わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
癒々が謹慎を受けていた三日間は、それはもう堕落した生活を送っていたと言っても良い。具体的に言うなら夜の事だ。彼女は寂しがりで欲しがりだから被身子に何をされようと悦んで応じてしまうし、そんな癒々を見た被身子は容易くブレーキを壊されてしまうのだ。なので、ハグとキスとチウチウから体を交わらせて、気が付けば日付が変わる。一度熱に浮かされてしまえば翌日の事を考えるなんて真似は絶対に出来ず、二人は
そして翌日に二人を待っているのは結構な寝不足と、十時間程の離別。被身子は寂しく学校へと向かい、癒々は寂しくて家で過ごす。夕方になって被身子が帰宅すれば、食事も忘れてしまう程に彼女達はお互いを求め合う。で、日付が変わってまた翌日がやってくる。
この三日間、被身子はとても寝不足だ。それでも午前中の授業はそれなりにご機嫌な様子で過ごし、午後になって機嫌が悪くなり、放課後になれば即下校。もはやドロドロに恋人に依存して、止まることなんて知らない。そもそも止まりたくない。自重なんてもっての他だ。
そんな堕落しきった怠惰な謹慎期間を乗り越えて、ようやく癒々は被身子と一緒に登校出来るようになった。昼夜が逆転してしまっているので、登校中はほぼ目蓋を閉じていたが。
学校に着くなり、癒々は被身子に引っ張られる形で職員室へと向かった。彼女は取り敢えず反省文六枚を相澤に提出。担任の彼は大きな溜め息を吐いて「次に何かやらかしたら除籍だ。肝に命じとけ」と静かに脅して、お説教を終わらせた。
オールマイトに少しで良いからちゃんとしようねと言われたこともあり、癒々は船を漕ぎながらではあるけれど、今日一日はちゃんと授業を受けていた。ちゃんと全ての授業を起きていたから、隣の障子がちょっと驚いていたけれど。飯田なんて「何か悪いものを食べたのか!?」なんて心配していたぐらいだ。まったく失礼な言い草だけれど、普段の癒々の授業態度を考えたら飯田の反応は何もおかしくはない。
そんなこんなで、放課後がやって来た。
「ふあ……っ、んんむ……」
本日何度目になるか分からない大きな欠伸をして、癒々は流れ落ちた涙を手のひらで拭った。それから鞄も持たずに席を立ち、ちょっとふらふらとしながら真っ直ぐ出久の席に向かう。途中峰田に何かアイコンタクトをされていたが、彼女の目には留まらなかったようだ。そもそも意味不明なので峰田が何の意図を持っているかはさっぱり分からない。どうせろくでもない事を考えているのだろう。
これはA組女子全員(癒々を除く)が抱く共通認識なのだが、峰田は無視するかシメるに限る。既に彼は性欲の権化なんてレッテルが貼られているようだ。
「出久。わたしと付き合って」
「え゛っ゛っ゛!!?」
「何で緑谷と!? そこはオイラとだろ!!?」
「七躬治ちゃん!!?」
「ゆ……、癒々……ちゃん……?」
唐突に爆弾発言が大炸裂した。一瞬で教室が騒然としていく。出久はすっとんきょうな声を上げて驚きつつ固まっているし、峰田は何故か憤慨しているし、葉隠は大慌てだし、被身子は現実が受け入れられなくて激しく動揺した。
周囲がざわめいていることに、癒々は首を傾げている。たった今自分が何を口走り、その言葉を聞いた者がどんな誤解をしているのか少しも理解していない。むしろ何で皆が驚いているのかと聞きたそうにしているぐらいだ。
そして、被身子は心に大ダメージを受けた。昨晩はあんなに愛し合っていたのに、急に癒々が男子に向かって告白したのだ。寝不足の頭では思考がろくに働かず、癒々の言葉をそのまま受け止めてしまっている。こうなってはもう被身子は平静では居られない。シャーペンを片手に立ち上がり、人でも殺しそうな眼光を放ちながら静かに出久へと近付いて行く。目を見開きながらカチカチカチと音を鳴らしつつシャー芯を出していく姿は、ちょっとしたホラーだ。
