わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
くぅくぅとお腹を鳴らしながら、癒々はひとりで廊下を歩く。もう既に昼休みの半分が過ぎ去ってしまったが、それでも彼女が向かう先は食堂である。昨晩はたっぷりとチウチウされてしまった上に、朝日が昇りそうになるまで被身子とイチャイチャしていたのだ。睡眠不足で体力が回復しきっていないし、血を大量に増産した後だから体が栄養を欲している。昼食をしっかり摂らなければ、被身子と過ごす夜に支障が出てしまう。癒々としては是非とも避けておきたい。
まぁ今晩に限っては、添い寝だけで終わってしまう可能性が高くはあるのだが。何せ被身子は、眠気を堪えながら授業を受けていたのだ。何だかんだ真面目に擬態をしている彼女と違い、癒々は午前中の授業全てを睡眠に費やしていた。なのにまだ欠伸を繰り返している辺り、まだまだ眠気が払いきれていない。寝不足は依然継続中だ。
「くぁ……っ」
みっともなく大口を開きながらまた欠伸をして、黄金色の瞳に涙を浮かべつつ癒々はふらふらと歩き続ける。眠すぎて目蓋が閉じそうになっているので、前はろくに見ていない。今は昼休みで、廊下はそれなりに人通りがある。なのに右へ左へ揺れながら足を動かすのは、普通に危ない。
「んぶっ」
前を見ずに歩き続けた結果。癒々は廊下のど真ん中を闊歩していた男子生徒に正面からぶつかった。身長差も有り、彼女は衝突した相手の胸付近に顔をぶつけてしまった。直後、爆発が如き重低音な声が廊下に響き渡る。
「あ゛っ? てめぇどこに目ぇ付けて歩いてやがる……!!」
よりにもよって、癒々がぶつかってしまったのは爆豪だった。彼の後ろには、今日も赤髪が派手派手しい切島や輝く金髪の上鳴も居る。どうやら三人仲良く教室へと戻る最中のようだ。尚、切島・上鳴の両名はチンピラのような物言いをしている爆豪にちょっと引いている。当然の反応と言えば当然の反応だ。どうしてこう、爆豪は誰に対しても爆発的態度を取ってしまうのか。彼の辞書には落ち着きという四文字は存在していないのかもしれない。
人と衝突した癒々は渋々と目を開き、そして相手が爆豪だと分かると再び目を閉じて前に歩き出そうとする。が、彼女の小さな身体では個性を使わなければ健康な男子生徒を押し退けることは難しそうだ。それどころか、思いっきり爆豪の足を踏んでしまった。
「目ぇ閉じて歩いてんじゃねえぞ舐めプ前髪!! 喧嘩売ってんのか!!!」
「ちょっ、爆豪落ち着けって。七躬治も悪いかもしんねーけど、女子にその言い草は漢らしくねえって……」
ちょっと冷や汗をかきつつ、切島はとっくに大爆発している爆豪を宥めようと口を開く。事を眺めている上鳴は「あちゃー……」と呟きながら額に手を当てた。この後の光景が鮮明に目に浮かんだのだろう。爆豪に向かってクソを下水で煮込んだ性格をしていると言っていただけある。
「黙ってろやクソ髪!! 喧嘩売ってきた奴は残らずぶっ殺すに決まってんだろうが!!!」
今にも両手から大爆発を起こしそうになっている。現に肘を曲げて手のひらを天井に向けているぐらいだ。ここが校舎で、それも廊下でなければ、間違いなく空に向かって個性をブッパしていたことだろう。本当にこの男はヒーローを目指しているのか怪しくなってきた。ヴィランを目指していると言ってくれた方がまだ納得出来る。
とは言え、癒々を前にした爆豪がこうも苛つくのには相応の理由がある。
彼は単純に、日頃から癒々の態度が気に入らない。入試一位で雄英に入っておきながら、授業は寝るわ訓練は舐めプするわ、学校自体サボるわでろくな素振りを見せない。対人訓練を終えた際に言い放った一言はどうしても頭に来るし、何より舐めプ発言をした後で、明らかに格上のヴィラン相手に死にかけるまで戦って見せた。自分よりも成績良く雄英に入った奴が、こうも訳が分からない事ばかり繰り返すのだから苛ついても仕方がない。だからと言って、背丈の低い女子に暴言を吐き散らすのはやっぱり良くないのだが。
