わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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堕ちる

 

 

 

 

 

 体育祭第二種目、下克上サバイバル(騎馬戦)が始まろうとしている。障害物競走で一位を獲った者、つまり出久には1000万ポイントが与えられた。ちなみに被身子は四位の為、195ポイントを与えられている。

 この騎馬戦は上に立つ者程、下の者から狙われてしまうとんでもないポイント配分がされている。何事もトップに立つ者は狙われる立場にあるものだけれど、だからってこうも極端なのは如何なものか。なので出久は、真っ先に狙われてしまうだろう。同時に彼とは組みたくないと思う者が、多数現れる。これでは騎馬を組むことも一苦労だ。轟や爆豪は上位に位置しているが、人集りが出来る程度に大人気である。被身子はと言うと、ぶっちゃけそれどころでは無かった。ついさっき観客席に戻って行った癒々の姿が、どこにも見当たらなくなっているのだ。外に出て何か食べ物でも買いに行ったのだろうか。或いは相澤先生に呼び出されてしまったのか。そんな程度の話だったら、まだ良い。もし公安に呼び出されていたと考えると、気が気じゃない。

 

「……なああんた。渡我、だっけ?」

「……えっと、はい。誰で、す……か……」

 

 見知らぬ顔。いや、体育祭前にA組に宣戦布告をしにやって来た男子生徒に話しかけられて、被身子の意識は曖昧になる。彼は、一年C組の心操人使。その個性は『洗脳』と呼ばれるものだ。それを容赦なく人に向かって使った辺り、余程心が無いのか、それとも余裕が無いのか。

 

(女子に洗脳とか、我ながら呆れるな。でも……どんな手を使っても、上に行かなきゃ意味が無い。こんな個性でも、俺はもう憧れちまったんだよ。だから……)

 

 第二種目騎馬戦。その殆どの時間を、被身子は曖昧な意識で過ごすことになる。彼女の意識が正常に戻ったのは、最終種目トーナメントの組み合わせが発表される直前だった。

 

 

 

 

 雄英体育祭は日本最大のイベントであり、国民が熱狂する催しだ。それ故に、老若男女が夢中になって観戦する。殆どの人は画面越しにこの一大イベントを楽しむのだが、中には直接会場に赴いて観戦する人も居るのだ。事前に抽選配布されるチケットは中々手に入れることは出来ない。特に今年は例年より警備を強化していると言うこともあり、一段と抽選が厳しい。

 そんな中で、幸運にも入場チケットを手に入れることが出来た少年が居た。彼はまだ高校生で、ヒーローに憧れるお年頃。この夏には来年本格化する受験勉強、もしくは就職の事を考えなければならないので、遊んでられるのは今ぐらいしかない。なので、雄英体育祭は生で見れるなら見ておきたい。学校を休んででも、今日は雄英に足を運んだ。本当は二年生の体育祭を見たかったのだけれど、残念ながら手に入ったチケットは一年生の体育祭。まぁそれでも、ヒーローの卵であることに変わりはない。体育祭は体育祭だ。生の熱気に触れて観戦出来るのだから、楽しいに決まってる。筈だった。

 観客席に腰掛けた彼は、驚愕してしまった。同時に恐怖を覚えた。より正確に言うなら、思い出してしまった。何故なら見覚えのある顔が、今でもたまに夢に出てくる元同級生が、一年生として雄英に居た。雄英体育祭に選手として参加していた。だからもう、楽しむどころではなくなってしまった。

 

 渡我被身子が雄英に居る。その事実がどうしようもなく恐ろしくて、受け入れられない。

 

 恐怖に身を落とした少年の名は、斉藤と言う。去年の春、渡我被身子に襲われ瀕死の重症を負わされてしまった悲劇の少年だ。その傷跡は、心にも体にも残ったままだ。

 何で渡我被身子が雄英に居るのか。何でヒーロー科に在籍しているのか。どうして見慣れた笑顔を浮かべてクラスメート達と談笑しているのか。本当に、分からない事だらけだ。斉藤からすれば、まるで理解出来ない。人を平然と傷付けて、あまつさえ流れ出る血を吸い取ろうとするような彼女のことなど、今になっても理解することが出来ない。

 もう二度と、現実で会うことは無いのだと思っていた。実際、渡我被身子はあの事件以降、何処かへ失踪したと聞いていた。警察の手を逃れ、家族にすら何も言わないで行方不明になったと。それはテレビで報道されていた。

 

 だから。怖くて、恐ろしくて。なのに、彼女から目を離すことは出来なくて。障害物競走でかつての同級生が、どのように活躍していたかハッキリ見た。四位で第一種目を終わらせ、開会式の際に選手宣誓ではなく婚約宣誓を堂々とやってのけた、よく分からないクラスメートを嬉しそうに抱擁する。その時の渡我被身子が浮かべていた笑顔は、斉藤でも見たことはない柔らかな笑顔で。