「緑谷くん……どういう事ですか……? 説明してください……。場合によっては……」
「まっ、待って渡我さん! き、きっとこれはアレだよ! ちょっとそこまで付き合ってってやつだよ!? だよね七躬治さん!? 職員室一緒に行こうとかそんな感じのソレで、べべべ別にぼぼ僕と恋人になりたいとかそんな意味じゃないよね!? ねっ!!?」
冷や汗をだらだらと流しながらブンブンと大きく両手を振って、出久は必死の言い訳を並べ立てつつ直ぐ側に立っている癒々に同意を求める。彼の言い分を取り敢えず聞いた被身子は、未だ首を傾げている癒々に視線を移す。出久の推察が正しいものなのかどうか、恋人の口から聞きたいのだろう。尚、ここで癒々が再び変な言葉を口走ったら出久の命は無い。教室が緊張で包まれた。
「……? 訓練するから付き合ってって意味だけど」
「だよねっっ!! 良かったぁ……っっ!!」
「それ以外に何の意味があるの?」
取り敢えず、出久は命拾いした。OFA継承者がちょっとした誤解からクラスメートに殺害されてしまった、なんて事件はどうにか回避出来たようだ。
「あー、七躬治ちゃん。今度少女漫画貸してあげるね? あと、恋愛・告白で調べよう……? じゃないと渡我ちゃんが怖くなっちゃうから」
「被身子は怖くない。いつでもかぁいいよ?」
「ん〜〜っ、七躬治ちゃんから見るとそうかもしれないけどぉ……」
被身子が怖いか可愛いか。論点はそこではない。寝不足が祟っているのか、今日の癒々は人とのコミュニケーションが満足に取れないようだ。お陰でA組の面々は思いっきり振り回されてしまった。ナチュラルに出てくる惚気を聞いた葉隠は、多分両手で頭を抱えている。今日も見事な透明人間っぷりだ。全く見えない。
「……癒々ちゃん、ちょっとこっち来て下さい」
「むぐ」
癒々の口を後ろから塞いだ被身子は、そのまま恋人を強く抱き寄せた。そして少し怒気を含んだ囁き声で、癒々に耳打ちをしていく。周囲のクラスメート達は何故か一斉に口を閉じ、被身子の言葉に耳を傾け始める。
「ああいう、人を誤解させるような事を言っちゃ駄目。癒々ちゃんは、私のなんですから」
「むぐむぐ」
「分かりました? 本当に駄目ですからね。癒々ちゃんは、私だけのなんですっ」
「むぐむぐむぐ」
拗ねている。と言っても過言では無いだろう。クラスメートの前ですっかり独占欲を丸出しにしてしまっている姿は、可愛らしいものだ。一応囁き声で癒々に話しかけているものの、周囲の生徒達は聞き耳を立てているので被身子が何を言ったのかしっかりと聞き取っている。
「ほらー! やっぱり二人は付き合ってるんじゃんっ! 見せ付けてくれちゃってさーっ!」
離れた席に居る芦戸が被身子と癒々を指差しながら大きな声を上げた。同時に静まり返っていた教室がまた騒然とし始める。生暖かい目をする者も居れば、知ってたと呆れ顔をしている者も居る。峰田はまたも訳の分からない台詞を吐いていたが、当然の如くスルーされていた。
元々そんなに隠すつもりが無かったこととは言え、被身子と癒々の関係性はこうして瞬く間にクラスに広がってしまったのである。
「人前でじゃれ合ってんじゃねーぞ色ボケ共がぁ!!!」
最後に爆豪が、いつものようにぶちギレた。謹慎が明けても、彼は相変わらずだ。
■
「さて、それじゃあやっていこうか。時間は有限。
放課後のUSJ、その中央広場にて。マッスルフォームなオールマイトが右手を高々と突き上げた。つられて出久も控えめに右手を上げたが、癒々は欠伸をかいている。そんな彼女を後ろから抱き締めたままの被身子は、最初からオールマイトの言うことを聞こうとしていない。
