わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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雄英体育祭 Ⅵ

 

 

 

 

 

 体育祭の最中ではあるけれど、心行くまで癒々をチウチウした被身子は一度更衣室に戻って制服に着替えた。何せ彼女は受け身な恋人を前に大いに盛り上がってしまい、自分が着ている体操服も癒々が着ていたチア衣装も血塗れにしてしまったからだ。道中で誰にも見付からずに更衣室へと向かうのは、中々に大変だった。誰とも出会わず人目に付かぬまま更衣室に辿り着けたのは、本当に幸運だろう。

 そんな彼女に連れられている癒々は、取り敢えず体操着に着替えた。吐瀉物を被った制服を着直すつもりにはなれなかったし、かと言って他の着替えがあるという訳でもない。今の癒々が着れる服は、相澤が用意してくれた体操服だけだ。

 そんなこんなで、現在。被身子と癒々は控え室ではなくて観客席に戻った。そろそろクラスメートの前に姿を見せておかないと、後で何を言われるか分かったものじゃない。下手をすれば相澤先生に怒られてしまう。癒々の体調が悪くなったと言い訳して用意された控え室に居るのも手だけれど、その場合は余計な心配をかけることになる。

 なので、二人は仕方なく観客席に戻ることにしたのであった。

 

「む、二人とも何していたんだ? もう麗日くんの出番が終わってしまったところだぞ」

「ごめんなさい飯田くん。ちょっと着替えてたのです」

 

 観客席に戻ると、一番後ろの席に腰掛けていた飯田に二人は声をかけられてしまった。だから被身子は、いつもの作り笑いでさらっと対応する。癒々は委員長を一目見て、直ぐに視線をステージの上へと移した。被身子のように会話するつもりは無いらしい。

 

「そうか、それなら仕方ないな。しかしまだ体育祭は終わっていないのに着替えるのは、どうかと思うが……」

「私、もう出番無いので。隣、良いですか?」

「ああ、座ってくれ。ところで渡我くん、芦戸くんが探していたぞ? 何か君に用があるみたいだったが……」

「そう……ですか。後で何の用か、三奈ちゃんに聞いてみます」

 

 芦戸がいったい何の用で被身子を探しているのか。その訳はわざわざ考える必要が無い。彼女は被身子の言葉の真偽を聞きたいのだ。本当に被身子が人殺しなのかどうかを、確かめたいから行方知れずになっていた被身子を探している。観客席に姿が見えないのは、まだスタジアムのどこかで被身子を探し回っているからだろう。

 そんなクラスメートを、どうこうするつもりは今の被身子には無い。向こうから話しかけてくるのなら、もちろん話には応じる。でも決して、自分から関わろうとは思わない。

 制服姿の被身子は、飯田の隣に腰掛ける。すると癒々は被身子の右隣に腰掛けて、腕を絡ませながら小さな体を預けてきた。ベタベタと甘えてくる恋人がカァイイので、つい頬が緩んでしまう。思いっきり抱き締めてあげたい衝動を何とか抑えつつ、彼女もステージへと目線を移す。

 とは言え、これから行われる二回戦に興味は無い。興味があるフリをしているだけだ。そもそも被身子がこの場に居るのは、後でクラスメート達に下手な言及をされないようにする為だ。この場に居ること自体、本心じゃない。

 

「次は……、誰と誰ですか?」

「緑谷くんと、轟くんだ。渡我くんはどっちが勝つと思う?」

「分からないです。そういうのは、癒々ちゃんに聞いてください」

 

 出久と轟。どちらが勝つかなんて、被身子には分からない。出久とは一緒に訓練を頑張った仲ではあるけれど、だからって応援するつもりはあまり無い。ただ出久は負けてしまった場合、癒々からの手厳しいデコピンを三発も受ける羽目になる。もしかしたらぶん殴られるかもしれない。癒々からのお仕置きがどちらにしても、出久は勝てなければ酷い目に遇ってしまう。その事については、少しだけ可哀想に思っているようだ。

 

「七躬治くん、どっちが勝つと思う?」

「轟」

「即答か……。緑谷くんが負ける根拠は? 君、彼を鍛えていたんだろう?」

「今の出久が制御出来る範疇じゃ氷結がどうしようもない。捨て身なら話は別だけど」

 

