わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「カァイイねぇ。カァイイねぇ」
七躬治癒々が自分を取引材料として渡我被身子を欲しがった時から、三日が過ぎ去った。癒々の勝手な立ち振舞いは大いに周囲の大人達を困惑させ、盛大に振り回したものだが、それでも彼女は欲しいものを手に入れた。結果、渡我被身子は公安の働きによりお咎め無しとなり警察は彼女をマークしなくなったのである。人殺しを無罪にするなど、警察的にも世間的にも言語道断。
この結果に納得していない者は多く、この結果を喜んだのは、それこそ癒々と公安ぐらいのもの。
警察に追われることはなくなり、自由の身になってしまった被身子はと言うと、現在癒々の髪を弄ることに夢中になっている。カァイイを繰り返しながら鼻唄を奏でる姿は、正にご機嫌。喜びの有頂天と言っても良いかもしれない。彼女はカァイイものが大好きなのだ。よって、カァイイものは見過ごせない。
すっかり癒々は被身子のオモチャになってしまっている。まぁ周囲に関心を寄せない記憶喪失少女からすれば、好き勝手に髪を弄られたところでどうでも良いのかもしれないが。
病室のベッドの上。癒々は被身子を座椅子代わりにしながらノートパソコンを弄っている。ディスプレイに表示されているのは、先日発売されたばかりのオールマイト大全集なる映像。全編八時間。既に二回は視聴済み。今は三度目の再生を始めたところだ。
被身子からすれば、癒々の趣味は正直よく分からない。少し前まで警察もヒーローも避けてきた元・犯罪者からすればヒーローを好きになること事態が理解の外。オールマイトグッズばかりが転がっているこの部屋はカァイイとは殆ど無縁で、正直どうにかしたいとは思っている。ただ、自分を受け入れてくれた癒々が好きなものだから、許容はしている。文句は有るが出来る限り口には出さない。たまに「これ可愛くないです」と溢してしまう時もあるのだが。
あの日から三日。渡我被身子は七躬治癒々の病室にすっかり住み着いてしまっている。被身子には帰る家が無い。行く宛がない。そもそもどこかに行くつもりもない。看護師や医者に文句を言われて追い出されないのは、癒々の意思が優先されたからに他ならない。
癒々と同じベッドで抱き合うように寝て、癒々と同じベッドで抱き合うように起きて、癒々と同じ食べ物を食べて、癒々と二人で入浴して、癒々と同じベッドで身を寄せ合って眠る。
そしてたまに、人目を盗みながら癒々に血を貰う。
怠惰極まる同棲カップルがしていそうな堕落した日々が、渡我被身子の心を満たしている。だから今の彼女は非常に大人しい。己が欲望を満たす為に、人を殺したのが嘘のようだ。
「……被身子」
「なぁに?」
「……何でも、ない……」
「癒々ちゃん」
「……な、に?」
「やっぱ、何でもないです」
ただお互いの名前を呼び合うだけのやり取りは、もう何度目になるか分からない。癒々は口を閉じていることが多く、何を考えているか理解するのは難しい。それでも三日も同じ部屋で過ごしているのだ。共に居る時間が増えていく度、徐々にではあるが渡我被身子は七躬治癒々のことを知っていく。
例えば、癒々はオールマイトが好きだ。No.1ヒーローに関する情報は、意中の人に付き纏うストーカーのように集めている。最近はパソコンの操作を覚えてきたようで、表計算ソフトを用いてよく分からないグラフをちょくちょく作っている。内容はさっぱり分からないが。
例えば、癒々は食べることが好きだ。病院で出される食事は味気無いものが多く、大抵の入院患者は不満を口にするものだ。しかし癒々は、出されたものは全て綺麗に平らげる。たまに御代わりを看護師に求めるが、基本的には駄目と言われるので無表情ながらも不満そうにしている。たまに顔を出す塚内が持ってくる果物が最近の新たな楽しみらしい。
例えば、癒々は人を抱き締めて寝ることが好きだ。夜になると、ベッドの中で被身子に抱き付いてくる。朝になって目が覚めるまで、絶対に離れようとしない。そんな姿を見ていると、彼女が本当に幼い子供なのだと実感させられる。これで十四歳なのだと聞かされた時、被身子は少し驚いた。その後すぐに癒々が記憶喪失であることを聞かされて、納得した。
……そして。一昨日の夜から被身子と目を合わせようとしない。ふとした時に目が合ったとしても、癒々は直ぐに俯いて目を逸らしてしまう。彼女が何か言いたそうにしていることは明白だ。でもそれはそれとして、素っ気なくされるのは被身子が望むところではない。何か話したいことがあるなら、ちゃんと話して欲しいと彼女は思う。