「と言うか……何故渡我少女もここに?」
「それは私だって聞きたいです。癒々ちゃん、何でUSJに連れて来たの?」
今日から十日間、放課後は出久の個性制御訓練の為に癒々は時間を費やすことになっている。しかしこの訓練は、本来オールマイトと出久、そして癒々の三人だけで行われる予定の筈だった。OFAを知っている者同士だけで、着々と体育祭に備えるつもりだったのだ。なのに、今この場には被身子が居る。隠し事が多い、と言うか隠し事しかない秘密の集まりにわざわざ癒々が連れて来たのだ。
だから当然、まず三人は癒々に意図を聞く。何でこの訓練に被身子を連れて来たのかと。いったいどんなつもりで居るのかと。
「別に。居て欲しい以上の理由は無い」
「私は別にそれでも良いけど。でもそれじゃ二人が納得しなそうです」
被身子を連れて来た理由は、至極単純だった。特別な理由が有るわけではない。ただ単に、彼女から離れたくなかったらしい。非常に自分勝手な言い分ではあるけれど、仕方ないと言えば仕方ないのかも。何せ癒々は被身子にベッタリだ。恋人に依存しているのは、被身子だけではない。
「まぁ……駄目とは言わないが。渡我少女だって体育祭に向けて訓練したいだろうし、一人見るのも二人見るのも変わらんと言うことかな?」
「……そもそも、何の訓練ですか?」
「あ、えっとね。僕の個性の制御訓練。体育祭までに少しでも扱えるようになっておきたくて、それでオールマイトが七躬治さんに協力をお願いしてくれて」
体育祭が始まるまでに、出久は個性制御を身に付けたい。彼の力は、自分すら破壊してしまう程の超パワーなのだ。一度全開にして使えば、その時点で動けなくなってしまう。個性のコントロールについては相澤先生に克服するよう釘を刺されているし、当人としても何とかしたいと思っている。だけど、上手く行っていないのが事実だ。自分の中の存在をアピール出来る場で、個性の制御が出来ていないなんて姿を見せる訳にはいかない。
だからどうにか、この十日間で個性制御を物にしたい。その為には協力者が必要だ。一人で出来ることなど、たかが知れている。
「それなら、オールマイトが教えれば良いのです。何で癒々ちゃんに……」
「七躬治少女の個性は緑谷少年の個性に似通ってる部分があってね。だから、彼女から何かヒントを得られればと」
「……まぁ、身体能力が上がるって点は似てると思いますけど……」
出久は自壊する程の超パワーで、癒々は扱いを間違えれば自死してしまう難儀な力。肉体に大きな反動があると言う点では、確かに似ている。特に被身子は、大活性を使った際の反動を何度も体感している。
全身から力が抜けて、そのうえ酷い頭痛や吐き気、そして倦怠感といった重い体調不良。骨折や筋肉の損傷とはベクトルが違うけれども、癒々の個性にも大きなリスクがある。だからこそ、オールマイトも出久も彼女に協力をお願いしているのだ。
OFAと大活性には、似ている点が幾つもある。ならば癒々は、出久にとって良い教本になるだろう。それに、個性制御を教えて貰う分には彼女の命を使うなんて事態にもならない。それなら安心して、出久は指導を受けられる。
「……それなら、私にも教えて下さい。癒々ちゃんの個性を、少しでも使えるように……」
ただ黙って出久と癒々の訓練を見学しているだけでも学べることはあるだろうが、それならば一緒に鍛えて貰った方が効率が良いのは事実だ。被身子は癒々に変身すれば、癒々の個性を使えるようになる。大活性の扱い方を少しでも知ることが出来れば、今後の為になるだろう。
何より、被身子は戦う為の
強くなれるように。今度は癒々を守れるように。
……なのに、癒々は首を横に振った。
「駄目。教えない」