 中学時代の事は、もう何一つ思い出したくない。少しでも思い返そうとすると、直ぐにあの日の光景がフラッシュバックしてしまう。あのおぞましい、悪魔のような笑顔を。溢れ出る血を、涙を流しながら啜る渡我被身子の姿を。

 

「……っ!」

 

 膨れ上がった恐怖が、あの日の痛みまでも思い出させる。物凄い吐き気が押し寄せてきて、とても立っては居られない。蒼白になった少年は、弧を描く少し薄暗い通用路でしゃがみ込む。もうここには居られない。居たくない。折角の雄英体育祭は、最悪な思い出になってしまった。もう自分は幸せに生きていくことすら出来ないのかと、好きなものを見ることも出来なくなってしまうのかと、ひとり絶望していく。

 

「生きてる?」

 

 涙で歪んだ視界に、誰かの足が映った。たまたま通りがかった誰かが、うずくまる自分を心配して声をかけてくれたのだと斉藤は思った。情けない姿を見知らぬ誰かに見られたことを、恥じる余裕もない。そもそも返答することすら出来ない。今はただ苦しくて、辛くて、怖くて。顔をあげることすら、出来やしない。

 

「ゆっくり息をして」

 

 誰かが、斉藤の目の前でしゃがみ込む。そして彼の頭を、ポンポンと撫でる。耳に届くのは無感情な声だけれど、今はそれが心地良い。下手に心配そうな声を出されてしまったら、もっともっと苦しくなっていたかもしれない。

 胃袋から上ってくるものを何とか食道で押し止めて、彼は唾を飲み込む。まだ視界は涙に覆われてしまって居るけれど、まだ苦しさも怖さも消えてくれないけれど、それでも彼は何とか顔を上げた。自分がどれだけ酷い顔をしてるか分かっていても、せめて相手の顔を見てお礼を言いたい。言うつもりだった。目の前の優しい人が誰なのか理解するその直前までは。

 

「お、前……は……っ」

「?」

 

 声をかけてくれた誰かは、渡我被身子と結婚するなどと宣っていたあの少女だった。首席でありながら、体育祭には参加せず、そして斉藤のトラウマを深々と抉り返した渡我被身子と何かしらの深い関係を持っているであろう白い少女。人形のように無表情で、黄金色の瞳には何の感情も無い。そんな、不思議な存在。

 

 ……そう。しゃがみ込んだ斉藤に話しかけたのは、七躬治癒々だ。

 

「何、でっ、う゛っ、お゛ぇえ゛っっ」

 

 もう一度渡我被身子を思い出してしまい、斉藤は今度こそ吐いた。色の付いた吐瀉物を勢い良く出してしまって、それは目の前の少女のスカートや白いストッキングを派手に汚す。

 初対面の誰かに制服を汚されても、他人の吐瀉物を浴びてしまっても、彼女は眉ひとつ動かさない。吐き続ける斉藤を、黙って見詰めるだけだ。ここで悲鳴のひとつやふたつでも上げてくれた方が、彼にとってはまだマシだった。七躬治癒々を、ちょっと変なところがある普通の女の子として見ることが出来た筈だ。でも現実は、そうはならなくて。

 

「ひとつ聞くけど、被身子に何の用?」

「……っっ゛!」

 

 気持ちが悪い。渡我被身子に用なんて無い。あんな奴とは二度と関わりたくない。そう思っているし、それは決して変わること無い本心だ。でも、ほんの少し前まで渡我被身子を目で追い掛けてしまったことは事実で。何でそんなことをしていたのか、今ではこれっぽっちも分からない。

 今はただ、目の前の少女が恐ろしい。彼女の存在が、渡我被身子を思い出させる。だから一刻も早くこの場を去りたくて。一秒でも早く七躬治癒々から離れたくて。斉藤は自分より小さな少女の胸ぐらを掴み、そして叫ぶ。

 

「用なんか無い゛っ! あんな奴、二度と関わるか!! お前何なんだよ!? 何であんな奴と、平然と一緒に居られるんだっっ!!!」

 

 本当に、ただただ気味が悪い。渡我被身子も、七躬治癒々も。今すぐにでも、ここから逃げ出したい。もう勘弁して欲しい。夢でも現実でも、過ぎ去った過去を思い出したくない。このままでは心が押し潰されて、どうしようもなくなってしまう。

 

 だからもう、思い出させないでくれ。安心して眠りたいんだ。二度と、恐怖なんか感じたくない。過去と向き合いたくない。

 

 ……そんな逃げる為の言い訳を心の中で何度も何度も繰り返して、斉藤は泣き喚く。今この場で、彼が平静を取り戻すことは出来ないだろう。

 

「なら何で、被身子を見てたの?」

「ーーーー っっ」

 

 七躬治癒々の問い掛けに、斉藤は息を止めた。渡我被身子を見た時点で、彼は即座に席を立っても良かった筈だ。目を閉じて耳を塞いで、家へ帰ることは出来た筈だ。なのに、彼はそうしなかった。そうしようと思わなかった。そんな事より、渡我被身子の活躍をしっかりと眼に焼き付けようとしていた。

