わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「おはよう七躬治くん! 渡我くん! 昨日は二人して休んでいたようだけど、風邪か!?
入学して間もないのに休むのは勿体無い! 体調管理には気を付けよう!」
朝、八時二十分。
昨日学校をサボり、一日しっぽりデートを決め込んだ癒々と被身子を教室の出入り口で出迎えたのは、ハキハキと大きな声で喋る飯田だった。彼が真面目なことは一昨日の訓練の時に知っている。知っているけれど、授業以外でこうもグイグイと話し掛けてくるタイプだっただろうか。急に距離を詰められたものだから、ちょっと被身子は後退る。クラスメートとは言え、自分より大きな体を持った男子に勢い良く詰め寄られるのは女子にはちょっと怖い。
「ちょっ、委員長。張り切るのは分かるけどそんなグイグイ行っちゃ駄目じゃん。渡我ちゃんビックリしてるよー」
「むっ。それは済まない! しかし、学級委員長としてだな!」
教室の出入り口付近に居る芦戸が、飯田にストップを掛けた。どうやら彼が大いに張り切っているのは、学級委員長に任命されてのことらしい。
何せ昨日は学校に行かなかったものだから、何があったのかは癒々も被身子も把握していない。
「……あー、えっと……おはようございます。飯田くん、三奈ちゃん。昨日は調子が悪くって休んじゃいました。飯田くん、委員長になったんですか?」
癒々の口をナチュラルに両手で塞ぎつつ、取り敢えずの確認を取る被身子である。昨日学校で何があったのか、知れることは知っておきたいようだ。真面目な生徒なんてレッテルを既に貼られている以上、彼女はその様に振る舞わなければならない。
口を塞がれた癒々は、されるがまま大人しくしている。変な発言が飛び出すことは多分無いだろう。
「うむ。緑谷くんのご指名で、二代目を勤めることになったんだ。体調が悪くなるようなら、遠慮なく頼ってくれ」
「はい。ありがとうございます。昨日は休んじゃってごめんなさい」
「いや、体調が悪かったなら仕方ない。念の為、今日一日は気を付けよう。ぶり返しては大変だ!」
「あ、はは……。はい、そうします……」
さらっと嘘八百を並べつつ、被身子は芦戸に挨拶してから癒々を連れて教室の中へ。どうやら二人は一番遅く登校したようで、もうA組の全員が揃っていた。姿が見えないのは担任の相澤先生だけである。そろそろSHRの時間が迫っているのもあり、癒々と被身子はそれぞれ自分の席に向かう。が、その途中で足を止めることになってしまった。机の上に足を乗せている爆発的問題児が、癒々に向かって突っ掛かったのである。
「何サボっとんだ舐めプ前髪。良いご身分だなァ?」
朝からとんでもない言い草をしている爆豪だが、残念ながら彼の言うことは正しい。癒々は戦闘訓練で舐めプしていたし、その上で昨日は学校をサボった。他のクラスメート達は彼が癒々に絡んだことで思いっきり顔をしかめているのだが。
今にも炸裂しそうな刺々しい眼光が、癒々の目をこれでもかと睨み付ける。口走ることが事実でも流石に酷い態度だ。そんな彼を見て、被身子はつい身構えた。癒々がどんな反応をし、それに対し爆豪がどんな大爆発を引き起こすか予想出来てしまったからだ。
「……体調不良? だったから休んだだけ」
「ああ゛? テメー昨日、外に居たろうが。変な男連れてよ」
「……? 昨日は被身子と一緒だったよ? デートしてた」
「やっぱりサボってんじゃねえか!!」
「ま、待ってください爆豪くん。それって、黒いセーラーワンピの子ですか? ……いつ、いつ見たんです?」
「そうだよ。テメーも知ってんじゃねえか作り笑い。放課後見掛けただけだ。それが何だ? 舐めプ前髪だろありゃあ」
「……っ」
驚きが、二つあった。ひとつは爆豪が昨日の少女を知っていること。もうひとつは、被身子の愛想笑いが作り笑いであることを見破っていたこと。ただ、より大きな驚きとなったのは前者の方だ。
あの黒い少女が何だったのか、被身子は分からない。ただ爆豪が放課後に見掛けていたことから、あの『ナロク』と言う少女は恐らくこの近辺に住んでいるということだ。あの少女のことを、被身子は知りたい。なんで癒々を探していたのか、なんで癒々を『ナナサ』と呼んでいたのか。なんで、あんなにも癒々に似ているのか。昨日は深く考えようとしなかったことが、今日になって大きな疑問となり膨れ上がる。
