると綺麗なのです」
なんてお互いの髪を褒め合いながら、二人はだらだらとした時間を過ごしていく。ぬるめのシャワーで体を濡らしていくと、昨夜の疲れが少しずつ溶けて気が緩む。いっそ浴槽に湯を張っても良かったかもしれない。
今朝の、と言うよりは今朝も癒々の髪はとても長くて、片手で洗っていくのは少し大変だ。流石に両手を使いたくなった被身子はシャワーヘッドを壁にかけて、それから浴槽の縁に置いてあるボトルシャンプーに手を伸ばす。
「目、開けたら駄目ですよー」
「んー」
たっぷり泡立てたシャンプーを両手に、被身子は丁寧に丁寧に癒々の髪を洗っていく。僅かな汚れも残したくないのだろう。まるで壊れ物でも扱うかのような優しい手付きだ。この調子だと、癒々の髪を洗うだけでも結構な時間が掛かってしまいそうだ。もっとも今日に限っては時間を気にする必要はこれっぽっちもない。今日は学校をサボるのだ。一日中好きな事をしてられるのだから、時間なんて気にする方が野暮なのである。
………。
…………。
……………。
そんなこんなで。
たっぷり一時間以上はイチャイチャとシャワー浴び、体の汚れを隅から隅まで落とした癒々と被身子は下着を身に着けた後で少しの休憩を挟む。体を洗い終わった後にお互いを抱き締め合っていたら、うっかり二人してのぼせそうになってしまったからだ。
時刻は八時半を越えようとしていて、リビングの床に放置されていたスマホがさっきから着信を告げている。が、ソファに腰掛けた二人はどちらも電話に出ようとしない。どうせ電話をしてきているのはオールマイトか、
鳴り続けているスマホを拾おうともしない癒々は、紙パックのオレンジジュースをちまちまと吸っている。そんな彼女の隣で被身子も同じものを飲みながら、これからどう過ごそうかと頭を回す。今日一日を好きなように過ごして良いとなると、それはそれで悩ましいものだ。何も考えずに外に出ても良いし、何かプランを立てて過ごしても良い。何を言っても、何をしようとも、癒々は被身子の意思に沿ってくれるだろう。
「癒々ちゃん、どこか行きたいところとかあります?」
「どこでも良い。被身子の好きにして」
「……そう言ってくれるのも嬉しいけど、どうせなら一緒に考えよう? ああしようとか、こうしようとか」
「……んー。じゃあ、……海……?」
「癒々ちゃん、海が好きだよねえ。どうして?」
「……? 何でだろ。知らない」
正月の初詣の時も、癒々は海が見たいと言っていた。あの日は散々邪魔が入ってあまりのんびりする事は出来なかったけれど、それでも彼女はずーっと海を眺めて居た。その時の横顔を、被身子はハッキリと覚えている。無表情であることは変わり無かったけれど、何かを探しているような、何かを求めているような、そんな眼差しをしていた。
色んな事に大した興味を持たない彼女は、どうやら唯一海には何かしらの思い入れがあるらしい。その理由は当人すら分かっていないみたいだが。
ふと、被身子は海には癒々にとっての何かが有るんじゃないかと思った。記憶喪失の彼女にとって、何か引っ掛かることが。もしかしたら、記憶を取り戻す手掛かりになるのかもしれない。
「記憶……取り戻したい?」
「何で?」
「何でって……記憶って、誰にでも大切なものだと思うから」
「……? 無くても困らないよ?」
一度記憶を喪っている彼女からすれば、自身の過去が無くたって困るようなことじゃない。実際今日まで、記憶が無いことで癒々が困ったことは一度も無い。まぁそれは彼女が困っていないだけで、その分周囲が思いっきり振り回されているだけなのだが。
「そんな事、言わないで欲しいです。私との記憶も、無くても良いの?」
「……それは、やだ。被身子のいじわる」
「癒々ちゃんがいじわるなこと言うから、仕返しです」
「……むぅ。被身子のことは忘れないのに」
「私も、忘れないです。絶対、何があっても」
忘れたくない。忘れられる筈がない。自分を受け止めてくれた彼女を、自分を貰ってくれた彼女を、忘れるなんて真似は絶対にしない。そもそも出来ない。今日までの日々は確かな思い出となって、二人の胸の内にある。
そんな取るに足らないような、もしもの話を繰り広げながら、彼女達はどちらからともなく距離を縮める。やがて手が触れ合い、それが合図かのように癒々は被身子の首に腕を回した。被身子は、癒々の背中に腕を回す。お互いぴったりとくっつき合うと、素肌が重なり合って身も心も温かくなっていく。
ソファに腰掛けたまま彼女達は抱き締め合う。癒々はさっそく、と言うかいつも通り、被身子の匂いを嗅ぎ始めた。こうなったら満足行くまで被身子の匂いを堪能するのだろう。
「もう。そんなに嗅がないで」
「大丈夫。良い匂い。ちょっとボディソープ臭いけど」
「……それを言ったら癒々ちゃんだって、リンスの匂いです」
お互いの匂いを嗅ぎ合いながら、癒々も被身子も腕の力を緩めない。ただ、被身子は少し困っているようだ。匂いを嗅がれるのが嫌な訳じゃない。でも、こうしてぴったりと密着していると、つい昨晩の情事を少し思い出してしまう。それが良くない。
ちょっと顔が熱くなっている気がして、被身子はつい癒々から顔だけを遠ざける。点いてもいないテレビを見詰めることで、どうにか平静を保とうとしているようだ。が、癒々からすればそれが気に食わなかったらしい。彼女は被身子の気を引くためか、直ぐ目の前にある細い首筋に優しく噛み付いた。