 斉藤にとっては恐怖でしかない元同級生の姿から、どうしても目を離すことが出来なかった。

 

「被身子に何か用があるなら、わたしが聞く。そうじゃないなら、どうして被身子を見ていたの?」

「ーーーー」

「わたしはあなたが被身子に近付くことを許さない。あの日彼女を受け止めなかったあなたが、今更何の用?」

「ーーーー、知って……る……のか? 渡我が、何をしたのか……」

「知ってる。全部調べた。それが何?」

「お前……本当に、何なんだよ……。知ってるんなら、どうしてそんな事が言えるんだ……。何で、渡我の側に居られるんだ……っ」

 

 昨年の、春。渡我被身子が斉藤に何をしたのか。それを七躬治癒々は知っていると言った。ならば彼女はあの痛ましい事件を知っていて、その上で渡我被身子と結婚すると宣誓してみせた。臆することなく、堂々と。それは斉藤からすれば、最も理解出来ない事だ。理解したくもない。だから、七躬治癒々と言う少女が酷く異質な存在に見えてしまう。

 

「あなたこそ、どうして被身子を分かってあげないの?」

「ーーーー 何、言ってん、だ?」

「どうして、被身子を分かってあげないの? 分かってあげられなかったの?」

 

 頭が、真っ白になっていく。目の前の少女の言葉がまるで理解出来なくて、脳が考えることを止めてしまう。彼は、何も怒られるような真似はしていない。なのに、七躬治癒々は斉藤が過去にした行いを本気で咎めている。無表情を変えることも、声色を変えることもなく、それでも確かに怒っている。

 

「ねえ、何で? どうして? だって、被身子は……」

「……だろ……」

「……?」

「っっ、分かるわけ、無いだろ!! 俺は殺されかけたんだ!! あいつに、殺されるところだった!! なんで自分を殺そうとした奴を分かってやらなきゃならないんだよ!!? ふざけんな!!!」

 

 斉藤の叫びは、正しいものだ。どうして被害者である彼が、加害者である渡我被身子を分からなければならないのか。何で責められなければならないのか。怒られるのは、彼じゃない。罰を受けるのは、彼を傷付けた渡我被身子自身だ。

 額や首筋の傷跡が目立つ少年の心からの叫びを聞いて、それでも七躬治癒々は表情を変えない。ただ思うところはあるようで、彼女は強く拳を握った。

 本当は、彼女だって分かってる。悪いのが誰なのか。罰せられるのは、変わらなければならないのは誰であるのか。だけど。そんな考えなくとも分かる当たり前(・・・・)のことを、七躬治癒々は切り捨てる。

 

「あなたでも、そうなんだ。だったらもういい。もう誰もいらない。誰にも、渡さない」

 

 まるで、自らに言い聞かせるように。この世界を拒絶するかのように、七躬治癒々は静かに呟く。そして胸ぐらを掴む斉藤の手を振り払い、彼の胸ぐらを掴み返す。

 

 

「わたしの被身子に、二度と近付かないで」

 

 

 黄金色の瞳に、不信と拒絶が宿る。淡々とした声音が、失望に染まる。

 

 この日。七躬治癒々は他者を拒絶した。信用しなくなった。渡我被身子を除いて、誰に対しても期待しなくなってしまった。

 それが間違いだろうと、彼女はもう構わない。この世界で、渡我被身子を分かってあげられるのは自分だけなのだと。自分しか居ないのだと。

 

 そう思い込んで、心を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 






体育祭の途中ですが癒々が悪い方に勝手に転落しました。誰かどうにかしてあげてください。A組ーー!! なんとかしてくれーー!! 渡我ちゃーーーん!! 頼むーーー!!!


以下、長い言い訳というかネタばらしというか、そんな感じのもの。






本当は斉藤くんと和解できて良かったね渡我ちゃんとなる筈だったんですよね。だから出久に対して渡我ちゃんは変な気持ちを抱いている描写をしてたんですが、まぁ被害者が加害者を理解するとかやっぱ無理だよなぁとなりまして。その結果がこれです。プロットくん死んで! あーあ死んじゃった。
斉藤くんの出番は今後あるか分かりません。が、出てきた以上はもう一度、今度はちゃんと渡我ちゃんと対面させたいですね。予定だとものすごく先になります。出てこないかもしれません。

ついでに少し補足しますと、前章冒頭の渡我家での一件に癒々は結構堪えていました。そして今回斉藤くんに会って、この人は分かってくれるかもって期待→彼も被身子を分かってくれない。分かろうともしない→じゃあもういい。って流れです。
だから人に失望しました。ここからは人間不信癒々です。被身子が大好きだからこそ彼女なりに動こうとしていたんですが、まあ失敗です。そもそも上手く行くわけないんですよね、精神的には赤ちゃんだから。まだ記憶喪失なってから一年ちょいぞ。良い子に育つと良いなぁ(遠い目)

育ってくれ、頼むから(血涙)

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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