わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
午後の授業が始まった。今日のヒーロー基礎学は災害・水難なんでもござれ
そんな訳で現在、更衣室でブレザーを脱いだ癒々はブラウスの上に被身子の体操服を着ようとしていた。彼女を除いた女子全員はコスチュームに着替えているので、意図せず人目を集めてしまっている。
「あれ、七躬治ちゃん体操服だ。コスチュームは?」
「コスチュームは歩きにくいから嫌い」
「あー、巫女装束だもんね。歩きにくいんだあれ……」
「だけどさ、渡我の体操服じゃ逆に動きにくいんじゃない?」
「服はこのくらいが好き。もうちょっと大きくても良い」
既にコスチュームに着替え終わっている麗日と耳郎の当たり前の疑問に答えつつ、癒々はその場で軽くステップを踏んだ。これからの訓練に参加するに向けて、動き心地をしっかりと確かめている。昨日までの彼女なら真面目に訓練を受けるつもりは無かったのだが、相澤に怒られたり被身子に諭されたので真面目にやらなければならない。
その為に癒々が優先したのは動き易さであり、歩きにくいコスチュームは不必要と判断。だから彼女は今、被身子の体操服を着ているのだ。
「癒々ちゃん、髪結びたいからこっちに来て下さい」
「んー」
癒々とは違いコスチュームに着替えた被身子は、横長のベンチに腰掛けて膝上を叩く。これからの訓練を考えると、髪を結んだ方が良いのは確かだろう。
長い白髪は僅かな汚れが大きく目立つ。汚れてしまったら勿体無い。なので、汚れたり引っ掛かってしまわないようひとつに纏めておくのが無難だ。被身子は手早く癒々の髪をひとつに纏めて、ヘアゴムを使ってポニーテールを作る。結ぶ位置は、頭の後ろではなく首の後ろだ。その後、被身子は自分の後ろ髪を癒々と同じように結ぶ。昨日と言い今日と言い、彼女は何でもかんでも癒々とお揃いにしたいのだ。
「ねえ渡我、ちょっと聞いても良ーい? 二人ってさ……ひょっとして付き合ってる?」
「えっと……」
訓練に向けて髪型をバッチリ整えたタイミングで、ピンクなクラスメートの芦戸が踏み入った質問を飛ばしてきた。彼女が被身子と癒々の関係性は恋人ではないのかと邪推しているのには、訳がある。
ひとつは、二人の距離感が近いこと。隙あらばスキンシップしているのは事実だし、登下校の際には手を繋いで離さない。しかもキスをする仲であると校内で噂になっている。
もうひとつは、お揃いのブレスレットをしていること。これはただのGPSでしかなくそれ以外の意味を持たない。だけどそんな事情は当人達以外は知らないので、端から見ればペアブレスレットをしているようにしか見えないのだ。
更に、昨日学校をサボった本当の理由。デートしたいからサボったと被身子が告白していたのだから、やはり二人は付き合っていると睨んでしまっても本当に仕方ない。何やら興味津々になっているクラスメートからの追及に、被身子は癒々の口を両手で塞ぎつつ、どう答えようか少し迷う。癒々とはただの仲良しだと言ってしまえば、それで納得して貰えるだろう。誤魔化すことはそんなに難しいことじゃない。
「三奈ちゃんは、どう思いますか?」
「どうって、そりゃー……付き合ってるように見えるよ? あ、ごめん。答えたくなかった?」
「んー……じゃあ、敢えて内緒にします。でも、癒々ちゃんと特別な関係なのは本当なのです」
「ええ〜〜? それって付き合ってるって公言してるようなものじゃない??」
「んふふっ。どうでしょう?」
癒々の肩に顎を乗せながら、被身子は作り笑いを浮かべる。クラスメートとはそれなりに馴染んでいるようで、多少冗談を言える間柄にはなっているようだ。今はまだ、癒々との関係が何であるかを話すつもりは無いらしい。殆ど言ってしまっているようなものだが、断言はまだしていない。
「お喋りも良いけど、皆そろそろ行かないと相澤先生に怒られるわよ」
「そうですね。癒々ちゃん、行こ」
「……むぐ」
