わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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 眠気と戦いながら何とか午前中を乗り切った被身子は、昼休みに入ると同時に大きな溜め息を吐く。休み時間は反省文の作成に費やしたお陰で、脳が休まる暇が無かった。何度も授業中に意識が飛びそうになったし、途中から寝てしまいたくて堪らなかった。それでもどうにかこうにか午前中は起きて居られたので、後は少しでも多く昼休みをゆっくりと過ごし、午後の授業も乗り切って早く楽になりたい。

 体育祭については、また明日から考えれば良いと思っているようだ。彼女からすれば、どうでも良い事でしかない。寝不足で苛立ちつつある頭で、これ以上学校生活のことを考えたくないとも思っているだろう。

 昼食を食べる気はまったくしないけれど、それでもクラスメートとの約束は約束だ。被身子は口許を手で隠しながら欠伸をしつつ、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。ついでに、ちっとも消えてなくならない眠気を首を左右に振ることで、少しだけ追い払う。眠気に勉強疲れが重なって、授業を受けていただけなのに彼女はふらふらだ。

 

「渡我ちゃん大丈夫? 何か今日、すっごい眠そうだけど……」

「……昨日は、結構夜更かししちゃったのです。ふあ……っ」

 

 実際、昨晩は夜中の三時過ぎまで癒々と体を重ねていた。完全に自業自得だ。翌日に学校がある場合は自重した方が良いだろう。どうにも自制が出来なくなってしまった今では、強過ぎる欲求を我慢出来るかどうか怪しいところだが。

 

「なるほど……。昨日はお楽しみでしたねってやつだね!?」

「……はい、お楽しみでしたよー」

 

 葉隠の追究にさらっと答えてしまっている辺り、今日の被身子は本当に頭が回っていない。眠過ぎて口が軽くなっている。今ならどんな秘密でもうっかり漏らしてしまいそうなぐらいだ。

 本日何度目か分からない欠伸をして、被身子は葉隠と共に教室の後ろ側へと向かう。癒々はまだ寝ているようで、昼休みになっているのに机に突っ伏したまま微動だにしない。直ぐ近くでクラスメート達が体育祭の件で騒いでいるのに、起きる気配がまったく無い。昨晩の夜更かしが、余程堪えているのだろうか。

 

「……癒々ちゃん、起きれる?」

 

 すやすやと眠りこけている恋人を起こすことにちょっと胸を痛めつつ、被身子は寝惚ける癒々の肩を揺する。が、珍しく反応が返ってこない。やはり昨夜の情事が尾を引いているようだ。このまま寝かせておいてあげたいが、そうした場合癒々は昼食を食べ損ねてしまう。食いしん坊な彼女が空腹のまま午後の授業を乗り越えれるとは到底思えないので、被身子はもう一度癒々の肩を揺すった。

 

「癒々ちゃん。起きて」

「……、んー……」

「起きて。ご飯食べる時間が無くなっちゃうから」

「……んー……」

 

 被身子に揺さぶられること三度。静かに寝ていた癒々はやっと目を覚ましたようで、目蓋を閉じたまま体を起こす。それから座ったまま背中を反らしたり、首を傾けたりして寝ている間に固まってしまった体をゆっくりと伸ばしていく。最後に大きな欠伸をしてから、目を開いた。

 

「……おはよう」

「おはようございます。お昼にしよ?」

「おはよう七躬治ちゃん。夜更かしは程々に!」

「くぁ……っ。昨日は……被身子が寝かせてくれなかったし……。ふわ……ぁ」

 

 さらっととんでもない事実を癒々が口走るものだから、少し離れた席で聞き耳を立てていた峰田が独り言を呟き始めている。いつもなら慌てて癒々の口を塞ぎにかかる被身子だが、今日に限ってはそんな余裕は微塵も無い。眠くて頭が回り切らないのだ。クラスメート達にあれこれと邪推されるのは面倒だけれど、今に限っては面倒を避けることが面倒くさい。

 

「あ、ヤオモモちゃんも一緒にご飯どう?」

「ええ、是非。ご一緒させてくださいます?」

「もっちろん! じゃあ皆で食堂行こーう!」

 

 一緒に昼食を食べる相手が一人増えた。席が近いこともあり、葉隠や八百万とは関わる機会は今後ともそれなりにあるのだろう。未だ欠伸を繰り返す癒々は、被身子の手を取って歩き出す。これから食事をする為に食堂へと向かうのに、足取りが重い。午前中はずっと寝て過ごしていたのだから、空腹を感じていないのかも。