「……っ、どうして……? だって、私が癒々ちゃんの個性を使えるようになれば……」
「教えない。わたしの個性は二度と使わないで。被身子の身体じゃ耐えられない」
「……っ」
はっきりと、拒絶されてしまった。いつもは何をしたって受け入れてくれる彼女なのに、今だけは頑なに心を閉ざす。取り付く島はどこにも無さそうだ。きっと何を言っても、癒々は個性の使い方を教えてくれないだろう。
でも、それじゃ嫌なのだ。駄目なのだ。被身子は癒々を守りたい。もう傷付いて欲しくない。危ない真似は二度としないで欲しい。そう強く思っているから、このまま素直に引き下がるなんて真似は絶対に出来ない。
「被身子は戦おうとしなくて良い。わたしがちゃんと守るから」
「嫌です」
「被身子」
「守られるだけなんて、ヤです! 全部あげるって言ったなら、個性の使い方だって教えてっ! 癒々ちゃんにまたあんな事があったら、私……っ」
癒々が目の前で死にかけたこと。それは被身子の心に深い傷を残している。少し時間が経ったぐらいで、癒える傷じゃない。この深い傷は、きっと彼女の在り方を一生縛り付ける。
被身子は怖いのだ。怖くて怖くて、仕方ない。癒々を失うことが、これ以上なく恐ろしい。だから今、戦う為の術を求めて大活性を扱えるようになるなりたいと言ったのだ。
声を荒げた無力な少女は、ぐちゃぐちゃになった表情で癒々を強く強く抱き締める。引き下がるつもりは毛頭無い。
そんな被身子と癒々を見て、少し緊張した面持ちで出久が口を開いた。
「七躬治さん。個性の使い方、渡我さんにも教えてあげられないかな?」
「駄目。教えない」
「でも、彼女の気持ちも汲んであげて。嫌なんだよ、七躬治さんが傷付くのが。病院で、強くなりたいって言ってた。それは七躬治さんを守りたいと思ってるからで、だから」
これが余計なお節介なのだと、出久本人も分かっている。分かっているけれど、不安や無力感から焦っている被身子を放っておくなんて真似はどうしても彼には出来ない。
無力であることがどれだけ歯痒いものなのか。どれだけ苦しいものなのか出久は知っている。だからどうしても、今の被身子を味方せずにはいられない。
「癒々ちゃん。お願い」
「……」
「七躬治さん」
「……はあ」
震えた声の被身子と、真剣な表情をした出久に頼み込まれて、癒々は大きな溜め息を吐いた。被身子の腕を強く握り、とても不満そうな声色でゆっくりと喋り始める。
「……まず体力を付けること。向こう三年は基礎体力の向上が第一。体力が付くまで、わたしの個性は使用禁止」
「……! はいっ!」
「個性無しで戦う方法も教えてあげる。今日は寝不足だから、被身子の訓練は無し。明日から、少しずつつ教えるから」
「うんっ。ありがと癒々ちゃんっ、大好きです!」
「被身子なんて嫌い。そこに座って休んでて。寝てても良いから」
噴水の縁を指差しながら被身子を嫌いだと癒々は言うけれど、それが本心から出ている言葉じゃないこと被身子は知っている。
癒々は時折、人に向かって「嫌い」と口走ることがあったりする。でもそれは、嫌い(好き)であって本当に嫌いになっているわけじゃない。ただただ思いっきり拗ねているだけだ。ちょっと不貞腐れてしまった恋人を見て、被身子はついつい頬を緩ませる。多分今の彼女は、無表情のまま拗ねまくる癒々をカァイイと思っているのだろう。
尚、事を見守っていたオールマイトは腕を組ながら何度も頷き「……青春だね!」などと
「じゃあ出久。まず聞くけど、今まで上手く個性を制御出来たことは?」
にやけ面が止まらない被身子が噴水の縁に腰掛けるのを見届けてから、癒々は体操着姿の出久に向き直る。彼女自身は制服のままだ。
訓練は、これから始まる。
「えっと、一回だけ。この間ヴィランに襲撃された時、反動無しで撃てたんだ。多分相手が、人だったからだと思う……」