 手厳しい返答だ。それは出久の今の実力を正確に把握しているのはこの場に置いて癒々だけで、尚且つ轟の個性がどのようなものか分かっているからこそ出てくる答えでもある。実際彼女の言う通り、今の出久が扱える力では轟の氷結はどうしようもない。少し身体能力が上がったところで、その上から凍らされて終わりだ。無理してOFAを17%まで引き出しても、ステージの半分に氷山を作る出力の前では無力に等しい。

 それだけ、出久と轟の間には大きな差がある。これは簡単には覆せない。

 

「……捨て身なら、勝てる……のか? 轟くん相手に?」

「それでも勝ち目は薄い。何かする度に手足が砕けてたら、直ぐ動けなくなるでしょ」

「それは、そう……だな。ところで二回戦と言えば芦戸くんと常闇くんがぶつかるが、そちらはどう思う?」

「どーでも良い。もう芦戸には興味無い」

「む……。喧嘩でもしたのか?」

「してない。でも芦戸は嫌いだから」

 

 被身子と芦戸の対決を、癒々はちゃんと見ていたし、聞いていた。だからステージの上で芦戸が被身子にしたことを、腹の底から許せない。お陰ですっかり嫌ってしまっている。常日頃から何を考えているか分からない癒々ではあるけれど、今ひとつだけ飯田にも分かることがある。それは癒々が抱く、芦戸への敵対心だ。

 流石にこれは委員長として見逃せない。仲良しこよしだけでヒーローにはなれないと分かっているけれど、だからってクラスの和が乱れるところを放置しておく訳にはいかないのだ。

 

「人として嫌いなら、仕方ないとは思う。気が合う合わないはどうしてもあるしな。でも、喧嘩は良くないぞ七躬治くん! 爆豪くんとしたようなことはしないでくれまえ!」

「それは芦戸次第。時と場合による」

「……癒々ちゃん。喧嘩は、絶対駄目ですからね?」

「時と場合による」

「もぅ。怒りんぼなんだから……」

 

 委員長の言葉は正しいものだけれど、残念ながらそれは癒々の心には届かない。彼が何と言って癒々を宥めようとしても、彼女は絶対に納得しないだろう。どうしても芦戸がした事を許せないのだ。被身子の言葉だって聞こうとしない程に、今の癒々は怒っている。声を低くして、唸っている。

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立ち今!!』

 

 そろそろ、出久と轟の競い合いが始まりそうだ。観客の誰もが、ステージ上の二人に注目している。彼等はここまで熾烈なトップ争いをしてきた。第一種目は出久が勝ち、第二種目は轟が勝っている。

 ならば、最終種目はどうなるのか。この直接対決を制した者がトーナメントを優勝するのではないかと、多くの者が考える。勝敗予想は誰もしていない。したところでどんな結果になるのか分からない。だから今、この勝負を誰もが注目するのだ。

 

「……二人まだ始まっとらん? 見ねば……」

 

 観衆が固唾を飲み込む中で、先程爆豪と競い合っていた麗日が観客席にやって来た。酷く腫れぼったい目蓋をしている。目が殆ど開いていない。彼女がそんな酷い顔をしているのは、爆豪に負けてしまったからだ。皆と癒々の訓練を頑張ってきたのに、大した結果を残すことが出来なかった。それが悔しくて悔しくて、枯れる程に泣いたのだろう。

 酷い顔になっているクラスメートを見て、被身子は作り笑いを止めた。今の麗日を見て驚いているようだ。飯田は「目を潰されたのか!?」なんてあらぬ誤解をして大慌てになっている。癒々はと言うと、ノーリアクションだ。そもそも麗日の姿を見ていない。

 

「……麗日さん。大丈夫ですか?」

「ん……平気。泣いてばっかおれんもん。七躬治さん、隣良い?」

「んー」

 

 取り敢えずいつまでも立っている訳には行かないので、麗日は癒々の隣に腰掛けようとする。するとまだ被身子に抱き付いている癒々は、更に被身子の体にくっついた。クラスメートのことなどどうでも良いのだろう。彼女が他者に関心を向けないのはいつものこと。いつになったらちゃんと人と関わろうとするのやら。

 

「……ごめん。色々教えて貰ったのに、全然やった。何も、出来んかった……」

「別に。負けるのは分かってたし」

「……その、やっぱお仕置き……?」

「ん」

 

