わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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ドタバタ☆クッキング

 

 

 

 

「猫の手! 猫の手です!」

 

 夜。台所にて、被身子は大慌てで悲鳴を上げた。出さざるを得なかった。USJ襲撃事件が切っ掛けで、被身子と癒々は外食も出前も禁じられてしまった。これは毒物を混入されない為に必要な処置だ。公安に自炊を強制させるのは嬉しくも何ともないし、ただただ面倒だ。けれども癒々の安全確保を考えた上での事なので、彼女達は従わざるを得ない。幸い食材は公安が定期的に届けてくれることになったので、食材の買い出しには行かなくても良い。ただ、大きな問題がひとつある。それは二人に料理の腕がまったく無いと言うことだ。

 特に、癒々が酷い。正しい包丁の持ち方も、食材の切り方も知らない。ついさっき包丁を握った時は逆手でまな板の前に立ったし、今なんて食材を押さえる手の形が大いに間違っている。だから被身子は大慌てで癒々を止めに入った。そんな彼女と違い、被身子はまだ料理の経験がある方だ。とは言え、特段秀でてるわけじゃない。せいぜい家庭科の授業で、何度か調理実習をした程度の腕前だ。

 つまり、人の何倍も食べる癒々に食事を用意することはかなりの難関なのである。

 

「……猫の手?」

「こうです、こうっ!」

 

 包丁片手に首を傾げたエプロン姿の癒々に、同じくエプロン姿の被身子は猫の手が何であるかを見せ付ける。が、教える相手は癒々だ。正しく伝わっているかまったく分からない。なんなら伝わっていない可能性の方が遥かに高い。両手で猫の手を作った被身子を見た癒々は瞬きを数度して、左手をゆっくりと猫の手に変えていく。そしてまじまじと自分の手を見詰めて、一言。

 

「猫に押さえて貰えば良いんじゃない?」

 

 とんだすっとんきょうである。どこの世界に猫に食材を押さえて貰いながら料理をする愚者が居るのか。公安は家庭科を癒々に教えなかったのだろうか。まぁ公安に属する上で家庭科は特に必要無いのだろうけど。

 尚、今日の夕飯はカレーライスとサラダに決まった。これは癒々のリクエストである。彼女はとにかく量を食べなければいけない。その上で栄養バランスはしっかり取りたい旨を、珍しく被身子に伝えたのだ。

 沢山の野菜や沢山の鶏肉に市販のルーをぶちこんでコトコト煮込めば完成するので、カレーは下準備をしっかり出来れば問題無いだろう。その下準備に手間取っているから被身子は慌ただしくしているのだが。

 サラダについては、取り敢えず野菜を刻んでしまえば何とでもなる。カレーの仕込みついでに作れるだろう。

 

「猫はお料理出来ないです……」

「被身子が猫に変身すれば良い」

「猫に変身も出来ないです……」

「むぅ。良い案だと思ったのに」

 

 どこが良い案なのだろうか。今晩の癒々はいつもより頭がぶっ飛んでいる。くぅくぅとお腹を鳴らしているので、空腹で思考が滅茶苦茶になっているのかも知れない。普段なら、もう夕飯を食べている時間なのだ。USJ襲撃事件やら、雄英体育祭が無ければ今頃は二人のんびりイチャついて居られただろうに。

 

「とにかく、手には気を付けてくださいっ。やっぱり私が切ります!」

「駄目。被身子はご飯担当」

「でもぉ」

「大丈夫。任せて」

「でもぉ……」

 

 危なっかしい手付きで包丁を扱う癒々を信用することは、残念ながら難しい。炊飯を請け負ってしまったのは絶対に間違いだ。隣に立つの恋人が何かしでかしてしまわないか心配で心配で、被身子は米研ぎに集中出来ない。次の瞬間にはまな板が血で染まってもおかしくない状況なのだ。心配するなと言う方が無粋だろう。

 まだまだ調理は序盤も序盤。食材を切り終えた後には、具材の加熱や煮込み、そして盛り付けが待っている。果たしてカレーは無事に完成するのか。それまで何回、被身子は慌てることになってしまうのか。癒々は何度やらかしてしまうのか。二人の共同作業は、先行き不安でしかない。

 ゴトン、ゴトンと音を立てて癒々は食材を切り進める。人参や玉ねぎ、そしてじゃが芋が皮付きのままバラバラになっていく光景はとても料理しているように見えない。食材と包丁で遊んでいると言われた方が、まだ納得出来るぐらいだ。

 

「癒々ちゃん、玉ねぎの皮は剥いて? 食べれないから」

「食べれないの?」

「食べれなくも無いですけど、食べない人が殆どなのです」

 

 玉ねぎの皮は食べれないことも無いけれど、わざわざ好き好んで食べる物好きはそう居ないだろう。少なくとも被身子は食べたいと思わないし、癒々に食べさせたいとも思わない。だから取り敢えず、玉ねぎの皮は取り除くように指示を出す。そうしておかないと、カレーに投入されてしまう可能性がありありだからだ。

 

「被身子は食べたい?」

「食べたくないです」

「じゃあ、剥いとく」

 