「……邪魔。どいて」
「てめぇがどけ!!!」
「うるさい。黙って」
「てめぇが黙れ!!!」
廊下のど真ん中でそんなやり取りを繰り広げるものだから、段々と野次馬が集まり始めてきた。気が付けば二人の周囲には人集りが出来ており、完全に見世物になってしまっている。ヴィランに襲撃されたA組生徒達が喧嘩を始めそうだ、なんて情報は直ぐに校内に広まって教師の耳に入ることだろう。そうなってしまったら、爆豪も癒々も相澤先生に怒られる。騒ぎが大きくなり過ぎる前に事態を沈静化した方が良いのだが、残念ながらそれが出来る者はこの場には居なさそうだ。
「どいて」
「どかして見せろや!!!」
「じゃあそうする」
ひたすら怒鳴り散らす爆豪の右手を、癒々が握手をするかのように掴んだ。体格差がある相手が何をしようと問題ないと彼は思っているのか、口の端を吊り上げる。何をされようが対処する自信があるのか、それとも癒々を見下しているのか。だが、次の瞬間。彼は呆気なく膝をついた。端から見たら、爆豪が勝手に廊下に転んだように見えるだろう。だが、実際は違う。
「は?」
何故自分が
「てめぇ……! 何、しや、がる……っ!!」
「どかすって言った」
「っっ!?」
ふわりと、爆豪の体が反転した。跪いていた彼は、気が付けば天井を見上げるように倒れてしまった。当人は何が起きたのか一切分かっていない。切島も上鳴も、目を丸くしている。二人の目は爆豪が何をされたのかばっちり捉えていた。
爆豪はたった今、造作もなく片手一本で投げられたのだ。天井を見上げているのは、仰向けに倒れているからに他ならない。
「すっげー七躬治! 今の、何したんだ? コツとかあんの?」
「邪魔。どいて」
「お、おう。ごめんな……? ってか、爆豪は大丈夫か? 頭打ったか?」
「打ってねえわ! 死ねカス!!」
上鳴からの問いに答えること無く、癒々は投げられても騒ぎ続ける爆豪を跨いで歩き始めた。クラスメートと交流を深めるつもりは、まだ無いらしい。そもそも今はそんな場合ではない。誰かと仲良くするよりも、今は昼食の方がずっと大事だ。何せ彼女は今、とても空腹なのだから。
「っ、待てこらっ! 今のもっかいやってみろ!!」
「やらない。今度、気が向いたらね」
後ろから飛んでくる声に振り返りもせず答えて、癒々はまたもふらふらと揺れながら歩いていく。さっき開いた目蓋が再び閉じかかっている。
「無視してんじゃねぇっっ!!!」
容易くあしらわれてしまった爆豪は完全に頭に血が上っている。血走った目をした彼は、倒れた体を起こすなり真っ直ぐ癒々に向かって駆けた。平静さなんてものは欠片程も無いようだが、それでも妙なところでみみっちい。人が居る廊下で個性をブッパするような愚かな真似はしっかりと避けている。だからと言って人前で癒々の肩を力任せに掴んだのは、何かとよろしくないのだけれど。
「ちょっ、待て爆豪! そりゃまずいって!!」
次の瞬間には拳でも振り上げそうな爆豪を大慌てで羽交い締めにしながら、切島は叫ぶ。咄嗟に爆豪を止めようと体を張った姿は漢らしいと言えるだろう。
「離せクソ髪!! ぶっ殺すぞ!!」
「だから落ち着けって! ここは俺が抑えとくから七躬治は逃げろっ!!」
「んー……。じゃあそうする」
このあと癒々は食堂で被身子達と合流し遅れて昼食を食べるのだが、その最中に校内放送で生徒指導室に呼び出されることになる。廊下で爆豪と喧嘩した、なんて話が雄英生徒達を伝って一年A組の担任に届いてしまったからだ。
■
「……七躬治、お前ほんといい加減にしとけよ。爆豪も、ガキみたいな真似はするなと俺は言ったよな?」
「……ッス」
「んー……」
もう十分もしない内に昼休みが終わると言うのに、爆豪と癒々は生徒指導室で相澤先生によるお説教を受けていた。双方怪我はなかったものの、廊下で喧嘩紛いの事をおっぱじめた罪は非常に重い。この二人が問題児の類いであることは担任として分かっていたことだが、まさかこうも早くやらかしてくれるとは思っていなかったようだ。生徒二人を見る目がとてつもなく冷ややかになっている。
