わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
癒々が謹慎処分を受けた。理由は、廊下で爆豪と喧嘩したから。昨日、放課後になるなり真っ直ぐ帰宅した被身子は、なんでそんな事をしてしまったのかと癒々に問い質した。返って来た返答は「喧嘩したから」の一言のみで、結局被身子は知りたいことを何も知れずに終わってしまったのだけれど。いついつも、癒々は大事なことを被身子に話そうとしない。
その後は自由奔放な恋人にちょっと呆れながらも、でも結局はいつものようにイチャイチャして、途中で寝落ちしてしまった。朝になって目が覚めると頭がスッキリしていたので、寝不足は完全に解消されたようだ。とは言え、被身子は学校に行きたくなかった。何せ癒々が三日も居ないのだ。またサボるような真似をしたら相澤先生に怒られるのは分かっているけれど、癒々が居ない学校には何の魅力も感じられない。なので学校をサボりたいと伝えると、待っていたのは軽いデコピンだった。
「相澤に怒られるから、行かなきゃ駄目」
と裸ブラウスな癒々に言われてしまい、本当に渋々と、誠に遺憾ながら今日も登校することになってしまった被身子である。家を出る際、いってらっしゃいのキスをして貰えたのでこれはこれで悪くないのかも、なんてちょっと思った。
まぁ、登校直前に十分もお互いの舌をこれでもかと舐め合ったものだから、つい朝から盛ってしまいそうになったのも事実なのだが。
癒々が居ない通学路は、寂しいなんてものじゃなかった。いつもある恋人に温もり無しに独りで歩くのが苦痛過ぎて、何度家に帰ってしまおうと思ったか被身子は分からない。でも何だかんだ、ちゃんと学校には向かった。途中でたまたま麗日や飯田と偶然合流したのが大きかった。二人と出会わなければ、間違いなく通学路のどこかで踵を返していたところだろう。
「まったく。爆豪くんと七躬治くんには困ったものだな……。特に彼、あの口の悪さは何とかならないものか……」
「いやー、ほんと怖いよね……。何であんなにいつも爆発してるんだろ……?」
「ぁ、はは……。まぁ癒々ちゃんが自分勝手なのはいつものことですけど、爆豪くんは本当に口が悪いです」
飯田と麗日と横並びになって歩きながら、今日も作り笑いを浮かべている被身子は、やっぱり癒々が居ない寂しさを感じつつ学校へと向かっていく。たまに左手が、ここには居ない癒々の手を探してしまっている。まだ恋人と離れて三十分と経っていないのにこんな調子じゃ、授業が始まったらどうなってしまうのか容易に想像出来てしまう。ここで家に帰ったら、癒々はどんな反応をするのだろうか。お帰りと被身子を抱き締めてくれるのか、学校に行かなかったことを叱ろうとするのか。
どっちにしても、被身子は癒々に会いたい。いつから自分はこんな寂しがりになってしまったのかと自問しつつ、彼女は溜め息を吐いた。
「そう言えば気になってたんだけど、七躬治さんと渡我さんって同中なの?」
「え?」
「いやだっていつも一緒だし、受験の時も二人一緒だったよね? だから同じ中学かなって……」
麗日の抱えていた疑問は、被身子や癒々の行動を見ていれば自然と湧いてくるものだった。この二人は常に一緒だし、授業以外では片時も離れようとしない。休み時間がくれば常にどちらかがどちらかの席に向かうし、昼休みも一緒に昼食を摂っている。登下校に至っては手を繋ぎっぱなしだ。だから被身子と癒々の関係について、ちょっと気になってしまっても何らおかしくないのである。
「中学は違います。どこの学校に行ってたとかは、本人も知らないですし……」
「む、それはいったいどういう……?」
「えっと、癒々ちゃんは記憶喪失で。去年の春より前のことは憶えてないって……」
「記憶喪失っ!? なるほど……それは大変だろうな……。どうりでこう……自由奔放と言うか何と言うか……」
