わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子が居ない部屋

 

 

 

 

「むぅ」

 

 うっかり三日間の謹慎処分になってしまった癒々は玄関で被身子を送り出した後、リビングに戻るなり無表情のままで大きな不満を露にした。実は被身子が居ない家で独りで過ごすことは、今日が初めてだったりする。

 現在、朝の七時二十分。登校してしまった恋人が帰ってくるまで、あと十時間程。それまで癒々は独りでお留守番をしてなければならないのだ。被身子を留守番させることは有っても、その逆はこれまで一度足りとも無かった。だから、正直どうやって過ごしたら良いのか彼女はまったく分からない。

 取り敢えず、癒々はソファに寝転んでから珍しく自分の手でテレビを点ける。朝のニュースが今日の天気予報を伝えているが、彼女はこれっぽっちも興味を示さない。ポチポチとリモコンを操作してチャンネルを回し続けるが、これと言って気になる番組は無いようだ。

 結局、数分と経たぬ内にザッピングに飽きてしまった癒々はリモコンを床に向かって放り投げ、何をするわけでもなく天井を見上げる。右手で左の首筋を撫でながら、目蓋を閉じた。このまま被身子が帰ってくるまで寝てしまうつもりなのだろうか。

 

『電話が来た!』

 

 家のどこかでスマホが着信を告げている。癒々に連絡を入れる者は限られているので、多分オールマイトか大独活(おおうど)のどちらかだろう。もしかしたら出久かもしれないが、彼は今年の正月頃以降癒々に連絡を取っていない。そして彼女自身、自分から何かしらの用がある時以外は電話もメールもしようとしない。

 ソファに寝転んだままの癒々は、オールマイトの声が響いていようと動かない。鳴り響くスマホがを放置すること十数秒。とうとう着信音が消えた。

 

『電話が来た!』

 

 数秒と経たない内に再びの着信。電話をかけてくる相手は、どうしても癒々に用事が有るらしい。どこかで鳴り響くスマホを喧しく思ったのか、ぐうたらしようとしていた謹慎少女はのろのろと体を起こす。そして真っ直ぐに玄関へと向かって、靴棚の上に置かれたスマホを手に取った。が、そのタイミングで着信が切れてしまった。どうやらスマホのバッテリーが切れたようで、画面が真っ暗になっている。

 電話に出ようとしたのに電源が落ちてしまう様を目撃した癒々は、靴棚の上にスマホを放り投げた。もうどうでも良くなってしまったらしい。

 今朝も長く伸びている髪を揺らしながら、癒々は再びリビングに戻ろうと足を動かし、何故か脱衣所の前でぴたりと足を止めた。すんすんと匂いを嗅いで、ちょっと考え込んだ後に彼女は脱衣所に踏み入り、洗濯機の脇に置かれた籠に手を伸ばす。中には、乱雑に詰め込まれた衣類が有る。

 いい加減に詰め込まれたシャツやら下着やらを漁り、癒々は籠の中からブラウスを取り出した。彼女の物ではない。昨日被身子が着ていたブラウスだ。それを何の躊躇いも無く鼻に押し当てて、癒々は匂いを嗅ぎ始めた。匂いフェチもここまで来ると変態の領域だろう。

 被身子のブラウスを片手に、癒々はリビングに戻る。そのタイミングで今度は来客を告げるチャイムが鳴ったが、無視を決め込んでいる。わざわざ朝からやって来たお客さんなど今はどうでも良い。そんなことより、まだ残っている被身子の匂い嗅ぐことの方が彼女の中では優先順位が高い。

 

 チャイムは、何度も何度も連打されている。

 

「……うるさい」

 

 今は来客どころではない癒々なのだが、繰り返し鳴り続けるチャイムが流石に喧しくなって来たのだろう。人のブラウスを片手に、彼女はダイニングにあるインターホンの受話器を操作する。小さな画面に映されたのは、見覚えしかない画風の違う顔だった。つまり、来客はオールマイトである。今は雄英教師でもある彼が、わざわざ朝っぱらから何の用だろうか。被身子が居たら、まず間違いなく無視を決め込もうとしていた筈だ。

