わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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失望の中で

 

 

 

 

 

「ん……、あれ……?」

 

 曖昧だった被身子の意識が、ふっと戻る。気が付けば第二種目が終わっていた。この十五分間、彼女は自分が何をしていたか少しも憶えていない。見覚えがある他クラスの生徒に話しかけられて、そこからは記憶が無い。なので、何でか知らないけれど騎馬戦は三位で通過。彼女は最終種目に進出する権利を得た。

 どうにも疑問は残るけど、怪我をすることもなく第二種目を終えることが出来たのだから、被身子は特に気にしないでおくことにした。隣で何やら複雑そうな顔をしている尾白のことも、少しだって気にならない。そんな事よりも、彼女には気になる事がある。それは騎馬戦前に姿を消してしまった癒々のことだ。

 第一種目が終わった頃にあった恋人の姿が、騎馬戦が始まる時には無くなっていた。もはや何事においても癒々が側に居てくれないとやる気が湧かない被身子からすれば、今すぐにでも癒々の顔が見たい。それは何事よりも優先したいことだ。もはや死活問題と言っても良い。だからステージの中から観客席を見渡してみるのだけれど、やっぱり恋人はどこにも居ない。

 いったい癒々は、どこに行ってしまったのだろうか。

 

「お疲れさん」

「あ、はい。お疲れ様でした?」

 

 癒々を探す被身子は後ろから誰かに肩をポンと叩かれ、労われたので反射的に言葉を返す。彼女に話しかけたのは、三位チームの騎手を担っていたらしい男子生徒。実況席のプレゼント・マイクが『三位は心操チーム』と言っていたので、多分彼が心操なのだろう。ポケットに手を突っ込んで少し背中を丸めながら歩いていく男の子を少しだけ見送って、被身子はステージを後にする。もういい加減、癒々成分を補充しないと平静で居られそうにない。

 だからクラスメート達に話しかけられる前に、禁断症状が出てきそうな被身子は早足で通用路を歩いていく。癒々が何処に居るのかさっぱり分からない。こういう時、スマホでもあれば直ぐにでも恋人と合流出来るのだが、残念ながら文明の機器は持ち合わせていない。別に今日まで必要としなかったし、離れ離れになるつもりは少しだって無かった。しかし今日、癒々が体育祭不参加である以上はどうしても離れ離れになってしまう。なってしまった。そろそろ携帯電話が欲しいと恋人にねだっても良いのかもしれない。

 ただスマホを持つに当たってひとつだけ問題がある。それは癒々がスマホを使わないことだ。それでは被身子がスマホを手に入れても、意味が無いだろう。

 

「むー……。癒々ちゃんはどこですか……」

 

 何処に行けば癒々と合流することが出来るのか。不満の募った彼女は足を動かしながら考えるけども、答えはさっぱり出てこない。今は昼時なので、校舎に戻って食堂にでも行けば見当たるかもしれない。でも、癒々はポップコーンを食べていた。今日はスタジアムの外にある屋台であれこれと買い込んでいるかもしれない。しかし外食も買い食いも基本的には公安から禁止されている筈だし、意外と栄養バランスのことを考えている癒々がいい加減に腹を満たそうとする線は無い筈だ。

 多分、食堂に居るだろう。そう決め込んで、被身子は特設スタジアムから少し離れた所にある校舎に向かって歩いて行く。これで癒々に会えなかったら、その時はその時だ。癒々に会えるまで探し回れば良い。なんて考えつつ歩調を早める。

 と、その時。被身子は後ろから誰かに手を掴まれた。何事かと思い振り向くと、そこには俯いた癒々が居た。だから嬉しくなって、嬉しさの余り抱き付こうとして、直ぐに気付く。癒々の制服に、目立つ汚れが有ることを。何より、癒々の様子が少し変だと言うことに。

 

「癒々ちゃん、どうしたの?」

「……」

「癒々ちゃん?」

「……」

 