「七躬治くん! 渡我くん! サボりとはどういうことだ!? 風邪を引いたんじゃなかったのかっ!? あと爆豪くん、君ほんと口が悪いなっ」
話を聞いていた飯田が突っ込んできた。上手く誤魔化せたつもりだったのに、結局サボっていたことがクラスメートにバレてしまった。これはもう素直に怒られるしかないと思った被身子は、まるで苦虫でも噛み潰したかのような渋い表情を浮かべる。なお癒々は、相変わらず周囲の反応などこれっぽっちも気にしていない。誰が何と叱ったところで、どうせ彼女はどうでも良いとしか思わないだろう。
「……えっと。ごめんなさい。実は昨日、癒々ちゃんとデートしたかったからサボりました」
浮かび上がる大きな疑問を頭の片隅に追いやって、被身子はひとまずこの場を収める為に、正直にサボりを告白した上で飯田や爆豪に向かって頭を下げた。癒々は思いっきり欠伸をかく。その時、本鈴が鳴った。
「そうか。なら渡我も七躬治も反省文を書いて提出しろ。放課後までに三枚、それから昼休みは仮眠室に来い。職員室の隣にある」
いつの間にか相澤先生が教壇に立っていた。思いっきり癒々と被身子を睨んでいる。後で二人は担任のお説教を受けることになるだろう。今回の件は自業自得でしかないので、素直にお説教されるしかない。
「返事は?」
「……はい。分かりました」
「んー」
今日の癒々と被身子の昼休みは、相澤のお説教で無くなってしまうことが確定した。
■
昨日サボったことがクラスメートに知れ渡っている手前、授業を適当に受けるわけには行かない。少なくとも被身子はその腹積もりで、ちゃんと授業を受けている。ヒーロー科で学ぶ普通科目の授業は難しい上に進みが早い。偏差値79は伊達じゃなく、被身子はついていくのがやっとだ。
入学四日目にしてこの調子なのだから、今から中間テストのことを考えると頭が痛い。自宅で予習復習をしておいた方が良いだろう。明日の為に勉強するのはただの苦痛でしかないが、癒々と学校に通うためなら多少の努力はしなければならない。勉強に関しては、ちゃんと頑張るしか無いのだ。今日に関しては休み時間の殆どを反省文の作成に回さなければならないので、何かと脳が忙しい。
癒々はと言うと、授業中はやはり寝て過ごしていた。まともに勉強するつもりはこれっぽっちも無いようで、たまに起きたかと思うとノートに落書きをしたり手の甲でペンを回して遊んでいたりする。反省文はこれっぽっちも進んでいない。
「……ふあ……ぁっ。んにゅ……」
現在四時限目。まだ授業が始まって三分と経ってないのに、癒々は盛大な欠伸をして机に突っ伏した。彼女の周囲に座る者は大変だ。
「七躬治。寝不足か?」
授業中にも関わらず、こっそりと癒々の耳元に
ちょっと悪いことをしているクラスメートに話し掛けられた癒々は、口を開こうとしたが直ぐに障子から「授業中は私語厳禁。本当はな」と囁かれたので言葉は発しない。彼女は少し考えた後、手元にある何も書いていないノートに文字を書く。癒々の意図を障子は直ぐ察知したようで、今度は目も複製。教壇に立っているプレゼント・マイクの目を盗みつつ、癒々の文字を読み取った。
[別に。退屈なだけ]
「……欠伸は止めてくれ。眠たくなる。ちゃんと授業を受けないと、今度はプレゼント・マイクに怒られるぞ」
[そうする。それ、便利な個性だね]
「……そうだな。便利な個性だ」
囁きと筆談は、教師の目を盗んで続いていく。わざわざ授業中に話し掛けるぐらいなのだから、障子は障子で癒々の事を気にして居るのだろう。彼女が寝た時、何だかんだ腕を伸ばして体を支えてくれたりするぐらいだ。
障子のお陰で退屈を凌げている癒々が体を起こすと、二つ前の席で真面目に授業を受けている被身子が後ろを振り向いた。彼女の金色の瞳が見ようとしているのは、列の一番後ろ。その視界に映ったのは、さっきからずっと何かのやり取りをしている癒々と障子。
被身子の顔から作り笑いが消えた。彼女の目が障子の目を真っ直ぐ見詰めている。何か言いたげにしているのは気のせいじゃない。そして、障子の背中に鳥肌が立ったのも、気のせいじゃない。
「……俺、渡我に何かしてしまったか?」
[?]
「睨まれた」
[何で?]