「じゃあその時の感覚で、わたしに向かって撃って」
今日四人がこの場に居るのは、出久の個性制御を上達させる為なのだ。やっと本題に入れた癒々は左手を体の前に突き出して、ここに向かって個性を使えと言い始める。現状出久がどの程度OFAを扱えるのか。それを知っておきたいらしい。とは言え、いきなり人に向かって個性を使えと言うのは如何なものか。
「えっ!? いや、でも危ないよ! もしうっかり全開になっちゃったりしたら……!」
「わたしの個性なら怪我は直ぐに治せる。ほら、撃って」
「いや、でもっ」
「……七躬治少女。まずは個性を扱う上でのイメージを緑谷少年に教えてあげてくれないか? 君、普段はどんな感じで個性の強弱をコントロールしてる?」
流石にオールマイトからストップが掛かってしまった。OFAは強力過ぎる個性だ。まだコントロールを十分に出来ない出久が振り回せば、間違いなくどこかで暴発してしまうだろう。その時、怪我をするのは出久だけではない。周囲に居る人間だって巻き込まれてしまう。
今回の場合、被身子と癒々とオールマイトが危険に晒されてしまう。なので、そうならないようにまずは個性を扱う上でのイメージを出久の中に固めておきたい。明確で強固なイメージさえあれば暴発のリスクを背負わずに済むと、No.1ヒーローは考えているようだ。
「……?」
オールマイトの言葉に、癒々は首を傾げた。彼の言うことが全く理解出来ていない。どうやら彼女は、個性を使用する際に何のイメージも思い浮かべないらしい。
「二人は、息をする前にいちいち息をするイメージをするの?」
「えっ、いやそういう訳じゃないけど……。た、例えば僕は電子レンジの中に入った卵が爆発しないイメージで個性を使うんだけど、七躬治さんにはそういうの……無い?」
「んー……」
訓練は早速難航し始めた。そもそも個性を受け継いだ少年と、個性を最初から持っている少女では個性を使う為の認識が全然違う。OFAは強力過ぎて、少しでも出力を間違えれば身体が壊れてしまう。だからそうならない為に、出久はイメージを固めておきたい。しかし癒々は、個性を使うのにイメージを固めるなんて真似はしない。為になる具体案は、彼女の中からは出て来なさそうだ。
「個性把握テストの時に出久を見てて思ったんだけど」
「う、うん」
「個性を使うこと、怖がってない?」
「ぇ……いや、そんなことは……。確かにあの時は、怪我したらって思って萎縮したりしちゃったけど……」
扱いを少しでも間違えたら骨が折れてしまうような個性だ。使用の際、多少怖くなったり萎縮してしまうのも無理は無い。が、癒々は出久の言い分を聞いて溜め息を吐いた。
「撃って。自壊しない程度で、思いっきり」
「で、でも!」
「良いから。何で個性が上手く使えないか教えてあげる」
「……っ」
癒々は再び、左手を体の前に突き出した。当然出久は萎縮してしまう。もしOFAを制御することが出来なかったら、こうして訓練を手伝ってくれているクラスメートを傷付ける羽目になる。もしかしたら、怪我じゃ済まないかも知れない。何か一つでも間違ってしまったら、それこそ癒々を殺してしまう。
やるべきか、やらざるべきか。出久はまずそこで悩んだ。ついオールマイトの指示が欲しくて、彼の顔を見てしまう。No.1ヒーローは、少し難しい顔をしている。癒々の言う通りにやらせるべきか、止めさせるべきか考えているようだ。
「早く構えて。ここに撃って」
「……緑谷少年。やってみよう。大丈夫、もし制御が出来ていなかったら、私が止めに入る」
「……そ、それなら……じゃあ……。行くよ、七躬治さん……!」
心配は絶えないけれど、出久はゆっくり拳を構える。最悪失敗してもオールマイトが止めてくれるなら、少しは安心だ。間違っても癒々が怪我をするような事態にはならないだろう。