 

「何?」

 

 非常に嫌そうに、癒々は受話ボタンを押した。今の気分は被身子であって、オールマイトじゃないのだ。

 

『私が、朝から来た!』

「帰って」

『ちょ、ちょっと待った! 相澤くんから謹慎中の課題を届けるように頼まれててね!?』

「……入って」

 

 謹慎中とは言え、いや謹慎中だからこそ癒々にはこなさなければならない課題が有る。それをオールマイトは持ってきてくれたようだ。相澤の名前を出されたら、無視を決め込むことは癒々でも出来ないようだ。何せ、ここで課題を無視なんてしたら間違いなく謹慎期間が増えてしまう。だから仕方なく受話器を操作して、彼女はエントランスの鍵を開いた。もう数分もしない内に、今度は玄関のチャイムが鳴らされることだろう。

 色々と面倒くさいけれど、どのみち動くことは変わりない。被身子の匂いを嗅ぎながら、癒々は再び玄関へ向かい、扉を開きっぱなしにしてからもう一度リビングに戻る。

 

「七躬治少女。お邪魔して良いかな……?」

 

 癒々がソファに寝転び直して直ぐ、玄関先からオールマイトの声が聞こえた。彼はもうこの家の前までやって来たようだ。

 

「入ってってわたしは言った」

「いや、そうだけども。お邪魔します」

「……それで?」

 

 何かと間が悪いオールマイトに今日は辟易しつつ、寝転んでいた癒々は渋々と体を起こして膝立ちとなり、ソファの背もたれに両肘をかける。黄金色の瞳が見詰めるのは、今まさに廊下を歩いてソファの前までやって来た、脇に何かを抱えた黄色いスーツの筋肉大男である。

 

「謹慎中の課題を持ってきた。はいこれ」

 

 そう言って彼が癒々の前に差し出したのは、クリアファイルに収められた分厚いプリントの束だ。一枚目には、謹慎中の課題(英語)と大きく書かれている。パッと見た感じ、三十枚以上はある。恐らく全科目分の課題がある筈だ。これら全てを、三日間の謹慎中に全てクリアしろということだろう。普通にやっていたら、のんびりしているような時間は間違いなく無い。

 

「あ、それ今日の分ね。明日の分は明日持ってくるからそのつもりで居て」

「どーでも良い」

「いやいや、ちゃんとやらないと謹慎伸びるから。それに、七躬治少女には頼みたいことがあるから早めに復学してくれないと……」

「何を頼みたいの?」

 

 ひとまずプリントを受け取った癒々は、ついでに手を伸ばしてオールマイトの胸ポケットから万年筆を引っこ抜く。その後ソファに座り直して、持って来て貰った課題をテーブルの上に広げた。上から順にやっつけるつもりのようで、まずは英語課題のプリントに目を通していく。長い髪を耳に引っかけながら、スラスラと解き進めていく様子は優等生らしい姿と言って良いだろう。学校でもこの素振りを見せていれば周囲からの印象も良いものだったろうに。

 学校とはまるで学業に対する態度が違う癒々を見て、オールマイトは少し目を丸くしている。どうやら癒々に課題のプリントをやらせるのは、難しいことだと構えていたようだ。

 

「……緑谷少年の事でね。ほら、体育祭が近いだろう?」

「それが何?」

「つまり……、個性の制御だよ。ほら、もう体育祭まで二週間も無いからさ。少しでもワン・フォー・オールを扱えるようにしておきたいんだが……これがそう上手く行かなくてね」

 

 体育祭まで残り13日。それまでにオールマイトは、少しでも出久を育てておきたいようだ。何せ雄英体育祭は、全国に生徒の存在をアピールするチャンスでもある。彼がこうして癒々に頼ろうとしているのは、少しでも出久を目立たせたい思惑があってのことだろう。

 

「それに、ぶっちゃけ私が平和の象徴として立っていられる時間ってそんなに長くない」

「知ってる。萎むぐらい弱ってるみたいだし」

「……気付いてたの?」

「この前仮眠室で会ったでしょ。萎んだ姿で」

「あぁ……そう言えばそうだったね……。ならもう、隠す必要もないか……」

 