 四人は教室を出て、廊下を歩く。すると、被身子と癒々の視界にある男の姿が目に入った。

 

「こんにちは。ちょっと癒々ちゃんを借りて良いかな。大事な話があるんだ」

 

 公安の、大独活(おおうど)だった。今日もスーツに身を包んでいる彼は、相変わらずの長身で優しげな微笑みを振り撒いている。これから食事を摂りに行くと言うのに、そんなタイミングで姿を現すものだから本当に間が悪い。大きな大人の登場に、葉隠も八百万も目を丸くする。取り敢えずこんにちはと挨拶を返すが、大独活が何者で何の用が癒々にあるのか不思議に思っているようだ。

 被身子は、とっさに癒々を体の後ろに隠して大独活を睨み付けた。わざわざ学校に来る程の大事な話なんて、彼女からすれば嫌な予感しかしない。

 

「……何の用ですか? 癒々ちゃんはこれからご飯なので、後にしてください」

「邪魔しちゃって悪いとは思うけど、本当に大事な話があるんだよ。一昨日の件で、幾つも確認しなきゃならないことが出来た。なるべく時間は取らせないから、少し借りれないかな?」

「嫌です。駄目です。了承できません」

 

 左右の人差し指でバッテンを作り、被身子は頑なに大独活の話を拒否する。学校では浮かべっぱなしの愛想笑いも、猜疑心(さいぎしん)で塗り潰されてしまっている。ちょっとやそっとの事じゃ癒々を引き渡したりしないだろう。

 そんな被身子を見て、大独活は苦笑いを浮かべた。子供のわがままをどう対処するべきか悩んでいるようにも見える。大事な話があるとは言え、癒々の学校生活の邪魔をしたいとは思っていないらしい。

 

「癒々ちゃん。ちょっと協力して欲しいかな。本当の本当に、大事な話なんだ」

「……分かった。被身子」

「駄目。それなら私も一緒に……」

 

 大独活と共に行こうとする癒々を被身子は力付くで抱き寄せて、何としてでも彼女を行かせまいと抵抗する。

 

「それは駄目だ」

「……っ、いったい、何の話ですか? 何で癒々ちゃんを……」

「落ち着いて。大丈夫だから」

「でもっ」

「被身子。お願い」

「……」

 

 抱き寄せた癒々に見上げられて、被身子は迷う。少し前の彼女なら、こうしてお願いされたら聞き入れていた。ただ今は、素直に頷きたくない。腕の中にあるこの熱を、簡単に手放したくないのだ。

 

「……直ぐに、戻ってきてね……? どっか行ったら、ヤです……」

「直ぐ戻るから安心して。大丈夫だから」

 

 不満は残るが、結局この場は諦めるしかなさそうだ。本当に渋々と、被身子は腕から力を抜いた。淡々と離れ、そして大独活と共に何処かに去ってしまう癒々を不満そうに見詰めながら見送る。そんな彼女を見て、葉隠と八百万は首を傾げた。二人からすれば、今の大男が誰だったのか分からない。

 

「渡我ちゃん、今の誰? 七躬治ちゃんついて行っちゃったけど……」

「……公安の人。私、あの人嫌いです」

「公安? 何故公安の方が七躬治さんを?」

「色々あるのです。話すことは、あんまり出来ませんけど……」

「だ、大丈夫だよ! 一昨日の件だって言ってたし、ちょっとお話するだけじゃないかなっ!?」

「……そうだと良いんですけど」

 

 公安が今何を考えており、何の事情があって癒々を連れ出したのか分からない。今はただ、何事も無ければ良いとしか被身子は思えなかった。

 

 

 大独活に連れ出された癒々がやって来たのは、職員会議室だった。テーブルには何人もの教師、つまりプロヒーローが着いており、二人が会議室に踏み入ると一斉に目を向けた。その中には未だ痛々しい包帯姿の相澤が居るし、オールマイトや警察の塚内まで居る。

 どうやら、全員が大独活と癒々の到着を待っていたらしい。彼と彼女は一番奥の座席に座っているネズミの校長に促されて、席に着いた。雄英教師勢揃いとなっている光景を前に、癒々は首を傾げる。大多数が圧倒されてしまいそうな空気感の中で、マイペースに欠伸をしている。誰が目の前に居ようがお構い無しだ。

 