 呼び掛けても、答えてくれない。いつもなら目を合わせてくれるのに、ちゃんと返事をしてくれるのに、今はずっと俯いたままだ。癒々は口を閉ざしたまま、被身子の腕に抱き付いた。そして額を押し当てて、いつもよりは控え目に匂いを嗅ぐ。どうにも、様子がおかしい。弱っていると言うか、傷付いていると言うか。とにかく、今の癒々はそんな感じであり、それは被身子が何かあったと察するには十分なヒントだった。

 いったいどんな事があったのか。それは分からないけれど、確かに分かるのは癒々が辛そうにしていると言うことだ。普段の彼女だったらそんな素振りは絶対に見せないのに、今はそうじゃない。取り繕おうともしない。

 

「……取り敢えず、着替えよ? それ、どうしたの?」

「……」

「行こ?」

「……」

 

 まだ、癒々は顔を上げない。口を開いてくれない。だけど、被身子の言葉には小さく頷いた。取り敢えず、話自体は聞いている。声を上げようとは、しないけれども。

 どうかしてしまった恋人を引っ張るような形で、被身子はゆっくり歩き出した。癒々の制服に付着した汚れが吐瀉物であることは、流石に臭いで分かっている。だから被身子がまず向かうのは校舎にある売店だ。今日の癒々は体操着を持ってきていない。被身子の制服を着せようにも、上着ならともかくスカートはサイズが合わない。かと言って、今被身子が着ている体操着を貸すわけにもいかない。だから、売店に行って癒々用の体操着を購入するしかない。ついでにタオルなんかも買って、癒々の足を拭いておきたいところだ。恋人の体から変な臭いがするのは、我慢ならない。

 今日の昼は、昼食を食べるどころでは無くなってしまった。多分癒々の面倒を見るだけで、休憩時間が終わってしまうのだろう。

 人の往来が増え始め、通用路が賑やかになってきた。のんびり歩いていると、今の癒々の姿を見られてまた変な噂が流れてしまいそうだ。

 

 今の癒々を誰にも見せたくなくて、被身子は少し足を動かす速度を早くする。が、直ぐに足を止めることになってしまった。

 

「おい七躬治。警護されてる奴が一人で出歩くな。開会式の時と良い、どうしてお前は……」

 

 まだ包帯だらけの相澤先生が、対面から歩いて来たからだ。彼の表情は非常に険しいものになっている。今日も問題児っぷり全開の癒々を確認するなり、直ぐ口から文句が飛び出た。しかしその途中で、A組担任は口を閉じることになる。

 相澤の目から見ても、癒々の様子がおかしいからだ。

 

「どうした? 何があった」

「相澤先生……。その、分からないです。でも何か、様子が変で」

「着替えはこっちで用意する。会場にシャワーがあるから浴びてこい。関係者入り口付近にある。

 渡我、七躬治の体調が優れないようならリカバリーガールの所に行け。話は通しておく」

「はい、ありがとうございます」

 

 普段は癒々のフリーダムさに頭を抱える羽目になっている相澤だけれど、こういう時は判断も指示も早い。大人として、しっかり子供の面倒を見ようとしてくれる。

 

「七躬治、苦しいなら直ぐ話せ。体調不良はちゃんと報告しろ。渡我、お前は午後も有るが……頼めるか?」

「はい。大丈夫です」

「……任せる。俺は報告してくる。何かあったら、助けを呼べ」

 

 一通りの指示を済ませて、顔付きが変わった相澤は足早に動き始めた。被身子は担任の指示通り、癒々にシャワーを浴びさせる為に再び歩き始める。俯いたままの恋人は、まだ様子がおかしいままだ。

 

 

 

 

 被身子が癒々にシャワーを浴びさせた後、再び相澤が姿を現し、どこか落ち着ける場所が必要だろうと気遣ってくれた。様子がおかしいのは問題児と言えど、ちゃんと大人として教師として生徒に親身になってくれるのは彼の良いところだ。なので被身子と癒々は、控え室のひとつを宛がって貰えた。

 そこは被身子と癒々の二人、そして雄英教師や公安以外は立ち入り禁止になった。お陰で、クラスメート達に余計な心配をかけずに済むだろう。基本的お人好しなA組の面々が今の癒々を見たら、とても放ってはおけない。折角の体育祭なのにクラスメートが心配だから実力を発揮出来なかった、なんて事態を防ぐ為の立ち入り禁止措置でもある。