蛙吹に促され、A組女子達はぞろぞろと更衣室を出る。廊下を渡り外に出て、真っ直ぐ向かう先は校舎近くで待機しているバスだ。誰よりも準備を早く終わらせた飯田がクラスメート全員を先導している。
「バスの席順は番号順に二列に並ぼう!」
彼の指示に誰も文句は無いのだろう。A組全員は委員長の指示通りバスに乗り込んでいく。が、バスの席は飯田の想定していたものとは全く別物だったので、彼の指示は何の意味も無かった。それでもなるべく席順のようになるよう、全員が座席に着く。被身子と癒々は一番最後にバスに乗り込もうとして、途中で鋭い目付きをした担任に止められた。
「七躬治。その格好は何だ?」
相澤先生が癒々に真っ先に突っ込むのも無理は無い。今の彼女は、上は被身子の体操服で下は制服のスカートだ。履いてる靴は運動靴ではなくローファーで、とてもこれから訓練を受けようとしている者の格好ではない。生徒の安全を任されている教師としては、到底無視出来ない姿だろう。
「コスチュームよりこっちの方が動き易い。着替えも早く済んで合理的でしょ?」
「……渡我。次からちゃんと七躬治を着替えさせろ。こいつの世話はもうお前に任せる」
癒々を長々と指導することに時間を使いたくないのだろう。相澤先生は今回は忠告止まりに済ませ、席に着く。取り敢えず服装についての話はこれで終わりらしい。すっかり担任を振り回し始めた彼女は、どこ吹く風でバスの中へ。席は殆ど埋まってしまっているようだが、ちゃんと二人分の空きがある。ただ、バラけた位置しか空いてないので被身子と隣り合って座ることは出来なさそうだ。
空いている席は一番奥の座席の真ん中と、その左手前にある座席の通路側。少し距離があるが、かと言って大きく離れるわけでもない。癒々が選んだ席は、右手前の方だった。窓際には、轟が座っている。必然的に、被身子は奥の座席の真ん中に腰掛けた。
「……ふあっ、んん……」
席に着くなり癒々は大きな欠伸をする。バスが目的地まで着く間、クラスメートと談笑して過ごすつもりはこれっぽっち無いようだ。何処に居ようが誰と居ようが基本的にはマイペースを崩さない彼女は、目蓋を閉じて微動だにしなくなった。移動時間の間、少しでも仮眠を取るつもりらしい。
全員が座席に着いたことで、バスが動き始める。これから向かうのは校舎から3kmも離れた訓練場。車でなら直ぐに着く距離で、雑談で大盛り上がりするには時間が足りない。被身子と癒々を覗いたA組の皆はあれこれと談笑していたが、目的地が近付くと相澤先生の一喝で全員口を閉じる。
バスの発進から三分と少し。A組二十二名はウソの災害と事故ルーム、略してUSJに到着した。その景観は一見するとテーマパークのようで殆どの生徒が楽しそうに騒いでいるが、実相はあらゆる災害や事故を想定して作られた訓練場だ。そして先に待機していたスペースヒーロー『13号』先生による有難いお小言が四つも繰り広げられたが、それ等は全て生徒達を正しく指導する為のものだった。
個性と言うものがどういうものなのか、相澤先生の体力テストで何を知り、オールマイトの対人戦闘で何を体験したのか。人命の為にどう個性を活用していくか。それらをしっかり学んで行こうと13号先生は最後に締め括る。
そして。
「ひと固まりになって動くな!! 13号、生徒を守れ!」
相澤が、抹消ヒーロー『イレイザー・ヘッド』が、その場の全員に指示を出す。同時に癒々が、直ぐ側にある柵の上に跳び乗った。
イレイザー・ヘッドが目撃したものは、USJセントラル広場に突如として現れた存在。暗い暗い
今日。奇しくも、命を救う為の訓練時間に生徒達は知ることになる。
プロが何と戦い、何と向かい合っているのか。
それが、途方もない悪意であると言うことを。
■
「あーーーっっっ!!! 居た、居たよトムトム、クロクロ!! ナナサだよ! あそこに居るの、ナナサだよっっ!!!」
USJにヴィランが現れた。数は多く、得体のしれない者が複数も。その中で、この少女の存在は誰の目にも酷く異質に見えただろう。黒いセーラーワンピに身を包んだ白い肌の彼女は、A組の全員が知っている姿形に酷似していたからだ。いや、酷似なんてレベルじゃない。このヴィランは、顔と声が癒々と全く同じなのだ。遠目から見た何人かの生徒が、思わず癒々の顔を見てしまう程に。