 癒々の右手が、麗日に向けられる。親指が人差し指の先を強く押えていて、デコピンの発射体勢が整っている。そんな癒々の姿を前に、麗日は固まるしかない。これから彼女を待っているのは恐らく気絶だ。蛙吹が気絶させられる程の強烈デコピンをお仕置きとして受けなければならない。正直気乗りは全くしないのだけれど、結果を出せなかった自分が悪いのもまた事実。

 口をもごもごさせ視線を逸らしながら、それでも麗日は渋々と癒々に向かって顔を近付ける。デコピンが届く距離まで、自分から。そして。

 

「った……!」

 

 デコピンがなされた。ただ、気絶するような威力は無い。癒々が放ったのは全然普通のデコピンで、ちょっと痛い程度。爆豪の爆破を至近距離で受けた時と比べたら、大したことじゃない。

 想定していた衝撃が来なかったことで、麗日は目を丸くする。二人の事を見守っていた被身子も、癒々が盛大な手加減をしたことに驚いているようだ。

 これには、ちゃんと理由がある。癒々の意識が麗日にまるで向いていないのだ。彼女の視線はステージの上にだけ向いている。これから出久が轟相手にどう戦おうとしているのか、それが気になっているのかも。

 

 

『START!!』

 

 

 少々大き過ぎる開始の合図が、響き渡る。と、同時にステージの上が凍り付いていく。始まったや否や、轟が氷結を解き放ったからだ。それを見た出久は右手を前に突き出し、歯を食い縛る。彼がしようとしていることは、デコピンだ。構え方からしてそれしかない。氷結が届き体が凍らされてしまう前に、出久はデコピンを放つ。OFAを、100%で。

 

 指先から放たれた衝撃波が襲い来る氷を砕き、冷たい暴風が吹き荒れる。それは離れた距離にいる轟まで確かに届き、彼の体を大きく後退させる。

 

 轟の氷結に対し、出久は個性の制御を捨てた。5%の力でも、17%の力でも氷結を攻略することは出来ない。そのうえ轟がどの程度の規模で攻撃してくるのか分からない以上、指を壊してでも100%をブッパするしかない。

 自損覚悟で、氷結を打ち消す。それが今の出久が選んだ、轟対策だ。

 

「っ、ぐ……っ!!」

 

 指が壊れた痛みに呻きながら、それでも彼はもう一度右手を構える。まだ轟の初撃を防いだだけ。戦いはまだまだ始まったばかり。ここまでの戦いを凍結ひとつで瞬時に終わらせてきた轟だが、最初の一撃が防がれたからって終わりではない。直ぐに二撃目、三撃目を放ってくるだろう。

 出久は、それら一つ一つを指を犠牲にしながら相殺していくしかない。氷結が直撃してしまったら、負けることが分かっている。

 

「……今、勝てたのに。様子見するのは出久の悪いところ」

 

 出久の意図を察知した癒々は、溜め息を吐いた。彼の戦い方に少々呆れているようだ。

 

「え、デクくん勝てたん……?」

「デコピンと同時に足と腕を犠牲に畳み掛ければ、吹き飛ばして終わりだった。わたしが出久ならそうする」

「でも癒々ちゃん、それ轟くん死んじゃいますよ……?」

「手加減も様子見も、今の出久が轟相手にすることじゃない。捨て身にしてもあれじゃ半端過ぎる」

 

 随分と物騒で、厳しい物言いである。本当に癒々は、出久に対しては厳しい。訓練の時だって、五人の中で最もボコボコにされていたのは彼だった。それは出久がOFAを持っているからこそ甘く接することは出来ないのか、それとも役立たせて貰えない腹いせなのか。どちらにしても、周りから見れば癒々の出久への厳しさは結構洒落にならない。癒々にしか興味がない被身子だって、流石に出久が心配になる程だ。

 

「七躬治さん、デクくんには厳しいよね……。何で?」

「嫌いだから」

「き、嫌いなんだ……。そうは見えへんけど……」

 

 麗日は意外そうな顔をしているけれど、別に癒々は出久を嫌ってはいない。紛らわしいことこの上無いが、出久やオールマイトに対しては「嫌い(好き)」なのである。それを分かっているのは被身子だけで、分かっているからこそ胸の内がムカムカしてしまう。癒々が彼等に向けている好意はあくまで人として、友人としての好意だ。そこに恋愛的な意味合いは欠片程もない。それは被身子も分かっている。分かっているのだが、どうしても気に食わない。ちょっと……と言うか大分、いやかなり嫉妬してしまう。

