わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
雄英体育祭が始まろうとしている。それまでの八日間、癒々は被身子を含めた五人のクラスメート達をそれはもう手厳しく鍛えた。なお彼女自身が多くを語らないので、被身子達は意見交換を繰り返すことで癒々の意図をどうにかこうにか察するしかなかった。もっと癒々が言葉にして訓練の意味を教えてくれれば、捗る部分があったのは事実だ。ただ、多くを語らなかったことにもちゃんと意味がある。
それは「自分で考えて訓練に望む」ということ。単純なことではあるが、ちゃんと試行錯誤を繰り返して技術を学ぶことは大切だ。そうでなければ身に付かないと癒々の口から説明があったのは、体育祭前夜の話である。これには流石に文句のひとつぐらいは言いたくなった被身子だったが、この八日間で得た物を考えると癒々の訓練方針に大きな間違いは無かったので、結局文句を言うことは出来なかった。そんなことよりも体育祭前日と言うことで、あんまりイチャイチャ出来なかったことの方が大きな不満だ。
そんなこんなで、体育祭当日の朝。A組生徒達は体操着姿で全員会場控え室に集まり、残り少ない開催式までの時間を過ごしている。緊張する者も居れば、今から気合いを発揮してやけにテンションが高くなっている者も居る。そんな中で、ひとり制服姿のままの癒々はパイプ椅子に腰掛けて何故か黙々とポップコーンを食べていた。会場周辺は体育祭観戦の為にやって来た一般の方々の為に、屋台がずらりと並んでいる。その屋台のひとつでポップコーンが売っていたので、勝手に外に出て購入してきたと言うわけだ。自分が参加しない学校行事に、癒々が大した興味を持つことはない。緊張する必要も身構える必要もない。だからって完全に物見遊山な気分で居るのは如何なものか。少なくとも今の姿を相澤に見られたら、間違いなくお説教されてしまう。
「何で渡我ちゃん達、そんなにボロボロなの……?」
癒々の周囲に集まっている被身子達を見て、葉隠がちょっと引いた。彼女の反応は当然と言えば当然だ。癒々の訓練を前日まで受けていた五人は、それぞれ体操着が擦りきれたり解れたり汚れたりしてしまっている。特に出久と芦戸の体操着が酷い。
「その、昨日の七躬治さんの訓練が結構ハードで……。前日なのに全員ボッコボコされてもうて……」
「ねー、昨日は本当に地獄だった……。何回吐かされたことやら……」
「でも、お陰で身に付いたことは沢山あるわ」
「うん本当に……大変だった……」
昨日の訓練を思い出し、それぞれが遠い目をしてしまっている。麗日の言葉は事実なようで、癒々はマジで五人をボッコボコにしたらしい。見たところ彼女達は今日まで引きずるような怪我はしていないようなので、ちゃんと手加減はしていたようだが。それでも、本番前日にボコボコにしてしまうのはやり過ぎだろう。
「前日なのに!? 訓練してることは知ってたけど、そこまでやってたの!?」
「もぐ……。痛みを伴わない訓練に意味は無いから、もぐもぐ」
「もう少し加減してくれても良かったのです……」
癒々の髪を弄りながら、被身子はため息を吐いた。つられて麗日や芦戸、そして出久もため息を吐く。蛙吹だけはため息を吐かなかったけれど、冷静な彼女にしては珍しく、目を泳がせている。昨日の事は、五人の誰もが思い出したくないらしい。何なら少しばかりトラウマになってしまっているようだ。いったい癒々は何をしでかしたのだろうか。少なくとも、ろくでもない事は確かだ。
「緑谷」
既にボロボロな様相の出久に白と赤のツートンヘアカラーな男子、……つまり轟が声をかけた。体育祭はもうそろそろ始まる。なのにわざわざ声をかけるのは、それだけ大事なことを今このタイミングで話しておきたいからだろう。
「轟くん……。何?」
「ここしばらく訓練してたみてぇだが、それでも実力は俺の方が上だと思う」
「へっ!? ぅ、うん……そう、かも……」
「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……」
轟の実力が如何なるものであるのか。それを出久は直接見たことがない。だけど、彼が授業やUSJ襲撃事件の際にどのような活躍をしたかは知っている。まだまだ個性を全開で扱うことが出来ない出久からすれば、今のところ轟は格上の存在と言って良い。そんな轟が、いったい何の用で出久に話しかけたのか。それは、彼の次の一言で判明する。
「おまえには勝つぞ」