「……癒々ちゃん、私に何か話したいよね?」
被身子は癒々の小さな体を抱き寄せながら、目を合わせてくれない理由を問い質す。彼女の体は本当に小さくて、十四歳とは思えない程だ。肉付きは薄く、線はちょっと心配になるぐらいに細い。まだ小学生と言われた方が納得出来るぐらいに。
彼女は、年の割りに肉体が成長していない。それは記憶を失う前の癒々が過ごしてきた日々と、個性による副作用が原因だ。この辺りの事は、被身子も少し気になっている。気になってはいるが、今はそれよりも聞いておきたいことがある。
「……それ、は……」
「……やっぱり、話して欲しいのです。聞かなくても良いけど、知りたい。
どうして私を受け止めてくれたのか。どうして自分を売るような真似をしてでも、私を欲しがったのか。色々、全部」
「……寂し、そう……だった、から」
「……」
寂しそうだったから。どうしてと聞くと、癒々は必ずそう答える。確かに、渡我被身子は寂しさを感じることがあっただろう。彼女の普通が受け入れられることは無かったし、中学を卒業した後は行く宛も無いままにさ迷っていた。もう一度好きな人を見付けることは出来たけど、それも駄目だった。
だけど人は、寂しそうな誰かを見付けた時に自分を売ってでも側に居ようとは思わない。そんな事をするのは底無しの善人か、向こう見ずの馬鹿者かのどちらかだ。
「……ごめ、ん。違う……わたしが、寂しかった、……から」
消えそうなぐらい小さな声で、少女は本当の気持ちを口にする。彼女の本心は、少し考えれば誰でも分かるものだった。
そう。七躬治癒々は記憶喪失だ。オールマイトに救けられたあの日以前の記憶を持っていない。人は誰かと繋がることで生きているのに、彼女には他者との繋がりがまるで無い。警察は事情聴取ばかりで、癒々に深く関わろうとしない。公安は癒々の個性を手中に収める為に、彼女に近付いただけ。ヒーローは、……平和の象徴は、癒々が唯一持っているものを受け取ろうとしなかった。
そして彼女自身が、自分がどうして生きているのか理解出来ていない。理解に足る理由も知らない。
ならば少女が、自分に居場所が無いと思ってしまうのは当然の事で。
他者に無関心だから、誰も彼女の心が分からなかった。腫れ物を扱うかのような接し方は、ただ少女に寂しさを感じさせただけだ。
そんな癒々は、被身子に出会った。自分と同じ気持ちを持っている人と出会ったのだ。誰からも受け入れられることが無かった渡我被身子が、まるで鏡の中に写る自分のように思えてしまった。
だから、彼女に固執した。自分と同じものを抱えている被身子に強引な形で手を差し伸べたのは、きっと癒々自身が誰かにそうして欲しかったからで……。
「自分勝手、だね」
「……そう、……だね」
「でも、ありがとう。私は嬉しかった。癒々ちゃんはカァイイし、チウチウさせてくれるし。一緒に居てくれる。今、幸せだなぁって思う。
……ねぇ、本当は何を話したいと思ってるの?」
何で癒々が自分を欲しがっていたのか。その理由は知れた。被身子はそれを、自分勝手だと断じた。でも良いのだ。被身子が幸せを感じていることは事実で、幸せをくれる癒々の事は好きだ。
でも今、被身子がもっとも知りたい事は、それじゃない。目を合わせてくれない訳を知りたいのだ。好きな人に目を背けられるなんてことは、とても我慢出来ない。二度とごめんだ。
「……ごめん、なさ……い」
「どうして? 癒々ちゃんが謝ることなんて、何も無いのです」
「……だっ、て、わたし……被身子の気持ち、を……聞かなかっ、た」
渡我被身子は無罪放免の身となった。普通を受け入れて貰った。でも、そうする為に癒々は被身子の気持ちを聞かなかった。彼女の意思を確認せず、勝手に話を進めたのだ。それが小さな棘となって、痛みとなって、だから癒々は被身子の顔を見れなくなった。
人ひとりのこれからを勝手に決めるなんて真似は、何者にも許されない。それが分かっているから、心苦しいのだろう。被身子は幸せそうにしているけれど、嬉しそうに過ごしているけれど、それでも自分は間違えたのだと自責してしまう。
「……本当に、癒々ちゃんは自分勝手」
「……ごめん、なさ……い」
「でも、良いです。癒々ちゃんが好きにするなら、私も好きにする。もっともっと、好きにする」
癒々を抱き締める腕の力を強くしながら、被身子は目の前の白髪に顔を埋める。鼻先を擦り付けるかのような動きで、手も使わず長い長い髪を掻き分けて、やがて現れた細い首筋に真後ろから思いっきり歯を立てた。