今、この場で直ぐに動いた者は二人。一人はヴィランの出現を誰よりも早く察知し、13号や生徒達に細かな指示を出し、出久の要らぬ心配を振り払いながらヴィランに向かって飛び出したイレイザー・ヘッド。もう一人は、柵の上に立つ癒々だ。彼女は個性を使い、全身を直ぐ様活性化させていく。黄金色の瞳は、遠くに居るヴィラン達ひとりひとりをハッキリと視界に収める。
「あはっ、やっと会えた! やっと見つけた! 良いよね、連れ帰っても! ナナサが居れば、ヒーローなんて全員殺せるよ!!」
「あー、好きにしろ。役に立たなきゃ殺すけど」
「立つよ! だってナナサだよ!? わたし達の中で一番強かったんだから、一番役に立つに決まってる! じゃっ、わたし行ってくるね!!!」
噴水の置かれた広場で跳び跳ね、全身で大きな喜びを見せた黒い少女が、向日葵のような笑顔を浮かべたまま大きく足を振り上げた。その後、右足一本で地面を砕き割り、同時に一瞬だけ姿を消した。恐ろしいことにこのヴィランは、異常なまでの身体能力を持っている。大地を砕き風を巻き上げ、弾丸のように跳躍して見せたのだ。真っ直ぐに、遠方からも視認することが難しいような速度で癒々に向かっての突進。それは恐らく、プロですら対処することが難しい。
飛び出したイレイザーとすれ違う形で、彼女は動いたのだ。
「っ、伏せてっ!!」
空気を裂くかのような速度で、得体の知れないヴィランが迫る。セントラル広場から出入り口のゲートまで距離も高さも有るのに、その一切を苦にしていない。黒い少女の動きを知覚していた癒々は彼女らしからぬ大きな声を出し、その直後ヴィランのタックルをモロに受けて背後にある壁に激突した。クラスメート達の真横を掠める形で、視認など出来ない凄まじい勢いでだ。
「ぐ、ぅうっ!」
激突した壁に大きな亀裂が幾つも走る。聞いたこともないような音が、周囲に居る生徒達の耳に届いてしまった。
瞬間、事を目撃していたA組の誰もが理解する。今飛んできたヴィランがどれだけ危険で、どれだけ理不尽な暴力を振るってくるのかを。この黒い少女の前に立てば、自分達は殺されてしまうのだと。
だが、それでも。だからこそ駆け出す者が居る。拳を握り、怯える体を突き動かして。恐怖を顔に滲ませながら、それでもクラスメートを救けようと彼は動く。
「七躬治さんっっ!!」
壁に背中を埋められてしまった癒々を救ける為に、出久が動く。今尚、彼女の体を抱き締め壁に押し付けているヴィランをどうにかするために。
「っ、げほっ、ぃ、っ……出久逃げて! この子はわたしが止めるからっ!」
「な……っ!」
「誰も手を出さないで! 殺されるっ!! この子は、それだけ……っ!」
「やだなあ。邪魔しないなら殺さないよ? だってわたし、ナナサを連れ帰りたいだけだもん! ね、だから一緒に行こうよ! 約束通り、わたしと一緒に暮らして幸せになろうよ!!」
血を吐き散らしながら叫ぶ癒々の体を抱き上げて、黒い少女はその場でくるくると回る。人ひとりを持ち上げているのに軽やかに、楽しそうに。悪意など欠片も感じさせないような満面の笑みを浮かべて、まるで踊るかのようにくるくるくると。
「っ、癒々ちゃんを離して!」
「被身子! 駄目っ!」
少女の動きを隙と見た被身子はナイフを取り出し、出久のように動き出す。そして癒々の言葉を一切聞くことなくヴィランの元に駆け寄り、刃を突き出した。鈍く光る刃が、右肩にしっかりと刺さる。が、黒い少女は怯むことも痛みに呻くこともない。悲鳴も上げなければ、癒々を両腕の中から離そうとしない。
ただ、足を止めて静かに被身子の顔を見詰めるだけだ。その時満面の笑みは消え、代わりに見せたのは何の優しさも無い冷たいだけの微笑み。それを見た瞬間、癒々は拳を振り下ろす。少女の脳天に向かって、力強く思いっきりだ。
「んぎゃっ!?」