飯田は飯田で、クラス委員長としてそれなりに癒々の事を気に掛けているようだ。癒々は爆豪程口が悪いわけではないけれど、それ以外についてはひょっとするとクラスで一番の問題児だ。授業は寝てばかりだし、訓練では本気を出そうとしない。挙げ句が喧嘩して謹慎処分だ。彼女がいつまでもこんな調子じゃ、いずれクラス全体に良からぬ影響を与えてしまう可能性がある。それは委員長として決して見逃せるものじゃない。
とは言え、これまでの癒々の行動に少し納得したようだ。こうして直ぐに理解が得れそうになるのなら、さっさと癒々が記憶喪失なことを暴露してしまった方が良かったかもしれないと被身子は考える。
「記憶喪失……。記憶喪失か。渡我くん、何か俺に出来そうなことがあったら遠慮なく言ってくれ。何が出来るかは分からないが、サポートさせて欲しい」
「実のところ、私はそんなに困ってないです。癒々ちゃんも、過去の記憶には拘ってないみたいですし……」
記憶喪失であろうと、癒々が被身子にしてくれたことはもう変わらない。むしろ記憶喪失だったからこそ、被身子を受け止めてくれたのかもしれない。
いつの日か、癒々が記憶を取り戻す時が来るだろう。その時も今と変わらず自分を求めてくれるのであれば、抱き締めてくれるのであれば、被身子はそれで良い。自分勝手で大事なことは全然話してくれないけれど、平然と危ない真似をしてしまう時があるけれど、それでも癒々は必ず被身子の側に居てくれる。だったら、もうそれで良い。それだけで良い。
それに。いつぞやは記憶を取り戻して欲しいと被身子は思っていたけれど、今は取り戻して欲しくない。もし癒々が記憶を取り戻した時、彼女が自分を選んでくれる自信が無いからだ。
「でも、思い出は大事だろう? 思い出せるに越したことは無いだろうし、色々思い出せば少しは常識的になるんじゃないか?」
「ぁ、はは……。多分……記憶が戻ってもあんまり変わらないと思うのです。何となくですけど……」
ナロクの言葉を思い出しながら、被身子は俯く。あのヴィランのことは、許したくない。思い出したくもない。出来ることなら、殺してしまいたい。癒々を傷付けたあの少女を、それぐらい憎んでいる。
でも、被身子が知らない癒々を知っているのはあの黒い少女だ。記憶を取り戻す手掛かりがあるとしたら、それは癒々を殺そうとした敵だけなのだ。
だからこそ、思い出して欲しくない。忘れたままで居て欲しい。この思いがとんでもないわがままだと分かっていても、胸の中で渦巻く重く真っ黒な感情を消すことは、今の被身子には出来そうになかった。
「私も協力するよっ! 今度皆で出掛けてみるってのはどうかな? 色んな所に行けば、何か思い出すかもしれないし」
「それは名案だな麗日くん! 学業を疎かにする訳にはいかないが、これも人助けの一環。ヒーローを目指す上でも、親睦を深めるという意味でも……」
悪気など微塵も感じさせない笑顔を浮かべて、麗日も飯田も勝手に盛り上がり始めている。二人は本当にただの善意で、癒々の記憶を取り戻す手助けをしたいのだろう。だから被身子は、苛ついた。ただただ真っ直ぐな二人を見て、ついカッとなってしまった。
「止めてください。不愉快です」
「えっ……?」
「癒々ちゃんのこと、勝手に決めないで。本人が拘ってないなら、別にそれで良いじゃないですか」
作り笑いのまま、どす黒い感情を吐き出し、被身子は歩く速度を早めた。癒々の事を勝手に決められるのが、不愉快で堪らない。膨れきった大きな独占欲を抑えることは出来なくて、それはクラスメートにまで牙を剥いた。
飯田と麗日を置き去りにするような形で、被身子は学校に向かって突き進む。やっぱり家に帰りたい。癒々に会いたいと、何度も何度も思いながら。
■
「……はぁ」
今日何度目になるか分からない溜め息を吐きながら、被身子は不満を隠すことなく授業に取り組んでいる。今日のA組はいつもと比べると物静かだ。というのも口を開けば暴言が飛び出る爆豪も、何かと自由奔放な癒々も、謹慎処分を受けて教室には居ないからだ。中には爆豪が居ないと静かすぎて逆に不気味なんて言い出す男子も居る。