 BON! と音と煙を立てて、筋骨隆々のヒーローが骸骨男に変身した。いや、元に戻ったと言った方が正しいか。そんな彼を横目に見た癒々は座る位置を少しずらして、左手でソファを叩いた。彼女の意図、と言うよりは気遣いを察したオールマイトは苦笑いを浮かべ、それからゆっくりとソファに腰掛ける。

 

「緑谷少年に力を授けたのは、私を継いで欲しいからだ」

 

 背もたれに体を預けながら、彼は天井を見上げる。硝子玉のような青い瞳が見詰めているのは、きっと少し先の未来の事なのだろう。いずれ時間が経てば、オールマイトが戦えなくなる時がいつか来る。平和の象徴が消えてしまった時代が、やって来てしまう。

 だから、そうなる前に。そうなってしまっても大丈夫なように、彼は自分の後継者を育てているのだ。

 

「だから、緑谷少年が来た! ってことを世の中に示したいんだ」

「放課後、訓練出来る場所を用意しておいて。それと日曜日は一日訓練に使いたいから、その手配もして」

「……分かった。掛け合ってみるよ。ありがとう」

「どういたしまして?」

 

 体育祭まで、時間は少ない。癒々が復学してから訓練することを考えると、もっと少ない。限られた短い時間でどこまで出久を仕上げることが出来るのか全く分からないが、それでも出来る限りのことをするしかない。謹慎が終われば、オールマイトも癒々も、そして出久も忙しくなりそうだ。

 

「ん。はいこれ」

「えっ?」

「もう終わった。持って帰って」

 

 課題を始めて五分と少し。オールマイトの話を聞きながらも癒々はしっかり課題をやっていたのだが、まだ五分程度しか経っていない。なのに、彼女はプリントの束を彼の胸元に押し付ける。ついでに勝手に借りていた万年筆も、胸ポケットに突き刺すことで返却した。

 

「いやいや、こんな短時間で終わっ……てるね。え、解くの早……」

 

 驚いた素振りでプリントを流し見したオールマイトは、全ての解答欄が埋まっていることに気付いて更に驚いた顔をする。何ならこの速度で課題を終わらせた癒々に、少し引いているようだ。

 こんな芸当が出来るなら、教師としてはもう少しだけでも日々の学業をしっかりこなして貰いたいと思うだろう。

 

「帰って。もう寝るから」

 

 膝の上に掛けておいたブラウスを胸に抱き寄せて、癒々はオールマイトが居るにも関わらず体を横に倒す。本当に今から寝るつもりのようで、もう目蓋を閉じてしまっている。そのうち静かな寝息が聞こえてきそうだ。

 

「七躬治少女……、もう少し学校ではちゃんとしない? そしたら相澤くんに怒られることも無くなると思うんだけど……」

「どーでも良い。お説教は嫌だけど」

「それなら尚更、少しでも良いからちゃんとしようか……」

「……あなたが言うならそうする。寝るから帰って」

「ああうん……。じゃあまた明日ね……」

「……」

 

 立ち去るオールマイトを見送ること無く、癒々はソファの上で丸くなる。しっかりと被身子のブラウスを抱き締めて、彼女は数分もしない内に寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 次に癒々が目を覚ましたのは、何と夕方頃だった。オールマイトが帰った後に玄関の鍵を閉めること無く、マジで朝から爆睡していたのである。謹慎初日にしてこの調子では、謹慎が終わる頃には昼夜逆転になっていてもおかしくない。寝起きの彼女は欠伸をしながら体を起こすと、ソファから立ち上がって体を伸ばす。そしてもう一度大きな欠伸を欠いて、浮かんだ涙を手首で拭った。と、その時。玄関の扉が開く音がした。廊下から足音がする。この時間にこの家に帰ってくる人がいるとしたら、それはたった一人だ。

 ブラウスを片手に、癒々はぺたりぺたりと廊下に向かって歩き始める。そしてダイニングで、制服姿の帰宅者に思いっきり抱き締められた。

 

「ただいま癒々ちゃんっ」

 