 秒で御機嫌斜めになった被身子は、癒々を乱雑に抱き寄せる。抱き寄せられた癒々は被身子の匂いを嗅げてご満悦だ。やっぱり人前でイチャイチャしてしまうバカップルである。自重の二文字を学んだ方が良いだろう。

 

『轟! 緑谷のパワーに怯むこと無く近接へ!!』

 

 二人の戦いは、どんどん進んでいく。何度も何度も氷結を撃たれ、その度に指を犠牲に打ち消して来た出久は、もう右手の指が全滅している。捨て身で動いているくせに、受け身になってしまっている。癒々の言う通り、出久の捨て身はどうにも中途半端だ。勝つだけなら、もっと他のやりようが有るだろうに。

 

(駄目だっ、近……っ!)

 

 遠距離からの氷結では打ち消されるだけだと判断した轟は、距離を詰め至近距離で氷結を放つ。出久の個性を前に近接することはリスクが生じるが、それも分かった上で轟は敢えて前に出る。その甲斐あってか、彼の攻撃は出久の右足を捉えた。が、次の瞬間には氷ごと吹き飛ばされてしまう。自損を厭わない半端捨て身の彼が、左腕を力任せに振るったからだ。

 またも暴風が吹き荒れる。今度のはデコピンのそれとは比べ物にならないぐらい、強い。それでも轟は背後に氷の壁を作ることで、場外になること無く耐えて見せた。指を犠牲にしようが腕を犠牲にしようが、直撃しなければ轟をどうこうすることは出来ないだろう。

 

「……守って逃げるだけでボロボロじゃねぇか。悪かったな。ありがとう緑谷。

 お陰で……奴の顔が曇った」

 

 戦いの最中、轟は一度出久から目を離す。彼が見ているのは、観客席にいる燃え盛る大男。万年No.2のフレイムヒーロー『エンデヴァー』だ。轟が彼の息子であることは、既に周知の事実ではある。現に観客の誰かが轟を見て「流石No.2って息子って感じだ」などと言っている。それは呟きにも等しい言葉ではあるが、癒々の耳には聞こえている。ただ、その事実に癒々が興味を示すことはない。そんな事は、彼女からすればどーでも良い事。誰の親がNo.2だろうが、誰の子が轟焦凍だろうが、そこに興味は無い。

 

 もし、七躬治癒々が轟に興味を示すことがあるとするなら。それは二人の親子関係が、轟家の家族仲が良いものか悪いものかについてだろう。

 

「その両手じゃ、もう戦いにならねえだろ。終わりにしよう」

 

 右手の指に、左腕。ここまで犠牲を払って出久は氷結を打ち消して来た。けれど、それだけじゃ勝てない。防ぐだけでは轟を場外に押し出すことも、彼の口からまいったと言わせることも出来ない。これ以上足掻こうにも、両腕が壊れていたら何も出来ない。

 

 ここに来てまだ必死になることのない、澄まし顔の轟が最後の氷結が放つ。これで終わりだと彼はそう思っていた。この対決を見ている観客達も、そう思った。

 

 ……が。

 

 

「どこ見てるんだ……っ!」

 

 

 まだ、終わらない。まだ終わりじゃない。出久は何も諦めちゃいない。腕が壊れようが指が壊れようが、今の彼は痛みだけでは止まらない。止まることなど、出来やしない。

 また、暴風が吹く。それは轟の氷結を粉々に打ち砕き、霧散させる。この光景に、出久の対面に立つ少年は目を見開いた。吹き荒れる風に体が吹き飛ばされぬよう、踏ん張りながら。

 

「何でそこまで……っ」

 

 轟が驚くのも、無理はない。出久は今、壊れた指で氷結を破った。既に骨は粉々になっているだろう。血管も筋肉も、ズタボロに張り裂けて機能していないだろう。それでもなお、彼は指を使った。更なる自損を自らに与えながら、それでも確かに立っている。

 

「震えてるよ……、轟くん……。個性だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう……?」

 