「揃いましたね。早速始めましょう」

「相澤くん。やっぱり休んでいた方が良いんじゃないか? ほら君、ボロボロだし……」

「構いません。自分が受け持った生徒をこのような場にひとりで居させるのは、担任として忍びない」

「……、OKでは早速始めようか」

「俺はそう言いましたよオールマイトさん」

 

 これから何が始まるのか。錚々(そうそう)たるメンバーが集結しているのだ。まさか皆で仲良くお昼ご飯を食べようなんてことは無いだろう。何の事情も知らぬ者から見たら、今の状況は雄英や警察、そして公安が癒々を吊し上げようとしているようにしか見えない。

 わざわざ昼休みに、いったい何の用があって癒々をこんな場所に呼び出したのか。ヒーローの誰もが真剣な顔付きをしている。警察も、公安もだ。これから行われる事は、きっとろくでもない事なのだろう。

 

「七躬治。一昨日のヴィラン襲撃について聞きたいことがある。話せるか?」

「何が知りたいの?」

「ナロクと言う(ヴィラン)について、情報が欲しい。直接戦った上で、何か勘づいた事は? 些細な事でも構わない」

「……んー……」

 

 どうやらヒーローも公安も警察も、癒々が直接戦ったヴィランについて僅かでも情報を求めているらしい。今日になってわざわざ訪ねるのは、癒々の体を気遣ってのことだろう。

 ナロクについて訪ねられた癒々は、唇に指を当てて考え込む。一昨日の戦闘を振り返っているのか、頭の中で自分が知っている情報を纏めているのか。

 しばしの沈黙。その後、周囲の大人達の視線に晒されながら彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「先に聞きたいことがある。塚内、大独活。富士中事件の生き残りは本当にわたし一人だったの?」

 

 相澤からの質問に答えず、癒々は質問を返した。頭の中で情報を纏めている内に、何か彼女の中で引っ掛かることがあったのだろう。

 癒々の問い掛けに、大独活も塚内も顔をしかめた。富士中事件という通称が飛び出てきたことで、根津と相澤、そしてオールマイトを除いた雄英教師達は一斉に警察と公安に癒々の言葉の真偽を目で問う。どうやら癒々に関する全ての情報が伝わっているわけでは無いようだ。何せ公安は癒々の背景を秘匿したい。だから富士中事件については、正しい情報が世間に届いていないのだ。

 だから、癒々が富士中事件唯一の生存者であることを他の教師達は今知った。警察や公安に、嫌疑の目を向けるのも仕方ないだろう。

 

「……ああ、七躬治さん一人だ。他の被害者は、全て死亡確認が取れている」

「死体の処理はどうしたの? ちゃんと火葬した?」

「そうだね。手違いは無いよ」

「ちゃんと調べた方が良い。死体の数がひとつ減ってるかも」

「……何だって?」

 

 塚内も、そしてこの場に居る癒々以外の全員が顔をしかめた。もし癒々の言葉が事実だったとしたなら、それは大問題だ。死体が喪失し、今はヴィランとして活動しているなど考えたくもない。まだ彼女の言葉が本当かどうか分からないが、それでも質の悪い話である。まだ癒々が嘘を並び立てていると疑った方が良いぐらいだ。

 ただ、淡々と話している彼女が嘘を吐いているように見えないのも事実。事の真偽を知るには、最後までちゃんと話を聞かなければならない。

 

「事実かどうかは分からない。ただあの子……ナロクって(ヴィラン)は、わたしが生き返らせてくれたって言ってた」

「ヘイヘイ七躬治ガール。冗談は止してくれよ。死体がヴィランになったなんてふざけた情報は欲しくねえ。それに、死人を蘇らせる個性なんてのは有り得ねえだろ」

「わたしの個性なら有り得ない話じゃない。試したいとは思わないけど、やれば出来ると思う」

「な……っ!?」

 

 誰もが、驚きの声を上げた。会議室が騒然とする。もし本当に癒々が人を生き返らせることが出来るなら、彼女の個性がそれ程強力なものだとしたら、一気に話が変わってくる。死体がヴィランになったなんてふざけた話が、現実になってしまうのだ。

 如何に個性が多種多様で何でも有りの力だとしても、流石に失われた命を復活させる個性は無いと誰もが思っている。そんな個性が実在していたら、生物にとって当たり前の常識が呆気なく覆ってしまう。それこそ、世界が変わってしまいかねない。

 