 今日一日を別々に過ごしていたからか、すっかり癒々中毒になってしまっている被身子はとても嬉しそうに小さな恋人を抱き締める。だいたい九時間ぶりに癒々と会えた彼女はすっかりテンションが上がっているようで、つい勢いのまま癒々を床に押し倒してしまった。

 たった九時間。けれども九時間。一日の三分の一以上も被身子は癒々と離れてしまっていて、それが堪らなく嫌だった。寂しくて寂しくて仕方なかったのだ。なので、今はとにかく癒々を抱き締めて好き勝手に恋人を感じたい。我慢なんて、今日はもう一秒だってしたくない。

 

「ん〜〜〜っ」

「んむっ、被身子、苦しい……」

「駄目です。今日はもう離さないからっ」

 

 思いっきり癒々の顔を胸に押し当てながら、跳ね回る嬉しさで表情を綻ばせていく。こうして思う存分に彼女を抱き締めれるのが嬉しすぎて、被身子はちょっと変なテンションになってしまっている。

 そんな被身子に好き勝手されてしまっている癒々だけれど、嫌がる素振りは殆ど見せない。ただ流石にちょっと息苦しいようで、そこは何とかして貰いたいようだ。もっとも、今の被身子は癒々の言うことを聞くつもりは全く無いのだけれど。

 

「んん〜っ。癒々ちゃん、癒々ちゃんっ」

「んむっ、むぐむぐ……」

 

 被身子が落ち着きを取り戻すまで、それなりに時間がかかるだろう。癒々は何かを言おうとしているようだが、豊かな胸と細腕で頭をしっかり挟まれてしまっているので満足に口を開くことが出来ない。しばらくは喋れないままで居るしかないだろう。まぁ彼女も彼女で、この状況を喜んでいるのは事実だ。

 癒々だって、被身子が居なくて寂しかった。寂しさを紛らわす為に、被身子のブラウスを抱いて眠りこけていたぐらいだ。

 

「っはぁ……っ。癒々ちゃん……!」

「んぐむぅ……」

 

 それにしても、この熱烈なハグはいつまで続くのだろう。あんまり抱き締め過ぎると、癒々が酸欠になってしまいそうだ。現に息苦しそうにしているし、このままでは本当にマズい。だけど、被身子に相手を気遣う余裕なんてこれっぽっちもない。思う存分恋人を抱き締めて、その存在を心行くまで堪能して、今日一日の寂しさが解消されるその瞬間まで彼女の抱擁は続くのだ。

 

「……ぷはっ。今日の被身子は甘えん坊……」

 

 どうにかこうにか顔の位置をずらして、ようやく癒々は満足に息をする。少しハグから逃れられてしまって、被身子は不満そうに唇を尖らせた。

 

「そうです。今日は甘えんぼのトガです。もっともっと甘やかしてくれないとヤっ」

 

 とうとう不満全開で駄々をこね始めた。幼児退行でもしてしまったのかと思うぐらい、今の被身子は癒々に甘えようとしている。

 もっともっと肌を重ね合わせて、もっともっと温もりを感じて、もっともっと癒々の存在を近くに感じたい。そうしなければ今日はとても落ち着けない。そんな甘えん坊の両肩を掴んで、癒々は少し力を込める。彼女の意図を察した被身子は、自分からごろりと床に寝転び仰向けになった。同時に、癒々は被身子に覆い被さる。

 長い髪が真っ直ぐ垂れて、不満げな被身子の顔を隠す。白いヴェールに包まれた二人はお互いの瞳を見詰め合い、ゆっくりと距離を縮めていく。

 

 やがて、唇が重なり合う。

 

「んっ」

 

 キスをされた被身子は、ゆっくりと目蓋を閉じた。一度触れ合った唇は少しも離れようとしない。このままお互いの熱が移り合うまで触れ合わないと、心が満たされない。

 だから、癒々の首に腕を回して、離れないと意思表示をする。このまま理性が溶けるまで、このまま情欲が燃え上がるその時まで。

 

 もうすっかり癒々に依存していると自覚しながら、それでも良いかと考えることを放棄しながら。

 

 

 

 

 

 

 





だめだこの共依存カップル。早くなんとかしないと

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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