白い肌に、じっくりと赤い血が滲む。
「ちゃんと私を見て。余所見されるのは心外です。不公平です。不満です。許さないです。勝手に受け止めたなら、離さないで欲しいです。じゃなきゃ、嫌いになる。他の人を好きになっても、良いの?」
「それ、は、寂し……い……」
「目を逸らしたら、絶対許さない」
黙っているだけで通じ合える程、二人の関係は深くない。知り合ってまだ数日。お互いの腹の内を知りたいなら、ちゃんと本音で話し合わなければ駄目なのだ。
いつかは、何も言わずとも通じ合えるのかもしれない。お互いの気持ちが分かる時が来るのかもしれない。だけど、今はまだ伝え合っていくしかない。
「気にしてないよ。癒々ちゃんが気にしてることなんて、私はなーんにも気にしてないです。だって今、とっても幸せだもん。
だから……、チウチウするね?」
たった今自分が付けた噛み傷に、彼女は遠慮なく吸い付いた。癒々は、被身子が満足するまでされるがままだった。
つまり、このあと滅茶苦茶チウチウされた。
■
血を吸われることは、癒々にとって大した事じゃない。彼女の個性なら多少血が抜かれたところで直ぐに回復出来る。
被身子の唾液でちょっとふやけてしまった傷口を治しながら、癒々は後ろを振り向く。唇が赤く汚れている被身子を真っ直ぐ見詰めて、それから彼女に抱き付いた。
……結局のところ、癒々の心に刺さっていた棘は簡単に抜き取られてしまった。あっさりと被身子が引き抜いてみせた。こうなってしまったら、もう癒々が被身子から目を逸らすことは無いのだろう。
すんすんと匂いを嗅ぎながら、癒々は静かに目蓋を閉じる。これも三日間の生活の中で、被身子が見付けた癒々の好きなことのひとつだ。取り敢えず好きなようにさせていると、控え目なノック音が病室の扉から聞こえてきた。二人は怠惰で幸せな時間を過ごしたいところだったが、お邪魔な来客が来てしまったことで気分は台無しだ。被身子は唇を舌で舐め、血を吸っていた事実を隠蔽する。癒々はゆっくりと目蓋を開いて、とても嫌そうに口を開いた。
「……んぅ……、どう、……ぞ」
被身子の首筋に鼻を当てたまま、癒々は渋々と来客を受け入れた。すると扉が静かに開いて、わざわざこんなタイミングで訪ねて来たのが公安の
「や、癒々ちゃん。今日はちょっと話があるんだけど良いかな?」
「……どうでも、良い……」
「じゃあ手早く済ませるよ。明日、君にはセントラルに移って貰う」
「……せんと、ら……る……?」
「そ、セントラル病院。最高峰の医療が受けられる大きな病院でね。君の回復が芳しくないから、そっちに移動することにした」
癒々がこの病院で目覚めてから、既に四十日以上が経過している。なのに、彼女の体は未だ完全には回復していない。むしろここ数日は、ちょっとずつ体が弱ってきていると医者は判断している。その原因がここでは解明出来ないから、医者も公安と癒々をセントラル病院に移すことを決めた。彼女を健康に戻す為には、当然と言える処置だろう。
その真実は、個性による反動と被身子への血液提供のせいなのだが。
「それともうひとつ。元気になったら、癒々ちゃんには特別な教育プログラムを受けて貰う。住まいはこちらで用意するし、警備も万全。トガヒミコも一緒だよ」
「……分かっ、た……」
「じゃ、明日になったら迎えに来るよ。またね」
さらっと連絡を済ませて、大独活は病室を出て行った。何だかんだで彼自身も忙しいのだろう。廊下を歩いていく姿に余裕は感じられない。
正に突拍子ではあるのだが、そんなこんなで癒々の明日の予定は決まってしまった。未来の予定もだ。まず体が回復しきるまでセントラルで入院生活をし、それが終わったら公安の教育プログラムを受ける。公安が彼女には何をさせるつもりなのかはまったく分からないで、もしかすると何か録でもない事をやらされるのかも。
被身子を手に入れた代償は、決して小さくない。これから本格的に、癒々は公安の手中に収まることになる。そこに有るのは自由なのか、不自由なのか。
……ただひとつだけ、ハッキリ分かることがある。
これからどうなろうとも、癒々は被身子と一緒に居られる。
先の事は何も分からないままだけど。これから、どんな道を歩まされるのか分からないけれど。
被身子と一緒に居られる。今はそれだけ有れば良いと、癒々は思った。
ひとまずはここまでとなります。
次回を雄英入学編にするか、公安教育プログラム編にするかは悩みましたが、まぁ雄英入学編でしょう。ダイナミックでアグレッシブなトガちゃん回なのは確かだと思われます。
年内に更新したいと思います。失踪が先かもしれません。