わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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腐り堕ちる

 

 

 

 

 

 被身子との対戦が終わった後。芦戸は青ざめた顔をしてスタジアムの外に出た。観客席にも控え室にも戻る気がしなかった。今は誰とも顔を合わせたくない。何より、被身子に会いたくない。友達だと思っていた彼女からの拒絶と告白を受け止め切れなくて、信じられなくて、だから今は一人で考える時間が欲しい。二回戦まで時間はそう無いだろうけど、それでも考えられずにはいられない。

 

 ーーーー 私、人殺しなんですよ。

 

 あの言葉が本当だったのか、それとも嘘だったのか。嘘であって欲しいと、彼女は思う。どうしたって、信じたくない。一緒に授業を受けて、一緒に訓練を頑張って来たクラスメートが人殺しだなんて、絶対に信じられない。

 ……なのに、被身子が言っていたことは事実なのだと納得してしまいそうな自分も居る。それは被身子がいつも作り笑いを浮かべていて、癒々以外には本当の笑顔を向けようとしなかったからだ。時折、というかここ最近は嫉妬の表情を見せることが多いけれど、それも癒々が関わっているからこそ見せてくれる顔なのだ。

 冷たい壁に体を預けて、芦戸は溜め息を吐く。青い空を見上げると、大きな雲が日差しを遮ろうとしている。まるで自分の心のようだと思いながら、彼女は顔を上に向けたまま、ずるずるとしゃがみ込んだ。ヒーローを目指しているとは言え、まだまだ子供。衝撃的な告白をされれば、気分が沈んでしまうのも仕方がない。

 

 そんな彼女に、近寄る人影がひとつある。

 

「三奈ちゃん。こんなところでどうしたの? 二回戦、始まっちゃうわよ」

「……梅雨。おでこ平気?」

 

 ひたひたと姿を見せたのは、癒々に気絶させられてしまった蛙吹だ。どうやら意識を取り戻したようで、もう動き回れる程には回復しているらしい。ただ、おでこが少し赤い。

 

「平気よ。まだちょっと赤いけど」

「凄いデコピンだったもんね。七躬治、容赦ないからなぁ」

「そうね。訓練もお仕置きも」

「渡我も負けたらデコピンされるのかな?」

「……どうかしら。癒々ちゃんって、被身子ちゃんには優しいでしょ?」

「あはは。確かにそうかも」

 

 自由奔放で何を考えているのか分からない癒々ではあるが、少なくとも被身子を雑に扱っているところは芦戸も蛙吹も見たことがない。他の誰かの言うことは聞かなくても、被身子の言うことだけはちゃんと聞く。まぁそれでも、フリーダムが過ぎて被身子を振り回していることが多いのだが。

 A組一のバカップルの姿をつい思い出して、芦戸はまた溜め息を吐いた。そんな彼女を見て、蛙吹は目を丸くする。

 

「元気無いのね。どうかしたのかしら?」

「んー、まあちょっとね。梅雨はさ、渡我のことどう思う?」

「……笑って欲しいと思うわ。彼女、ちゃんと笑ったらきっとかぁいいもの」

「……ははっ。なにそれ。もしかして渡我と七躬治から移った?」

「そうね。移ったかも」

 

 芦戸だけじゃない。蛙吹だって、被身子にはちゃんと笑って欲しいと思っているようだ。彼女の笑顔が作り笑いであることは、もうA組の誰もが知っているのかもしれない。それでもその事について言及しないのは、待っているからだ。いつか自然に、被身子が本当の笑顔を浮かべてくれることを。

 

「……例えばさぁ。例えばだよ? 梅雨は友達だと思ってた人に友達じゃないって言われて、その後その人が悪いことをしてたのを知ってたら……どう思う?」

 

 それはまさに、今の芦戸と被身子のことだ。易々と人に話して良いことじゃないと、ちゃんと芦戸は分かっている。でも、一人で抱え込むにはあまりに重過ぎる。だから少しボカして、蛙吹に相談したのだ。彼女ならば、簡単に言い触らすことは無いと踏んでいるから。蛙吹の事を、ちゃんと信頼しているから。