セメントス先生の授業を聞きながら板書に集中しようとする被身子だが、どうにも身が入らない。時折教師の目を盗んで後ろを見るが、そこに癒々は居ない。適当に理由をでっち上げて早退でもしようかと悪巧みを考え始めた頃、左隣から飛んでくる露骨な視線に気付いた。
……峰田である。
彼は彼で、まるで授業に集中出来ていない。一昨日に被身子と癒々がキスしているとこを目撃して以降、二人が気になって仕方がない。今日は癒々の姿は見えないけれど、被身子は居る。だからつい、邪な妄想と共に女子の唇をジロジロと見詰めてしまうのだ。被身子からすれば心底気持ち悪いだろう。他のA組女子も、彼の言動には鳥肌を立てることがしばしば有るぐらいだ。
生理的に受け付けたくない男子をじろりと睨み返してから、被身子は無視を決め込んだ。授業はちっとも面白くないけれど、ちゃんと集中すれば峰田の視線を感じないで済む。でもやっぱり、癒々の事を考えては溜め息を吐いてしまうのだけど。
とにかく。黒板に書かれた文字の列をノートに書き写して行けば多少気が紛れる。
(……ほんと、癒々ちゃんが居ないとダメダメです……)
癒々が居ないだけでこんなにも寂しくなるなんて、被身子としても想定外のことだ。去年の末頃までは、癒々は公安の訓練で側に居ないことが多かった。一日の殆どを独りで過ごすことが多かったのだから、三日間離れ離れになってしまう時が有っても大丈夫な筈なのに、今ではちっとも我慢出来そうにない。元より癒々が居なければ行きたいとは思えない学校ではあるけれど、だからって彼女が居ないだけでこんなに変わるものなのかと被身子は愕然とする。
もう授業なんてどうでも良くなってしまったのか、恋人の顔が見れなくて寂しい被身子は机に突っ伏して目蓋を閉じた。
今頃癒々は何をしているのだろうか。自分と同じように寂しがっているのだろうか。そうだったら良いなと思いながら、被身子は授業を受けないことを選択する。放課後まであと六時間程。彼女が今日一日を乗り越えるのは、それはもう大変そうだ。
(チウチウしたい。声が聞きたい。ギュッてして、それから……。
……なんで、こんなことになっちゃったかなぁ……)
先生の言葉を聞き流しながら、ここには居ない癒々に想いを馳せる。そんな彼女の周りに居るクラスメート達は、今日の被身子の駄目さ加減に当てられて普段より少し集中力が欠けてしまっている。
例えば葉隠や耳郎は、時折後ろの方から聞こえてくる溜め息が気になって授業に集中しきれない。被身子からは遠い席に居る飯田や麗日は今朝の事を少し引きずっているようで、たまに被身子を盗み見てはこっそり溜め息を吐く。切島と上鳴にいたっては、昨日自分達が直ぐに動かなかったから爆豪と癒々が謹慎になってしまったと、ちょっとばかり気にしているようだ。
あまりに元気が無い被身子をどうしたものかと考えつつ、それでも今は授業中なので誰も動くことは出来ない。
本当は、昨日喧嘩してしまった爆豪と癒々が全部悪い。二人の謹慎を気にする必要なんてクラスメート達には無いのだ。でも、ちょっとでも気になってしまうのは被身子がずっと寂しそうにしているからだ。
「じゃあ、今日の授業はここまで。委員長、号令」
「はいっ! 起立っっ!」
気が付けば現代文の授業は終わり、飯田の号令が掛かる。うとうとし始めていた被身子は渋々と立ち上がり、続く号令に従ってお辞儀をする。生徒一同で先生に向かってありがとうございましたと口にすると同時、授業終了のチャイムが鳴り響く。セメントス先生は教室から居なくなり、短い休み時間がやって来た。と、同時に飯田が被身子の前まで機敏に歩く。
「渡我くん! 今朝はすまなかった! 確かに七躬治くんへの配慮が足りていなかった! この通り!!」
