わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
終わらぬ戦い
たまに食べるご飯は美味しい。と、赤いパジャマ姿の被身子は餃子を箸でつつきながら思った。何せ彼女は、癒々と同居を始めた頃からろくに食事を摂っていない。ここ最近で空腹を感じたのは、雄英の入試を受けた後と体力テストを受けた後のみ。その理由は単純。毎夜好きなだけ癒々の血を吸っているからだ。
活性化した癒々の血液を摂取するようになってからと言うもの、被身子は空腹を感じなくなってしまった。どう言った事情があってお腹が空かないのか彼女自身は理解していないのだが、まぁそれでも日々幸せを感じているので特に気にしていない。ただ、退院明けの今夜はちゃんと食べないとマズいと危機感を抱く程に空腹だった。
どうにも、個性を使った後はしっかり体が栄養を欲している。それに昨晩は入院していて癒々の血をチウチウ出来なかったこともあり、尚更に空腹だ。
対面の席で炒飯を頬張っている裸ブラウスな恋人を愛おしく思いながら、被身子は箸を進めていく。
「癒々ちゃん、今日は一段と食いしん坊です」
「もぐ?」
今まさに餃子を三個まとめて口に放り込んだ癒々を見て、被身子は苦笑いを浮かべた。小さな彼女が沢山食べる光景は見慣れたものだけれど、格好によっては小学生ぐらいにしか見えない少女が山程の料理を食べる姿は不思議なものだ。彼女の胃袋がどうなっているのか、いい加減詳しく知りたくなってくる。
今夜の癒々は、普段よりも良く食べる。ダイニングテーブルの上に置かれた中華料理の数々は、その殆どが余すところなく平らげられていた。
「ひみほはっへほーはよふはへへむ」
「ちゃんと飲み込んでから話して?」
「んくっ。……けぷっ。被身子だって、今日はよく食べてる」
「今日はお腹が空いてて」
「被身子はもっと食べないと駄目。ほら、あーーん」
木のレンゲで炒飯を掬った癒々は、空皿ばかり並んでいるテーブルに身を乗り出した。手に持つレンゲの行く先は、もちろん被身子の口元だ。ずいっと目の前に炒飯を差し出されて、彼女は少し躊躇った。別に「あーん」をされたことが嫌なわけじゃない。実はもうそろそろ満腹になりそうだから、単純に食べる気がしないだけだ。その上、手元にはまだ餃子が残っている。
今日は随分とお腹が減っていたから、その勢いで一人前の餃子定食を注文した被身子なのだが、困ったことに半分しか食べれていない。残ったら翌日に回すと言う手があるけれど、明日になったら食べれる気がしないのもまた事実。
「食べて」
どうしようかと悩んでいると、催促されてしまった。もうこれでご馳走さまと思いつつ、被身子は大きく口を開けて炒飯を頬張った。
「……ぁむ……。んっ、……ごちそうさまでした」
餃子定食はまだ残っているのだけれど、被身子はテーブルの上に箸を置いた。すっかり空腹は満たされてしまって、しばらくは飲み物ぐらいしか口に出来そうにない。セットで頼んでおいた烏龍茶で口の中の油っ気を胃に流し込み、彼女は一息ついた。満腹感が少し収まってくれるまで、動くことは無さそうだ。
そんな被身子の様子を見ながら、癒々は残った料理をどんどん片付けていく。回鍋肉も青椒肉絲も、エビチリもレバニラ炒めも中華スープもあっという間に彼女の胃袋へと流し込まれてしまった。
食べるだけ食べて満腹になった癒々はレンゲを置いて、最後に烏龍茶を飲み始める。そんな彼女をボーッと眺めながら、被身子はこれからどうしようかと思考を巡らせていく。
現在時刻、夜の八時半。寝るにはまだ早く、かといって入浴は出前が届くまでの間に癒々と仲良く済ませてしまった。明日の事を考えて早めに休んでしまうのも悪くないけれど、チウチウは絶対にしておきたい。だけど、今は元気と言っても癒々が退院明けであることに変わりはない。あんな大怪我をした後なのだ。今日は少し控え目にチウチウするべきか、それともいつも通りにチウチウするべきか、被身子は大いに悩む。
「こっち来て」
あれこれと被身子が悩んでいる間に、癒々はリビングのソファに移動していた。今彼女はソファの上に膝立ちになって、背もたれの上に両腕を置いて寄り掛かっている。何なら少し不満そうだ。顔は相変わらずの無表情だけど、とにかく雰囲気が不満そうである。
あまり放っておくと盛大に拗ねて大変ご機嫌斜めになることを知っている被身子は、一度考えることを止め椅子から立ち上がった。まだ残っている烏龍茶を片手に、彼女もリビングへ。ソファの前に立つと、振り返った癒々が両腕を広げた。
「ん。おいで」