 彼は、轟焦凍は……確かに震えている。それは出久を恐れているからじゃない。個性を使用し続けた反動で、体が凍り始めているからだ。とは言え正直、ボロボロになってなお、自らに自壊を課す出久の姿はイカれているとしか言いようがない。緑谷出久をよく知っている者も、よく知らない者も、今の彼には少なからず恐怖を覚える。

 だが、そんな周囲の視線は関係無い。そんなもの、今の出久は欠片程も感じちゃいない。彼がその目で見るものはただ一つ。目の前に立つ、凍えた対戦相手だ。

 

「で、それって……左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか……?」

 

 酷い痛みに苛まれながら、それでも出久は右腕を上げていく。痛みを理由に、この場を投げ出すなんて真似は出来ないし、しない。

 

「……っ!! 皆、本気でやってる……! 勝って……目標に近付く為に……っ、一番になる為に!

 半分(・・)の力で勝つ!? まだ僕は君に、傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

 

 傷だらけの少年はボロボロの拳を握り、そして叫ぶ。

 

 

全力(・・)で!! かかってこい!!!」

 

 

 

 

 ……男の子って、実は馬鹿?

 

 と、癒々は思った。出久は捨て身でありながら直ぐに勝負を着けようとしないで、轟に向かって余計な事を叫び続ける。勝つだけならそんな真似をせずに、さっさと捨て身で轟を倒してしまえば良い。今の出久が何を考えているのか、それは彼自身にしか分からない。観客からすれば、ボロボロに追い詰められて居ながら、轟に向かって強がりな挑発をしているようにしか見えない。

 もうさっきから、出久がやってる事は無茶苦茶だ。壊れた指にも関わらず、OFAを全開で扱う。結果、轟に食らい付くことが出来ているものの、反動による被害は甚大だ。右手の指も左手の指も、余すところ無く紫色に変色している。何かしようとする度に、出久の体は壊れていく。彼は勝つまで止まらないつもりなのだろうか。破滅的な戦い方を、止めようとしない。

 

「被身子」

 

 まだ出久と轟の勝負は終わっていないが、癒々は渋々と観客席を立つ。自分から被身子の腕の中から抜け出すことが結構不満らしい。でも彼女は動き出した。勝つにしろ負けるにしろ、出久は既に大怪我を負っている。ボロボロな彼を、癒々が放っておくことは出来ない。きっと彼女は、ちょっと文句を言いながらも出久の言葉を無視して怪我を治すのだろう。

 

「……私も行って良いですか?」

「ん、来て。離れたくない」

「んふふっ。癒々ちゃんは私が居ないと駄目なのです」

「んぐむぅ」

 

 渋々と立ち上がった癒々は、遅れて立った被身子に抱き締められて彼女の胸に顔を埋めることになる。このままで居たい気持ちが表に出てこようとするが、癒々は目的の為に甘えたい気持ちを抑え込む。

 被身子は大切だ。大好きだ。彼女の存在は、もう無くてはならない。決して手離せない。でも、それと同じぐらいOFAの役に立つことを優先しなければならない。オールマイトや出久に必要無いと言われても、この気持ちが変わることは無い。どんなに駄目だと言われても、どんなに薄まったとしても、心の中心に居座り続ける。

 

 ……もはやそれは、強迫観念に等しい。呪いと言っても良いだろう。あの日救けられ、生き残ってしまった癒々が、胸の内に抱え込んで離せないもの。だから出久に個性の使い方を教えた。だから出久の怪我を、勝手に治す。例え誰に望まれなかったとしても、この気持ちは無くなってはくれない。無くしてはいけないと、彼女の内に居る誰かが叫び続けている。 

 

「だから、僕が勝つ……!! 君を越えてっ!!」

 

 まだ、出久と轟の勝負は続いている。間合いを詰めた出久が、叫びつつも全力で轟を殴り飛ばした。ここにきて攻勢に転じているようだが、両腕が壊れていることには変わりない。例えOFAを使っていなかったとしても、壊れた右手を全力で叩き付けることは更なる自損自壊でしかないのだ。

 中々力を緩めてくれない被身子の腕の中からどうにかこうにか抜け出した癒々は、被身子の手を引いて観客席を後にする。向かう所はステージだ。出久の戦いが終わった後、直ぐに出久の怪我を治すためにはそうする他無い。

 