 

「……? そうね……。まず悪いことをしたことを叱る、かしら」

「……叱っちゃうんだ?」

「叱るわよ。その後でどうしてそんな事をしたのか聞いて、今度こそ本当の友達になるの」

「なれる、かな……?」

 

 自分が被身子と本当の友達になれるか、芦戸は自信が持てない。そもそも、叱ることが出来るかも分からない。きっと何かしらの深い事情があって、被身子が人を殺したのだと彼女は思っている。例えば被身子が犯した殺人が正当防衛によるものだったとか、どうしようもない事故だったとしたら、それを叱って良いのか分からない。その場合は、叱るべきじゃ無い気がする。

 でも、叶うことなら。ちゃんと被身子と友達になりたいと芦戸は思う。

 

「なれるなれないじゃなくて、なるのよ。だって、三奈ちゃんが分かってあげないときっとその子は独りぼっちになっちゃうわ。友達だと思ってた人がそんな風になったら、悲しいでしょう?」

「……うん。うん……そうだね。そうだよね。じゃあ、そうしようかな!」

 

 さっきまでのへこみ具合は何だったのかと思う程、芦戸は急に元気なる。そして勢い良く立ち上がり、いつものように明るい笑顔を浮かべた。蛙吹から貰った言葉はあっという間に芦戸の心に染み渡り、彼女を元気付けた。

 

「ありがとう梅雨! ちょっと話してくる!」

「ケロケロ。元気が出て良かったわ」

 

 何はどうあれ、芦戸はまず被身子からちゃんと話を聞くべきだ。その上でまだ友達になりたいと思うのなら、蛙吹が言ったように本当の友達になってしまえば良い。なれるなれないじゃない。友達になるのだ。

 今度こそ被身子と本当の友達になるために、芦戸は被身子を探しに駆け出した。

 

 

 第一種目四位、第二種目四位、最終種目一回戦敗退。それが被身子の体育祭の成績である。この結果が良いものであるか悪いものであるかは、何とも言えない。取り敢えず一年生の中では最低でも十六番目の成績であることには間違いはないのだけれど、特別秀でている成績であるかと言うとそうでもない。ただ、ヒーローになることに興味が無い彼女にしては頑張った方だろう。それはそれとして、一回戦を途中放棄したことは褒められた行為ではないのだが。

 そんな被身子は現在、相澤が用意してくれた控え室で癒々と一緒に居る。もうステージの上に立つことはない。彼女の体育祭はもう終わりなのだ。けれど、ちょっと不安に思っていることがある。

 

 それは、癒々からのお仕置きだ。

 

 師匠としてはスパルタな恋人は、負けたらデコピンと言っていた。多分それは被身子も例外じゃない。蛙吹が気絶させられたデコピンをこれからされると思ったら、流石にちょっと怖い。

 

「そこ座って」

 

 控え室の壁に据え付けられたモニターをあれこれと弄り回しながら、癒々は被身子に指示を出した。それに従わない理由は無いので、彼女は大人しく椅子に腰掛ける。すると、モニターが点いた。映し出されたのは、ステージの様子だ。今は体をガチガチに硬化させた切島が、同じく体をガチガチにした鉄のような誰かと殴り合っている。

 取り敢えずモニターが使えることを確認した癒々は、溜め息を吐いてから被身子の側に寄る。そして、彼女の膝上に腰を降ろした。黄金色の瞳はじっとモニターを見詰めていて、被身子を見ようとしていない。

 

「……あの、癒々ちゃん」

「何?」

「……負けたこと、怒ってます……?」

「別に」

「……ごめんなさい」

「別に。そんな事には怒ってない」

 

 怒ってないと癒々は言うけれど、声がいつもよりちょっと低い。彼女は怒ると声が低くなることを、被身子は知っている。無表情ばかりの癒々が、表情以外で感情を表現することがたまにあることも分かっている。

 今日は普段と様子が違うことの多い癒々を前に、どうしたものかと被身子は悩む。取り敢えず謝っても、態度が冷たい。何をしたら許してくれるのか、分からない。何せ癒々がこんな風に怒るのは、初めてのことだからだ。