 既に四等分されている玉ねぎを手に、癒々はぺりぺりと音を立てて皮を外していく。その途中で何を思ったのか、彼女は玉ねぎの皮を少しだけ口に放り込んだ。そして咀嚼を繰り返し、飲み込む。一応、玉ねぎの皮は食べることが出来る。但し美味しく食べようと思ったら、しっかり手を加えた方が良い。生のままだと苦いのだ。

 

「不味い」

 

 玉ねぎの皮の味に文句を言いながら、癒々は皮剥きを続けていく。そんな恋人を見て苦笑いを浮かべつつ、被身子は米研ぎを続ける。またも野菜を切っているとは思えない音が台所に響き渡った。皮剥きを終えた料理初心者が、再び具材を切り始めたのだ。夕飯が完成するその時まで、被身子は一秒だって油断出来そうにない。下手したら授業や訓練を受けている時よりも集中した目付きで、癒々を見守り始めた。……その時。

 

「あ」

 

 癒々が指をざっくり切ってしまった。細い指に大きな切り傷が出来て、真っ赤な血が滴り始める。盛大にやらかしてしまった彼女は、慌てる様子も痛がる様子も見せないで左手に出来てしまった傷口を黙って眺める。指から血が出続けているのに、至って平静のままだ。

 

「ゆ、癒々ちゃんっ!」

 

 怪我をした本人が冷静だったもしても、それを目撃してしまった被身子はとても黙っていられない。彼女は大慌てで癒々の左手首を掴んで、強く引き寄せる。そしてシンクの中にある米が入った内釜を横に押しどけて、蛇口から流れ続ける流水に真っ赤になった恋人の指を当てようとして、その直前で動きを止めた。

 一瞬。本当に一瞬だけ、被身子は勿体無いと思ってしまった。恋人がうっかり怪我をして、その傷口や流れ出る血を見て、体も心も欲しがってしまった。だけど。

 

「……っ」

 

 鮮血に染まった指に吸い付きたい気持ちを、今は堪えようと唇を噛む。本当は、チウチウしたくて仕方ない。顔はカッと熱くなったし、口角が勝手に吊り上がろうとしている。金色の瞳は、滴り続ける血液を見詰めてしまう。それでも今我慢しようとしているのは、自分が付けた傷じゃないからだ。血を吐き苦しむ癒々の姿がフラッシュバックして、それがブレーキとして作用している。どんな事情が有ったにしても恋人に血を流させて良いのは自分だけで、その他が原因で流れ出た血に口を付けたくない。そう思い込まないと、これから先、癒々が怪我をする度にチウチウしてしまう。

 胸の内で暴れ出した強い欲求から目を背け、被身子は癒々の指を水に当てた。排水口に流れて行く血を見て、やっぱり吸い付けば良かったと直ぐに後悔してしまったが。

 

「ちうちうしても良かったのに」

「……っ」

「しないの?」

 

 被身子の胸中を察したのか、それともただ欲しがったのか。癒々は被身子を煽り始めた。今の加納達は料理の真っ最中であり、体を重ね合わせるようなタイミングではない。ここでチウチウしてしまったら、もう晩御飯どころでは無くなってしまうだろう。

 

「……したい、ですけどぉ……」

 

 したいかしたくないかで言えば、したいに決まっている。それでも今回は自重しようとしたのだ。何よりも我慢したくない衝動を、どうにか抑え込もうとした。癒々のことが本当に大切だから、本当に大好きだから、今だけは我慢したい。しなきゃ行けないと思ってしまった。

 だけどそれは、被身子らしくない行動で。そして癒々は、何かを我慢しようとする被身子が嫌いだ。

 

「じゃあ、する?」

 

 まだ治していない傷口を見せ付けながら、癒々は被身子との距離を詰めた。そして指先を彼女の唇に当てる。水で薄まった血の香りが、どんどん強くなっていく。まだ流れ出てくる血が指を伝い、床に落ちてポタポタと音を立てる。

 

 やっぱり我慢は、出来なかった。

 

 

「あはっ。癒々ちゃ、癒々ちゃん……っ!」

 

 唇に触れた傷口を舐めながら、自制が出来ない少女が熱い吐息を漏らす。おぞましい笑みを浮かべながら、彼女はドロドロとした欲求に心を沈めていく。こんな時でも無表情を崩さない恋人を見詰めながら、何度も何度も大好きと思いながら、舌先から広がる彼女の味で掛け替えの無い幸福を感じていく。

 今はこの幸せの中に居られるなら、後はもうどうだって良い。癒々さえ側に居てくれれば、どこまでだって堕ちていける。それを怖いとも、駄目な事とも思わない。思えない。思いたくない。

 

「大好き! ずっと、ずっと一緒に居てっ!」

 

 大切な恋人に変身しながら、被身子は癒々を抱き締める。自分(・・)に抱き締められるのは少し変な感じがするけれど、それでも癒々は何も言わない。

 

 いつものように、ただただ被身子を受け止める。結局、カレー作りは後回しになってしまった。

 

 