真っ直ぐ出久の目を見て、轟は堂々と宣戦布告した。A組男子の中で最強とも言える彼が、どうしてか出久に対して喧嘩腰になっている。早くも火花を散らし始めそうな二人を見た癒々は、ポップコーンを食べる手を止めた。が、直ぐにまた食べ始めた。一瞬だけ轟の事が気になったようだが、多分どうでも良いとでも思ったのだろう。
「……轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか……、は分かんないけど……。そりゃ、君の方が上だよ……。でも……!!」
轟が何の意図を以て、出久に宣戦布告したのかは分からない。分からないけれど、もう出久は二週間前の彼とは違う。十日間、毎日癒々に訓練をして貰った。結果ボロボロになってしまったけれど、それでも得られた物は沢山ある。その内のひとつは、自信。だから、きっと今の彼は誰に宣戦布告されたとしても、それをちゃんと真正面から受け止められる。何より。
「皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって、遅れを取るわけにはいかないんだ」
遅れは、取れない。ここで尻込みなんて出来る筈がない。それは自分に期待してくれている人達への、何よりずっと訓練に付き合ってくれた癒々への侮辱になってしまう。そんな真似は、何があってもしたくない。だから。
「僕も本気で、獲りに行く!」
出久も、堂々と宣戦布告した。まだ体育祭は始まっていない。始まるのはもう少しだけ先の話だ。それでも既に、大きな火花が散り始めている。
雄英体育祭が、幕を開けようとしていた。
■
「もぐもぐ」
体育祭に参加しない癒々は、まだ沢山残っているポップコーンを食べながら最前列の観客席に腰掛けた。雄英体育祭は日本のビッグイベントのひとつ。当然観客は多く、中にはスカウト目的のプロヒーローも大勢居る。そんなイベントに癒々は参加しない。何なら今日は学校に行かないで家でのんびりしていたって良かったぐらいだ。そうしても良いと大独活からメールがあった。それでも、ちゃんと学校に来たのは彼女なりに体育祭が気になるからだろう。何せ今日まで出久達を鍛えたのは癒々だ。弟子とも言える五人の活躍を、ちゃんと自分の目で見ておきたいのかもしれない。
もう既に、開催式は始まろうとしている。生徒達は会場入りしており、各クラスごとに整列済みだ。実況席から届くプレゼント・マイクの声は非常に喧しい。そんな中でステージの壇上に立った主審、18禁ヒーロー「ミッドナイト」が選手宣誓を始めようとしている。
「選手宣誓!! 生徒代表!! 1-A七躬治癒々!!」
「……もぐ?」
何故、体育祭不参加の癒々の名前が呼ばれてしまったのか。それには二つ理由がある。ひとつは、選手宣誓は例年のしきたりでヒーロー科の首席がやることになっている。もうひとつは、雄英側からの癒々への気遣いだ。この雄英体育祭は、生徒達が世間に自分達をアピールする最大のチャンス。それを警護を理由にふいにさせ、癒々の存在をプロヒーロー達に認知させないのは何とも勿体無い。だから、せめて少しでも彼女の姿を知って貰おうと思って選手宣誓だけでもやって貰おうということになったのだ。公安としては癒々の個性が世間に広まらなければ、それで良い。癒々に歩ませる将来を考えれば、この雄英からの気遣いを無下にする理由はそんなに無い。なので、癒々が選手宣誓をすることに決まったのだ。
しかし、早速問題が起きている。そもそも癒々はステージに立っていない。観客席でポップコーンを食べている。主審に何を言われたのか理解していないようで、動こうともしない。
「ミッドナイト主審! 七躬治さんは体育祭不参加なのでこの場に居ません!!」
飯田が手を上げて事実を叫んだ。結果、いきなり会場全体が騒然とする。特にステージに立つ生徒達がざわめいている。選手宣誓を行う筈の生徒が、ステージに居ないのだ。整列に加わっている被身子は、思わず観客席を見渡した。そして数秒後、運良く癒々を発見。ばっちり目が合って、どうしようと考え始める。呑気にポップコーンを食べている恋人を呼ぶべきか、それとも何も言わないでおくべきか。そもそもこうなることが分かっていれば、癒々を引っ張ってでも会場入りさせたというのに。
「……あの、百ちゃん。癒々ちゃんあそこに居ますけど……どうします?」
取り敢えず、直ぐ隣に居る八百万に被身子は相談することにした。今更になって何かが出来るとは思えないが、取り敢えず癒々の居場所について周知はしておこうと思ったからだろう。