師匠とも呼べる人の言葉を全面的に信じ、出久はしっかりと癒々の手のひらに狙いを定める。そして深呼吸を二度三度と繰り返し、前に踏み出しながら右拳を振りかぶった。
「イメージ……、電子レンジの、爆発しない爆発しない、爆発っ、しない……っ!」
個性を使うことを意識して、イメージをしっかり固めて、大きい動作の右ストレートを放つ。出久の拳は真っ直ぐと突き進み、やがて癒々の手のひらに接触する。その瞬間。
「っっ!」
出久は、顔も体も強張らせてしまった。突き出した拳が手のひらにぶつかる。大きめの音が鳴ったが、癒々の手はびくともしていない。
「ご、ごめん……っ、使えなかった……みたい」
怪我をさせてはいけないと言う意識がそうさせたのか、それとも単に失敗してしまったのか。どちらにせよ、出久はOFAを使うことが出来なかった。癒々はそんな彼の動きを、最初から最後までつぶさに観察していた。前に踏み出した足の動きも、振り上げた腕や拳の動きも、呼吸も意識さえも。緑谷出久の何もかもを、黄金色の瞳でじっくりと。何一つ見逃すことなく。
「使えなくて当たり前。そもそも無理な動きだったし」
「え?」
「力を入れたまま力を抜くなんて、出来ないでしょ? 出久がやろうとしてたのはそういう事。それじゃ個性の制御なんて出来ない」
「……ご、ごめん。もう少し詳しく……」
何故個性を使えなかったのか。個性制御が出来ていないのか。それを癒々は一度動きを見ただけで理解したようだが、彼女の言葉はどうにも理解し辛い。現に出久は困惑しているようだし、様子を見守っているオールマイトも少し考え込んでいるようだ。被身子は、人に物を教えようとしている癒々を物珍しげな目で見ている。ちょっと唇を尖らせているのは、出久に妬いているからだろう。大事な恋人が男子と話し込んでいるのだ。それは恋する乙女には大変面白くない出来事だ。
出来れば今すぐ乱入したいところだが、癒々の邪魔はなるべくしたくない。なので今のところは、出久に嫉妬の目を向ける程度に留めている被身子である。
「拳を振るうにしても余計な力が入り過ぎ。その辺も矯正した方が良い」
「う、うん……?」
「個性を扱うのに固くなる必要はない。ほら、力を抜いてもう一回」
「は、はい。よろしくお願いします……?」
癒々のアドバイスに困惑しつつ、出久は言われた通りに再び拳を構える。そしてもう一度、目の前の手のひらに向かってパンチを繰り出す。頭の中で個性を制御することと力を抜くことを同時に考えながら、今度こそしっかり個性を発動させようと意識しながら。
また、大きな音が鳴った。しかし癒々の手のひらは無事のままで、撃ち込まれたにも関わらず微動だにしない。出久はまた、個性を発動出来なかったようだ。
「力まない。脱力を意識しない。個性を抑え込もうとしない。ほら、もう一回」
「……?? い、いやでも、抑えないと危な……」
「良いから撃ち込む。さもないと蹴飛ばす」
「は、はい……っ!??」
この日。何十回何百回と出久は癒々に向かって拳を振るうことになるのだが、その全てにおいてOFAを使うことが出来なかった。つまり、今回の個性制御訓練は何の成果も無いまま徒に時間を過ごしてしまったと言うことだ。
癒々が人に物を教える……だと……?(戦慄)
癒々の職場体験先
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エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
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リカバリーガール(癒々の情報開示)