 ただ、そんな細かいことは正直今の被身子にはどうでも良い。他の誰かの事なんて気にならない。今はただ、癒々から話を聞きたいと被身子は思っている。

 もうさっきからずっと、癒々が口を聞いてくれない。それが堪らなく嫌だ。何かをひとりで抱え込んで、目も合わせてくれないのだ。大切な恋人が、どうしてか苦しそうにしている。そんな姿は見たくない。見ていられない。

 

「癒々ちゃん。本当に……、どうしたの?」

 

 真新しい体操着姿の癒々は、椅子に腰掛けている。そんな彼女の前で被身子はしゃがみ込んだ。俯いたままの恋人の目を見たいから、彼女はそうしたのだ。けれど、癒々は直ぐに顔を逸らしてしまった。余程今の顔を被身子に見られたくないのか、被身子の顔を見たくないのか。どちらなのかは分からないけれど、とにかく今の癒々は顔すらまともに見せてくれない。

 

「……、癒々ちゃん」

 

 だから被身子は立ち上がり、癒々の頬を両手で包み込んだ。そして無理矢理にでも、前を向かせる。こうでもしないと、きっと癒々は何も話さない。大事なことを勝手に決めるような彼女なのだ。このままだと、何か本当に大事なものを独りだけで持とうとしてしまう。ひとりだけで傷付いていしまう。それは許せないことだ。絶対に見過ごせない。

 

「私に話して。ひとりで、抱え込もうとしないで」

「……」

「お願い。癒々ちゃんのそんな顔見たくない。何か辛いことがあったなら、全部教えて」

「……」

「癒々ちゃん」

 

 まだ、何も答えてくれない。目を伏せ黙り込んだ癒々は、すっかり物言わぬ人形となってしまっている。これ以上何をどうしたら良いか、被身子は少しも分からない。だけど絶対に放っておけない。こんな時でも自分は無力なのだと思いしらされているような気がして、被身子の気分はどんどん暗くなってしまう。

 

 沈黙が、重さを増していく。大好きな恋人が直ぐ目の前に居るのに、居心地がどんどん悪くなる。この空気を早く何とかしたいと思っているものの、やはり被身子ではどうにかすることは出来なさそうだ。彼女で駄目なら、他の誰が話しかけたところで癒々は反応を示さないだろう。

 

「……、……被身子」

 

 どうしたものかと被身子が考え始めた頃、やっと癒々が口を聞いた。目は伏せたままだし、声はとても小さい。それでも被身子は、確かに癒々の声が聞こえた。やっと喋ってくれた。話しかけてくれた。たったそれだけの事でも、被身子は嬉しい。だから、真っ直ぐ恋人を見詰めて次の言葉を待つ。急かすつもりはない。癒々のペースで話してくれれば、それだけで良いのだ。

 

「何で、誰も分かってくれない、の……? 分かろうとしない、の?」

「……、何を……ですか?」

「被身子の、事。親も、あの子も、何で……? 親なのに、家族なのに。あの子だって、どうして……」

 

 ゆっくりと、少しずつ。震えた声で、癒々は何があったのか話し始める。本当は、喋りたくないのかもしれない。包み隠しておきたいのかもしれない。それでも話そうとしているのは、きっと彼女ひとりでは抱えきれない重みだからだ。

 だから、つい。被身子の言葉に甘えてしまったのだろう。

 

「誰かに、私の事を何か言われたの?」

「……斉藤に、会った。だから、聞いたの……」

「ぇ……」

 

 癒々の言葉に、被身子は驚くことしか出来なかった。まさか恋人の口から、初恋の人の名前が出てくるとは思わなかったからだ。

 被身子は、一度だって斉藤のことを癒々に話したことは無い。だから癒々は知らない筈だ。なのに彼女は、斉藤に会って話したと言う。第一種目が終わった後、恋人の姿が見えなくなったのは斉藤に会いに行ったからだと今気付いた。気付かされた。彼が会場に来ていたことは驚きだし、そもそも何で癒々が斉藤の存在を知っていたのか被身子には分からない。どうして彼に会いに行ったのかも、分からない。疑問は増えていくばかりで、何から聞いたら良いのか判断出来そうにない。