何で自分が被身子に睨まれてしまったのか障子はまるで理解していない。癒々も首を傾げている。
何で被身子が障子を睨んだのか。その理由は至極単純だ。決して難しいことじゃない。だが癒々と被身子の関係を知らない障子には分からないし、人の心の機微など分からない癒々には難問でしかないだろう。
そんなこんなで時間はどんどんと進んで行き、その間も隙を見付けては障子と癒々は
四時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。プレゼント・マイクはクソデカヴォイスで授業を締め括り、今日は何を食べようかなんて呑気な発言をしつつ教室を出ていく。勉強から解放されたA組の皆は、一斉に肩の力を抜いて昼休みを迎える。
授業が終わるなり、被身子は教科書やノートを片すことなく真っ直ぐ障子の元へと向かう。そして、ひょっとしたら氷よりも冷たい目をして口を開いた。
「障子くん。授業中、癒々ちゃんと何を話していたんですか? ちゃんと授業を受けないと駄目ですよ」
「済まない。確かに悪いことをした」
「癒々ちゃんに何かしたら、本気で刺します」
有無を言わせぬ迫力が、そこにあった。今の被身子が醸し出す気配は、女子高生が放つような代物ではない。何かに例えるとするなら、爆発寸前の危険物。もしくは殺戮の修羅だろう。
「癒々ちゃんは、私のです。憶えておいてくださいね」
「分かった、気を付ける。済まなかった」
まさか教室で殺気に当てられるとは思っていなかった障子だが、それでも平静に被身子の主張に応じた。下手に彼女の言葉に突っ込むことなく事を済ませたのは、紳士的な振る舞いと言えるだろう。素直に謝罪を口にした彼を見て、被身子は殺気を納めた。が、最後に障子に向かって微笑んだ。言葉だけじゃないぞと、本当に刺すぞと暗に示す為に。
「癒々ちゃん、相澤先生の所に行きましょう。昨日のこと、ちゃんと謝らないと」
「ねぇ、被身子」
「何ですか?」
「もしかして、やきもちさん?」
「そうです。やきもちさんです。今はやきもちさんのトガです」
障子に思いっきり嫉妬していたことを少しだって隠そうとせず、被身子は癒々の手をちょっと強引に引いた。そのまま引っ張るようにして、彼女は教室を早足で飛び出す。手を掴まれた癒々は、ただ振り回されるしかない。
人が増えてきた廊下を通り過ぎ、階段を下り、そして二人は仮眠室へと辿り着く。ちょうどタイミングが良かったようで、寝袋を小脇に抱えた相澤先生が仮眠室の扉を開こうとしているところだった。
「ん? ちょうど来たのか。良いタイミングだな」
「先生、昨日は」
「話は中で聞く。入れ」
「……はい。失礼します」
これからお説教なのだ。職員室の隣とは言え、人目の有る廊下ですることじゃない。強く反省を促す際には時には人前で説教することも有るのだろうが、少なくとも今相澤にそんなつもりは無いらしい。少し気怠げな担任に指示されて、被身子も癒々も仮眠室に足を踏み入れる。中はソファとローテーブル。それから棚と一部の備品があるぐらいの部屋で、仮眠室と言うよりは休憩所と言った方がしっくりする。
そんな部屋の真ん中、ソファには既に一人腰掛けている。その男は顔色が悪く、精気が無い。頬骨が目立つ上に目が窪んでいるから、パッと見だと骸骨が皮を被っているようにしか見えない。
「っと、居たんですか」
「ああ、相澤くん。それに七み……、んん゛っ、生徒を連れてどうしたんだい?」
「この二人は昨日学業を疎かにしたので、そのお説教を。少しこの場を借りても?」
「ああ、そう言うことね……。じゃあ私は退席するよ……」
「すみません。直ぐに済ませます」
ソファに座ったブカブカスーツの骸骨男は立ち上がり、仮眠室を後にしようと歩き出す。授業をサボる問題児二人の横を通り過ぎ、すれ違い様に癒々に向かって「あんまり相澤くんを怒らせないようにね」と、囁いて何処かへと去っていった。そんな彼の姿を、癒々は穴が空きそうな程に見詰めていた。被身子はあんな教師が雄英に居ることに少し驚いているようだ。
「二人とも座れ」
「はい」
相澤は寝袋に入り、床に座った。これからお説教なのに芋虫のような姿を晒すのは教師として如何なものか。色々と合理的に事を済ませる彼からすれば、説教後に直ぐ仮眠を取る為には先に寝袋にくるまっておくのが合理的なのだ。自らの見映えなど、本当に気にしない男である。
「さて、お前達に時間を割いて昼休みを無駄にしたくない。先生は忙しいんだ。合理的に行こう。
昨日サボった件についてだが……、二度とやるな。ヒーロー科の生徒に遊んでいる余裕は毛ほども無い」
「……はい。すみませんでした」
「七躬治は?」
「……ごめんなさい?」
「……ついでに言わせ貰うがな。七躬治、お前訓練で手を抜くな。他の生徒がだらける。実力差があろうと、ちゃんとやれ」
一昨日行われた屋内対人戦闘訓練にて癒々がどのように立ち回っていたのか、担任の相澤は知っている。だから、ついでに釘を刺しておくつもりのようだ。
癒々とその他の生徒に大きな差があることは、入試結果から分かっていた事だ。彼女が本気で訓練に挑めば、まず間違いなくクラスメートの心をへし折るであろうことも予測出来ている。それでも尚、相澤は手を抜くことを許さない。他者との実力差に折れてしまうような生徒に見込みは無いとでも思っているのだろう。
「……んー」
「おい返事」
「分かった。バレないように手をぬ、むぐむぐ」
「癒々ちゃん。そこは分かりましただけで良いんです」
「むぐ……。分かり、ました?」
「後でクラスメートに謝っておけよ。舐めプ発言は撤回しておけ。
……これで説教は終わりだ。二人とも飯食って午後に備えろ。反省文はちゃんと出せよ」
「はい。失礼します」
割りとあっさり、お説教は終わってしまった。まだ昼休みが始まって十分しか経っていない。まだ昼食を摂る時間は残っている。とは言え、午後の授業を考えたらゆっくりしている時間は無い。
癒々と被身子は、少し慌ただしく午後の授業に備えることになった。