 初めて癒々が作ったカレーは特段美味しいものではなく、かと言って不味いものでもない。ただレシピ通りに作っただけなので、出来上がったものは普通のカレーだ。なので味に文句ひとつ言わず、癒々はいつも通り黙々と食べ進めていく。

 被身子はと言うと、失敗したなぁと反省中だ。何故なら彼女は米を上手く炊くことが出来なかった。ちょっと水分量を間違えてしまったようで、炊きたての白米はベッチャリしてしまっている。そんなものにカレーをかけて癒々に食べさせてしまっていることを本当に申し訳ないと思っている。いつもいつも山程の食事を摂る恋人に、下手のものを食べさせるのは良い気がしない。彼女は何一つ文句を言わないので、それが逆に辛い。

 せめて不味いの一言ぐらい言ってくれれば救いにもなるのだけれど、基本的に癒々は被身子のやる事に文句を言わないのだ。

 

「料理、もっと頑張りますね……」

「……? なんで?」

「だって、明らかに失敗したから……。美味しくない、よね?」

「胃に入ればみんな一緒」

 

 どうやらこの大食い問題児は、然して味に頓着が無いらしい。栄養さえしっかりしていれば、後はどうでも良いとでも思っていそうな物言いだ。

 

「でも、ご飯は美味しく食べて欲しいのです……」

「んー。……じゃあ、頑張って?」

「はい。頑張ります」

 

 今日みたいな失敗はもうしないと反省しつつ、被身子はりんごジュースに口を付ける。手元に置かれたカレーやサラダにはまったく手を付けていない。自分がしでかした失敗とは言え、ベッチャリご飯のカレーを食べたいとはまったく思えない。そもそも、少しも空腹感が無い。

 

「被身子。ちゃんと食べて」

「お腹、空いてないです……」

「駄目。食べて」

「……」

 

 ここ最近、癒々はちゃんと被身子に食事を摂らせようとする。その理由は定かではないが、もしかしたら被身子と一緒にご飯を食べたいと思っているのかもしれない。恋人の要望にはなるべく応えたいと思っている被身子だけれど、食事だけはどうしても難しい。

 

「……本当にお腹が空かないのです。食べなくても平気みたいで」

「食べて。あーーん」

 

 スプーンに掬われたカレーが差し出される。しばし逡巡したのち、どうしても食欲が湧かない被身子はおずおずと口を開く。美味しいと言い切ることは出来ない夕飯が口の中に放り込まれた。飲み込むことはおろか咀嚼することすら億劫だけれど、食べれない彼女は何とか口の中に入れられたものを時間をかけて嚥下(えんげ)する。食べ物を食べている姿をまじまじと見られるのは、少しだけ気恥ずかしい。

 被身子が口の中を空にすると、今度は箸を持った癒々がくし切りにされたトマトを一口分だけ摘まみ上げる。そしてまた、被身子の口元に向かって差し出した。

 

「これも食べて」

「……」

「被身子」

「……はい。……ぁむ……」

 

 本当に渋々と、何なら嫌そうな顔をして野菜も食べる。カレーよりも多く咀嚼して、飲み込むまでたっぷりと時間をかけることになってしまったが、それでも何とか被身子は二口分の食事を済ませた。空腹感の無い状態で物を食べるのは、中々の苦行だと言って良い。食べれない彼女は、すっかり満腹になってしまった。もう飲み物だって口にしたくない。

 

「……ふぅ。ごちそうさまでした」

「もぐもぐ」

 

 すっかり満腹にさせられてしまった被身子は溜め息を吐き出しながら食事を終わりにし、ぼーっと天井を見上げる。お腹いっぱいで喋る気も起きないようだ。癒々はまだまだ食事を続けている。もうしばらく、彼女は食べっぱなしだろう。

 

「……もうこんな時間。お風呂、用意しとくね?」

 

 壁に掛けられた時計をチラリと見た後、彼女はゆっくりと席を立つ。現在時刻は夜の十時を回っており、翌日の事を考えたらそろそろ就寝に向けて動き出さなければならない。今日も放課後は訓練していたので、体は汗で汚れてしまっている。人として乙女として、寝るまでには体を綺麗にしておきたい。

 まだ食事中の癒々をダイニングに放置するような形で、被身子は寝室へと向かう。二人分の着替えをタンスから出して、次は脱衣所へ。洗濯機の上に下着やらパジャマを置いて、浴室の扉を開いた。ちょっとだけ悩んだ後、彼女は湯を張り始める。浴槽が満タンになるまで時間がかかってしまうが、癒々が食事を済ませるのにも時間がかかる。恋人が夕飯を食べ終わる頃には、多分風呂の準備は出来ているだろう。待つことになったとしても、そう時間はかからない筈だ。

 入浴の準備を整えた被身子はやる事が無くなったので、ダイニングに戻る。癒々はまだカレーを頬張っているので、まだまだ食べ終わることはなさそうだ。

 

 夕飯を食べ続ける恋人を眺めながら、被身子はまだ残っている飲み物に手を伸ばす。ちびちびとりんごジュースを飲みながら、彼女はゆっくりとした時間を過ごしていくのであった。

 

 

 

 

 

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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