椅子に座る爆豪は現状大人しくしている。自分も悪いところがあったと、少しは反省しているようだ。ただ癒々は相澤の話に興味が無いようで、目を閉じている。まさかとは思うが居眠りをするつもりだろうか。この期に及んで余計に担任を激怒させるのは得策ではない。絶対に止めた方が良い。
「先に手を出したのは?」
「わたし」
「口出したのは俺」
「……ただでさえ忙しいのに余計な苦労をかけてくれるな。七躬治、お前もう謹慎だ。それと反省文書け。三日は来るな。
爆豪、お前も反省文と二日の謹慎。分かったな?」
手痛い処分が下されてしまった。除籍を言い渡されないだけ寛大な処置ではあるが、それでも謹慎は謹慎である。まだ入学してそこまで日が経っていないのに、この始末。爆豪も癒々もすっかりやらかしてしまった。特に爆豪は、最悪の気分だろう。爆発的自尊心の塊である彼からすれば、入学したばかりなのに謹慎なんて到底受け入れられないし、受け入れたくない。だが担任の言うことは絶対なので、もはやどうしようもないのだが。
「……ッス」
「んー」
「今日はもう二人とも帰れ。喧嘩せずに教室戻れよ。爆豪、七躬治が寝ようとしたら引っ張ってでも連れてけ」
今日も忙しい相澤先生はまだふらふらとしている体で、問題児二人よりも早く指導室を出て行った。残された癒々は広々としたテーブルに突っ伏し、そのまま寝ようとしている。そんなクラスメートを見た爆豪は額に青筋を浮かべながら、癒々の後ろ襟を引っ掴む。そして力ずくで、彼女の姿勢を真っ直ぐなものにした。
「帰れっつわれただろ。寝てんじゃねえぞゴラ」
「だって、……眠い……」
謹慎を言い渡された手前、どんなに嫌だとしても教師の言うことに逆らうことは出来ない。言動はとんでもない彼だが、何だかんだで聞き分けは良かったりする。態度さえどうにかすれば、模範的な優等生だったろうに。
「そもそも夜更かししてんじゃねえ。てめぇ、本当に好き勝手してんな。舐めた真似ばっかしやがって、そんなんでヒーロー目指してんのか?」
「出久の役に立つ為に来てるだけだし。あの子、全然頼ってくれないけど」
「あ゛? なんでデクが出てくんだオイ!」
「うるさい。また相澤に怒られる」
「……っち!」
癒々の口から追及したい言動が飛び出てきたが、普段のように叫び倒すことは出来なくて謹慎二日ボーイは思いっきり舌打ちをした。謹慎三日ガールはまだ目蓋を閉じている。爆豪が話しかけてくるから渋々起きているだけで、会話が無くなればその瞬間に寝落ちしてしまいそうだ。何より、自分から動こうとしていない。
「今すぐ立てやっ。引き摺り殺されてえのか!」
「教室まで連れてって。歩きたくない」
「てめぇ……本当にふざけてんな……っ! 勝手に歩け!!」
再び盛大にキレ散らかしながら、それでも爆豪は癒々の体を力ずくで引き摺り始めた。彼女が動かないなら引っ張ってでも連れて行けと担任から指示が出ている。女子一名を廊下で引きずり回しても、変な注目を集めてしまうだけでお咎めは特に無いだろう。
そんなこんなで、爆豪は癒々の体を引っ張りながら歩き始めた。目指すは教室。これから帰宅しなければならないので、鞄を取りに戻らなければならない。彼がこんな真似をしなくちゃならないのは、間違いなく自由が過ぎる癒々のせいだ。
「……てめぇ。今度本気で俺と勝負しろや」
「何で?」
「俺が一番になる為だ。その為に、てめぇの実力を利用すんだよ」
今日は謹慎になってしまった爆豪だけれど、そんな事でへこたれるような彼ではない。一番を目指す為に、どんな時だって上を見続ける。それが爆豪だ。暴言ばかりを吐き散らして誰とも馴れ合おうとしないのは、クラスメート全員を競争相手とでも思っているからだろう。
「どうでも良い。好きにして」