「……男の子って、馬鹿なのです」

 

 癒々に引っ張られながら歩く被身子は、ステージをちらりと振り返り溜め息を吐く。出久が如何に愚かな事をやっているのか、彼女も分かっているのだろう。抱いた感想は癒々と変わらない。けれども、癒々とは少し違う目付きでボロボロな出久を見ている。金色の瞳に、熱が籠る。口許が、少しずつではあるが歪んでいく。

 指や腕から微量ながら出血している出久を見て、どうにも胸の高鳴りが抑えきれない。だから。

 

「……、癒々……ちゃん……」

 

 また欲しくなってしまって、被身子は癒々の腕を引いた。振り向いた恋人は被身子の顔をじっと見詰めるばかりで、何も言わない。これから癒々は出久を治す為にステージに向かう。それは分かっている。分かっているのだけれど、どうしても我慢出来そうにない。

 大好きな彼女の肩を乱雑に掴んで、小さな体を壁に押し付ける。二人が居るのは薄暗い通用路。とは言え少し歩けばそこには観客席があって、クラスメート達が大勢居るのだ。

 

「したいの?」

「……っ、駄目……?」

「んー……、ん。おいで」

「……っっ、ぁは……っ」

 

 ちょっと考える素振りを見せた後、癒々は両腕を広げつつ首を傾けた。長い白髪がさらりと揺れ動いて、柔らかで傷一つ無い首筋を何の躊躇いもなく差し出した。

 こんな場所で、こんな時にチウチウするのは良くないと思いつつも、被身子は自分を止めることが出来ない。ついさっきまで満足していたのに。心は満たされて幸せな気分の中に居たのに。今はどうしてか、漠然とした不満を感じている。それは焦燥感に近いような、衝動に近いような。

 それ(・・)がどんなに好きだとしても、時には我慢することだって必要だ。時と場所を考えなければ、自分の首を絞めることになる。ここでチウチウしてしまうのは良くない。それはちゃんと分かっているのに、急に湧き上がってきた欲求を消し去ることが出来ない。

 

「溢しちゃ駄目。あと、少しだけだから」

「……はい。ちょっとだけ、ちょっとだけ……です……」

 

 本当は少しだけで済ませるつもりなんて微塵も無いけれど、それでも被身子はちょっとだけと言いながら癒々に迫る。紅潮した頬をそのままに、ケダモノのようになった瞳をそのままに。やがて彼女は、目の前の首筋に噛み付いた。

 その時、癒々の目が被身子から離れた。彼女が見るのは、通用路の奥。突き当たりにある角の、その左側。そこには一つの人影があった。それが誰であるか、もう既に癒々は把握している。

 

「……ぇ……?」

 

 角から姿を現したのは、芦戸だ。被身子を探し回っていた彼女は観客席に戻る最中だったのだろう。だから偶然、見てしまった。

 

 被身子が、癒々の首に噛み付くところを。

 

 少し血を流しながらも、静かに被身子を受け入れる癒々を。

 

 そして、癒々が人差し指を唇に当ててから、あっちに行けと手を振ったところを。

 

 夢中になって血を啜る被身子の頭を優しく撫でながら、自分に向かって冷たい目を向けていることを。

 

 

 芦戸三奈は、ハッキリと目撃してしまった。

 

 

 

 

 

 

 





あーあ、芦戸ちゃん。見てはいけないものを見ちゃったね(愉悦)

それはそれとして今の癒々は芦戸ちゃんがめっちゃ嫌いなので、当然被身子はわたしのものアピールするんだけどね。
ちょっと考える素振りからチウチウ許可したのは、周囲の音を聞いて近くに芦戸居るなってのを把握してたからです。つまり悪い女ムーヴしたってこと。誰が悪いかって言うと渡我ちゃんをノータイムで受け入れなかった芦戸ちゃんです(癒々基準)

どーーしてこうなった!! ちょっと癒々さん! あんたねぇ! いかんよほんまに!! 聞いてんの!? ちょっと!!!

まぁその、癒々は制御出来ないからいっそ好き勝手させようと決めてるんで……。本気でヤバい行動は流石にさせないようにしてるんですが、そんなもんで癒々はね、こんなんなんでね。

よろしければ愛してあげてください。

癒々の職場体験先

  • エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
  • リカバリーガール(癒々の情報開示)
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