そう言われてしまったら、被身子はもう誘われるままにハグするしかない。手に持つグラスを直ぐ側のローテーブルに置いてから、ソファに片膝を乗せて癒々の体を抱き締める。すると彼女はさっそく被身子の胸に顔を埋めて、匂いを嗅ぎ始めた。こうなってしまったら、当分はこのままだろう。
「癒々ちゃん」
「何?」
「ふふっ。なんか呼びたかっただけです」
「被身子」
「なーに?」
「呼びたかっただけ」
「んふふっ。カァイイです」
ベタベタに甘えてくる癒々が可愛くて、被身子は頬を緩めた。特に何もしなくとも、こうしてじゃれ合っているだけで満たされていく感覚がある。小さな体を抱き締めると、彼女の熱がじんわりと伝わってきて、居心地が良い。腕の中にすっぽり収まった恋人の頭を撫でながら、今ある幸せに身を浸していく。
「……っ」
なのに、何故か物足りない。直ぐ側に癒々が居る。呼べば答えてくれる。求めれば応じてくれる。大切で、愛しくて、大好きな彼女を抱き締めているのに、漠然とした不安が湧き上がってどうにも落ち着かない。
「癒々、ちゃん……」
「何?」
「何でも、ないです。何でも……何でも……」
「どうしたの?」
「んーん。本当に、何でもないのです」
本当は、何でも無いなんて嘘だ。不安で不安で仕方なくて。幸せな筈なのに、どうしてか心が落ち着かない。もう癒々には沢山貰っているのに、まだ彼女が欲しいなんてわがままな気持ちが膨れ上がって収まらない。
だから、被身子は愛想笑いを浮かべて何でもないと言う。でもそれが間違いだったと、被身子は直ぐに気付くことになる。
「その顔、嫌い」
「……っ!」
愛想笑い。つまり作り笑いで、癒々を誤魔化すことは出来ない。透き通るような黄金色の瞳に真っ直ぐ顔を見上げられて、被身子は息が詰まった。
あの時。癒々が被身子を受け入れてくれた時もそうだった。愛想笑いは通じず、あっさり本心を見破られてしまった。だから今も、きっと彼女は被身子が何かを隠そうとしていると気付いている。
もう、嘘は吐けそうになかった。
「……側に、居て欲しいです」
「居るよ?」
「もっと。もっとです。もっと、側に居てくれなきゃ……ヤなの」
駄々をこねる子供のように、思いっきり癒々を抱き締める。腕の中の彼女が苦しむかもしれないと思いながらも、腕に力を込めていく。今の被身子は、気遣いなんて一切出来そうにない。
幸せの筈なのに息が乱れて、目の前に居る恋人をもっともっと欲しくなってしまって。こんなにも近くに居るのに、満たされなくて。
……だから。被身子は癒々に噛み付いた。恋人の細い首筋に歯を突き立てて、血を流させる。溢れ出てくる赤い血を、不安に駆られたまま貪り始める。口の中いっぱいに血の味が広がると、膨れ始めていた不安が萎み始めた。ような気がする。
昨日癒々が死にかけてしまったことで、被身子の心は悪い方に転がってしまった。腐り始めてしまった。それでも尚、癒々は彼女を受け入れる。咎めることもしない。嫌がることもない。被身子のあるがままを、優しく抱き締める。
それが余計に被身子を駄目にしてしまうことを、癒々は分かっているのだろうか。
■
翌日。昨晩ソファを血塗れにして、そのまま唇も体も重ね合わせた二人は眠気を引きずりながらも後始末をしっかりして、その後朝食やら着替えやら朝の散髪を済ませた後に家を出た。サボりたい気持ちはお互いにあったのかもしれないが、また相澤先生に怒られたくはないので不本意ではあるが登校せざるを得なかった。
「おはよう! 七躬治くんに渡我くん!」
「はい。おはようです」
「……んー」
教室に入ると、早速飯田の元気な挨拶が響いた。寝不足の頭にはちょっと辛いものがある。それでも無視は良くないので、被身子は取り敢えず挨拶を返し、眠そうにしている癒々を彼女の席まで連れて行った。
席に着くなり、寝不足の癒々は机に突っ伏して動かなくなる。程無くして、静かな寝息が聞こえてきた。昨日は無茶をさせてしまったと被身子はちょっぴりだけ反省しつつ、眠りこけている恋人の髪を撫で回す。また思いっきり甘えたい気持ちが胸の中で膨らんできたが、流石に教室で甘えるのは気が引ける。
なので、彼女は後ろ髪を引かれながら自分の席に向かった。ちょっと離れただけなのに、体が後ろを向きたがってもどかしい。
「皆ー! 朝のホームルームが始まる席に着けー!!」
「着いてるよ着いてねーのおめーだけだ」