「ただ、そんな真似をしたらわたしはもう死んでる筈。この個性は、わたしの命を使うものだから」

「なら、今の話は有り得ないだろう? 現に七躬治少女は生きていることだし……」

「死体をちゃんと火葬したか、その確認はしておいて。可能性はゼロじゃない」

「……分かった。話を戻そう。七躬治さん、ナロクと言うヴィランについて気付いたことは?」

 

 癒々の個性で人を生き返らせることが可能かどうか。その話はひとまず置いておく形で、塚内は話を本筋に戻す。知りたいのは大活性という個性のことではない。ナロクと言うヴィランについて少しでも知りたいから、わざわざ会議室に集まって話をして居るのだ。

 

「相澤の抹消が効いてなかった。効いてたとするなら、多分素の身体能力がオールマイトの半分ぐらいある。その上で、わたしのような個性を持ってる筈」

 

 淡々と、事実が語られていく。信じ難い話ではあるが、殺されかけた癒々本人がそう言うのだ。実際に相対してみないことには真実は分からないが、本当に抹消が効かないか、オールマイトの半分程の身体能力を持っている可能性はゼロではない。その両方を持ち合わせている可能性だってある。

 あの時、イレイザー・ヘッドは真っ先に飛び出して戦闘を開始した。その時、抹消を使って確かにナロクの姿を捉えていた。なのにあの黒い少女は、個性を使ったとしか思えないような速度で癒々に向かって跳んで行ったのだ。その結果として、癒々は殺されかけた。

 人ひとりを容易に殺す攻撃を個性無しで行っていたとしたら、それは驚異なんてものじゃない。だが個性を使っていたなら、何かしらの事情で抹消が効いていないことになる。どちらにしても、ナロクは危険過ぎる存在だ。

 

「あの子の言ってたことが本当なら、わたしの関係者かも。富士中事件を再捜査するべき」

「生き残りがもう一人居て、ヴィランになった……なんて考えたくはないね」

 

 癒々を除く誰もが、難しい顔を浮かべている。ナロクには抹消が効かず、効いていたとしてもオールマイトの半分程の身体能力を持っている可能性がある。数多くの凶悪ヴィランを捕らえてきたヒーローでも、手に余る存在だ。

 出生も出自も不明。敵連合なる集団の一員であり、生徒を殺そうとしていた。もしUSJ襲撃の際、他のヴィランと結託してオールマイトを狙っていたら平和の象徴は殺されていたかもしれない。

 

「ナロクは、君に何と?」

「わたしを迎えに来たとか、一緒に暮らして幸せになろうとか言ってた。多分、記憶を喪う前のわたしと深い関わりがある」

 

 もし記憶を喪う前の癒々と面識があるとするなら、癒々が記憶を取り戻しさえすればナロクについて深く探ることが出来るだろう。ただ、その線で捜査を進めることは難しい。彼女は重度の記憶喪失と診断されており、医者曰く下手したら二度と記憶は戻らないとまで言われている。

 何より癒々自身が、記憶を取り戻そうとしていない。どうしても、過去に興味が持てないのだ。

 

「もうひとつ聞くけど、わたしが殺されかけた後のナロクの動向は?」

「真っ先に雄英から飛び立って、見境無くヒーローを殺害した。その後の動向は何も掴めてない」

「……ごめん。それは、わたしのせい。わたしがあの時、ちゃんと止めれば(・・・・)良かった」

「お前はよくやったよ七躬治。クラスメートを守ったんだ。今はそんな責任を感じなくて良い」

 

 癒々を死の淵まで追いやった後で、ナロクは街に出てヒーローを殺害して回ったらしい。その事実に、どうやら癒々は思うところがあるようだ。様々な事をどうでも良いと切り捨てる彼女にしては、珍しい。

 そんな癒々を見て、相澤は教師として優しい声をかける。

 ヴィランがヒーローを殺したのは、ヴィランの責任だ。責任を負うべきは、まだ子供で学生の癒々ではない。何より、癒々が戦わなければ尾白や被身子が殺されていたかもしれないのだ。褒められることはあっても、責められるなんてことは無い。

 

「昼休みに悪かったな。今ならまだ飯を食う時間があるだろ。休んでくれ」

「ん……。じゃあそうする」

 

 思うところはあるようだが、取り敢えず癒々は担任の言うことを聞いて席を立つ。もう昼休みは半分程が過ぎてしまっている。あまりのんびりしている時間は無いが、それでも食事を摂ることは出来そうだ。

 会議室を退出した癒々は、ひとり廊下を歩き出す。白い髪を揺らしながら、くぅくぅとお腹を鳴らしながら。

 

 

 

 

 

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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