 

「癒々ちゃん。こっち見て……?」

「やだ」

「……ぅう……」

 

 完全にそっぽを向いている。ここまで怒らせるような真似をした覚えは無いのだけれど、とにかく今の癒々は不機嫌だ。もう本当にどうしたら良いのか分からなくて、被身子は膝上の癒々を抱き締めた。取り敢えずハグは拒否されない。そこまで怒ってはいないらしい。とは言え、何でこんなにも不機嫌なのか分からない。

 蛙吹がトーナメント進出しなかった時は怒っていなかった。多分、一回戦を途中放棄したことも怒ってはいないのだろう。だとしたら、癒々が不機嫌な理由は負けたこと以外のどこかにある筈だ。被身子はこれまで自分が何をしていたか、ひとつひとつ思い返していく。

 考えること、十数秒。そしてひとつ、癒々が不機嫌になる要素を見付け出した。

 

「……もしかして、三奈ちゃんに妬いてる……?」

「それもある」

「ご、ごめんなさい。でもあの時は……そうしなきゃいけなくて……」

 

 被身子が芦戸を抱き寄せたことについては、仕方ない事だった。自分が人殺しであることを大声で言うわけにはいかない。そんな真似をしたら、被身子はともかく癒々にどんな目が向けられるか分かったものじゃない。それが嫌だったから、彼女はこっそりと本当の事を口にした。結果、被身子はもう芦戸と仲良くすることは出来なくなってしまったが。

 でもそこに、後悔はない。あるのは、ほんの少しだけの寂しさだけだ。

 

「……むぅ。被身子からわたし以外の匂いがするのが嫌。そんなに芦戸の匂い付けて……」

「……っっ、もぅ……癒々ちゃんはやきもちさんです……」

「妬かせたのは被身子。浮気者。嫌い」

「ごめんなさい。許して欲しいのです……」

「帰ったらお仕置き。被身子が誰のものか、たっぷり分からせるから」

「……はい。その……優しくしてくださいね……?」

「絶対しない。被身子の馬鹿」

 

 癒々はすっかり拗ねてしまっている。今晩は、それはもう大変なことになると予感させられた被身子だが、本心は嬉しさで満たされている。つい頬が緩んでしまって、どうすることも出来ない。癒々の大き過ぎる嫉妬は、彼女が被身子に向けている気持ちの大きさをそのまま伝えてくれる。

 ありったけの好意を被身子に注いでいるからこそ、馬鹿みたいに大きい嫉妬をするのだ。それに、匂いフェチの気がある癒々からすれば被身子の体から自分以外の匂いがすることは絶対に容認出来ない。彼女に染み付く匂いは、全て自分のものでなければ我慢ならない。だから今、被身子を椅子にしてぴったりと密着している。何を思い立ったのか、被身子の指を口許に運んで甘噛みし始めているが。

 

「ぁむ……。んっ、被身子」

「……なーに?」

「何で芦戸と戦わなかったの? 勝てる勝負だったのに。あれじゃ相澤に怒られる」

「……」

 

 何故、被身子は芦戸の競い合いを放棄したのか。芦戸との勝負は勝てるものだったと、癒々は言う。事の真偽はともかくとして、彼女がそう言うのなら本当に被身子が勝ったのだろう。確かに芦戸の攻撃は、何一つ被身子には当たらなかった。彼女は自分に向かう攻撃の全てを、しっかりと避けていた。だから途中で試合放棄なんてしなければ、いずれは勝つことが出来ただろう。

 癒々の問い掛けに、被身子は少し考え込む。何と答えるべきか悩んで、どうしてあの時自分から場外に出てしまったのか答えを探る。

 

 やがてゆっくりと、彼女は口を開いた。

 

 

「……私が居て良い場所じゃないって、思ったからです」

 

 答えは、シンプルなものだった。芦戸が本気でぶつかってくるのを見て、芦戸の言葉をちゃんと聞いて、その結果……被身子は自分が舞台に立っているべきではないと判断したのだ。

 だから、自分から舞台を降りた。そうしなきゃいけないと、あの時の彼女は思ったから。

 