ズバッと謝罪の言葉を口にして、A組委員長が頭を下げた。被身子としては目を丸くするしかなかった。今朝のことは、どちらかと言えば被身子が悪い。飯田も麗日も、善意から癒々の記憶を取り戻す手伝いがしたいと言っていただけなのに、被身子は自分勝手にそれを遮った。だから、謝らなければならないのは彼女の方だ。
飯田が突然謝り出すものだから、クラス中の注目が被身子に集まる。ただでさえ今日は居心地が悪い教室なのに、更に居心地が悪くなってしまった。
「……その、私の方こそごめんなさい。飯田くんも麗日さんも、癒々ちゃんの事を考えてくれてたのに」
「いやでも、君の言うことはもっともだった。七躬治くんが気にしていないのなら、我々も気にしない方が良かったのだと思う!」
「ごめんね渡我さん。ちょっと配慮が足らんかった……」
頭を下げっぱなしな飯田に気を取られていると、いつの間にか側にやって来ていた麗日にも謝罪されてしまった。この二人は、と言うよりA組の皆は本当にお人好しが多いみたいで、何か裏があるのではと疑うことすら野暮なぐらいだ。
……だからこそ、本当に被身子は馬が合わないと感じてしまう。表面上は仲良くすることは出来ても、彼等の心の奥底にあるものに寄り添って語り合うことはとても出来そうにない。
そもそも、気が合う筈が無いのだ。
いつかヒーローになって人助けをしたい子供達と、欲望を満たす為だけに誰かを傷付けてきた殺人犯が。
「……気にしてません。だから二人も……気にしないでくれると嬉しいです」
最大限の愛想笑いを浮かべて、被身子はこの場を水に流すことを選んだ。胸の中に小さなしこりが出来てしまったような気がするけど、クラスメートが頭を下げて謝っているのだ。ここで「許さない」なんて口にしてしまえば、それこそ面倒なことになってしまう。
「渡我ーっ! 俺も悪かった! すまねえこの通りだっっ!!」
飯田や麗日の謝る姿を見たからか、わざわざ切島まで謝りに来た。彼は別に何もしていない。むしろ昨日、爆豪と癒々の喧嘩を体を張って止めようとしていたのだ。なので謝る必要なんてどこにも無いのだけれど、それでも切島はどうしても謝らないと気が済まないらしい。変に暑苦しいと言うか、無駄に漢気を貫こうとしていると言うか。ぶっちゃけてしまえば、とにかく面倒くさい。
「えっと、切島くんが謝る必要は……」
「いや、俺がちゃんと爆豪と七躬治を止めてれば二人が謹慎になるなんてことは無かった! そう思ったら何か申し訳なくってよっっ!」
「謹慎になったのは、癒々ちゃんと爆豪くんが悪いのです。だから本当に、気にしないで良いですよ?」
「いや、でもよぉ……。謝らないと気が済まねえっていうか、何て言うか……」
「ぁ、はは……。とにかく、皆が謝る必要は無いのです。本当に、気にしないでください」
放っておけばいつまでも謝り倒してきそうなクラスメート達に、何度も気にしないでと釘を刺しながら被身子は作り笑いを保ち続ける。そんな彼女を見てか、飯田も麗日も切島も少しずつ笑顔を浮かべ始める。きっと彼等は、被身子と仲良くやっていけそうだと思ったのだろう。
本当の渡我被身子がどんな存在であるのか、知りもしないままに。
もはやある種の中毒になっているトガちゃん可愛いね。癒々は早急に責任を……いやあいつ結婚するつもりだわ。じゃあ許してやるか……。
あ、そうそう。章タイトルはノリで付けてるので意味は特に無いですが、敢えて言うなら章毎の癒々の心情かなと(今更の説明)
癒々の職場体験先
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エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
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リカバリーガール(癒々の情報開示)