飯田の号令にクラスメート達が辛辣な突っ込みを入れるのを聞きながら、被身子は頬杖をついて欠伸を噛み殺す。すっかり寝不足なので、眠らずに授業を受けるのは大変だろう。ふと隣の席の峰田と目が合ったけれど、挨拶をする気も起きずスルーした。昨日病院で癒々が使っていた枕をしつこく嗅いでいたことについて、許すつもりは毛頭無い。彼は被身子に要注意人物の一人として警戒されてしまっているようだ。
ガラリと音を立てて、教室の扉が開いた。入って来たのは、両腕も顔面も包帯でぐるぐる巻きになっている相澤先生である。一昨日のUSJ襲撃事件で大怪我を負った彼が顔を出すとは思っていなかったA組の面々は、担任の登場に非常に驚いた。生徒達の悲鳴にも似た大声が傷に響いたのか、よろよろと教壇に立つ姿は何とも痛々しい。教壇に立っている場合ではない。相澤に必要なのは十分な療養と休息である。
「俺の安否はどうでも良い。……何より、まだ戦いは終わってねえ」
「戦い?」
「まさか……」
「また
「雄英体育祭が迫ってる」
「クソ学校っぽいの来たぁああああっ!!!」
相澤先生への心配はどこに行ったのやら。A組は今日一番大きく騒いだと言って良い。
雄英体育祭。かつてのオリンピックに代わり、年の一度開かれる日本の一大イベントだ。国中が盛り上がる催し物であり、ヒーローの卵である雄英生徒からすればテンションを上げずには居られない。ただし、そこから癒々と被身子の二名は除く。この二人は雄英体育祭に興味が無い。癒々は昨年公安での訓練でテレビなんて見ていなかったし、留守番をしていた被身子も別のチャンネルを回していたぐらいだ。国中が盛り上がると言っても、なにも全ての国民が盛り上がる訳じゃない。大多数が盛り上がるってだけの話である。
「……うるさい……」
クラスメート達の騒ぎっぷりが喧しいものだから、爆睡していた癒々が目を覚ました。周囲の騒ぎようを見てしばらくは収まりようがないと判断した彼女は、両手で両耳を塞いで目蓋を閉じた。雄英体育祭など、眠たい癒々にはどうでも良い。
被身子は取り敢えず愛想笑いを浮かべて、周囲に同調しようとしている。本音を言えばどうでも良いが、人付き合いの為には話を合わせなければならない。頭の片隅で癒々は体育祭をどう思っているのだろうかと考えながら、静かに担任の言葉に耳を傾ける。
今年の雄英体育祭は例年の七倍も警備を増やし、逆に開催することで雄英の聞き管理体制が盤石であると世間に示す旨や、生徒達の将来に関わってくる大切な行事であるが故に
もう間も無く一時間目の授業が始まる。が、クラスメートは誰も彼もが体育祭のことで頭がいっぱいだ。
「体育祭! 頑張ろうね渡我ちゃんっ!」
今日も明るく元気な葉隠が、わざわざ席を立って被身子の席に歩いてでも被身子に話し掛けた。透明人間の彼女はどんな表情をしているのかさっぱり分からないのだが、そのぶん体の動きで感情を表現する気らいがある。今は激しくぶんぶんと腕を振っているので、テンションが非常に高い。見えない顔は笑顔なのだろうか。
「ですね。頑張りましょう」
「うおー、やるぞー! 頑張るぞーっ! 目立つぞーーっ!」
「ぁ、はは……」
透明人間がどうやって目立つのか、甚だ疑問である。だが体育祭は年に一度しかなく、自己アピールをするには最大のチャンスなのだ。良い成績を残せれば、透明な彼女とて目立つことが出来るだろう。何より、プロヒーローの目にも留まれるのだ。
体育祭での活躍はヒーローになる為の大きな一歩。そう言った意味で考えると、やっぱり被身子は乗り気になれない。別に目立ちたい訳じゃないし、ヒーローからスカウトされたいとも思わない。将来ヒーローになりたいとも思っていない。
「透ちゃん。そろそろ授業が始まるのです」
「お昼! 一緒に食べようねっ。七躬治ちゃんも一緒に!」
「はい。そうしましょう」
昼食の約束をして、葉隠は自分の席へと戻っていった。そのタイミングで本鈴が鳴り、同時に数学が担当教科のエクトプラズム先生が姿を見せた。これから授業が始まる。眠気を感じながらの座学は睡魔との戦いだ。しかも被身子は、授業をこなしながら反省文も書かなきゃいけない。ヴィラン襲撃やら入院やらで、授業をサボったことに対する罰のことを彼女はすっかり忘れてしまっていた。そしてそれは、いま机に突っ伏して寝ている癒々も同じだろう。
鞄の中から勉強道具を取り出して、被身子は一度姿勢を正す。時折飛び出そうになる欠伸をどうにかこうにか噛み殺しつつ、彼女は今日の授業を乗り越えていくのであった。
癒々への依存度がマシマシになったトガちゃん可愛いね。もっともっと駄目になって欲しいところです。だから駄目にするね?(愉悦)
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