「……皆、真剣ですよね。なんであんなにヒーローになりたいのか、よく分からないですけど」

 

 ヒーローも、ヒーローを目指すクラスメートのことも、被身子はどうしても理解出来ない。彼女は見ず知らずの他者の為に、ヴィランと戦いたいとは思えない。顔も知らない他人を救けたいとも思わない。そう思うのは、仕方がないことだろう。

 周りの子供達がヒーローに憧れる頃、彼女は血に憧れていた。夢はヒーローになることじゃなくて、真っ赤で綺麗な血液を思う存分啜ることだった。

 だから、英雄になんてなりたくない。ただ普通(・・)に幸せになりたいだけ。普通(・・)に恋をして、大好きになった人の血を啜って、その人そのものになりたい。この憧れは変わらない。何があっても変えられない。

 

 ……ふと、被身子は気付いた。今の自分は夢の中に居るのだと。本当なら叶うことがない夢の世界で、穏やかに息をしているのだと。

 息苦しい現実を幸せな夢に変えてくれたのが、腕の中に居る癒々なのだと。そんな事にはとっくに気付いていた筈なのに。今更、再確認する事でもないのに。今になって、気付いてしまった。気付き直してしまった。

 

「ぁ、は……っ。大好き。大好きです。癒々ちゃん、癒々ちゃん……っ」

 

 クラスメートなんて、どうでも良い。誰に何を言われたって、気にならない。この腕の中に癒々が居てくれるなら。大好きな彼女が側に居てくれるなら。それ以外の事なんて、もう自分には関係無いと被身子は思う。

 

 だから。だから彼女は本当の笑顔になって、癒々の首筋に顔を埋める。目の前にある真っ白な肌に、噛み付きたくて仕方がない。白いキャンパスに思うがまま絵の具を塗っていくように、癒々の全てを真っ赤に汚してしまいたい。そうしたらもっと幸せで、もっともっと夢の中に居られる。

 心が、グズグズと腐っていく。ドロドロに崩れ落ちて、元の形などまるで思い出せない程に。

 

「被身子の欲しがり。甘えんぼ」

「そうですよ。私は欲しがりで、甘えんぼなのです。だから、だから……チウチウさせて? 癒々ちゃんのこと、もーっと可愛くさせてっ!」

「好きにして。だってわたしは、被身子のものだから」

「んふふっ。いただきまぁす……っ」

 

 柔らかな白肌に、尖った歯を思いっきり突き立てる。ブツリと音を立てながら、深く深く刺さっていく。首筋から走る痛みを感じて、癒々は直ぐ熱っぽい吐息を漏らした。彼女はチウチウされることが大好きだ。チウチウされると、被身子と繋がっているような気がして心が跳ねる。もっともっとして欲しいと、わがままになってしまう。

 癒々の首に出来た四つの傷穴から、どこまでもどこまでも赤い血液がじわりじわりと溢れ出ていく。被身子の口の中は直ぐに血の味で満たされて、例えようがない幸福感で胸が満たされる。吸い切れない血が勿体無いと一瞬思っても、大好きな恋人が血塗れになる嬉しさの方が勝る。

 

「ん……っ、あ……っ。ひみ、こ……っ」

「っはあ、ん……っ。癒々ちゃん……っ。もっと、もっと……!」

 

 お互いの名を呼び合いながら、彼女達は幸福の中で心を落とす。もう理性は無い。自分達がどこに居るのかも忘れて、ただひたすらにお互いを求め合う。

 被身子と癒々が理性を取り戻すまで、もうしばらく時間がかかるだろう。熱に浮かされた恋人達は、止まることを知らない。後先の事なんて何一つ考えないで、ただひたすらに堕ちていく。

 

 そうすることが、二人の幸せだから。そうしていないと、幸せで居られないのだから。

 

 

 

 





大変! プロットくんが息してないの! 仕方ねぇ、止め刺すか……。

芦戸ちゃんが蛙吹相談室で前向きになりましたが、渡我癒々は更に堕ちていくこの現状。まぁでも二人は幸せそうだし良いかなって。良くねぇよ! どうすんだよこれ!?

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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