「ど、どうしましょう……。そうですわ! 渡我さんが呼べば来るかもしれませんっ」
「えっ、呼ぶんですか?」
「呼んでください! このままでは進行に支障が……! いえもう……支障は出ていますけれど……」
残念ながら、もう既に進行に支障は出てしまっている。だけど取り敢えず、呼ぶだけ呼んでみようと八百万は判断したらしい。誰の言うことも聞こうとしない癒々だけれど、被身子の言うことはちゃんと聞くのだ。ならば被身子に呼んで貰うしか手段が無い。副委員長からの指示と言うこともあり、被身子は仕方なく息を吸い込む。観客席の癒々とはそれなりに距離が離れてしまっているので、大声を出さなければならないからだ。そして。
「癒々ちゃん! ちょっと来て!!」
思いっきり、腹から声を出した。瞬間、会場中から注目が集まってしまって居心地が悪くなる。隠れる場所があるなら隠れたいけれど、生憎そんな場所はステージには無い。大声を出さざるを得なかった被身子は、大人しく大勢からの視線に晒されるしかない。いったい何の羞恥プレイだろうか。
ただ、大きな声を出した甲斐はあった。被身子の声はちゃんと癒々の耳に届いていたようで、彼女はポップコーンを抱えたまま観客席からステージへと飛び降りた。同時に、会場中の興味が癒々へと向けられる。生徒代表に選ばれているのに、選手としては体育祭に不参加。注目が集まってしまうのも仕方がない。
「呼んだ?」
周囲からの視線などまるで気にすることなく、癒々は真っ直ぐ被身子の居る場所まで歩いた。何で急に呼ばれたのか、流石に理解はしているだろう。していて欲しいと言うのがA組の総意だ。しかし残念ながら、選手宣誓が何なのか癒々は理解していない。大好きな被身子に呼ばれたから、取り敢えずやって来ただけだ。
「その、あそこに立って選手宣誓を……」
「……? 何それ」
「ええっと……」
「七躬治癒々!! いいから早くここに来なさい!!」
壇上のミッドナイトがキレた。早く進行しろと他クラスの生徒達も癒々を睨んでいる。このままだと暴動でも起きるんじゃないかって空気の中で、被身子は癒々の背中を押した。選手宣誓が何なのか説明する時間は無いので、そちらについてはもう主審に丸投げすることに決めたらしい。
進行は少し遅れてしまったが、とにかく癒々は壇上に立った。と言うか立たされた。彼女の目の前には、引きつった笑顔の主審とスタンドマイクがある。
「選手宣誓!! 1-A七躬治癒々!!」
「……宣誓? 誓えってこと?」
「そうよ! 誓いなさい! 何でも良いから!!」
「んー……じゃあ」
今、ミッドナイトは間違えた。何でも良いから誓えなどと、癒々に向かって言ってはならなかったのだ。何せ彼女は自由奔放。A組一番のフリーダムにて、問題児。そんな癒々に好きに誓えなんて言ったら、そりゃあとんでもない爆弾発言が投下されてもおかしくないのである。
なので、直ぐに訪れる未来を予想したA組の面々は身構えた。大半は頼むからまともな事を言ってくれと願ったが、それは無駄な労力で終わるだろう。何せ癒々だ。やらかして当然。やらかさない方が珍しい。
……そして、審判の時は来た。
「宣誓。わたしは被身子と結婚する。以上」
この時、癒々を除いたA組の誰もが時間が止まったと錯覚した。と言うか止まって欲しかった。どうして癒々はこうもフリーダムで、制御することが出来ないのか。制御する為の術はどこにあるのか早急に知りたい。選手宣誓とは何一つ関係ない個人的な誓いを立てた当の本人は、ポップコーンをつまみながら観客席へと戻っていく。もう事態の収拾は付きそうになかった。
選手宣誓の場をプロポーズに使った問題児が雄英には居た。なんて嘘みたいな事実が、今後何年にも渡って雄英体育祭が開催される度に語られることになるのだが、それはまた別の話である。
メリークリスマスなのでせめて渡我ちゃんには、癒々による何度目かのプロポーズをプレゼントしました。いやプロポーズというか……婚約宣誓って感じだけど……。本当は渡我癒々の初めてのクリスマスでも書こうかなと思ったんですけど、まーーー癒々の行く末がやっとこさ固まってきたから、二人の昨年のクリスマスについては本編で触れることにします。今の私が言える確かなことは、癒々には容赦しません。現場からは以上です。
メリークリスマス!
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