「っ、ちょっ、癒々ちゃん……!」
「んぅ?」
「何で噛んで……っ?」
「じゃあ、舐める?」
「そ、それはぁ……、その……っ」
ちょっと期待の眼差しをして返答に詰まっている辺り、案外悪くないなんて考えていそうな被身子である。
「……、あむっ」
「っっ!?」
首元に、痛みが走る。まるで言うことを聞こうとしない癒々が、今度は思いっきり噛み付いてきた。それは血が出る程強いものではないけれど、不意打ちでやられるには結構痛い。そんな真似をされて、つい反射的に逃れようとする被身子だが残念ながら微塵も体が動かせない。逃げようにも、ソファの肘掛けや背もたれが邪魔になっている。
「っん。お揃い……」
「っ……!」
被身子の首元に、立派(?)な噛み痕が出来てしまった。断りもなく噛み付いて、痕を残した癒々は満足そうに目を細める。
「……っ、お揃いって言うなら……」
「っは……! ん……っ、んぅ……」
仕返しに、被身子も目の前の首筋に甘く噛み付いた。彼女に噛まれることがすっかり良くない癖になってしまったのか、また癒々は情欲を煽るような可愛らしい声を漏らす。まだ二人は体を休めている最中な上に、これから出掛ける予定が有るのだ。なのに熱っぽい吐息を漏らし始めて、昨晩と同じように被身子の心を擽る。
「ん、んんっ」
「っ」
噛まれながら、癒々は負けじと被身子の肩に噛み付く。それを真似るかのように、被身子もまた癒々の肩に歯を立てた。
甘く疼くような、じゃれつくような、そんな不健全な噛み付き合いが続いていく。お互いを確かめ合うような、求め合うような。終わり時の見当たらない二人だけの時間が、流れ出した。
■
溶けかけた理性のままお互いを好きなだけ噛み合った癒々と被身子が、このままだと出掛けられなくなるとお互いに思ったのは、じゃれ合いが始まってから三十分も後のことだった。流石にやり過ぎたと反省したのか、単に飽きたのか、耳を赤くした癒々が珍しく自分から服を取りに行った。リビングに残された被身子は物足りなさに後ろ髪を引かれつつ、まだ熱に浮かされた体を冷やす為に少しだけ残っていたオレンジジュースを飲み切る。そうして一息吐いた後で、彼女もソファから立ち上がった。これから出掛けるつもりなのだから、いつまでも下着姿では居られない。
癒々の後を追うように被身子も寝室へ。その途中でくしゃみをしたのは、まだ髪が湿っているのにソファでイチャついて居たからだ。
流石に下着姿で居続けたことを反省しつつ、寝室にやって来た被身子は先に服を着ようとしていた癒々を見て顔をしかめた。別に一人だけ服を着ようとしていることに文句があるのではない。癒々が自分で選んだ服に文句があるのだ。
「……癒々ちゃん、それ可愛くないから駄目です」
「緩いのが着たい」
「だーめーでーす! もっとカァイイ服にしてくださいっ」
癒々が着ようとしていた服は、明らかにサイズの合っていないTシャツだ。成人男性用の4Lサイズであり、黄色と赤と青のトリコロールにオールマイトの顔面が刺繍された代物である。女子高生が着るには絶対に有り得ない。カァイイもの好きの被身子でなくても、これには猛反対するに決まっている。
これから折角のデートなのだから、格好だって拘りたいのは当然のこと。女子ならば尚更だ。なのに癒々ときたら、その辺りの気遣いがこれっぽっちも出来ない。お洒落に興味が無い。服なんて窮屈じゃなければ何でも良いとでも言い出しそうだ。
「そうだ、折角だからこれが良いです!」
ちょっとお冠になった被身子は開きっぱなしになったタンスの中から、別の着替えを取り出した。彼女が選んだのはフリルが付いたブラウスに、赤いコルセットスカート。いわゆる清楚お嬢様スタイルと言うか、童貞を殺すためのコーデと言うか。とにかく、癒々自身が選んだ着替えより何百倍も良いものだ。それだけは間違いない。
「えぇ……?」
ただ、癒々の反応は微妙だった。制服を着ることを嫌う彼女からすれば、被身子のチョイスはとてもとても受け入れ難い。オールマイトが癒々の名前を決めようと病室に突撃してきた時と、同じような反応を見せている。
が、癒々に拒否権は無かった。彼女はあっという間にオールマイトTシャツを脱がされて、結局は被身子の選んだ服をしっかりと着用する羽目に。ブラウスはともかく、コルセットスカートが気に入らないようで少し窮屈そうにしている。ついでに白いニーソックスまで履かされた上に、髪はハーフアップにされて大きな黒いリボンまで結ばれてしまった。被身子の前でいい加減に服を選ぶと、着せ替え人形にさせられてしまうことを癒々は今学んだ。
「癒々ちゃんカァイイです! 買っておいて良かったぁ……!」
「んー……動きにくい……」
着心地に文句は言うけれど、嫌とは言わないのは被身子が大いに喜んでいるからだろう。満面の笑顔で、楽しそうにはしゃいでいる姿は年相応に可愛らしい。今朝泣き喚いていたとはとても思えない程に。
「被身子」
「なーに癒々ちゃん」
「今、幸せ?」
「はいっ。とっても!」
満面の笑みを絶やさない被身子を見て、癒々はスッと目を細めた。
デート回にはなりませんでした。でもイチャイチャはしてるので許してください。
次回こそデート回です。