 だけど、ひとつだけハッキリと分かることがある。斉藤が、被身子と関わりがあった存在が、癒々を苦しめている。それだけは動かしようがない事実だ。

 

「何で……? 何で誰も、被身子を分かってあげないの? 分かろうと、しないの? どうして……?」

「……癒々ちゃん」

「分かってよ……。被身子の事……。簡単なことでしょ? どうして誰も、誰も……っ」

「癒々ちゃん。聞いて」

 

 不満や失望が混じり合った癒々の瞳を、被身子は静かに覗き込む。どうして癒々が今、苦しんでいるのか。辛い思いをしてしまっているのか。こんなにも、弱ってしまっているのか。彼女の言葉を聞いて、合点がいく。

 癒々は、きっと誰かに被身子の事を分かって欲しいのだ。大好きな人の事を、大切な人の事を、他の誰かに受け入れて貰いたいのだ。どうしてそんな願望を抱いて居るのかは、本人にしか分からない。多くを語ろうとしないのも、言葉足らずなのも、癒々の悪いところだ。いずれは直して行かなければならないだろう。でも、そんな彼女も被身子は好きだ。

 ……とは言え、今回の事は流石に不満だった。心配はある。今の癒々を元気付けたいと思っているのは本当だ。だけど、こればっかりは簡単には譲れない。相手が癒々であるからこそ、譲りたくない。

 

「そんな事、気にしないで。私、そんな事はもう気にしてないです」

「……でも……」

「癒々ちゃんだけで良いの。癒々ちゃんだけが良い。癒々ちゃんだけが分かってくれてれば、それだけで良いんです」

「……でも、だって……。いつかわたしは、死ぬから……。だから、そうなる前に……」

 

 癒々は、自分が死んだ後の事を考えている。だから少しでも、被身子の事を誰かに分かって欲しかった。自分が死んだ後で、大好きな被身子が寂しくならないように。ひとりぼっちに、ならないように。

 それは、癒々の持つ優しさなのかもしれない。でも今、被身子はその優しさが少しも嬉しくない。恋人が自分が死んだ後のことの考えているなんて、決して喜ばしいことじゃないからだ。

 

「いつか死ぬなんて、二度と言わないで。不快です」

「……」

「きっと私は、誰にも分かって貰えないのです。分かってくれたのは癒々ちゃんだけで、今更癒々ちゃん以外に分かって欲しいとも思わない。だから、私を分かってくれそうな人なんて……探そうとしないで」

「……でも」

「でも、じゃないです。言ったでしょ。ちゃんと私を見てって、余所見しないでって。それに、ずっと一緒だって。あと、危ない真似も駄目です。ついでに男の子とは、あんまり仲良くしないで。いつだって、私の事だけ考えて。私の側に居て。

 

 癒々ちゃんはもう、私だけのものなんだから」

 

 そう言って、被身子は優しく癒々を抱き締める。放っておけば勝手に動いてどこかに行ってしまおうとする恋人を、自分の命をどこまでも軽く見ている彼女を、側に留めて置くために。

 

 絶対に、この手を癒々から離さない。これから先、何が起ころうとも。

 

 

 

 

 

 





騎馬戦スキップしました。これは心操くんと渡我ちゃんを後々に絡ませる予定だからです。

実は前回の件で滅茶苦茶メンタルダメージ受けていた癒々です。覚悟完了済みだけど、それはそれとして傷付いていました。そのままほっとくと何しでかすか分からんので、ひとまず渡我ちゃんにケアしてもらいました。その代わり二人の依存度は更に増したような……。というか渡我ちゃんに縛り付けられたような……あれ? もしかしてケアになってない? ……あれぇ?おかしいなぁ……。まぁいっか!

それと次章について、ちょい悩み中なのでアンケート出しておきました。今章が終わるまでが投票期間になります。よろしければどうぞ。

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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