ナイフに刺されても平然としていたヴィランだが、頭をぶん殴られると悲鳴を上げた。同時に少しバランスを崩し、癒々を抱き上げていられなくなる。
癒々はこの一瞬を隙と見て、今度は自分と同じ顔に拳を振るう。鈍い音が響いて、やっと抱き上げられていた体が解放される。離れ際、更にもう一度顔面をぶん殴ることで黒い少女にたたらを踏ませた。ようやく、距離が少し離れる。それを見て被身子は癒々の体を抱き寄せ、大きく後ろに下がった。
「癒々ちゃん、大丈夫っ!? 血が……っ」
「大丈夫じゃない。肋骨が折れて、内臓が潰れた」
「っっ!」
「平気。もう治した」
最初の弾丸タックルで、手酷い傷を癒々は負ってしまった。個性で直ぐに治せるとは言え、痛みはある。息が少し荒くなっているのは、ダメージと大活性による生命力消耗のせいだろう。
口許の血を袖で拭いながら、それでも癒々は目の前の少女から一瞬だって目を離さない。鼻も耳も総動員して、警戒を続けている。
「ったた……。久しぶりにナナサに殴られちゃった……。えへへ……痛いけどちょっと嬉しいなぁ」
「っ……!」
癒々は、思いっきり拳を振るった。気絶させるつもりで、一切の加減無く思いっきり。特に三発目は、左の側頭部を的確に捉えた。なのにこのヴィランは気絶するどころか、今では平然としている。喜んで笑う余裕さえ見せている。
つまり。癒々の打撃は効いていない。効いていたとしても、即座にダメージを回復されてしまう。
「でも何で? 何でナナサがわたしを殴るの? おかしいよね。ナナサは優しいからそんなことしないのに。そもそも何で、わたしに直ぐに会いに来てくれなかったの? 約束してたのに。生きてあの場所から出たら、二人で生きていこうって。好きなこといっぱいして、美味しいもの沢山食べて、海を見て、あったかいベッドで寝て、それから、それからそれからそれからそれからそれから……。
……ああ、そっか。そのお姉ちゃんか。だって、ナナサを知ってるのに教えてくれなかったもんね。お姉ちゃんがナナサを独り占めしてるのか。だからナナサはわたしに会いに来てくれなくて、だからわたしを殴るんだ。お姉ちゃんに洗脳されてるんだね。ならわたしが元に戻してあげないと。
うん。そうだねそうしよう。あのお姉ちゃん、殺しちゃおう! 殺そう!! そしたらナナサは元に戻るもんね!!!」
殺意が、満ちていく。被身子を怯えさせる程の、癒々に冷や汗をかかせる程の、重たくて静かで、息が詰まる程の殺意が膨れ上がっていく。
最悪なことに、黒い少女は被身子を標的にした。たった一撃で肋骨も内臓も破壊するようなヴィランが、その力を全力で振るおうとしている。たった一人の存在を、殺したいが為にだ。
逃れることは、まず出来ないだろう。
「……被身子、逃げて」
「っ、でも……! 癒々ちゃんも逃げなきゃ!」
「それは出来ない。誰かがあの子を止めなきゃ。わたしは、大丈夫だから」
「……っっ、嫌です。絶対、駄目っっ」
「お願い。被身子を死なせたくない」
「ヤだ! 逃げるなら一緒に……!」
一人でも戦おうとする癒々を、被身子は抱き締めて離さない。目の前の黒い少女がどれだけ危険なのか、もう誰もが分かってる。理解してるからこそ、癒々を置いて逃げるなんて真似は絶対に出来ない。
この黒い少女は、何もかもが異質だ。姿形も、発する言葉も、飛ばしてくる殺気さえも。そして恐らくは、個性さえも。
「させませんよ」
「!!」
避難を始めようとして居る生徒達の前に、周囲を覆い尽くさんばかりの黒い靄が広がった。被身子と癒々を除いた全員が、そちらに意識を持っていかれる。幸いなことに黒い少女の方はまだ動かない。だが状況は悪くなる一方だ。二体のヴィランが同時に動き出したら、それこそどうにもならない可能性が高いのだ。
「はじめまして。我々は
宙に浮いているかのように揺蕩っている黒い靄が、ゆらゆらと蠢き、徐々に徐々に人の形を成して語り始める。
「平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
途方もない悪意の目的が、静かに明かされ始めた。