「てめぇが訳を聞いたんだろうが……っ! マジでぶっ殺すぞてめえ……っっ!」
「うるさい」
「……っち!!」
癒々に向かって幾らでも暴言を吐きたいところだが、また廊下で騒いだら次は謹慎じゃ済まない。まだ除籍なんて目には遭いたくない爆豪は、また舌打ちをして閉口した。体力も筋力も優れている彼は、全く動こうとしない問題児を引き摺ったまま歩き続ける。教室まではまだまだ遠い。そうこうしている内に予鈴が鳴って、慌ただしい音がそこら中の教室から聞こえてきた。間も無く本鈴が聞こえてきて、五時間目の授業が始まる筈だ。
ズルズルと癒々を引き摺りながら誰も居ない廊下を歩くこと十分足らず。本鈴が鳴り終わったタイミングで、爆豪は1-A教室の扉を勢い良く開いた。ちょうど飯田の号令がかかったタイミングのようで、クラスメート全員は教壇に立つオールマイトに向かってお辞儀をしていた。
「爆豪くん! 七躬治くん! 授業はもう始まっているぞ! 直ぐに席に着きたまえ!! そもそもヒーロー科に居る者が廊下で喧嘩などしては……」
「るっせえ死ね! 着かねえよカス!! おい作り笑い! こいつ何とかしろや!!」
左手で引っ張っていた癒々を、爆豪は教壇前に向かって放り投げた。飯田の言葉は全無視である。取り敢えず相澤先生の指示を遂行した彼は、ぶちギレたまま自分の席に戻り苛立ちを全方位に向けて放ちながら荷物を纏めていく。クラスメート達は今日も大爆発な爆豪を見ているのが半分、もう半分は教壇前で倒れたままピクリともしない癒々を見て息を呑んでいる。事情が説明されていない者からすれば、爆豪が癒々に何かしたようにしか見えない。切島も上鳴も引きつった顔になっていた。被身子は思いっきり爆豪を睨んでから、ピクリともしない癒々に駆け寄った。
「お前……まさか七躬治に何かしたんじゃ……」
「爆豪お前! 女子に手ぇ上げたのか!?」
「癒々ちゃんっ、大丈夫!? ……って、これ寝てる……」
授業が始まっているのに教室が騒がしくなってきた。オールマイトは冷や汗をかきながら、教壇に手をついた後にゆっくりと口を開く。癒々に駆け寄った被身子は、癒々が爆睡していることに直ぐ気付いた。
「あー、爆豪少年と七躬治少女は謹慎処分を受けたんだ。今日はもう帰宅指導が出てるから、二人は帰りなさい……」
「えっ、謹慎!?」
「とうとうやっちゃったのね……」
「かっちゃん……それはマズいよ……」
「俺を哀れんでんじゃねえぞクソナード!!」
騒々しい教室が更に混沌としてきた。もう授業どころでは無くなっている。このまま騒ぎ続けたら、他所のクラスから苦情が入るだろう。しかし爆豪と癒々が謹慎処分を受けたことにA組の面々はどうしてもざわついてしまう。
「あの、先生。癒々ちゃん起きません……」
「……七躬治少女。起きよう、起きないと相澤くんにまた怒られるぞ」
「……」
「癒々ちゃん、起きて。眠いのは分かるけど……起きないと大変なのです」
「……」
もう被身子の声すら届かないようで、癒々はすやすやと寝息を立ててピクリともしない。すっかり爆睡してしまった彼女が起きるまで、いったいあと何時間かかることやら。
結局、癒々が起きたのは二時間後。目が覚めたら教室の後ろに運ばれていた彼女は盛大な欠伸をかきつつ荷物を纏め、授業中にも関わらず被身子を抱き締めて、たっぷり匂いを嗅いだ後に教室を出た。後日、直ぐ帰宅しなかったことを担任に怒られたのは言うまでもない。
頑張れ相澤先生。どんまいかっちゃん。
癒々お前……ほんといい加減にしとけよ……。まじで除籍されちゃうって……
癒々の職場体験先
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エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
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リカバリーガール(癒々の情報開示)